「やっほー、ゲルド!」
「これはレトラ様」
建設作業が進む町中で、俺はゲルドに声を掛けた。
生真面目なオーク達に相応しい、キリッとした主でいようと心掛けた時期が俺にもありました。見ての通り、とっくに化けの皮は剥がれてしまっている。誰も気にしてないし別にいいや。
資材を運ぶ途中らしいゲルドは一度立ち止まったが、俺が追い付くとすぐにまた歩き出す。これは俺が以前から……ゴブリン村の頃からずっと、俺が様子を見に来ても作業を止めなくていいと言い続けてきた成果だ。俺は邪魔しに来てるわけじゃないからな。その心得は古株のゴブリン達から、確実にオーク達にも伝えられている。
「最近どう? ちゃんと休んでる?」
「休むなど滅相もない。この町のために働くことが我らの生き甲斐です」
「皆には無理して身体壊して欲しくないし、身体壊さなかったら無理していいって理屈にはならないからな? リムルもしっかり休めって言ってたよ」
「肝に銘じます……」
ハイオーク達は相変わらず熱心に働いてくれているということで、近況を聞いても御心配には及びませんとまるで問題なさそうな返事が来た。皆しっかりしてるなぁ。手の掛からなさすぎる優秀な部下達にしみじみしていると、ふとゲルドが言う。
「強いて言えば一つだけ」
「え、何かあった? どうしたの?」
「ここしばらくはレトラ様のお姿を拝見出来ず、皆寂しがっておりました」
「マジか……」
俺は事あるごとに町の各所に顔を出す
「うん……最近あんまり顔出せてなかったな、ごめんな」
「いいえ、レトラ様はお忙しい身なのですから、どうかお気になさらず。ですがもし今度お時間があるようでしたら、現場に立ち寄って頂ければ皆が喜ぶかと……」
本当に俺が忙しい身かどうかは置いといて……そんなの、まず俺が喜ぶに決まってるだろ!
俺は早速ゲルドについて行き、久しぶりに建設現場の見学をさせてもらった。遠目に作業を見守って、たまーに手を振ってみると、慣れたゴブリンの他にも控えめに手を振り返してくれるオークがいてすごく癒された。
その帰り、町を歩く俺の足取りは軽い。
リムルに分身体さえ喰わされなければ"風化欲求"が起こることもなく、毎日は快適だ。
ただし、俺には少し気になることがあった。
《呟。体内の保有魔素量が許容値を上回りました》
あ、また来た……この呟きだ。
相変わらず、俺と会話してくれない系ユニークスキル『
《呟。体内魔素量が飽和状態に達しています》
いつもと違うことを呟くようになったと思ったら、その内容が何だか怖い。
たぶんリムルの分身体を喰いまくって魔素が増えたってことなんだろうけど、詳しく聞こうにもウィズとは話せないし……リムルに頼んで『大賢者』に相談してみようか?
あまり放っておくのも危険な気がする、そろそろ何かしらの対応を……
《呟。飽和状態が長期間改善されない場合、過剰魔素分が暴走し、存在維持困難、精神体の崩壊及び消滅が予測されます》
「早く言えよ! そういうのは!」
そうかこれ、召喚者の子供達と似たような症状だ! 魂と融合した膨大な魔素を制御しきれず死に至るという……って何で俺が後天的にそんな事態に陥ってんだよ!
ど、どうすればいい? 精霊でも宿して……ってそんなお手軽に出来る方法じゃないだろ。魔素が過剰ってことは、何かスキルでも使って魔素を消費すればいいのか?
それとも、もっと他の使い道が──
《確認しました。スキル進化に必要な規定条件が満たされました》
"世界の言葉"が響いた。
進化? ……スキル進化?
もしかして、リムルに魔素を与えられた今の俺は、例えば名付け後の進化待ちのような状態にあるのか? もちろん名付けと比べれば増えた魔素は少ないだろうけど、今の俺では持て余すくらいの量にはなっていて……種族進化ほどではなくても、スキル進化なら可能ってこと?
そして進化とはある程度、本人の希望に左右されるものだと俺は認識している。
え、それじゃあ俺は。俺だったら…………
「リムルマジ神ホント大好き愛してる」
「お……おう!? どうしたレトラ」
町中を駆け戻る途中で、ぽよぽよと歩いていたリムルを見掛け、俺はそのスライムボディをがしっとホールドして最大限の感謝を述べた。だいぶ頭の悪い勢いで。
だけど仕方ないだろう、これは本当についさっきの出来事だが──
《確認しました。ユニークスキル『
キ タ コ レ ……!
『
"世界の言葉"によって進化の成功を知り、恐る恐る問い掛けてみると……
(えーと……お前が、『
《解。ユニークスキル『
(うおおおお……!)
ウィズが! 喋る! 答える!
ずっと一緒にいたはずの先生とここに来てやっと会話が成立したとなれば、そりゃテンション急上昇にもなる。俺の言葉に反応してくれるだけで、こんなに嬉しいとは思わなかった……!
「へえ、そういう進化もあるんだな。で、どうして俺が神に?」
「この前からリムルに貰い続けてた魔素が多過ぎたみたいで、危うく俺が消滅するとこだったんだけど、うまくスキル進化のエネルギーとして使えたんだよ!」
「お前それちょっと聞き捨てならないんだが……そうか、俺がやり過ぎたのか。悪いな、今度はもう少し魔素量も調節してみるよ」
「あ、次もあるんだ……」
あれだけ大変な目に遭ったので、"リムル喰い"はなるべく遠慮する方向で行きたいのが本音だけど……そのお陰でウィズが進化したし……頭の痛い問題だ。
とにかく、俺にもとうとう頼れる相棒が出来たのだ! 色々聞きたいことがあるし、先生と会議開いてくる! と宣言する俺を、地面に降りたリムルが複雑そうに見上げてきた。
「なあ、俺が言うのもなんだが……あまり脳内の友達とばかり付き合わないようにな……?」
「そのセリフは熨斗付けてリムルに返すわ」
「まあ……そうだよな、うん」
リムルにだけは言われたくない。本当に。
自覚のあるらしいリムルはそれ以上口出ししてくることはなく、俺は再び駆け出した。
「それじゃあ早速、俺について確認させてくれ……!」
寝室に戻った俺は、逸る気持ちを抑えつつベッドに腰を下ろし、『
やっとだよ! 皆はどうやって自分のスキルや耐性を把握してるんだ? 自分のことなら勝手に理解出来る仕組みになってるのか? 俺にはそういうの一切わからなかったけど?
俺のステータスについて、ウィズから得られた回答をまとめるとこうなった。
名前:レトラ=テンペスト
種族:
加護:暴風の紋章
称号:"魔物達の守護者"
魔法:なし
ユニークスキル:
『
エクストラスキル:
『砂憑依』『魔力感知』『多重結界』
『影移動』『分身体』『黒雷』『黒炎』
『分子操作』『粘鋼糸』『剛力』『身体強化』
『音波感知』『超嗅覚』『熱源感知』
コモンスキル:
『威圧』『思念伝達』『身体装甲』
『毒霧吐息』『麻痺吐息』
耐性:
痛覚無効、熱変動無効、腐食無効、捕食無効
物理攻撃耐性、電流耐性、麻痺耐性
てんこ盛りだった。
リムルは本当に、片っ端からエクストラスキルをくれたんだな……
エクストラスキルであればおおよその効果はわかる。『砂憑依』も、『融合』と『分離』で砂を身体の一部にしたり切り離したりすることが出来るスキルだ。
重要なのは、俺が独自に持っているユニークスキル。その効果を詳しく確かめておこう。
ユニークスキル『
風化:接触状態にある対象を最小単位へ還元し、砂状物質を生成する。効果対象は物質体、精神体、魔法、スキル等。
吸収、放出:水分及び砂を、固有の亜空間へ出し入れする。対象に含まれる魔素、構成情報を取得可能。
やっぱり『風化』って、劣化させるとかいう物理的な効果じゃなかったらしい。炎だろうと妖気だろうと、何でもあの綺麗なサラサラ砂になるもんな。問答無用の変換が行われてるというか……俺のメインウェポンだけど、何となく見境の無い力なのが怖い。
ユニークスキル『
砂操作:魔素を行き渡らせた砂を自在に操る。
造形再現:砂を任意の形へ成形する。造形物の記憶が可能。
変質化:砂の性質を変化させる。特定の構成情報を所有していれば、『造形再現』と合わせて同質体の構築が可能。
俺のメインウェポンその2。『砂操作』による砂の汎用性が高すぎる上に、『
ユニークスキル『
思考加速:通常の千倍に知覚速度を上昇させる。
解析鑑定:対象の解析及び鑑定を行う。
並列演算:思考と切り離して演算を行う。
森羅万象:この世界の、隠蔽されていない事象の全てを網羅する。
あ、これは大体知ってる! 『大賢者』先生に匹敵する有能ぶりだ、素晴らしい。でも『詠唱破棄』を持ってないのか……リムルからも魔法は貰っていないみたいだな。
待てよ? 俺が砂にして吸収したものは『
掌を上に向けて念じると──ボウッ! と炎が燃え上がった。
《告。ユニークスキル『
砂が火になったんですけど。確かにこれは造形というか、再現だ。
魔法が使えなくても火が出せて、スキルの『黒炎』や『黒雷』だけじゃなく、『分子操作』では水も操れるはずだから……やれることは色々とありそうだ。
「そういえば、俺って精神生命体みたいだけど、
《解。組成からは種族:
結果的には
「俺の砂が水に濡れないのは何で?」
《解。エクストラスキル『砂憑依』により、依代の乾燥状態が保たれるためです。また、ユニークスキル『
俺のスキルが全力で水濡れをお断りしている……考えてみれば、砂が濡れると動きが制限されてしまうし、スキル自体に能力低下を防ぐ仕組みが備わっているんだろう。
「何で俺は『捕食無効』なんて耐性を持ってるんだ?」
《解。スキル及び耐性獲得時の、
「それにしても、ちょうどリムルの『捕食者』に対応するような耐性が付くもんか……?」
《要望が世界の情報と照らし合わされ、ユニークスキル『捕食者』への耐性として獲得に至ったものと推測されます》
ということは……俺が転生してきた時には、この世界にはもう『捕食者』を持ったリムルが生まれていた? やっぱりリムルの方が年上なのか。転生時期は同じくらいなんじゃないかと思っていたが、下剋上ならず。
それからも日頃気になっていたことを尋ねまくり、淡々と返ってくる答えに耳を傾ける。気の済むまで質疑応答を繰り返した後、俺は最後の質問をした。
「ウィズ、って何だかわかる?」
《解。
そうか……お前のことなんだけど、名付けには失敗してるしな。わかんないか。
それなら、と思ってもう一度名付けを試してみるが…………
《名付けに失敗しました。名付け可能対象が存在しません》
はいはい。"世界の言葉"に溜息を吐く。
『
いや、今まで会話も出来なかったスキルがこうして進化したくらいなんだから、まだまだ諦めてはいられない。俺はウィズと呼び続けるよ。いつか自我が芽生えたら、その時はよろしくな。
※スマホで確認したらステータス部分の崩れ方が酷かったので、短めに改行しました。レイアウトはまた変わるかもしれません
おまけ
ユニークスキル『
解析鑑定:対象の解析及び鑑定を行う。ただし実行命令を認識不可。
並列演算:思考と切り離して演算を行う。ただし実行命令を認識不可のため、リンクされたスキルの演算補助のみ可能。完了後にはリンク解除となる。
森羅万象:この世界の、隠蔽されていない事象の全てを網羅する。ただし実行命令を認識不可。