ミリムがテンペストにやって来て二日目。
リムルの庵で三人一緒に朝食を済ませた後、リムルは封印の洞窟にあるベスターの研究所へ出掛け、俺はミリムをシュナの製作工房へと連れて来た。
「可愛い服がいっぱいあるのだ!」
「お好きな衣服をお選びくださいませ。レトラ様もご試着なさいますか?」
「い、いや俺はいいよ……それより、ミリムに似合う服を見繕ってあげて」
「畏まりました」
余談ながら、ここに取り揃えられた小さめサイズの可愛い服はどれも、シュナ達女性陣が俺やリムルに着せようと画策して生み出してきたものだ。その熱意は一体何なの。
さて、俺はミリムの付き添いとして大人しく待っていよう……と椅子に腰を下ろしてしばらく経った頃。別室でシュナに服を着せてもらったミリムがご機嫌で舞い戻り、事件は起こる。
「レトラ、レトラ! お前もこの服を着るのだ! ワタシとお揃いにするのだ!」
「え!? 俺も!?」
白と水色の爽やかなセーラーワンピースは、ミリムにとても似合っていた。裾はフリルになっていて、丈が短めだからかスパッツ的なものを履いている。
そこまでならいいんだが、あろうことかミリムは同じワンピースを手にして、俺へと差し出していたのだ……!ちなみに同じ服が二着あるのは、シュナ達が俺とリムルでお揃いにしようと以下略。その熱意は以下略。
「ミリム、俺は一応男なんで……そういう服はちょっと……」
「心配するな! レトラは可愛いのだ、似合うに決まっているのだ」
「そうですとも、レトラ様にもきっとよくお似合いですわ」
「シュナ!?」
シュナもやる気だ……ここに俺の味方はいない。俺としてはフリルもスカートもアウトだし、ペアルックというのも難易度が高すぎた。
俺が渋っている間に、ミリムがショックを受けたような顔となり、プルプルと震え出す。
「ワ、ワタシとお揃いは嫌なのか……?」
「誰もそんなこと言ってないだろ……! いいよ、お揃いにするよ……ただし、本当に同じ服を着るだけじゃコーディネートの意味がない!」
「おお……!?」
この世界ではまだ始まってもいない文化かもしれないが、ペアルックはもう古い! 俺がお揃いコーデの神髄を教えてやる! バイト先のカフェで女子達のお喋りに巻き込まれた末の知識だけどな!
着ている服をサラッと砂に変えながら、纏う砂で新たな服を『造形』する。
セーラー服の特徴的な襟を作り、色はお揃いにしておいた。ミリムのスカートに対して、俺の方はハーフパンツ! これならまだ許せる。胸元はミリムが紐リボンなので、俺は紐ネクタイにしよう……兄妹で揃えたコーデと言って違和感はないはずだ。
「すごいのだ、違うのにお揃いなのだ!」
「まあ……お二人とも素敵です。この同一感の中にあるささやかな相違が、互いの装いをより引き立て合うのですね。今後の参考にさせて頂きます」
兄妹コーデに満足してくれたミリムとシュナに、胸を撫で下ろす。
最低限、スカート回避さえ成功すれば俺にもそこまで文句はない。セーラー少年にはなってしまったが、見た目がお子様なのは事実なので諦める。
「お前の砂は服も作れるのだな、他の服でもお揃いにしたいのだ!」
「えっ、まだやんの? もうこれで……」
「それで、リムルに見せに行くのだ!」
くふふ、と楽しそうにミリムが笑った。
リムルに見て欲しいとか……可愛いな! ちゃんとリムルにも懐いているようで安心する。今は俺がミリム担当にされてしまっているが、これならリムルとも分担してやっていけるだろう。
「あ、どうせなら、リムルも入れてお揃いにするのは? ワンピースが一着余ってるし」
「それもいいな! リムルにもきっと似合うぞ!」
「リムルはスカートを嫌がるかもしれないから……タイツか、腿まである靴下だな」
「レトラ様、ミリム様、完成した暁には、どうか皆様のお姿を記録させて頂きたく……」
この場にリムルがいないのをいいことに、好き勝手な計画を立てていると──
突然ミリムが顔を顰め、明後日の方向を振り向いた。その視線の向かう壁には何もなく、壁の外、それもずっと遠くを睨み付けているようだ。これは……
「どこのどいつなのだ……邪魔をするならタダではおかぬぞ!」
「ミリム様……!?」
「シュナ! 俺が追う、リムルに知らせてくれ!」
既にミリムの姿はなく、代わりに工房の扉が吹き飛んでいた。
俺は外へ出るとコウモリの羽を造形し、『魔力感知』に反応のある方向へ一直線に飛ぶ。向かった広場には人だかりが出来ていて、輪の外側に見付けたミリムの隣に着地した。
人だかりの中心にはリグルドと、魔王カリオンの配下と名乗った数名の獣人達。
ミリムはまだ冷静……に、成り行きを見守ってくれているようだった。
「カリオンの奴、約束を破りおって……!」
「ミリム、あれは俺達のお客さんだからな。暴れるなよ、殴っちゃダメだぞ……?」
上等な黒の軽鎧を身に着けた豹の獣人、フォビオが町を見回し、対応に進み出たリグルドへ傲慢な態度で言い放つ。
「ここは良い町だな。獣王様が支配するに相応しい……そうは思わんか?」
「御冗談を……」
リグルドの返答を聞くなり、フォビオは躊躇無く拳を振り被る。
それがリグルドの顔面を直撃する──寸前に、割って入った俺の手がその一撃を受け止めた。
「レトラ様……!」
「何だ貴様は……!?」
フォビオの
「どうか落ち着いて下さい。用件を伺いますので──」
「何をするのだ! その手を離すのだー!」
えっ……!?
風が通り過ぎるような軽い気配を間近に感じたと思ったら、大気を揺るがすほどの衝撃が巻き起こり、気付いた時には俺の目の前からフォビオが消えていた。
ミリムが繰り出した視認不可能のパンチによって、フォビオが吹っ飛ばされたのだ。
「ミ……ミリム!? 殴るなって言ったのに……!」
「大丈夫か、レトラ? 危ないところだったではないか!」
いやいや、俺はまだ何もされてない! 過剰防衛だろ!
石畳を抉りながら吹き飛んだフォビオは大変なことになっていて、ピクリとも動かない……ど、どうしようフォビオが死ぬ!? 他国の使者を有無を言わさず抹殺とか、ウチは修羅の国じゃないんだよ……!
そこで、はっと頭を過ぎる閃き。
そういえば俺、風邪か? ってリムルにポーション飲まされたことがある……じゃあ、作れるよな!?
《解。ユニークスキル『
リムル最高、愛してる! 過保護とか言ってごめんな……!
砂を出す間も惜しいくらいの瞬間造形で、俺の手に回復薬の魔素包みが現れる。慌ててそれを振り掛けてやると、フォビオは意識を取り戻した。よ、良かった……
「く……一体何が……?」
「手荒な真似をしてすみませんでした。ですが、先に手を上げようとしたのはそちらです。町を守護する者として、乱暴を黙って見過ごすわけにはいきません」
こうなったら、この場の責任者は俺でいいだろう。ミリムがやってしまったことへの謝罪はするが、あまり下手には出られない。『威圧』を加え、そっちも自重してくれと言外に含めると、フォビオの部下達は俺の妖気にただならぬものを感じたように身構えるが、フォビオはやはり血気盛んだった。
「チッ……こんな雑魚に舐められたままでいられるか……!」
「おい貴様、もう一発喰らいたいのか? レトラに手を出そうと言うなら、ワタシが相手になるぞ?」
「ま、魔王ミリム……!?」
「ミリムお願い、もう何もしないでお願いだから」
心の汗が止まらない。もうやめて……本気で見えなかったぞさっきの動き……!
幸いにも、ミリムの牽制は効果覿面だった。フォビオもあの強烈な一撃がミリムのものと気付き、これ以上魔王を刺激してはいけないと悟ったようだ。
そこへリムルが到着し、事情を聞いて呆れ顔となる。
『ミリム、俺の許可なく暴れないと約束していなかったか? 昼飯は要らないんだな?』
『うっ……わ、悪いのはアイツなのだ! アイツが暴れようとしたから……!』
『あの、リムル……ミリムのお陰で、俺達に被害はなかったんだよ。ただその、何もされてないのにこっちから手を出したことになる……ごめん、俺がついてたのに』
『いや、お前に止められないなら誰でも無理だったと思うぞ……お前もリグルドを庇ってくれたんだってな、ありがとう』
『う……うん』
被害者の見ている手前、あまりざっくばらんにも話せない。
思念会話でざっと内輪の話を終えて、リムルはフォビオ達に歩み寄る。
「申し訳ないことをしたな。俺がこの町の主、リムル=テンペストだ。獣王国ユーラザニアの使者だそうだな? 場所を変えて話そうか」
会議室に移り、"
俺とミリムは参加せず、部屋の後ろのソファで待機している。
それにしても、あれから何故かミリムの機嫌が悪い。せっかく昼飯抜きを免れて用意されたサンドイッチに見向きもせず(!)むっつりと腕を組み、不機嫌さを顕わにしている。危険だった。
どのくらい危険かと言うと、スライム風情がとリムルを見下すフォビオの態度に反応し、ミリムの妖気が膨れ上がるくらいに。リムルがちらりと振り返るとその覇気は幾分か治まったが、怒れる"
『レトラ。悪いが、ミリムのことは任せた』
『わかったよ……』
とは言ったものの、俺こんなの知らないんだけど……
会談を邪魔しないよう小声でミリムに話し掛けてみるが、プイッとそっぽを向かれてしまった。
仕方ない、ここは美味しいものの出番だ。俺はサンドイッチの一つを取り、ミリムの口元にそっと差し出した。思わずと言うように視線が吸い寄せられ、への字になっていた唇がむむっと動く。脈アリだ。あともうちょっと。
「ほら、サンドイッチ、美味しいぞ?」
「…………」
少し間を置いてようやく、ぱくりと三角形に齧り付く口。
端まで具がたっぷりのそれをモムモムしながら、ミリムが俺に思念を送ってきた。
『レトラよ、ワタシは怒っているのだ』
『うん……だからさ、暴れるなってリムルとの約束があったわけで……』
『違う』
ん? リムルに怒られてしまったからご機嫌斜めなんじゃないのか?
頬をサンドイッチで膨らませて可愛いことになっているミリムが、キッと鋭く俺を睨む。
『お前はさっき、わざとアイツに殴られようとしたな?』
『──!』
ミリムは気付いていたのか。
俺がフォビオの拳をわざわざ至近距離で受け止め、反撃も離脱もせずその場に留まったことに。ミリムの乱入が少し遅れていたら、フォビオのもう片方の拳は俺に届いていただろう。
何をする、手を離せという言葉もフォビオにではなく、俺に言ったことだったのだ。
『……先に手を出したのは向こう、ってことにしたかったんだよ』
『だから子分を庇って、自分を殴らせようとしたと言うのか?』
ああそうだよ。リグルドが殴られるのは嫌だった。
だから俺はあの場に飛び込んでフォビオを止めたが、代わりに殴られる誰かが必要だとも考えた。ミリムの突撃にも耐え切った砂の俺なら、フォビオの攻撃で傷を負うことはない。
『俺なら殴られても平気だから』
『ワタシが平気ではない! リムルもそうだ、お前が庇ったあの者もそうだろう』
『そうだな、でも……』
元々の展開を変えないために、他にどうすればいいかわからなかった。
俺がやられたらミリムがやり返す可能性は充分あると思ったし、もしミリムが動かなくとも、俺がフォビオを殴り返して恨みを買えば、さほど違いは生まれない。
いや、まさかミリムが、俺が殴られるより先にフォビオを殴りに行くとは予想外だったけど……そしてその凄味で散々フォビオをビビらせてもいたので、これって結局、原作と同じ流れになってるよな?
まあでも、成果は得られた。
リグルドは殴られずに済んだし、嬉しいこともあったし。
『ミリム、まだお礼を言ってなかったな。ありがとう、俺を守ってくれて』
『そんなことは当然なのだ。それよりも、いいかレトラ! ワタシはお前が殴られるのは我慢ならぬのだ、覚えておくのだぞ!』
『ああ、わかったよ』
うむ! と機嫌を直したミリムが残りのサンドイッチを平らげる頃には、リムル達の話も終わっていた。
魔王カリオンの目的は、オークロードとの戦いに勝利した者を配下へ引き入れること。それを聞き出したリムルは、交渉したいなら改めて連絡を寄越すようにとカリオンへの伝言を与え、フォビオ達を帰す。
そして今度はミリムからの情報収集だ。今の俺達の立場からすると、まずは他の魔王達の情報を手に入れるのが最優先なので、悪く思わないでくれよミリム。
両側からリムルと俺にサンドイッチにされ、アレコレと言いくるめられ、今度武器を作ってやるというリムルの甘言に釣られたミリムは、新たな魔王誕生計画やそれに関わった魔王達──カリオン、クレイマン、フレイの存在を素直に話してくれたのだった。
俺がこの世界に転生してから、考えてきたこと。
きっと何もしないのが一番なんだろうと、俺は思っている。
原作に存在しない余計な出来事は、この世界を破綻させる可能性があるからだ。
その最たるもの──この世に一番余計な俺が、何も語らず、何も起こさず、じっとしていれば、世界は定められた結末へ向かって進んで行くはずだと、頭ではわかっている。でもそのために……訪れるべき結末のために、全てに目を瞑ってやり過ごせって言うのか?
何が正しい? どうするのが正しい?
今回だって、俺が動いたことで一部の差異は生まれたが、流れそのものは変わっていない。
俺が俺に出来る限りの責任を負うことで……世界の整合性を保ったまま、変わらない流れを未来に繋ぐ方法があるとしたら……それは何だ? 俺には何が出来る?
正解は、何だ?
※悩ませるのは大事件の前だけの予定だったんですが、現在のスタンスを軽く書きました