転スラ世界に転生して砂になった話   作:黒千

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28話 砂妖魔②

 

 四、五日ほど前の話だ。

 

「リムル……これって……」

 

 俺とリムルが使っている寝室のベッドの上。

 そこには青みがかった銀髪の美少女、リムルの分身体が腰掛けていた。

 

「さあレトラ、どんと喰え!」

「何? 何言ってんの? どうしたのリムル?」

 

 俺が強くなれるよう協力してくれる、とは聞いていたけど……夜、準備が出来たんだと俺を部屋へ連れて来たと思ったら、リムル(本体)が思ってもみなかったことを言い出した。

 

「お前、『影移動』を持ってないって言ってただろ? どうにかならないか考えてたんだが……この前、味覚や耐性をお前にやったのと同じ方法で、スキルを渡せばいいんだって思い付いてな」

 

 この前……この前の…………

 リムルの分身体を『風化』させて『吸収』したやつ……あ、あの気持ち良いやつを?

 あれを、またやるって……? 

 ぞっとした。

 

 この世界で俺が初めて、唯一あの時だけ感じた、意識の全てを塗り潰すような強烈な快感。

 もうリムルを喰う機会はないだろうと思って、考えないようにしてたのに……何で俺は、リムルを喰って気持ち良いなんて思ったんだ……? 

 

「ま、『大賢者』の提案なんだけどな。流石にユニークスキルは無理だが、エクストラスキルまでなら分身体に持たせられるってことも確認してある」

 

『大賢者』先生、余計なことを……! 

 何も知らないリムルは腕を組み、得意気に笑っている。

 

「とりあえずこいつに持たせたのは、役立ちそうな『影移動』と『多重結界』とあと……ああ、お前は砂だから、スライムの俺とは勝手が違うだろうけど、使えそうなスキルは何でも使ってくれ」

 

 それはリムルの完全な兄心で、完全な善意だった。

 そして俺にとっては悪魔の誘惑にも近い。リムルに味覚と耐性を貰った時、同時に俺の魔素量も上がった。あれで操れる砂がかなり増えた覚えがあるし、今回もきっとそうなるはず……だけど……

 

「……それで強くなるのって、ズルくない?」

「どこが? 俺だってバンバン『捕食』しまくってるだろ。お前に『風化』と『吸収』がなかったらこんなことも出来ないわけだし、お前は自分のスキルを有効利用して強くなれるんだぞ?」

 

 もっともらしいことを言う。開いてしまったリムルとの差を少しでも埋められる……これで強くなれるなら……気持ち良いのは我慢して、リムルを砂にして喰うべきなのか? 

 

「レトラ、俺達はこういう世界に転生してきたんだ。もちろん俺は兄貴としてお前を守るけど、お前自身がもっと強くなった方が、生きていくには困らないだろ」

 

 リムルには兄貴の責任があるだろうし、俺が大事にされてるのもわかる、それは嬉しいと思う。でも俺はそれだけじゃ嫌なので……そうだな、いつまでもリムルのお荷物でいるのが嫌なら、正攻法だけではリムルに追い付けないなら、まずは俺も出来る限りのことをやらないとな。

 

 

 

 ……いや、だからってね?

 やっぱりこれって、何かがおかしいよな?

 

「お疲れ、レトラ」

 

 再び俺はリムルの分身体を『風化』させ、その砂と一つになった。

 思っていた通り今回も気が遠くなるくらい気持ちが良くて、背徳感が半端じゃない。呼吸しない身体で良かった……ハァハァ言ってたら変態確定だろ、泣くよ俺。

 

 ぐったりと疲労を装ってベッドに沈む。

 痺れるような快感が尾を引いて、砂の身体を支配していた。

 

「俺を喰うとか、まあ気分は良くないかもしれないが、よく頑張ったな」

 

 ベッドに座ったリムルの手が頭を撫で、触れられる感触にまたゾクリと背筋が疼く。『風化』はもういいから引っ込んでろと、興奮のような何かを抑え付ける俺に──無情な宣告。

 

「今日はもう寝るとするか。渡したいスキルはまだまだあるから、続きは明日な」

 

 …………え、これ、まだ続くの? 

 

 

 

 

 そういうわけで、最近の俺は夜な夜なリムルを喰って……気持ち良いのはその時だけ耐えれば済むはずだったのに、それがだんだんとマズイことになってきた。

 もっと欲しい、とかいう手に負えない欲求が俺の中に残り続けるようになってしまったのだ。リムルに気付かれたくなくて、急いで砂にして急いで飲み込むようにしていたのが仇となったのかもしれない。

 

 ──もっと、もっと、溶かしたい?

 ──飲み干したい? 誰を、リムルを? 

 ──やめろ、そんなことしない、俺は……

 ──苦しい、欲しい、助けて、ああ、喉が渇く……

 

 リムルを喰うことで思い出したように騒ぎ出すこの欲求だが、何とか我慢していれば時間経過で治まってくれることはわかったので……大丈夫だ、そのうちリムルの方で俺に渡すスキルがなくなれば、この地獄も終わるんだから。

 そう信じて、俺は昨日も擬似的に眠るリムルの横で狂いそうな夜を耐えたのに、朝になっても欲求が治まり切っていなくて震え上がった。うん、俺は日に日にヤバくなってる。

 

 そんな中、ソウエイに俺の"風化欲求"を知られた。

 リムルの傍にいるととんでもないことをやらかしそうなのが怖くて、朝までどこかに隠れていようと部屋を抜け出した俺を見掛けてついてきてくれたらしく、不安定になっていた俺が暴露してしまったのだ。

 俺がリムルを砂にして飲み気持ち良くなっているとか、打ち明けられたソウエイだって困るだろうなと思ったが、では自分の分身体をどうぞと申し出てきたのにはビビった。そういうのは予想してなかった。何だこれ……忠誠心? すごくない? 

 

「……じゃあ、そこ座って」

「はい」

 

 ソウエイと一緒に、物置部屋の一室へ入る。

 暗い部屋の隅に俺の砂でクッションが敷かれ、指示通りそこへ腰を下ろすのはソウエイの分身体。それを眺めるように並んで立っているのが俺と、ソウエイの本体だ。

 

「……本当にいいの? 砂にするよ? 分身体とは言え、喰われるんだよ? 俺なら嫌だけど」

「レトラ様のお役に立てるのなら本望です」

「うう……ぐうぅ……」

 

 待てよ俺、よく考えろ。今ならまだ引き返せるんじゃないか? 部下を砂にする上司とかこの世にいなくていいヤツだろ……取り返しのつかない一線を越える前に……何とか……!

 

 抵抗するにはもう遅かった。思考とは裏腹に、限界に近い身体が勝手に動く。引き寄せられているのか引き止めているのかわからない重い足取りで近付いて、俺はソウエイの膝に乗る。

 身体を丸めて分身体にぴったりくっつき、胸に顔を押し付けると、あ、ダメだ気持ち良い。砂の身体でくっついただけでもう気持ち良い。ゾクゾクする、砂にしたい、早く、一つに。

 これは、期待感だ。触れた獲物を『風化』させたい、今まさにそれが叶うっていう高揚感。

 

 今まで色々なものを砂にしてきたけど、そのほぼ全てに特別何かを感じたことはなかった。美味しい食事やシュナが作ってくれた服でも変わらなかったのは、たぶん、物だから。

 恐らく俺には、大事なものを砂にして一つになりたい欲求がある。

 要するに……大事な誰か、ということだ。

 一体どういう化物なの俺。

 

 ソウエイの言ったような、砂妖魔(サンドマン)の本能があったとして……自我もない魔物のままであれば、そこらの砂と融合するくらいで済んだのに。そこへ元人間という意識と記憶が加わったことで、俺の欲求はよりにもよって、俺の好きなテンペストの皆に向けられたんじゃないのか? 

 

「ソウエイ……」

「はい」

 

 俺はリムルもソウエイも、皆のことは前世から好きだしなあ……それを砂にして……もう、想像するだけでおかしくなりそう。早く、早くと膨れ上がる焦りに、指先が震える。

 ああ、ダメだ。喉が渇いた…………

 

「…………嫌いに、なんないでくれる?」

「御心配無く。どうぞ、レトラ様」

 

 腕を目一杯に伸ばしてソウエイの背中へ回し、ぐっと身体を押し付けた。

 うあ、ああ、あああもう。無理。もう無理、止まらない。触れる箇所から湧き上がる快感に、ざらあ、と身体が崩れる。

 砂にしてしまったら、飲み干してしまったらそれで終わりだ。きっと信じられないくらい気持ちの良い最後の瞬間をなるべく遠くへ。触れることで高まる期待を、その快感を一秒でも長く味わおうと砂の身体を擦り付ける。俺に纏わり付かれた分身体が、ゆっくりと砂の中に飲み込まれていく。

 溶けていく、砂になる、俺と、同じ、

 これは俺の、……俺の、大事な、ああ、…………

 ……………………………………

 ……………………

 …………

 

 

 

 

「──様、レトラ様」

 

 ……はっ。何度も呼ばれて我に返る。意識を飛ばしていた。

 俺は砂のクッションの上に、さらさらに崩れた砂山として横たわって……いや、広がっていた。砂溜まりの傍に膝を突いたソウエイ(本体)が、俺を覗き込んでいる。

 

「レトラ様、お目覚めになりましたか。御加減はいかがですか?」

「うん……あ、大丈夫……治まってる……」

 

 満腹になったっていうか、気が済んだっていうか。

 あの歪んだ欲求はスッキリと解消されていて、こんなに気持ちが軽いのは久しぶりだ。

 今までずっと引き締められていたソウエイの口元が、ふっと緩む。

 

「それは何よりです」

 

 あ、笑った。いつも冷静なソウエイから零れた、明らかな安堵。

 ソウエイはすごいな、自分の分身体を犠牲にするとか……配下としての責任や義務だけで言い出したんじゃなく、本気で俺を心配してくれたんだろう。

 

「ソウエイ、ありがとう。本当に助かった」

「いえ、こちらこそ身の程を弁えずに……出過ぎた真似をお許し下さい」

 

 人間形態を作り上げて居住まいを正し、真剣に感謝を伝える。

 大袈裟じゃなく本当に助かったよ……リムルを喰いたくなる俺は頭がおかしくなったかと思ったし、あのまま誰にも言い出せずにいたら、俺は血迷って家出くらいしていたかもしれない。

 一方、頭を下げたソウエイにはもうクールな雰囲気が戻っていた。仕事人だなあ。

 

「リムル様が心配なさるかもしれません。部屋へ戻られた方が」

「ソウエイ」

 

 立ち上がろうとした腕を捕らえた。軽い力で動きは止まり、俺はソウエイを見上げる。

 

「なあ、朝までいてよ」

「っ、」

 

 一瞬、ソウエイが息を呑んだ……けど何だ? 

 俺はただ、このまま帰すのはソウエイに悪いと思って……

 

「分身体に使ってた魔素、俺が取り込んだ所為で消耗しただろ? 朝まで俺の影に入って休んでればいいよ、少しは魔素も回復するだろうから」

「俺は……見回りがありますので」

「言おうと思ってたんだけど、ちゃんと寝てる? いつもこんな夜通し働いてるのか?」

「いえ、今日は……」

「今日は?」

「……いえ。何でもありません」

「とにかく、入って入って。これ命令だからな」

「……失礼致します」

 

 押し切った! 俺が砂を広げて作った影にソウエイが沈んでいく。

 静かになった暗い部屋で、砂の上に腰を落ち着け一息吐いた。今夜はここでのんびりして、夜が明けたらソウエイを起こして、リムルの寝てる部屋に戻ろう。

 

 強くなりたいとは思ったけど、まさかここまで酷い副作用があるなんて……砂妖魔(サンドマン)の本能と俺の自我が合わさった結果だとしても、控えめに言って変態でしかない。辛い。

 リムルには知られたくないな……言わないでおこう、こんな弟いらねぇ……

 "リムル喰い"ももうすぐ終わるだろうし、あと少しだけの我慢だ。

 

 

 




※『渇望者(カワクモノ)』を持っているのも悪い
※あと少し、次は28.5話です



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