ガゼル王が
そして──その二日後。
再び、ガゼル王がリムルを訪ねてやって来た。早いよ。
しかも今度は、単騎で城を抜け出してきたという自由奔放ぶりである。
相互技術提供の適任者を連れてきた、とガゼル王が袋詰めにしてきたのはベスター。元ドワルゴンの大臣で、以前リムルやカイジンを罠に嵌め裁判で有罪にしようとした経歴を持つ。
その目論見はガゼル王に筒抜けで、ベスターには王宮からの追放という処分が下っていたのだが……もう自分に仕えさせるわけにはいかないが、有能な男なのでテンペストで働かせてやって欲しいというガゼル王の計らいだった。
ベスターはガゼル王の采配に感謝し、リムル達に過去の件を詫びて頭を下げた。
カイジンも、ベスターにチャンスを与えてやってくれ、何かあれば俺が責任を取るからと、一緒になってリムルに頼み込んでいた。
昔、カイジンとベスターは王宮騎士団の工作部隊で隊長と部下だったという間柄で、功を焦ったベスターの失敗をなすり付けられカイジンは軍を辞めることになったというのに、器がでかい。
そしてリムルは、カイジンがいいならと、ベスターの採用を決めたのだった。
「こんにちはー」
封印の洞窟内部に作られた研究所。
ここではガビルがヒポクテ草の栽培を任され、そのヒポクテ草からリムルの
「レトラ様、ようこそいらっしゃいました」
「あ、ベスターさん」
研究室に入ると、ベスターがにこやかに出迎えてくれた。
俺はイジワル大臣だった頃のベスターには会っていないし、初めからこうやって丁寧な対応をされているので、受ける印象はとても良い。俺が見学したいとやって来ても、ベスターはいつも嫌な顔一つせず、実験内容や結果、仮説について楽しそうに話してくれる。
回復薬開発に関する話は国家機密なんだけど、俺はリムルに代わって報告を受ける仕事もしているので、俺が相手なら気にせず語っていいというのも一因だろう。研究者としては自論を語りたくて仕方ないらしく熱中して話が長くなってしまうことがよくあるけど、ご愛嬌ってやつだ。
「本日はどのような御用向きでしょうか?」
「カイジンさんいる? こっちに来てるって、工房で聞いたんだけど」
「……レトラ様、前々から申し上げようと──」
「おうレトラ坊! 留守にしてて悪かったな」
研究室の奥から、資料を抱えたカイジンが姿を見せた。
ベスターはドワーフにしては背が高めで痩せ型という風貌なのに対して、カイジンは少し小柄で小太りでたっぷりとした髭面で……こうして二人を見比べると、カイジンの方に軍配が上がるな。これぞドワーフ! という謎の安心感がある。
「……って何だ、お前さん一人で来たのか? 護衛はどうした?」
「えっ、ここって町の施設の一つっていう認識じゃないの? 来る時も転移魔法陣使ってるし、護衛はいらなくない?」
「まあそうかもしれんが、知らねえぞ? リムルの旦那に怒られても」
「怒られたら謝る!」
「謝ればいいってもんじゃ……まあいいか、で、俺に何だって?」
「カイジンさん達にも相談してた、俺の剣なんだけど……」
「あれか。やっぱりあの構想だと、剣の耐久性に問題が出てきてな……何度か話し合ってみたんだが、一番良いのはレトラ坊の力で」
ゴホン! と大きめの咳払いが室内に響いた。
見ればベスターが少々眉間に皺を寄せ、俺からすると珍しい顔をしている。あれ、研究の邪魔だったかな? 関係ない話をするなら、外に行った方がいいか?
「レトラ様。新参の立場でありながら、大変僭越ではございますが……今日という今日は一言、発言をお許し頂きたく存じます」
「う……うん……どうぞ?」
生活指導の先生のように眼鏡を光らせ、ベスターが俺を見る。
やだ怖い。すごい神経質そう。
「レトラ様は日頃から私共に分け隔てなく接して下さいますが、レトラ様はリムル様の弟君……即ち王弟殿下であらせられる身。家臣であるカイジン殿や私に対して敬称など不要です。そしてカイジン殿の気安い態度は少々度が過ぎております、そのような不敬は許されませんぞ」
「あー……何だ、まあそれは……」
「村だった頃から、カイジンさんとはこういう感じで……」
「ですから、これを機に改めて頂きたく申し上げているのです。ジュラ・テンペスト連邦国は、樹立後まだ間もない国家なのですから尚のこと、各々の立場に相応しい振る舞いをされるべきでしょう」
流石はベスター、正論だ。
対外的な面からも、ただ仲間内でワイワイしているだけではダメということか。
「……でも俺、年上の人を呼び捨てにする習慣ないよ」
「それは素晴らしい御心掛けなのですが……と言いますか、レトラ様は一体どちらでそのような礼節の概念をお身に付けになったのですかな……」
ごもっともです。
野生の魔物、しかも砂が、どこでどうやって礼儀なんか覚えたんだろうね。
元人間の転生者であることを明かすかどうかは、あらかじめリムルと話してあった。別に隠す理由はないが、積極的に広めるような内容でもない。混乱を避けるため、いずれ皆に話すにしてもタイミングを考えようと……言っても言わなくても恐らく支障はないんだろうけど、リムルがそう言うなら、俺も従おうと決めていた。
「レトラ坊は、クロベエだとかのことはそのまま呼んでるよな?」
「ああ、クロベエ達のことはリムルが名付けたからね。リムルと俺は"同格兄弟"だから、俺も名付け親と同じ扱いになるみたいで……それなら俺も納得出来るんだけど」
「へえ、そういうことだったんだな」
名付けが絡むのであれば、直接的ではなくても俺と皆の間にも魂の繋がりはあるんだろうから、俺が目上に当たるということにあまり違和感はない。でもそれ以外の、リムルの協力者というポジションの人達は、ちょっと違うんじゃないかな?
前世で元々知っていたカイジン達を心の中で呼び捨てることは出来るけど、面と向かって呼ぶとなると……俺の二十年ほどの人生経験が首を傾げることになるのだ。
「カイジンさんやガルムさん達は、リムルお抱えの職人で……リムルの部下とは言えるかもしれないけど、俺の部下じゃないだろうし」
「いや部下だろうよ」
「そうだったの!?」
「以前ならまだしも、今じゃ俺達は国家に職人として召し抱えられてることになるからな。国主の弟であるレトラ坊にも、同じように仕えてるってこった。俺はそのつもりでいたんだがな?」
そんなこと言われてもカイジンの態度はいつも通りで、仲の良い気さくなおじさんレベル……この気軽な距離感が最初からずっと変わってないのに、わかるわけないだろ!
「カイジン殿もこのように申しておりますし、レトラ様もどうか、我々家臣に対しては相応の接し方をして頂ければと」
「えー……じゃあ、家族ってことならいいよ」
「?」
「今よりもっと、皆のことを家族だと思っていいなら、呼び捨てに出来ると思う」
「レトラ様、そういう問題では……」
部下として扱えって話だったもんな。
家族としてならいいよってそれ、ベスターの思惑からはまるっと反対だもんな。
だが俺の中の違和感をなくす方法となると、これしかない。顔見知りよりもっと近い身内だと思えば、慣れ慣れしくしても大丈夫だと自分に思い込ませられる。
俺の妥協案は、カイジンにはウケていた。
「ガハハハ、家族か! いいな、レトラ坊がそれでいいならそうしてくれよ」
「カイジン殿! いけませんぞ、私はレトラ様やこの国が侮られることのないようにと……」
「ベスター、坊には坊の感性があるんだよ。堅苦しい理屈ばっかり押し付けちゃ嫌われるぜ」
「そ、それは……」
ベスターが必要以上に狼狽えるが、いやいや、こんなことで嫌わないよ。ベスターは俺達のためを思って言ってくれてるんだからさ。
とは思ったけど俺の提案が通ったので、早速練習してみようということになった。俺に合わせて少し屈んでくれたカイジンの前で、口をもごもごさせる。
「カ、カイジン…………うん、カイジン。いけそう」
目の前で、にかっとカイジンの表情が崩れる。
分厚い両手で頭を覆われ、わっしゃわっしゃと掻き混ぜられた。豪快だな撫で方!
「カイジンってさ、最初から俺のこと親戚のちびっ子くらいに思ってただろ」
「バレてたか。だが俺もかつては王宮に仕えた身だ、ちゃんと弁えてるぜレトラ様」
「必要な時だけにして。レトラ坊でいいよ」
カイジンに様付けされるなんて今更すぎる、TPOに応じた態度が取れれば充分だろう。
髪をぐしゃぐしゃにされながら、傍らのベスターを見上げた。こっちもいけそうだ。
「ベスター! これでいい?」
「……仕方がありませんな。及第点と致しましょう」
採点が厳しい。でもお許しは頂いたので良しとしよう。
後でドワーフ三兄弟とも似たようなやり取りをして、俺におじさん何人いるんだよって感じになってきたけど……ま、家族は何人いても悪くないよな。
※漫画版では、同郷の異世界人以外には元人間と明かさずに進みましたよね?
※どちらでも問題ないんですが、漫画版に合わせます