転スラ世界に転生して砂になった話   作:黒千

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36話 天災級の魔王

 

 テンペストに魔王ミリムがやって来た。

 俺が想定していたのとは少し違う感じで。

 

《警告。前例のない強大な魔力を感知しました》

 

 そうウィズが教えてくれた時には、ああうんミリムか、とまだ余裕でいられた。俺はリムルの指示で町に残ることになったので、リムルがミリムと親友(マブダチ)になって連れて来てくれるだろう、と。

 住人の避難誘導については、リグルドやリグルが有能過ぎたために俺にやることがなく、少し悲しい思いをした。そこで俺もリムル達の様子を見に行こうと町を出たんだけど……

 

《警告。膨大な魔力を有した物体が急速接近しています。接触まで推定約三秒です》

 

 ──何でだよ!? 

 ミリムが突撃してくるとか意味不明でしかないが、どうツッコミを入れても現実は変わらない。

 俺に物理攻撃がそうそう効かないとは言え、相手はミリムだ。俺の身体が一撃で吹き飛ばされたとしたら……中の本体も無事で済む保証がないのが怖すぎる。

 

(と、とにかく防御! 砂を出せるだけ出して衝撃を逃がそう、憑依の維持を優先させる……!)

《了。衝突エネルギーの分散及び低減による精神体の保護を第一目標に、演算を開始します……砂状物質の使用準備が整いました。予測計算完了、衝撃低下率およそ七%です》

(それ無意味ってことじゃない?)

《計算の修正を行います──加えて、『砂憑依』の実行準備が整いました》

(依代が消し飛ばされるのは前提として、どんどん新たな砂を出して乗り移ろうってことだな!? ああもういいよそれで!)

 

 それ以上取れる対策がなかったので、俺は覚悟を決めて『思考加速』を解いた。

 バッシャアアアアア! と、この世界で受けた最大の衝撃で、俺の砂が爆散する。砂嵐のような量の砂がバラ撒かれ、町の外にいて良かったと切に思った。迷惑すぎる。身体は原型を留めないほどに粉砕されたが、最初から『放出』と『砂憑依』にのみ集中し続け、何とかその場で堪え切った。

 やがて衝撃が収まって、後はもうこっちのもんだと身体を再造形した俺は気付けば砂の上に仰向けになっており、そんな俺をミリムのワクワクした顔が真上から見下ろしていた。

 

 俺のことを欲しい欲しいと騒ぐミリムに身の危険を感じたが、ミリムにとってのキラーワードである"友達"という言葉をチラつかせ、俺も友達となって事無きを得た。

 砂を回収した際のウィズの測定によると、出した砂の二十%近くが戻ってこなかったらしい。ただの突進だけで、キロリットル単位の砂が消滅したことになるんだけど……魔王怖い。

 

 

 

「わははは! あれは何だ!? 面白そうだな、見に行くのだ!」

 

 ミリムは絵に描いたような浮かれっぷりで通りを走る。

 リムルが必死に後を追っているが、魔王の……いや、子供の有り余るパワーに全く追い付けていない。リムルと約束したはずの「勝手にウロチョロしない」はどこ行ったんだろう。

 で、俺は何だか知らないけど、町に着く前からずっと片腕をミリムに拘束されたままで、自動的にミリムと一緒に町中を走り回る羽目になっていた。俺に何の抵抗が出来るって言うんだよ! 物凄い力で引っ張られて、身体が宙に浮きそうになるんだぞ! 

 

「レトラ様ではありませんか。ご機嫌如何ですかな?」

「あ、ガビル……!」

 

 うおお、この場面は! ガビルが危ない……! 

 内心慌てる俺の隣で、ミリムがおお、と声を上げる。

 

龍人族(ドラゴニュート)ではないか、珍しいな!」

「おや、こちらは……」

 

 緊張の一瞬である。

 目の前でガビルがぶん殴られるのは嫌だが、果たして俺にミリムを止められるのか……無理じゃないかな? ガビル、自分の命運は自分の言動に掛かってるぞ、頑張れ……! 

 

「レトラ様の御友達ですかな?」

「うむ! そうなのだ、ワタシとレトラは友達、いや親友(マブダチ)なのだぞ!」

「これはこれは、レトラ様も隅に置けませんな!」

「う……うん……?」

 

 あれ……何だか平和……仲良しだな!? 

 ご機嫌のミリムが俺の腕をギュウッと抱きしめてきて、ガビルが明るく笑って俺を茶化すが、俺はあまり反応出来ない。そうか、俺がミリムに捕まっているのが肝か。これだけはっきりと俺と親しい友達(初対面)ということがわかれば、ガビルは主の友達に対して下手な態度を取ることはしない……! 

 そしてガビルは追い付いてきたリムルに研究の件で相談がと話し掛け、その隙にまたミリムは俺を伴って走り出すという追い掛けっこが、しばらくの間続いたのだった。

 

 

 

 その後、町の広場に皆を集めてミリムの紹介を終えた。

 ミリムにとってリムルが親友(マブダチ)なのは知ってるんだけど、さっき言っていた通り俺もそうらしい。ミリムは俺の何がそんなに気に入ったのか……思い当たる節が一つだけある。

 

 恐らくは、この顔だろう。

 身も蓋もない話だが、ヴェルドラ監修で作った俺の顔は美少女すぎた。作り物である以上現実味がないのは当然かもしれないが、俺自身、未だに自分の顔として違和感があるくらいだからな。ともかくヴェルドラ好みだという顔は、竜の因子を持つミリムにも大好評のようだ。

 

 大好評と言えば、ミリムにはテンペストの食べ物も大ウケだった。

 今日の夕食はカレーライス。それはもちろんこの世界にはなかった料理で、ジャポニカ米には及ばないがイネ科に近い植物を見付けてきたりスパイスからカレーを開発したり、リムルや俺の期待に応えようとする皆の努力の甲斐あって、充分に満足の行く仕上がりとなっていた。

 

「うまー! かれーとは美味いのだな! こんなに美味しいのは、蜂蜜ぶりなのだ!」

「今朝の話じゃねーか……」

「そういえばミリム様が興味を持たれたあれは、蜂が集めた蜜だったのですか?」

 

 シオンの指摘から、皆の興味が例の蜂蜜に移る。

 アピトから納められる蜂蜜はリムルがまとめて管理しており、まだ量産出来ないため俺以外には存在を知らせていなかったことで、リムルは少し後ろめたそうだ。研究中なんだと説明しながら、いくつかの小皿に入れた蜂蜜を味見用として皆に回す。俺の前にも小皿が置かれた。ありがとう。

 

「お砂糖があれば、甘いお菓子が作れるようになるのですね……では、明日からはお砂糖の発見に全力を尽くしましょう!」

「はいシュナ様! このシオン、一命に代えましても砂糖を発見してご覧に入れます!」

「うむ! 頼んだのだっ」

 

 シュナとシオンとミリムの間ではスイーツ同盟が結成された。

 貴重な甘味である蜂蜜の小皿は最終的に全て女性陣のところで止まってしまい、ソウエイは一口で興味がなくなったようだが、甘党のベニマルは羨ましそうに見ているな。

 あ、だったら…………

 

「ベニマル、もっと食べたいんだったら俺が作──」

『レ ト ラ ?』

 

 はい、すみません。

 リムルからのドスの効いた思念に、スンと押し黙る。

 

 俺の『砂工職人(サンドクラフター)』は、過去に食べた食物も完璧に『造形再現』出来る──色形食味食感栄養価、全てがオリジナルと同等に再現され食用可能、生体が摂取すればきちんと消化吸収もされるそうで、最早それは砂から完全に逸脱していた。実験としてリムルの『解析鑑定』を用いても、元が俺の砂だと判別出来なかったのだからチートと言う他はない。

 

 外部には漏らさないようリムルに注意されていたのに、ミリムがいる前で盛大に口を滑らせるところだった。俺は早くもミリムのことを身内だと思い込んでいたけど、軽率だったかな……もしこれをミリムに知られたら、俺には蜂蜜製造機ENDの可能性が……? 

 いやいや! ミリムは親友(マブダチ)をそんな風には見ないだろ、たぶん……! 

 

「何ですか、レトラ様?」

「あっ、いや……俺の分もあげるよ……」

「え、そういうわけにはいきませんよ。それはレトラ様が食べてください」

「俺は前からリムルに分けてもらってたからね。内緒にしてて悪かったよ……」

 

 リムルの視線が痛いので、そういうことで誤魔化されてくれ。目の前の小皿を押し付けるように差し出すと、ベニマルは俺に礼を言って受け取り、嬉しそうに蜂蜜を口に運んでいた。

 

砂工職人(サンドクラフター)』を使えば蜂蜜や砂糖の量産も夢じゃないけど、リムルには真顔で断られた。安定した供給体制を整えないことには意味がない、俺一人に頼り切ってはいけないと。

 まあ、俺の砂から出来たものを食糧にするって、何となく世の摂理に反した行いに見える。狂気を感じるというか……あんまり楽をしてしまうと努力の有難みがなくなるわけで、産業も発展しなくなる……そう考えるとやっぱり良いやり方じゃないな、当分は秘密の話としておこう。

 食糧危機にでもなったら本気出す。この国にそんな日は来なさそうだけど。

 

 

   ◇

 

 

 まったくレトラは……相変わらずあいつは危機感が薄すぎる。

 蜂蜜でも作り出せるような反則気味の能力を持っていることを暴露して、それが原因でミリムに攫われて行く事態になったらどうするんだよ…………

 

 ミリムのことはあまり心配していないのが本音だけどな。

 レトラを欲しいというミリムの発言には、たとえ相手が魔王でも徹底抗戦の道も検討すべきかと真剣に考えたが、少し様子を見てみればミリムは良い奴というのが俺の印象だった。

 親戚の子供を相手にしているかのようなあの単純さと素直さ、俺達を親友(マブダチ)と呼んであれだけ嬉しそうにしていたし、こちらの話にも理解を示してくれる。魔王ともなれば友達になってくれる者もほぼいなかっただろうし、人付き合いの加減がわからなかっただけで、嫌がるレトラを腕ずくで連れて行くようなことはミリムはしないだろう。

 

 ミリムが何故かレトラにべったりなのも、年頃の少女によく見られる、小さな子供に構って世話をしたがる心境なのでは? お姉さんぶりたいお年頃という奴だ。

 それにミリムはツインテールがよく似合う活発な美少女で、レトラは柔らかなショートボブで幼い屈託のなさを持つ、これまた美少女だからな。タイプは違えど見目麗しい二人がじゃれ合っている光景は、なかなか目の保養になるものだった。

 

「風呂があるのか! よしレトラ、洗いっこするのだ!」

「ハードル高い! 誰か助けてー!」

 

 と、先程も仲良さそうに腕組んで出て行ったしな。決して羽交い締めとか連行とかドナドナとかそういう感じではなかった、うん。シュナもシオンもついているしきっと平気だろう。

 その間に、幹部達を集めて話し合いをしておく。

 

 ミリムは配下を持たないことで有名な魔王らしい。そのミリムが俺達の国と友好を結んだ……つまりジュラの森大同盟に参加する魔物達全てがミリムの勢力に加わったようにも見えるため、それを良く思わない他の魔王達との間で争いが起これば、俺達が巻き込まれる恐れがある──というのが問題だった。

 だがそれを避けようにも、最強最古の魔王の一柱とされるミリムに対して、俺達には取れる手段がない。ミリムがここに住みたいと言うのなら好きにさせておき、どこかの魔王が動き出すようなら、それはその時だ。

 

 そういえば会議の途中で、ミリムが大浴場の泳げる広さに感動したと裸にタオルを巻いただけの姿で乱入してきて、その腕にはくったりと力なく垂れ下がった砂スライムが抱えられていた。洗ったというか洗われたというか、洗うのに使われたんだろう……砂スポンジか、きめ細かで気持ち良さそうだな。

 

 

 

 

 怒濤の一日を終えた夜、俺の庵にレトラがやって来た。

 ズリ……ズリ……と重い動作で部屋に入ってくる砂の塊。スライム姿で布団に乗っていた俺の枕元までゆっくりと寄ってきて、ぺしゃ……と力尽きたように崩れて止まる。

 

「枕に……されるところだった……」

 

 無事にミリムを寝かし付けてきてくれたようだ。

 レトラにしては珍しく砂山のままで、形を作るのも嫌になるほど疲弊している様子である。

 

「お疲れレトラ。今日は大変だったな」

「本当に……何で俺がこんなことに……!」

「だからな、明日からもこの調子で頼んだぞ?」

「!?」

 

 会議では俺とレトラがミリムの担当ということにされてしまったが、当のミリムはレトラがお気に入り。ならばどちらがミリムの面倒を見るかは、自然と決まって来ようというものだ。

 

「リムル! ズルい! 裏切り者ー!」

「安心しろ。その分、俺がちゃんとお前の仕事もカバーしておくからな!」

「逆、逆ー! 俺が補佐!」

 

 レトラは優しい奴なので途中で投げ出したりせず、ミリムの我侭にも全て付き合い切ってくれるだろうと俺は信じている。

 そういうわけで、ミリムのことは任せたぞ! 

 

 

 




※取り込んだ時の状態を完璧に再現出来る
※炊けたご飯しか作れないのも不便なので、生米も風化させて情報取得しておくべき



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