転スラ世界に転生して砂になった話   作:黒千

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32話 ドワーフ王の来訪

 

「ほっほっほ、お見事でしたなリムル様」

「ハクロウ……レトラも、何でここに? 待機してるよう言ったよな」

「ちょうど近くにいたから、そこの木陰で待機してたんだよ」

「お前なあ……」

 

 一騎打ちの決着が付いたのを見計らって出てきた俺達に、リムルが呆れた顔をする。

 空に天翔騎士団(ペガサスナイツ)を確認した後、リムルからの『思念伝達』で俺とハクロウに待機命令が出る頃には、俺達はもう妖気を隠して現場近くに到着していた。そして言われた通り、待機していただけだ。

 

「失礼ですが……剣鬼殿ではありませんか?」

「ふむ。あれから三百年ほどになりますか」

 

 ガゼル王がハクロウに気付き、再会した師匠と話し始めたので、俺はリムルに近付く。

 

「見てたよリムル。あの斬り下ろし受け止めたの、格好良かったな!」

「ほぼマグレだったけどな……お前は、ハクロウと稽古でもしてたのか?」

「うん」

 

 ハクロウに剣の稽古を付けてもらっていることは、もうリムルには知られている。

 お前もこっちでやってる稽古に来いよと時々言われるが、俺はまだそこまでのレベルじゃないと思うのでもう少し遠慮しておきたい。

 

 ところで、ここに来る前に木刀はさっさと砂にして片付けた。有り得ないとは思うけどガゼル王に第二の弟弟子だとロックオンされ、面白いだの腕試しだのそんなことになったら目も当てられないからだ。最悪でも宴会が始まるまでは隠し通して、あとは逃げ切る。

 それに、読心系能力者なのもちょっと……まさか記憶まで読まれることはないだろうけど……怖いな。なるべく遠くにいたい。

 

 

 

 

 ガゼル王達は、正式に町へ招待されることになった。

 謎の武装集団による襲撃かと町全体に避難命令が出ていたほどの事態だったが、その一団がリムルの客となった今、住人達に動揺は全く見られなかった。たくましいな。

 

 集会場として造られた建物にある畳敷きの大広間には食事や酒が並べられ、綺麗に盛り付けられた会席料理は一国の王を持て成すにも相応しい水準で、皆美味いと驚いてくれていた。

 ガゼル王はリムルやハクロウと話し込んでいるし、その配下達──天翔騎士団(ペガサスナイツ)団長ドルフはベニマルと戦闘技能について、宮廷魔導師(アークウィザード)のお婆ちゃんジェーンはシュナと魔法論議、軍部の最高司令官(アドミラルパラディン)であるバーンはカイジンと古い知り合いのようで話が弾んでいる。ガゼル王の命で俺達の動向を調査していたという暗部の長(ナイトアサシン)アンリエッタは、部下達があっさりソウエイに気取られ追い返されていたことを面白く思っていないようで、冷えた空気で嫌味の舌戦を繰り広げていた。ここだけ打ち解けてなかった。

 

「お久しぶりでございます、レトラ様。お元気そうで何よりですわ」

「あ、どうも。トレイニーさん」

 

 ガゼル王に弟弟子だと気付かれたくない俺は、目立たないように身内側の席に紛れてこそこそと食事に専念していたが、隣にトレイニーさんがやってきた。

 相変わらず綺麗な笑みを絶やさない、物腰柔らかなお姉さんだ。

 それにしてもトレイニーさんは、いつもわざわざ俺に声を掛けてくるなぁという印象がある。戦後会議の後にも野営地へ現れて、盟主となったリムルの力になって欲しいと挨拶されたっけ。森の社長としては盟主の弟のご機嫌伺いも必要……とは思えないんだけど、何か理由でもあるんだろうか。

 

「実はわたくし、前々からこうしてレトラ様とお話しさせて頂きたく思っていたのです」

「そうなんですか? 前から……?」

「わたくし達樹妖精(ドライアド)は、森で起こった出来事はおおよそ把握しているのですが……以前レトラ様が、食用に向かない球果を何度も何度も召し上がっていらしたのをお見掛けしまして」

「へっ?」

 

 それは予想もしない角度からやってきた。

 あ……あれか! 俺の味覚ゲット大作戦! 何とか味覚を手に入れられないかと、あのどう見てもまずそうな、硬い茶色の実をモグモグ食べてたあれのことか──! 

 

「み……見てたんですかあれを……!」

「恐れながら。あれは一体何をしていらしたのかと、ずっと気に掛かっておりましたの」

 

 いつの話だよ! オーガ達と遭遇した日のことだろそれ! 

 あれからトレイニーさんはずっとそれが聞きたくて俺にちょいちょい声を掛けてたけど、オークロードだの大同盟だの他の出来事が重大過ぎて、機会を逃し続けてきたってことなのか……

 今更そんなツッコミが、しかもトレイニーさんから入るなんて。俺は恥ずかしさで顔を熱くしながら、特にそれほど中身の無い真相をしどろもどろになって語った。

 

「そうでしたか、味覚を求めて……では、その成果の程は……?」

「何とか……リムルのお陰で……味がわかるように……」

「まあ素敵。お喜び申し上げますわ」

「変なところをお見せしてすみませんでした……」

「ふふ、とんでもないことです。レトラ様やリムル様のそうした追求心があるからこそ、この地に豊かな文化が生み出されているのですから」

 

 この町の食事情は物凄いスピードで発展している。リムルや俺が、こんなのが食べたいこういうのを作ってくれと我侭言い放題で、料理を次々と開発してもらっているからだ。『思念伝達』のお陰で希望はスムーズに伝わるし、俺の『造形』も見本を作ってみせるという意味では役に立っている。

 トレイニーさんは微笑み、手元のコップから酒を呷って一息吐く。

 

「このお酒も美味しいこと。あの揚げ芋の絶妙な塩加減ととてもよく合いそうですわね」

「……持ってきてもらいましょうか?」

「あら、わたくしそんなつもりでは……」

 

 はにかむトレイニーさんは可愛いんだけど、結構ですとは言わないあたりがね。食べたいんですね。

 給仕をしていたゴブリナ達にポテチを頼む。運ばれてきたポテチ盛りはそれぞれの卓に配られ、酒のおつまみとして好評を博していた。

 

「おーい、レトラー」

 

 ガゼル王と膝を突き合わせていたリムルが、片手を上げて俺を呼ぶ。ハクロウはもうその場を下がっているようだ。こっちへ来いと言われてウッと身構えるが、まさか嫌だと言うわけにもいかない。内心めちゃくちゃ渋々と、俺はトレイニーさんに断りを入れて立ち上がる。

 俺が隣へ腰を下ろしたのを確認すると、リムルはガゼル王を見上げた。

 

「改めて紹介するよ、弟のレトラだ」

「レトラ=テンペストです。どうぞお見知りおき下さい」

「ははは、リムルと違って慇懃なことだ。だがそう堅苦しくするな、聞いたぞ? お前も剣鬼殿に師事しているのだそうだな。ならば我々は兄弟弟子というわけだ」

 

 バレていた。そりゃ口止めはしてないし、避けられないと思ってたけどさあ……

 やっぱりガゼル王は弟弟子とは距離を詰めていきたいらしく、態度がやたらと気さくだった。まあ実際、酒を片手にポテチをつまんでいる姿は、親しみの湧くものではある。

 

「剣鬼殿はお前の自慢ばかりしていたぞ。今日も一泡吹かされたと、それは嬉しそうにな……どうだ、次は俺と剣を交えてみる気はないか?」

「き、機会があればということで……」

「レトラは人見知りなんだよ。あまり絡まないでやってくれ」

 

 俺にそんな属性があったとは初耳だけど、リムルが庇ってくれるのはありがたい。

 目を付けられるのは困るんだ……! 

 

「無理強いするわけにもいかんな、では今回は諦めるとしよう。時にレトラよ、お前は砂妖魔(サンドマン)と聞いているがそうなのか? こう言っては何だが、とてもそのようには見えんな」

「本当ですよ、ほら」

 

 聞いてるってのはリムルからか、それとも暗部からか。

 サラァとその場で人間形態を崩し、一度きめ細かな砂山になってみせてから、くるくると曲芸のように砂を動かしてお馴染みの砂スライムに姿を変える。

 

「ほう、これは見事だ。スライムと砂妖魔(サンドマン)が兄弟というのも、魔物とは面白いものだと思ったが……この姿であれば納得だな。よく似ている」

 

 ですよね。俺もそう思って丸くなってるんだよ。

 ガゼル王の配下達も俺の変化を見ていたようで、おお……と感心なのか困惑なのかよくわからない声がした。もしかして俺も、実力未知数の魔人として疑われているんだろうか? 

 

砂妖魔(サンドマン)まで人に化けるとは……聞いたこともありませんな」

「だからお前達は杞憂が過ぎると言うのだ。レトラは樹妖精(ドライアド)に存在を許されるほどの砂妖魔(サンドマン)なのだぞ、それこそ我らが口を出すまでもあるまい。そうであろう?」

「ええ、ドワーフ王。レトラ様への無礼は、わたくしが許しませんよ」

 

 正座してポテチを齧るトレイニーさんが、物静かな凄味でガゼル王へ返す。

 ポテチの皿がまだ山盛り状態だ……いやあれはまさか、もうおかわりをしたってことか……と、どうでもいいことを考えてしまうのは、現実逃避がしたいからだろう。

 俺の気の所為ならいいんだけど、今の話の裏を返せば……普通なら樹妖精(ドライアド)は、砂妖魔(サンドマン)()()()()()()()、という意味にならないか? 

 リムルもその不穏な含みに気付いたようだった。

 

「お、おいおい……何だそれ? レトラが、砂妖魔(サンドマン)が何だって?」

「何だ、お前達は知らぬのか? そうか、ジュラの大森林では砂妖魔(サンドマン)が希少であるが故に、森の魔物達には知られていないということもあるのだな。砂妖魔(サンドマン)は、乾燥と不毛を好み草木を覆い枯らす魔物──低位ランクのため自然への影響力は低いとされているものの、豊かな森ではあまり歓迎されぬ魔物と言われている」

 

 一般論ではあるが、と俺を気遣うような一言を足して説明してくれるガゼル王。

 その気遣いはトレイニーさんに対してもされていた。明言は避けたようだが、砂妖魔(サンドマン)を歓迎していないのは樹妖精(ドライアド)樹人族(トレント)やその眷属達、という意味だろう。

 研究組織を持つ人々の間ではそれが共通認識らしいけど、森に住む魔物達ではそこまでの事情を知らなかったようだ。俺を含め、恐らくこの場の魔物全員が驚きを隠せていない。

 

「それがどうだ。本来森に存在することも許されぬはずの砂妖魔(サンドマン)が、こうして樹妖精(ドライアド)と笑い合っているのだからな。大森林との共生が可能だと、森の管理者に認められるほどの砂妖魔(サンドマン)であるという証明には充分よ。俺個人としては、ぜひ剣で語り合いたいところだがな」

 

 ちょっと、ちょっと待って…………

 戦闘狂のオッサンの願望は聞こえなかったことにして、結局トレイニーさんは何なの? 俺をどう思ってるの? 俺はドライアドにとって何? 俺達さっき結構楽しくやってたと思うんだけど、あれは? 

 

「確かにわたくし達は、砂妖魔(サンドマン)を森に害を及ぼす危険性のある魔物としてきました。ですがそれは、砂妖魔(サンドマン)が自我を持たず意思疎通が不可能であるための対処。レトラ様のように高い知性を持つ御方を、一方的に厭うことは致しませんわ」

 

 戸惑う俺の視線にも、トレイニーさんは狼狽えることなく微笑む。柔らかな笑みは自然体で、その言葉に嘘はないということを窺わせるようだった。

 

「レトラ様は聡明にして慎ましやか、それに大変お可愛らしい御方ですもの。砂妖魔(サンドマン)でありながら決して森を枯らさず荒らさず、平穏と調和を重んじる振る舞いの数々……この町を始め、大同盟に集う多くの魔物達がレトラ様の守護に畏敬の念を抱くように、わたくしにも感謝こそあれ敵意などございません」

 

 トレイニーさんはにこにこと俺を褒め殺す。

 それによって、呆気に取られつつどこか緊張したようだった広間の空気が和らぐのを感じた。

 

「レトラ様。ぜひ今後とも、末永くよろしくお願い申し上げますわ」

「はい、こちらこそ。よろしくお願いします、トレイニーさん」

 

 

 

 

 

 

 ……いや、違う。

 その真意はまだわからない。

 

 だってこんな状況では、トレイニーさんは俺を擁護するしかなかった。

 俺をリムルと同格の主とする配下達はきっと俺への敵対を許さなかっただろうし、リムルでさえドライアドが敵か味方か見定めようとする目を向けていた。すぐにトレイニーさんがにっこりと微笑んで俺をベタ褒めする態度を取らなかったらどうなっていたか、考えると恐ろしい。

 

『トレイニーさん。すみません、内密にお話があるんですが……後日お時間を頂けませんか?』

『ええレトラ様、喜んで。それでは日時は……』

 

 結局明け方近くまで続いた宴会の後、客室へ案内されていくガゼル王達を見送る傍ら、俺とトレイニーさんとの間では思念会話による約束が交わされた。この問題については、じっくりと話し合わなければならない。

 

「レトラ、会議室に行くぞ。夜が明ける前に、急いで決めるとこ決めとかないとな」

「あ、うん。今行くよ」

 

 ま、そんなことより今もっと重大なのが、建国の話だ。

 ガゼル王がリムルに持ち掛けた、青天の霹靂とも言える国家間同盟の締結。

 これで、俺の待ち望んでいた"魔国"が──ついにこの世に誕生することになる。

 

 リムル=テンペストを国主とする、"ジュラ・テンペスト連邦国"。

 通称、"魔国連邦(テンペスト)"。

 その首都、中央都市リムル。

 

 俺の中では既に確定事項であり、これ以外の決定を認める気はない。絶対にだ。もしも違う内容に決まりそうになったら、俺が何としてでも阻止するからな! 

 

 

 




※フラグではないです
※トレイニーとの話し合いの前に、次はリムルとの話



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