その時は、それから一月もしないうちにやってきた。
(トモダチ……か。仕方がない、我がトモダチになってやるわ。感謝せよ!)
(ああ、よろしくな!)
うおおお……リムルだ! リムルがいる!
俺は岩陰に隠れてこっそりと、原作通りの二人のやり取りを見守っていた。
転スラは好きだったし、感動するなって言う方が無理な話だ。
(友よ、我にも"どうしても"の頼みがある。聞いてはくれぬか)
(何だよ? 急にどうした、改まって)
さてこれから正式にリムルとヴェルドラの名付けがあって…………
という展開を思い描いていると、ヴェルドラが真面目な雰囲気でリムルに言う。
(お前は同郷の者を探しに行くと言ったな。実はここには、恐らくお前と同じ異世界から転生してきた者がいる。外へ出て世界を見て回るのであれば……そいつを連れて行ってやって欲しいのだ)
それは明らかに俺のことだった。
思わず、身を潜めていた岩陰から走り出る。
(ヴェルドラ……!)
(おお、もう出てきて良いぞ。お前も聞いていただろう、こやつはお前と同郷のようであるし、何より我とトモダチとなった。安心してお前を預けられるというものだ)
(それじゃ俺は良いにしても、ヴェルドラが……)
俺が隠れていたのは、この高濃度魔素の中を平気で近付いてくる異質なスライムを警戒したヴェルドラの指示だった。万が一にも俺に危険がないようにと。
その上ヴェルドラは、生まれたこの場所しか知らない俺を、外の世界へ送り出そうとしてくれている? 話し相手が出来て嬉しそうだったくせに、本当は寂しがりのくせに、俺のために?
(お前をいつまでも我に付き合わせ、閉じ込めておくわけにもいかぬしな! 我が動けぬ以上、お前を一人で外へ出すことには躊躇いがあったが……ここに良き機会を得た)
(……ヴェルドラ)
まさかヴェルドラの親心が、ここまで真剣なものだったなんて。過保護だとか残念だとか思って悪いことをしたな……ヴェルドラは本当に、俺のことを大事に思ってくれていたのに。
(あのーお取り込み中すいません……)
うっかりヴェルドラと二人の世界を作り上げていたところへ、声が掛かった。
蚊帳の外にされていたリムルが、おずおずと丸い身体を揺らしてこっちを見ている。
(その子は、人間……?)
(ウム、こやつは元人間でな。お前と同じく、魔物としてこの世に転生してきたそうだ)
(あ、初めまして。前世は人間、今はこっちで
そうだ俺、子供風の人間形態のままだった。
『造形』を解くと、ばしゃっと溶けるような勢いで人間の姿形がなくなって、俺は砂山に戻る。まだスライム形態しかないリムルに合わせて、俺も魔物の姿で対応した方がいいと思ったのだ。
(砂の魔物ってことか……人間になれるんだな)
(ああ。頑張って砂で人間の姿を作ってみたんだ)
(頑張り過ぎだろ)
俺もよくやったと思うよ、あの時の俺は絶対に神懸かってた。
で、リムルは元人間という俺に親近感を持ってくれたようで、そういうことなら一緒に行こうと言ってくれた。更にはヴェルドラに、ここで封印されたまま消滅を待つくらいなら自分の胃袋に入り、時間は掛かるかもしれないが封印解除のために解析を続けてみないかと提案をして。
ヴェルドラはノリノリだった。
(面白い、是非やってくれ! お前に我の全てを委ねる! ──おっと、その前にお前達へ名をやろう。お前達も我ら共通の名を考えよ。我ら三体が同格ということを魂に刻むのだ)
(ほほう……名字みたいなもんを考えればいいのか?)
三体…………
あっ、それ俺も? じゃあ俺、リムルとヴェルドラの仲間に入れてもらえる……?
…………それって結構、大それたことなんでは?
(な、なあその、ヴェルドラ、俺は)
(ぬう、また断る気か……いいか、名付けはお前にとっては"加護"にもなるのだ、嫌だと言うなら外へは出せんぞ。我と共にこやつの胃袋へ収まるのだ)
(何でそんなに……)
(解せぬのは我の方だ! 何故そこまで名付けを嫌がる)
(嫌ってわけじゃなくてさ)
(ならばよかろう? 名付けるぞ? 文句は無いな?)
(……わかったよ、ありがとうヴェルドラ。格好いいやつ付けてくれよな)
(任せておけ! さあ、お前も我らの名を考えるがいい)
自信満々のヴェルドラはリムルの名前を考え始め(俺はもう心の中で散々リムルと呼んでいるけど、実際まだ名付けはされていない)、俺達の方は、ぽよん、さらり、と額を突き合わせる。
暴風、嵐……と俺も協力して案を出すような振りをすると、やがてリムルが「テンペスト」と呟いた。キタ! と感激した俺が賛成し、ヴェルドラは一瞬でその名前を気に入ってくれた。
(素晴らしい響きだ、今日から我はヴェルドラ=テンペストだ!
ではお前には……"リムル"の名を授ける! リムル=テンペストを名乗るがよい!
そして、お前の名は──"レトラ"!)
レトラ。その名前が俺の魂に刻まれる。
きっと初めに俺に名をくれると言った時から、決めていてくれたんだろう。
(レトラ=テンペストを名乗るのだ!)
リムルとヴェルドラは友達。
じゃあ俺はリムルとは、ヴェルドラとは、どんな関係ってことになるんだろう。
ヴェルドラの友達はリムル、っていう印象があったから、俺は一度もヴェルドラを友達とは呼ばなかった。ヴェルドラは俺を自分の子供みたいに思ってそうだし、俺も親代わりだと思ってていいのかな。
というか俺は名前を提供してないわけだけど、それでも三人とも同格なのか……?
ああでも、原作でもリムルは名前の案を出しただけで、実際の名付けはヴェルドラ主動だったみたいだし、ヴェルドラが三人平等になるようにしてくれたんだろう、たぶん。
こうして俺は、レトラ=テンペストになったのだ。
◇
俺のスキル『捕食者』を使用し、ヴェルドラを胃袋に収める。
『大賢者』の太鼓判があったとは言え、あれだけデカイ竜がよくスライムの胃袋に入りきったもんだ。
捕食はあっさりと成功し、辺りにしんとした静けさが広がる。
残されたのは俺と、同じく元人間の転生者であるという、
レトラはヴェルドラの目の前で生まれてから面倒を見て貰っていたらしく、ヴェルドラにはずいぶん懐いている様子だった。単なる砂山にしか見えないが、しんみりとした気配を感じた。
(まあ何だ、元気出せって。ヴェルドラはすぐに出てくるって言ってただろ)
(……そうだな。ヴェルドラのこと、頼むよ)
これから俺はレトラと洞窟の外に出て、世界を見て回る。
友達のヴェルドラからこいつを預かったわけだしな、俺がしっかり責任を持つとしよう。
(なあ、そういえばさっきの、人間の姿にはならないのか?)
レトラが登場した時には、完全に人間だと思ったな。まだほんの小さな女の子と言っていい姿で、薄い亜麻色のふわっとしたショートボブに、真っ白な肌、琥珀のようにキラキラした目。正直めちゃくちゃかわいくて、どこの画面から抜け出してきたんだよってくらいに現実味がなかった。
(人間形態はちょっと複雑すぎて……『造形』に時間が掛かるんだ。でも、これだったら)
さらさら、とレトラの砂が動き出す。砂山を形成していた非常にきめ細かな、それこそ粉のような砂が徐々に集まりボールのような球体を経て、ふよんと楕円の流線を持つ形へと定まった。
これは……きな粉もち……じゃなくて、スライムの形?
(超簡単)
(簡単言うな! 俺がシンプル単細胞みたいだろ)
事実としてそうなんだから、本当は文句は言えないのだが。
俺そっくりの砂スライムになったレトラは、心なしか念話の声を弾ませた。
(でもこれで俺達、仲間っぽくなったんじゃないかな?)
(……まあな)
スライム二匹。連れ立って歩くにはちょうどいい具合だろう。
せっかくなので、前世のことも交えて互いに軽く自己紹介をした。
レトラの前世の名は、藤馬泉。男子大学生。俺って言ってた時点で男だとは思ってたけど、それなら何で外見が美少女なんだよ詐欺だろ。
というか、享年十九歳だと……? まさかの十代、ティーンとかピチピチすぎるぞ羨ましい! ……いやコイツも死んで転生してきたわけで……人生を終えるには、十九年という時間は余りにも短い。
幸か不幸か生まれ変わって、また命を得たんだ。魔物ではあるが、今度こそこいつが充実した人生を送っていけるよう、先輩として道標になってやらねばなるまい。
(だったらレトラ、お前はこれから俺の弟ってことにしないか?)
(……お、弟? いいの?)
(俺達は同じ名前を持って、同格になったんだろ? もう手っ取り早く兄弟でいいんじゃないかと思ってな。それに、この見た目なら誰から見ても兄弟みたいなもんだろ)
透明感ある薄青いスライムの俺に、滑らかで綺麗な砂スライムのレトラ……うん、どこに出しても文句の付けようがないスライム兄弟だ。明らかに種類が違っているが、細かいことは気にしないのだ。ちなみに俺には兄が一人いただけだし、レトラは一人っ子だったそうで、お互い新鮮な気分が味わえそうだな。
(じゃあ……そうする。よろしくな、リムル)
(ああ。それじゃ行くか、レトラ)
ステータス
名前:レトラ=テンペスト
種族:
加護:暴風の紋章
称号:なし
魔法:なし
ユニークスキル:『
エクストラスキル:『砂憑依』『魔力感知』
コモンスキル:『念話』
耐性:物理攻撃耐性、痛覚無効、捕食無効
※リムルを真似て丸まっており、ほぼ砂スライム
※もしくはきな粉もち