33話 魔国連邦成立
俺達の作った魔物の町が、国家になる。
嘘のような話だが、ガゼル王からの同盟の申し入れは、今後魔物だけでなく亜人や人間とも交流していきたいと考えている俺にとって有り難いものだった。
提示された条件にしても、相互不可侵条約や国家の危機に際しての相互協力、相互技術提供など、互いに利益のあるものが多い。ドワルゴンまでの道路補設を全て俺達で請け負うというのも、魔物の国が大国の後ろ盾を得られるという利からすれば破格の条件だった。
このチャンスを無駄には出来ない。
二国間協定の調印式は今日中に行われる予定で、ガゼル王には夜通し酒に付き合わされてしまったため、その後バタバタと慌しく会議室に幹部達を集めて話し合いをした。
急遽決めなければならなかったのは国の名前だ。
皆は国名に俺やレトラの名前を入れたがり、俺達は鋼の意志で拒否を貫いた。
ならばと共通の名である"テンペスト"が最有力候補となり、ジュラの森大同盟やそこに参加する各地の魔物達の存在も加味した上で、国名は"ジュラ・テンペスト連邦国"に決定した。通称は"
と、一安心していたら、首都の名が"リムル"に決まってしまった。
俺だけ晒し者になるのは勘弁願いたく、どうせならレトラの名前も並べて欲しかったのだが、「町の名前が長くなる、語呂が悪い、王様の名前が採用されるべき」と、レトラに素知らぬ顔で切り捨てられた。何という裏切りだ……覚えてろよお前。
その他、調印式に向けて諸々の指示を出し、必要最低限の会議を終える。
後は一旦各自で休息を取るように言い、解散とした。
「レトラ、お前は寝ないだろ? 気晴らしに話でも付き合ってくれ」
「いいよ。今日は色々あったからなぁ」
レトラと共に俺の庵へ移動し、布団の上に転がる。
俺はスライム、レトラは人間のまま服装のみ甚平姿だ。
「基本的には、町の運営組織をそのまま継続させればいいよな……? 政治部門、軍事部門、建設部門、製作部門と……細かな再編は必要だろうけどそれは追々……しかし魔物の国と盟約を結ぼうなんてガゼル王も豪胆というかギャンブラーというか……まあ俺達の本質や将来性を見極めての判断なんだろうから……ああーこれからますます忙しくなるな」
構想なのか方針なのか愚痴なのか、頭の中の考えを整理するように零す俺に、レトラはうんうんと相槌を打って聞いてくれる。正直それだけで助かった。情けないと思われるかもしれないが、前世では会社員だっただけのオッサンが、一体どこをどうしたら国王として立つことになるんだよ……前世で培った常識に照らし合わせて、何とか無理なくやっていこう……
「そういえばレトラ、お前の方は大丈夫か?」
「ん、俺? 何の話?」
「さっきの、
「大丈夫だよ。俺は砂漠化に興味ないし、トレイニーさん達とも仲良くしたいと思ってるからね」
森に歓迎されないという
先程のトレイニーさんも、嘘を吐いている様子には見えなかった。森の社長のような存在であるトレイニーさんがレトラを評価してくれているのなら、俺が口を挟むことでもない。大体、
「それよりリムル。町が国になるんだし、俺もそろそろ仕事欲しいな」
「ん? そういや、前からそんなこと言ってたな……」
レトラにはどうも背伸びしたがる傾向があり、いつもウロチョロと仕事を探している。
配下達が揃って働き者な分、自分も働かないと申し訳ないとでも思っているのかもしれない。レトラは俺の弟で、皆にとっては俺と同格の主、そして町の守護者でもあるんだから、ここにいるだけで充分意味があるんだが……真面目な奴め。
しかし特定の仕事を与えるにしても、レトラの能力は反則すぎた。
先日も、火山地帯から町まで温泉を引く際に、『影移動』が使えるようになったレトラにも手伝って貰った。レトラとソウエイと共に影空間に入り、配管作業を行ったのだが…………
『
影空間の内部で、サラサラ……と零れ落ちる砂が見る間にパイプに変わっていくのは、正に魔法のような光景だった。俺の『解析鑑定』でも最高品質の魔鋼パイプで──ってちょっと待て。
俺の考えとしては、胃袋の魔鋼をレトラに渡して、一度砂にしたそれをパイプに作り替えて貰うとかそういう予定だったんだけど……まだ何も渡してないのに、何故魔鋼パイプが作れるんだ?
「魔鋼の構成情報ならもう持ってるから、あとは砂があれば魔鋼を再現出来るよ」
などと、レトラは恐ろしいことを言い出した。
お前、今何を言ったかわかってるか? この世界では高価で希少な金属である魔鋼を、砂さえあればいくらでも生成可能って言ったんだぞ?
しかもそれは恐らく、魔鋼だけに留まらないわけで……何だこのチートスキルは……需要と供給のバランスを崩壊させかねない代物だ。こいつは自分の能力のヤバさがわかってない。というかそれ、最後にはお前の砂がなくなるってことだろ。身体が作れなくなったらどうするんだ。
「待て待て、身を削ってまでやることじゃない。俺の魔鋼を使え」
「毎日の食事とか全部砂になってるから、少しずつだけど増える一方なんだよ」
「駄目だ。魔鋼なら俺がまだまだ持ってるから、これを砂にして使えって」
「じゃあ別に魔鋼じゃなくても……砂になるなら何でもいいけど」
「他に? それじゃあ……あ、俺の分身体とか」
「あーっと! ごめん俺ちょっと強がり言ったな! 魔鋼パイプなんだから魔鋼を砂にして作るのは当たり前だよな! じゃあリムル魔鋼ください!」
何を思い直してそうなったのかは不明だが、そこからはレトラは素直に魔鋼を受け取り、サラサラと砂にして、サラサラと驚異的な速度でパイプを作り続けてくれた。
何となくソウエイが哀れみというか労わりというか、そんな目でレトラを見守っていた気がする。
とにかく、レトラの能力は外部に知られてはならない機密事項だ。
その力を目当てに擦り寄って来られたり、足元を見られたり、レトラを手に入れようと狙う者も出てくるかもしれない。俺はレトラがそういった思惑に晒されること自体が許せない。
そんなことが出来るなんて外で言うなよ、とレトラに言い聞かせてはおいたが、うんわかってると返事が超軽かったので心配だ…………
「あのな、お前の『
「俺もこのスキルはちょっとズルかなって思ってる」
「ちょっとじゃねーよ。どうしてもの時だけはお前に頼むから、それで我慢してくれ」
「仕事くれるって言ったくせに……そのうちっていつだよ」
レトラが拗ねたように言う。
以前、鬼人達が役職を貰ったことが羨ましかったらしく、「俺にも仕事ください」「そのうちな!」という会話をしていたのだが、適当な返事をしたことを根に持たれているようだ。
「まあ待て。俺の考えとしては……リグルドには宰相の役割を任せようと思ってるんだ」
「あ、大臣みたいなやつだ」
「そんなとこだな。で、似たような役職に国相ってのがあるんだが、これをお前にやって貰いたい」
「えっ、俺そんな偉そうな仕事すんの?」
「肩書きってのは偉そうなもんなんだよ。やることって言ったら、俺の補佐だな。ほら、今までにも各方面の視察や報告整理を手伝って貰ったことがあったろ? あんな感じだ」
俺は町作りの総監督の立場だったが、研究や開発、他部族との交流、自身の鍛練なども欠かすことは出来ず、たまにスリープモードになったりもして、全ての報告を受けるのが物理的に難しくなることもあった。そうなると皆が俺以外に頼りに出来るのは、もう一人の主であるレトラなんだよな。
レトラは普段から住民達との距離が近く、町の状況にも詳しい。散歩の延長のような気軽さで町中から報告を集め、更には最近進化したというスキル『
「どのみち俺が国王なら、お前も王族だからな」
「王族!?」
「兄弟となると……よし、お前は弟王だな。王弟殿下ってやつだ」
「すごい偉そうなんだけど!」
「で、俺の相談役として国相に任命する。力になってくれよ?」
「それはもちろん……でも、俺そんなに偉くなくても」
「嫌なら、王妃でもやるか? あ、お前は姫の方が似合いそうだな」
「ツッコミ待ち発言やめて」
「じゃあ諦めろ。俺の弟なんだからな」
偉くなりたくない、などという我侭は認めん。
というか誰を王とするかという議題において、幹部達からは俺とレトラの二人をという声も上がったのだが、普段の四割増しで饒舌になったレトラが全力で俺を推し、ものの十分で皆の意見を満場一致にまとめ上げるという奮闘を見せたのだ。そんなに俺と国主やるのは嫌なのか。
まあ年長者として俺が代表なのは順当な話だし、俺が王様でいいからさ。
その代わり、お前にも相応の仕事はやるから、そう躍起になって俺との間に線を引こうとするなよ。俺達は兄弟なんだから。それともお前は、
「それとも、俺の弟なのが嫌なのか?」
ああ、下らないことを言ってしまった。
クロベエによると、レトラが背伸びしたがるのは俺に頼られたいがためらしい。それが本当なら子供らしくて可愛いもんだし、兄としてはそっと見守ってやるのもやぶさかじゃない。
だけどなレトラ。頼られたいも何も、俺はずっとお前を頼りにしてるよ。
俺にはお前が必要なのに、どうしてそれをわかってくれない?
お前は間違いなく優秀な力を持ってるのに、どうしていつも必死になってる?
俺がいるから? 俺の弟でいることは、お前にとって重荷なのか?
「え、それは…………」
俺の声は、そこまで切羽詰まっていただろうか。
レトラが目を丸くして言葉を途切れさせ、二人きりの部屋から物音が消える。ダメだ、マジになってこんなことを聞いてどうするつもりだ。こんな空気にしたいわけじゃなかったのに。
身を起こしたレトラが神妙な顔付きとなり、俺を覗き込んできた。
「……それはアレ? もしかして、俺がリムルの兄貴になってもいいってこと?」
「んなわけねーだろ! お前、俺の半分くらいしか生きてないじゃねーか」
どういう解釈だよ!
いくらレトラの望みだろうと、それは俺の自尊心が許さん。
勢いでスライム裏手ツッコミを入れると、レトラは笑いながら再び布団に倒れる。
「冗談だって! いいよ、やっぱりリムルの方が年上みたいだし」
みたい、じゃなくて年上なんだよ。俺が。
寝転がったレトラがもそもそと身動きし、傍に置かれていた枕を抱え込む。
リムル、と少し抑えられた声が俺を呼んだ。
「俺はさあ、ずっと兄弟欲しかったよ……転生してから叶ったとは言え、俺は嬉しいけど?」
照れているのか、顔を隠した枕の陰でレトラが笑う。くそ、可愛いな。
前世では一人っ子だったと言っていた。俺と兄弟なのも、弟であるのも、満更でもないということだろう。本当に下らないことを口走ってしまったものだ、恥ずかしい。
「じゃあ俺の仕事も決まったな! 俺頑張るから、これからもよろしくリムル」
「ああ、頼んだぞ。ほどほどにな」
レトラも敢えて深刻にせず、軽く流してくれたのかもしれないな。
空気の読める奴だよ、まったく。
そしてその日、執り行われた調印式にて。
武装国家ドワルゴンと、ジュラ・テンペスト連邦国における盟約が結ばれた。
俺達の国が、正式に世に知られることとなったのだ。
※ヤンデレ回避