転スラ世界に転生して砂になった話   作:黒千

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30話 ステップアップ

 

「ふっふっふ……」

 

 窓から入ってくる光と、鳥達のさえずり。

 清々しい朝、爽やかな目覚めだ。

 実際のところ俺に睡眠は要らないし、昨夜は擬似睡眠もしていないけど。

 

 ここは俺の自室、"レトラの庵"。

 ちょっと愚痴を言わせてもらうと、実はこの庵を手に入れるまでに一悶着あったのだ。

 リムルが専用の庵を構えることを知っていた俺は、その計画に乗じて俺にも建てて欲しいと意見を出した。するとリムルは、心底不思議そうな顔でキョトンと首を傾げて……

 

「お前は今まで通り、俺と一緒の部屋でいいだろ?」

 

 いやいや。

 いやいや、ちょっと待とうか。

 確かにゴブリン村の頃からずっとリムルと相部屋だけど、それは今まで部屋どころか建物も足りない状況だったからだ。家すらなくて外で寝起きしてる住人がいるくらいだったのに(本人達が笑顔で平気だと言っていても)、自分の部屋が欲しいなんて言い出せたわけがないだろ! 

 

「お前が欲しいって言うなら、まあいいけど……じゃあ俺の庵の近くに……」

 

 リムルの渋々とした様子は見えない振りをして、俺の希望は通った。

 ふう、危うくプライベート空間が確保出来ないところだったぜ……

 

 建設作業員としてめきめき能力を発揮してきたハイオーク達の手に掛かれば庵の一つや二つ、やはり大した手間でもなかったようで、リムルの庵に続いて間もなく、俺の庵も完成した。

 リムルのそれよりも奥まった場所にひっそりと佇むのが俺の庵だ。周りを囲むように木々が植えられていて、隠れ家みたいで子供心がくすぐられる。

 

 朝になったので、俺は甚平姿のまま『影移動』を使って移動した。

 俺の庵が出来るまでの間、先に完成していたリムルの庵で寝泊まりして朝食を取っていたのが習慣となり、俺は今でも毎朝リムルの部屋に通っている。

 

「おはよう、リムル」

「おうレトラ。おはよう」

 

 畳敷きの和室には机が置かれ、同じく甚平姿のリムルが腰を下ろしていた。

 今は食事のために人化しているが、リムルは基本的にスライム姿でいる方が楽らしい。俺はスライム型でも人型でも、あんまり変わらないかな……人型の方が構造は複雑だけど、今更『造形』が大変だとも思わないし。

 座るリムルが俺を見上げて、ん? と眉を動かした。

 

「あれ……レトラお前、何だか雰囲気が……?」

 

 ふっふっふ。気付いたかな? 

 正直俺はこれがやりたくて、自室の完成を待っていたようなものだ。

 我慢出来ずに俺はドヤ顔をしているだろうから、リムルも何かあることは察したようだが……さあ、当ててみるがいい! 全身がよく見えるように、腰に手を当てその場にふんぞり返る。

 

「失礼致します」

 

 そこへ声が掛かり、戸を引き開けてシュナが現れた。朝食を乗せたお盆を持ち上げ、しずしずと部屋に入ってくる。

 

「おはようございます。リムル様、レトラ様」

 

 にっこりと微笑むシュナは"巫女姫(かんなぎ)"の役職に就いている。でも普段やってることは食事の支度か服飾関係か……あまり巫女の仕事とは思えないんだけど、本人は満足そうだからいいか。

 おはようと声を掛けながら道を譲った俺に、シュナが目を留める。

 

「まあ、レトラ様……もしや、背丈が大きくなられたのではありませんか?」

「シュナ正解ー!」

 

 そうそれ! 俺はとうとう、人間形態を成長させたのだ! 

 今まで『砂工職人(サンドクラフター)』に記憶させていた俺の姿を、少し成長させられないかウィズに相談してみたら更新可能ですって言うから、昨晩こっそりと手直したというわけだ。

 

「シュナ、よくわかったな? 気付かれないかもって思ってたんだけど」

「そんな……レトラ様に御仕えする巫女として当然の務めですわ」

 

 それも巫女の仕事だったのか……

 いや、こんな少しの変化を一目で見抜けたのは、細やかでよく気の付くシュナならではだ。

 リムルは座っていたせいで俺の違和感を看破出来なかったんだろうけど、ものすごく衝撃を受けた様子で、焦りを浮かべながら立ち上がる。

 

「背が伸びた……だと……? おい、レトラ!」

「ふふふ……焦るなよリムル。どっちが大きいかは、比べてみればわかることさ」

「言ったな……!?」

 

 バッと互いに背を向け、ピンと伸ばしたそれを合わせて立つ。背比べである。

 判定をシュナに頼むと、朝食のお盆を置いたシュナが微笑ましいものを見守る慈愛を浮かべて俺達の脇へやってきた。じっと凝らされる目。

 

「ほんの少し……リムル様の方が背がお高いようですね」

 

 背後から伝わってくる、決して声には出さない安堵。

 それもそのはずで、ちゃんとウィズには「リムルよりかろうじて低いくらいに」と注文を出しておいた。弟に身長を抜かされたら兄貴の威厳にヒビが入るだろうし、俺は弟の鑑だと思う。

 まあ俺達二人とも、まだシュナよりも背が低いんだけどな! 

 

 

 

 

 数日後、お昼時に食堂へ向かうと中が何だかザワザワしていた。

 覗いてみると、シオンに抱えられたいつものリムルと──ガビル達。到着したんだ! 

 

「このガビル、リムル殿のお力になりたく馳せ参じましたぞ!」

「リムル様、斬りますか?」

 

 背中の大太刀に手を掛け、シオンが物騒なことを言う。食事しながら言いのけたガビルの失礼な態度が気に入らなかったんだろう、あとたぶんリムル"殿"ってあたりも。リムルの秘書のはずなのに武闘派なシオンの役職は"武士(もののふ)"……うん、似合ってる。

 調子に乗りすぎたと察したガビルが部下共々跪き、ここへ来た経緯を話し始めた。

 

「何卒、我輩達をリムル様の配下に加えて下さいませ……!」

 

 親父さんに勘当され、リムルの配下としてやり直したいという決意を見せるガビル達を、リムルは追い払ったりはしないはずだ。

 口出しすることでもないなと俺は食堂の外から見守っていたんだけど、廊下を行き交う魔物達に挨拶されて返事をしていたら、リムルに気付かれた。

 

「何やってんだレトラ?」

「あ、何だか騒がしいなーと思って……」

「おおっ、お主は確か以前森で会った……この町の者だったのですな!」

 

 隠れているのも不自然なので近寄って行った俺に、ガビルが声を掛けてくる。俺を覚えていたようだ。少し背が伸びたからって、全体的にはそれほど変わってないもんな。

 

「何だ、知らなかったか? 弟のレトラだ」

「な、なんと? リムル様の弟君……そうとは知らず御無礼を……!」

「レトラ様を知らぬとは、不敬にも程がありますね」

 

 シオンの顔が怖い。知らないだけで断罪するのはあんまりだからやめてね。

 戦場で俺を知る機会はあったかもしれないが、俺はほぼ戦闘参加していなかったしフードで顔が隠れていたし、ガビルはガビルで命懸けの渦中にいたんだからそれも仕方ないと思う。

 

「道を聞かれたんだ。町に用があるって話だったから教えたよ」

「ああ、そういえばリザードマンの使者に会ったって言ってたな……そうか、じゃあお前の意見も聞いておくかな。お前の目から見て、ガビル達はどうだった?」

 

 思い掛けない問が俺に振られた。

 え? と聞き返すも、どうやらリムルは真面目に言っているらしい。

 

「その時は、ガビルはお前を一般の魔物だと思って接してたわけだろ? 覆面面接みたいなことにはなるが、そういう時こそ本来の人となりが出るってもんだからな」

 

 リムルはあれだ、使者としてやって来たガビルにはすごくイライラさせられていたし、普段からガビルが他人に対して舐めた態度で接しているようなら……と言いたいんだろう。

 ちらりと目を向けると、ガビル一行が青褪めてハラハラと俺の反応を窺っている。

 リムルの言っていることには一理あるけど、俺に聞くのは人選ミスだ。

 だって俺、ガビルのことは元から好きだし……! 

 

「えーと、ガビルは丁寧に俺に話し掛けてきたし、部下達とも楽しそうにしてたし、何も問題なかったよ? そうだ、もうすぐ戦争が起こるから、避難した方がいいって言ってくれたんだっけ。あの時は親切にありがとう」

 

 流石に贔屓なんて出来ないが、俺がわざわざ味方するまでもなくガビルは紳士的だった。

 はあー……とガビル達は安心したように息を吐く。日頃の行いって大事だな。

 

「大丈夫そうだな。じゃあ、行く当てもないって言うならいいぞ、配下となることを認めよう」

「あ……有り難き幸せ! このガビル、必ずやリムル様のお役に立って御覧に入れます! 無論、レトラ様にも絶対の忠誠を誓いますぞ!」

「うん、よろしくガビル」

 

 あれ? ガビルはもうユニークスキル『調子者』を持ってたっけ? いや、まだだったような……でも素質あるよな、お調子者の。ガビルらしくていいと思う。

 ソーカ(予定)も、ちゃんとガビルと一緒に来ていた。

 

「御無沙汰しております、リムル様、レトラ様」

「ああ、親衛隊長さんか」

「兄に償いの機会をお与え下さり、ありがとうございます」

 

 ソーカは兄であるガビルを慕って付いて来た──のではなく、見聞を広めるために父アビルに許しを得てやって来たという真相を知り、ガビルがショックを受けている。

 ソウエイに憧れて隠密部隊の一員となるソーカだが、名付け後のソーカは超美少女に変身するよなあ。個人的には龍の角があった方が可愛いと思う。リムルはエルフが好きだけど、俺は動物の耳とか角とか尻尾とか残ってる種族が好きかも……どうでもいい話だった。

 

 これでガビルもソーカも仲間入りだ。だんだんと仲間が揃っていくのは嬉しいな。

 ところで、俺がガビルと話している最中や、ガビルとソーカの仲の良い口喧嘩を観戦している現在など、時々リムルがじーっとこっちを見てくるのには何か意味があるんだろうか? 

 

「どうかした、リムル?」

「いや……キラキラしてるなーと思って」

「何が??」

 

 よくわからない会話もあったが、その後リムルはリザードマン達総勢百人くらいに名付けをした。最後にうっかり、名付け親のゲルミュッドを亡くしていたガビルの名前を"ガビル"と上書きしてしまったリムルがガス欠を起こし、どよめく皆を俺が宥めるという様式美。

 

 俺は各幹部に向けて、リムルが低位活動状態(スリープモード)に入ったこととガビル達が配下に加わったことを『思念伝達』で伝えた。ガビル達にはひとまず宿舎を手配し、リムルが目覚めるまで待ってもらうことにする。リグルドとの思念会話を終えてから、俺はシオンを振り向いた。

 

「リムルには午後から視察の予定があったよな? 代わりに俺が行くから、シオンも来て」

「え? ですが、それではリムル様のお世話が……」

「それは他の人に頼むから、シオンは俺と来て欲しいんだ」

 

 リムルは町の主として結構忙しいので、数日ダウンされただけでも後が詰まってしまう。ウチの配下達は優秀なので、きっと何事もなかったかのように皆で穴埋めしてくれるんだろうが、そういう時はほぼフリーの俺とシオンでフォロー出来るような体制を作っておけばいいんじゃないかと思う。

 俺の要請に、シオンはぐううっと表情を強張らせて……うん? 

 

「そんな……リムル様かレトラ様か、どちらかお一人を選ぶなんて私にはとても……!」

 

 これそういう話じゃないよシオンさん! 

 ……とは思ったが、寝てるリムルが相手なら俺が勝つね。未だに見た目が子供という特権で、不安そうに見上げつつ一緒に来てくれる? とお願いすると、シオンはすぐさま陥落した。

 リムルについてはゴブリナ達やランガに任せ、俄然やる気を出してきたシオンの希望で砂スライムになった俺は、その腕に抱えられて町の視察に勤しんだのだった。

 

 残念なことにシオンは秘書としての能力をあまり期待されていないが、慣れの問題でもあるだろう。せっかくの機会だ、こうして実地で経験を積んでいけばシオンもそれらしくなってくるはず。

 俺も似たようなもんだし、少しずつ出来ることを増やしていこう。

 

 

 




※外見が(9)くらいになりました



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