転スラ世界に転生して砂になった話   作:黒千

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誤字報告ありがとうございます。
元々がわかりにくい表現だったため一部修正しました。


34話 森の密談

 ドワルゴンとの同盟締結により、ジュラ・テンペスト連邦国は正式な国家となった。

 これからは気軽に国名を口に出せる! ということも含めて、国の誕生自体は嬉しいんだけど……今の俺は、先の宴会で持ち上がった大問題について、早急な対応を迫られているのだった。

 

 

 

「ようこそおいで下さいました、レトラ様」

「お待たせしてすみません、トレイニーさん。お呼びしたのは俺なのに」

 

 約束の場所には、既にトレイニーさん達三姉妹が揃い踏みだった。

 ドライアドが三人もいるというのに、やんわりと辺りを包む森の魔素がその存在認識を邪魔している。内密にというのは俺だけでなくトレイニーさん側の希望でもあったらしく、白昼堂々、森の片隅に溶け込むように、ひっそりと密会の場が用意されていた。

 

「ここまでお一人でいらっしゃったのですか?」

「いえ、影の中に護衛が一人。俺が外へ出掛ける時には護衛を付ける決まりなので、気にしないでください」

 

 今日の護衛はソウエイに頼んだ。俺が単独行動をする方が怪しまれるだろうし、警戒網の構築役を先に味方に引き入れておくに限る。ソウエイには、リムルに聞かれたら言っていいけどそうでなければ黙っていて欲しいと話を付けて、俺はリムルにも内緒でここへ来ていた。

 

「では、レトラ様。わたくし共にどのような御用でしょうか」

「先日のガゼル王の話です。俺は自分のことをよく知らなくて、砂妖魔(サンドマン)が森の嫌われ者なんて初めて知りました。トレイニーさん達は、ずっと俺を見張っていたんですね?」

 

 ──呟。前例のない魔力を感知しました。

 

 あの時。俺が食べられない実を噛んでいたのを見られたのも、偶然じゃなかった。

 当時のウィズはまだ『独白者(ツブヤクモノ)』だったけど、ちゃんと俺に警告をくれていた。俺はてっきりあれをオーガ達のことだと思ってしまったが、ウィズはトレイニーさんのことを言っていたんだ。

 

「どうか御無礼をお許し下さい。わたくし達は、貴方様がジュラの大森林にとってどのような存在であるのかを見極めねばなりませんでした」

「いえ。初めから俺を排除すべきと決め付けず、調査して頂いたことに感謝します」

 

 というかトレイニーさん達は、森に突如現れたリムルと俺があんまり普通とは言えない魔物だったから、迂闊に手が出せなかったんだろう。そして砂妖魔(サンドマン)である俺に明確な自我があったことで様子見となり、俺はその人格を認められたという話だが……

 

「だけどもし、樹妖精(ドライアド)が俺の存在を認めないという判断を下すとしたら、恐らくそれはリムルとその勢力全てを敵に回すことを意味します。だったら俺への評価がどうであっても、トレイニーさん達には選択肢がなかったんじゃないですか?」

 

 豚頭帝(オークロード)が出現したあの時にも、同じことが言えた。

 オーク軍が森への侵略を始め、トレイニーさんはリムル達に協力を仰ぐことにしたが──その中には俺もいた。森にとっての害である砂妖魔(サンドマン)が。オークロード討伐をリムルに依頼したいトレイニーさんは、もう既にあの時から、俺の存在に目を瞑るしかなかったのでは? 

 

「それは違います。わたくしは自身の目を以て、レトラ様を信頼に足る御方と判断致しました。貴方様はリムル様と同様、この大森林になくてはならない存在ですわ」

「ありがとうございます。でもそれは、トレイニーさん個人の意見ですよね」

 

 ガゼル王の発言から、まさかと思った俺は、あの後ウィズに問い掛けた。

 

(ウィズ、もしかしてトレイニーさん達は……今でも、俺を見張ってる?)

《解。樹妖精(ドライアド)及びその眷属である下位精霊の魔力が、(マスター)の周辺で度々感知されています》

(あの……何でそれは教えてくれなかったんだ?)

《個体名:トレイニーを始めとする三体の樹妖精(ドライアド)は個体識別済のため、脅威外と判断しました。また、下位精霊の魔力は微弱のため、脅威外と判断しました》

 

 これは俺の責任だった。知り合いだったり、特に害があるわけでもない存在について、そりゃウィズは警告しないだろう。いくらウィズが優秀だからって、最近少し頼りっ放しになってたな……俺のスキルを活かすも殺すも、俺次第だって言うのに。

 

 俺は今の今まで森に監視されていて、つまり、俺を認めたと言う評価も暫定的なもの。

 樹妖精(ドライアド)は俺を警戒している。俺にはその心当たりがあった。

 

「トレイニーさん達が問題としているのは、俺の持つ『風化』の力ですか?」

「……!」

 

 三姉妹の顔色が変わる。

 やはりそうか。砂妖魔(サンドマン)であること以外に、樹妖精(ドライアド)が俺を恐れる理由として最も有り得るのは、この『風化』だ。森を滅ぼすことも可能な、手の付けられない破滅の力。

 

「俺はユニークスキル『渇望者(カワクモノ)』による、『風化』の能力を持っています」

「……そうでしたか。レトラ様の絶大なるお力の源は、やはり……レトラ様は『渇望者(カワクモノ)』について、どこまで御存じなのですか?」

 

 トレイニーさんの表情は陰り、良くない事態であるのがわかる。

渇望者(カワクモノ)』の詳細は、ウィズに教えてもらっていた。中でも驚いたのは……

 

「これは、あの豚頭帝(オークロード)の持つ『飢餓者(ウエルモノ)』に似た、この世の災厄と呼ばれるスキルなんですね」

「その通りです。『渇望者(カワクモノ)』は、終わらない"渇き"で所有者を支配するとされ……その無尽蔵の"渇き"はあらゆる大地や文明を衰滅の砂で飲み込みながら、やがては世界に滅びの危機をもたらす禍と伝えられています」

 

 スケールがデカい。それは今まで本当にそういう実行犯がいたんだろうか。それとも、大規模な砂漠化のような現象が伝説となって残っている感じだろうか。まあ、そんな災厄スキル『渇望者(カワクモノ)』を持つ砂妖魔(サンドマン)なんて、森にとっては悪夢のような存在だ。

 

「では、俺はどんな扱いになりますか? 俺は森や世界を枯らすつもりはないし、トレイニーさん達とも仲良くしていきたいと思っています。それでも俺は危険ですか? オークロードのように、存在するなら滅ぼさなければならない脅威だと、──っ!」

 

 後方に控えていたトライアさんとドリスさんの周囲で、放電のように魔力が弾けた。

 二人は俺に対して懐疑的な立場にいたようで、初めから強い警戒心を感じていた。俺の口から明らかにされた事実に緊張が張り詰め、とうとう決壊してしまったんだろうけど……

 それよりも俺が反応したのは、こちら側で動いた気配にだ。

 

「──ソウエイ! 待て!」

 

 俺の制止に、影から飛び出したソウエイがその場に踏み留まる。俺を背に庇うように立ちはだかり、物騒な妖気を隠そうともせずトレイニーさん達を見据えて身構えていた。

 待って、頼むから、刀に掛けた手を戻せ……戦いにはならないから! 

 

「影の中にいてくれって言っただろ……」

「相手が敵対しなければの話です。レトラ様に害意を向ける輩は捨て置けません」

 

 輩言うな。相手はドライアドだぞ……三人いても立ち向かう気なのか、すごいなソウエイ。

 何とかソウエイを引っ張って俺の後ろに下がらせた。うわあ、臨戦態勢の気配をビシビシ感じる。

 トライアさんとドリスさんに戦闘の意志がないことはわかってるけど、このままだと引っ込みが付かなくなってしまうんじゃ……

 

「おやめなさい。レトラ様はわたくし達との対話を望んで下さったのですよ」

「はい……申し訳ありません、お姉様」

「どうかお許し下さい、レトラ様」

 

 トレイニーさんが厳しい声で妹達を嗜め、三人は揃って俺に頭を下げる。冷静な態度を保ち続けるトレイニーさんにはものすごく俺の味方感があり、非常に心強かった。

 

「ですがレトラ様、ユニークスキル『渇望者(カワクモノ)』を持つ者はその無限の"渇き"が命じるまま、この世に滅びの災厄を振り撒くはず……レトラ様が『渇望者(カワクモノ)』の所有者であるという確信が得られなかったのは、レトラ様にはその傾向が一切見られなかったためです。それは一体何故なのでしょう」

 

 そこが唯一、俺にとって幸か不幸かという微妙な点だ。

 俺は世界の破滅を望んでいない。何もかも滅ぼしたいという欲求がない。

 それは何故か──何度かウィズと問答をして、辿り着いた結論があった。

 

「俺の意見ではありますが、『渇望者(カワクモノ)』が象徴する"渇き"とは、渇望と風化……満たされない望みのために破滅の力が振るわれるとすれば、このスキルは破壊衝動の具現化だと考えられます。『渇望者(カワクモノ)』は所有者の闘争本能や破壊の欲望から生まれる渇きに呼応して、それを満たそうと風化の力を撒き散らす……それこそ際限なく、大災厄となるほどに」

「それでは……レトラ様は『渇望者(カワクモノ)』に支配されるような、破壊衝動を持たないと仰るのですか?」

「えーとですね……」

 

 これはちょっと言い辛い。感情につられて顔が熱くなってくる。こんなことまで言う必要はあるんだろうかと思うものの、まあこのくらいは……説明責任として……! 

 

「その、言葉にするのは、恥ずかしいんですけど……俺は幸せなんですよ」

「え……?」

「俺は、リムルやテンペストの皆が大好きで……俺も一緒にいられるようにと、ずっと、強く望んできました。皆がいればそれでいい。それさえ叶えば、俺は幸せなので……」

 

 本当だ。俺の望みは、俺もリムル達の仲間としてそこにいること。

 俺がこの世界に求めるものは、前世から知っていて大好きだったテンペストの皆。本来なら自分が部外者だと理解している俺にとっては、何よりも渇望する願いであって間違いない。

 目覚めた瞬間からヴェルドラがいて、リムルと出会って、どんどん仲間が増えて……だとすると、俺の求める最も強い望みは、常に満たされてきたことになる。

 

「そ、そのために……レトラ様には『渇望者(カワクモノ)』の制御が可能だと……?」

「……俺の考えですけど」

 

 俺は最初からこれ以上ないほど幸せな境遇に恵まれていて、その魂の充足は、同時に『渇望者(カワクモノ)』まで満たしていたのだ。

 私見ではあるが、恐らく間違ってはいない。

 概ね間違っていないのだろうが、俺に言えるのはここまでだった。

 

 その『渇望者(カワクモノ)』を持つ俺が、よりによって砂妖魔(サンドマン)だった所為で……

 皆のことが好きすぎて、()()()()()()()()()()()()()が発生してしまうことまでは……

 

 …………変態すぎるわ! 言えねーよ! たぶん向こうも聞きたくないと思う! 

 

 トレイニーさん達は呆然と俺を見ていた。

 この場に漂っていた緊張感が消えている。予想外の展開だったようだ。あ、後ろのソウエイからも殺気がなくなってる……まさか引かれてないよな? 俺大丈夫? 

 そして我に返った様子のトレイニーさんが、白い顔をうっすらと染めながら微笑み、安堵のような……感嘆のような大きな溜息を吐く。

 

「ああ、レトラ様……貴方様は、何と素晴らしい御方なのでしょう。世界を滅ぼしかねないという恐ろしい災厄の力を、無垢なる願いで浄化されてしまうとは」

「すいませんやめてください本当にそういうんじゃないんで」

 

 お願いしますやめてください。

 俺は結構大変な変態なので、そんな綺麗な目で見ないで。

 

 ちなみにトレイニーさんは、俺の"風化欲求"を知らない。"リムル喰い"や、それによって俺に起こった欲求、その解消をソウエイに手伝ってもらったことなど、あの一連の出来事をトレイニーさん達が知っている可能性はあるかと、それはもう念入りに念入りに、俺はウィズに尋ねた。

 

 否。ウィズは答えた。

 いずれの時も監視者はいなかったと、ウィズはハッキリ言った。

 ウィズにしてみればドライアドに接近されれば気付かない方が難しく、日頃感知していた精霊達の魔力どころか、草木の僅かな魔素さえ感じられなかったと。町中の屋内、それも夜だったことが功を奏していたらしい。

 だからもう隠すことにした。言いたくない。何が何でも言いたくない。

 

「えっと、まあ……砂妖魔(サンドマン)であり『渇望者(カワクモノ)』を持つ以上、俺が警戒されるのは仕方ないと思います。だからと言ってこのまま歩み寄れずにいるのも、お互いに得るものがないと思うので……トレイニーさん達と友好的な関係を築くために、俺に出来ることはありますか?」

「レトラ様。貴方様はもう充分、誠実な御心で我々に向き合って下さいました。応えねばならないのはわたくし共ですわ」

 

 やはり俺はまだドライアドやトレントの多くに恐れられているらしく、トレイニーさんは再度仲間を説得してみると言ってくれた。俺が今まで『風化』の力を操り町を守護してきたことや、森を害する行動をしなかったことは、俺の推論を裏付ける材料になるだろうということだ。

 

 トレイニーさんはすっかり俺に騙されて……いや騙してないよ? 

 大体にして俺に『渇望者(カワクモノ)』の制御が可能なのは本当だし。リムルの分身体を喰いさえしなければ、ヤバイ欲求も出てこないわけだし……ちょっとその、個人的な嗜好についてまで暴露する義務はないかなって思うんだ……それはプライバシーの侵害……だよな? 

 

 よく考えれば、欲望なんて誰でも持っているものだ。

 そして抑制だってそれぞれがやっていること。

 前世から引き継がれた俺の理性は、何があろうとリムル達を滅ぼすことを許さないだろう。

 この自我がある限り、俺が破滅の化物に堕ちることはない──

 

 そうして、俺とトレイニーさんの密会は終わったのだった。

 

 

 




※独自設定の説明は大体終わり、原作沿いに戻ります


おまけ、帰り道にソウエイと思念会話
『あーそのー、ソウエイ……また俺の問題に付き合わせてごめんな』
『レトラ様が我々と共にと望んで下さったこと、恐悦至極に存じます』
『俺が皆のこと大好きなのは本当だけどさ、それだけじゃないの知ってるだろ?砂にして飲みたいくらい好きなのは病気だろって……ひどすぎる……』
『レトラ様にそうまで思って頂けるのであれば、光栄以外の何物でもないかと』
『俺に判定甘過ぎるからな?もっと危機意識を持とう?』
『今後一層気を引き締め、全霊を以てレトラ様の御望みをお守り致します』
『あ、うん……(テンション高いな……?)』

※感激したらしい



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