転スラ世界に転生して砂になった話   作:黒千

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27話 砂妖魔①

 

「報告は以上です、リムル様」

「ああ。御苦労、ソウエイ」

 

 会議室にて、リムル様への報告を済ませる。

 リムル様がジュラの森大同盟の盟主となられてから、町の建設や運営に関する会議、各地の部族からの挨拶願いなど仕事量は目に見えて増えた。にも拘らず、それらに効率的に対応するリムル様の手腕には感服の一言に尽きる。

 

「あ、そうだ。レトラがどこにいるか知らないか?」

「……申し訳ありません。すぐにレトラ様をお探し致します」

 

 つい先日、夜遅くまでレトラ様がお帰りにならない事件があった。護衛役だったクロベエと共に封印の洞窟へ出掛け、長居してしまったというのが真相だったが……

 護衛が付いているからと言って主君の外出先を把握しきれていなかったのは、"隠密"として町周辺の警戒を任されている俺の不手際だった。出来ることならばレトラ様のお近くには常に俺の分身体を潜ませて警護に当たりたいが、それが難しい事情があるのだ。

 

「いや、いいよ。あまり干渉してウザがられても嫌だしな。まああいつも年頃なんだろ……下がっていいぞ」

「はっ」

 

 苦笑するリムル様に一礼し、俺はその場を退室する。

 最近レトラ様の御希望で、今まで鬼人達が交代で受け持っていた護衛任務が解かれた。町中に危険はないため護衛不要というレトラ様の言い分にも理はあり、やはり始終付き纏われていては煩わしいのだろう。レトラ様が"同格兄弟"であるリムル様を疎んじることはないだろうが、たかが配下に過ぎない俺達は分を弁えねばならなかった。

 

 内政に携わる時間の増えたリムル様に代わり、日頃から町の様子を見守って下さっているのがレトラ様だ。常に快活に朗らかに、誰にでも気兼ねなく声を掛けて下さるレトラ様の御姿は、住民達の安心に繋がっている。

 実は午前中に一度、町の外れでレトラ様をお見掛けしていたのだが、既に太陽は中天を過ぎて久しく、今更役立つ情報ではないだろうとリムル様には申し上げていない。念のため、各所に散らばせている分身体の一体と視界を共有させ、町外れへと動かした。

 

「──?」

 

 レトラ様は、まだそこにいた。開発の手が加えられていない区画の隅で、木陰にひっそりと隠れるように、砂スライム姿のレトラ様が佇んでいた。俺の記憶とほぼ違わぬ位置のままで。

 これは……朝から今まで、その場を一歩も動かれていないということだろうか。

 俺は『影移動』を用いて付近の木陰から出現し、レトラ様、と呼び掛ける。

 

「……ん、ソウエイ? 何かあった?」

 

 レトラ様はまるで今転寝から目覚めたかのように俺に意識を向けたが、レトラ様やリムル様が眠りを必要としない御身体であることは知っている。レトラ様には、ここでじっとしていなければならない理由などないはずだ。

 

「今朝方も、こちらでレトラ様をお見掛け致しましたので……どうかされましたか?」

「え? ああ、そうだっけ……何でもないよ、少し気分が」

「! ……失礼致します」

「うわっと……!」

 

 レトラ様の調子が思わしくないなどと、一大事でしかない。

 無礼とは知りながら、了承も得ずレトラ様を抱え上げる。出来る限り丁重に。

 

「俺では対処が出来かねますので、リムル様の元へお連れ致します」

「いや、ちょ、待って待って」

 

 俺の手の上で砂スライムの球体が崩れ、滑らかな手触りの砂が指の間をすり抜けて雪崩れ落ちる。草の上で寄り集まった砂が渦を巻きながら、そこに人の姿を作り上げた。

 

「リムルは仕事中だろ? 俺は部屋で休むことにするから」

「ですが……」

「大丈夫、一人で行ける。ありがとうソウエイ」

 

 砂色の髪をした子供となったレトラ様は、踵を返して町の中心部へと向かう。

 主の意向を無視してまで同行することは許されず、俺はその背を見送った。

 

 

 

 

「レトラ、大丈夫か? 具合はどうだ?」

「……悪くないよ?」

 

 夕食時、食堂に現れたレトラ様へ、リムル様は詰め寄るようにそう言った。

 あの後俺はすぐにリムル様の元へ報告に戻った。レトラ様がお一人になりたいご様子だったこともそれとなく伝えると、リムル様は悩んだ末にひとまずレトラ様をそっとしておくことに決めたようだったが……こうしてレトラ様を前にしては心配が抑え切れないのだろう。

 

 リムル様は、弟君のレトラ様を溺愛している。

 御二方の日頃の様子を目にした者なら、皆同じ結論に至るはずだ。今もレトラ様の額に手を触れさせ体調を確かめているリムル様の御姿も、その根拠の一つとなる。

 

「まあ、俺達は風邪なんて引かないだろうけど……ポーション飲んどくか?」

「いや砂には必要ないよね。完全回復薬がもったいない」

「一応だよ一応。あと、今日は早めに休んだ方がいいな」

「ああ、うん……」

 

 レトラ様は思慮深く控えめな御方だ。昼間の件も、リムル様がお忙しくされていることを理解した上で、リムル様に負担を掛けまいと気を遣われていたのだろう。だがそれも、夜間であればお二人で過ごされることには何の問題もない。レトラ様もリムル様の御傍の方が心休まるに違いなかった。

 レトラ様のことはリムル様にお任せし、俺は俺の本分を全うしよう。

 

 

 

 

 町の再奥となる区画には、政の中心として機能する予定の大規模な建物の建設が計画されていた。そこにはリムル様やレトラ様だけでなく、各役職に就く者達の部屋も用意される予定だ。ただしまだそこまでは手が回っておらず、現在は以前からある屋舎が寝泊まりの場となっている。その内の一部屋を、リムル様とレトラ様が寝室として利用されていた。

 

 部屋を遠目に警護することが可能な位置で、屋内の影に身を潜める。

 御気分の優れない様子のレトラ様が気掛かりだった。もしも今、リムル様とレトラ様がお休みになっている寝室へ近付くような輩があれば、お二人に気付かれる前に全てを迅速に片付ける必要がある。どのような些細な異変だろうと、発生さえ許すつもりはなかった。

 

 動きがあったのは、闇の深まる夜半過ぎ。

 部屋の扉が音も無く開かれ、中から現れたのは甚平姿のレトラ様だった。気配を殺すことを意識した動作で足を踏み出したレトラ様は、静かに部屋を離れて行く。

 何事だろうかと慎重に『魔力感知』で足取りを追うと、レトラ様は暗がりへ暗がりへと歩みを進めた。建物の裏手側には物置部屋が多く、周りに人の気配は無い。

 

「──レトラ様」

「うおっ?」

 

 レトラ様の足元、影の中から姿を現す。

 リムル様の残る寝室の警護には、分身体を残してきた。

 

「何だ……ソウエイか。こんな夜中でも見回りしてるんだな、お疲れ様」

「レトラ様、どちらへ……? リムル様とご就寝中のはずでは」

「リムルなら部屋で寝てるよ。擬似的にだけど」

 

 レトラ様は俺の問いに答えなかった。平常通りに振る舞おうとされているが、さりげなく目を逸らし身を引こうとする動作には、焦りと怯えが見て取れた。それは普段のレトラ様の飾らない態度とはかけ離れたもので、一体、レトラ様の身に何があったと言うのだろうか。

 

 そして──気付いてしまった可能性。本来そこまで立ち入るのは不相応な行為だろうが、見過ごしてはならない事態の恐れがあると、意を決して口を開く。

 

「失礼ながらお尋ね申し上げます…………まさか、リムル様と何か?」

「……っ!」

 

 小さな呻きは、肯定を意味していた。

 視線を彷徨わせながら俯き、レトラ様は壁に背を預けると、観念するかのように脱力しながらその場に屈み込む。折った膝を抱えて顔を伏せ、レトラ様は幼い肩を震わせながら絞り出すように告げた。

 

「……さ、最近、ずっと……、リムルが、毎晩……」

 

 痛々しく声が震える。

 レトラ様は泣いていた。

 

「く、……喰えって、スキルを、くれるんだけど」

 

 ……? 

 

「……喰えって……リムルを……!」

 

 ……?? 

 

「し、しかも、それが、めちゃくちゃ……気持ち良くて……! 俺もう、もう、どうしよう……!」

 

 何を聞いても一切の意味がわからないのは、俺の力不足だろうか。

 しかしレトラ様は泣いていて、只事ではない事態なのは確かなようだ。とにかく己の混乱は二の次とし、レトラ様の助けとなるべく俺は状況把握に努めた。

 

 たどたどしいレトラ様の言葉を繋ぎ合わせ、得られた理解は次のようなものだった。

 レトラ様の持つ『風化』と『吸収』には、砂へと変えた対象の魔素やスキルを我が物とする効果があり、リムル様はそれを利用して御自分の分身体を与えることで、レトラ様の強化を望んでいるらしい。

 魔素やスキルの授受などという離れ業をこうも簡単に成立させる次元の違いはともかくとして、ここで問題となるのは、リムル様の分身体を砂にして飲み込む行為に──レトラ様が異様な興奮と快楽を覚えてしまうという点だった。

 

 レトラ様はその強烈な快感をリムル様に言い出せず、次第に奥底から湧き上がる『風化』への欲求に恐怖した。いずれ抑えが利かず取り返しのつかない行動に出てしまうことを恐れ、リムル様の傍を離れて来たのだと言う。

 

「俺ほんと……どうしたんだろう……」

「考えられる要因としては……レトラ様が、砂妖魔(サンドマン)であるためでしょうか」

「魔物の本能ってこと……?」

砂妖魔(サンドマン)は草木を枯らし砂を蓄え、自らを増やす習性を持つと聞きます。それが種としての本能であるなら、欲求が満たされることに快楽が伴うのは不自然な話ではありません。そして本能に従い、更なる『風化』を求める事態となっているのでは」

 

 仮定の話だ。そもそも砂妖魔(サンドマン)は本来、自我すら持たない最低位ランクの魔物として位置付けられている。レトラ様のように知性を持ち意思疎通が可能な個体など、恐らく他には存在しないだろう。ジュラの森では珍しい魔物でもあり、その真偽を確かめることは難しい。

 

「……砂妖魔(サンドマン)だから仕方ないって? でもそれ、言い訳にならなくない? 俺が危険なことは変わらないだろ……いつかリムルや皆を砂にするかもしれないのに」

 

 自嘲のように笑い、レトラ様は抱えた膝を更に引き寄せ、身を小さく縮こまらせる。

 レトラ様が他の砂妖魔(サンドマン)と一線を画すのは、この確立された自己。レトラ様はリムル様や我々を守るために、その理性によって抑え難い衝動に抗われているということに他ならなかった。

 

「何とか我慢、出来ればって……思ってたけど……どうしても無理なら、俺が」

「レトラ様」

 

 その先をレトラ様に口にさせてはならない。到底許せることではなかった。

 魔物である以上は、種族に応じた特徴や習性があって当然のこと。

 そして何より、レトラ様は俺の主だ。

 

「もしお許し頂けるのであれば、俺の分身体をレトラ様に献上したく存じます」

「…………え?」

 

 この状況を知ったのが俺で良かった。

 俺ならば、レトラ様のお力になれる。

 

「俺の分身体を、お好きなようになさって下さい」

「あ……? 何……?」

 

 理解が追い付いていない、美しく濡れた琥珀の瞳が俺を見る。

 

「僭越ではございますが、僅かでもレトラ様の欲求を満たす足しになればと」

「ええ……いや……えええ……?」

 

 困惑しきった反応からして、俺の提案には思い至りもしていなかったことが窺える。だがレトラ様がお一人で苦しまれているというのに、何もせずこの場を去るなど出来るわけがない。

 

「俺は……リムルもソウエイも、溶かしたくないんだけど……」

「勿体無い御言葉です。しかし、こうしてリムル様の御傍を離れて来られたということは、今もその欲求が起きているのでは?」

「う……ぐ……うううー……」

 

 図星のようだ。

 お優しいレトラ様は、己のために配下の命を犠牲とするなど、何があろうと承諾することはないだろう。だが俺なら話は別だ。俺ならば、レトラ様に分身体を捧げることが出来る。

 主たるレトラ様のお役に立てることは、この上ない喜びだった。

 

 

 




※苦手な方は29話まで飛ばしてください
※次話は少し遡ったところから、レトラ視点



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