転スラ世界に転生して砂になった話   作:黒千

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40話 カリュブディス~麗剣

 

「ん? レトラ、もしかしてそれ……剣が完成したのか?」

「あ、そうだよ。さっき受け取って来たんだ」

 

 暴風大妖渦(カリュブディス)の到着を待つ間、リムルが俺の腰に吊られた剣に気付いた。

 よくぞ聞いてくれました! 皆がカリュブディスとの戦闘準備のために町中を動き回っていた時、俺も戦いに備えてクロベエの工房に寄って来たのだ。

 

 

 

「クロベエ、俺の剣出来たって?」

「レトラ様! お待たせしましただよ」

「悪かったなレトラ坊。時間掛かっちまって」

 

 訪れた工房には、カイジン達ドワーフ職人の面々も集まっていた。

 西洋剣が欲しいという俺の要望についてカイジン達も交えて話し合った結果、俺の求める剣は小細剣(スモールソード)というものに分類されるとわかった。細剣(レイピア)よりも小型で、刃のない、刺突特化の片手剣。どうしても華奢で耐久力が心許なく、俺の構想を実現させるのは難しいという問題があったのだが……最終的に俺が剣に一手間加え、解決することになっていた。

 

「造るの大変だっただろ、ごめんな」

「とんでもねえべ。オラも良い勉強になりましただ」

「ドルドの奴が随分と入れ込んじまってなあ」

「ああ、会心の出来だ」

 

 ガルムが冷やかすように笑うも、装飾担当のドルドは腕を組んで感慨深げだ。余程自信があるらしい。その横では、ミルドがやはり静かににこにこしていた。

 クロベエの取り出した、細身の鞘に収められた剣が俺へと差し出される。

 さあ、皆はどんな仕事をしてくれ…………

 

「──って凄ッ!? 何だこれ凄い!」

 

 それは見る者を圧倒するほど煌びやかで美しく、絢爛な意匠の剣だった。美術館か博物館に飾られている方が似合うような、どこかで伝説付きの国宝になれそうな神秘性が漂っている。だ、誰がここまでやれって言ったの? 

 

「いやあ……完成した剣は、レトラ坊が砂にして取り込むって決まっただろ? どれだけ繊細に細工しようが、永久に完璧に復元してくれるって言うし、ついつい力が入ってな」

 

 黒鞘を覆うように金属装飾が施され、彫りや透かしの技巧が緻密すぎて意味がわからない。え、飾りに細かく散りばめられたこの輝き……まさか宝石使ってる? あ、ウィズ、そう……本物ですか。他種族との物々交換でほんの少量の取り扱いがあるだけの宝石類を、何故こうも惜しみなく……!

 

「これじゃ小細剣(スモールソード)ってよりは、貴族なんかが持つ麗剣(ドレスソード)だな……本当はここまで装飾された剣は実戦向きじゃないんだが、お前さんの場合はスキルで剣を強化出来るしな」

 

 カイジンの苦笑を聞きながら、その麗剣(ドレスソード)を手に取り、抜いてみる。流れるような曲線が組み合わされた鍔は芸術品のようだが、剣身の彫り込みもすごい……あ、ここにも宝石が。

 

「ドルドの腕は大したもんだが、剣の鍛造精度も侮れねえぞ。この細さでこの強度はなかなか出せるもんじゃねぇ、流石はクロベエだな」

「レトラ様が強化してくださるって言っても、元になるのはオラの打った剣だしなぁ。レトラ様をお守りするに相応しい剣になるよう、精魂込めて鍛錬しただよ!」

 

 つい見た目ばかり注目してしまうが、この規格の剣としては、外見の優雅さ以上に品質も抜群らしい。鍛造の達人のカイジンとクロベエが大満足しているのでその通りなんだろう。そしてガルムが革の剣帯、ドルドが装飾、ミルドが芸術的な観点から、それぞれの知識と技能を結集させて俺の剣を完成させてくれたのだ。ウチの職人達が神過ぎる……

 

 俺は皆の視線に見守られながら剣を砂に変えて構成情報を取り込むと、『砂工職人(サンドクラフター)』を使用する。俺の手に現れた麗剣(ドレスソード)の再現度に、ほお……と周りから声が漏れた。

 

 重要なのは──併用した『砂憑依』だ。

 俺の精神体が憑依する砂を用いて再現された剣は、オリジナルの構成情報と砂の属性を併せ持つ、俺の身体の一部という特殊な状態になっていた。耐性や『多重結界』が連動するし、闘気だけでなく『身体強化』も上乗せ可能なため、華奢な見た目を裏切り過酷な実戦にも耐え得る代物となる。剣が損傷したとしても、俺には何度でも再現可能だしな。

 こうして魔国の技術の粋を集めた渾身の一振りは、俺の専用剣となったのだった。

 

 

 

「しかし見事な出来だな……確かに、最高の剣を造ってやれとは言ったけど」

「皆、俺達の想定を軽く飛び超えてくるよね……」

 

 俺の剣をしみじみ眺め、リムルも若干引き気味である。

 わかる、こんなの子供に持たせていい剣じゃないよな常識で考えて。いやそもそも子供に持たせていい剣があるのかって話だし、俺は子供でもないけど。

 

「リムル。実験してみたいこともあるし、メガロドンの一体は俺にくれよ」

「え? ……戦うのか? お前が?」

 

 何その反応。想定してなかったって顔やめて。

 遠慮してカリュブディスじゃなくメガロドンって言ったのに、俺の方こそ想定外だ。戦うのかって、だったら俺は何しに来たんだよ……あと、周りの皆も同じ顔しないで。

 

 

 

   ◇

 

 

 現れた暴風大妖渦(カリュブディス)は、全長五十メートルを超えようかという巨大な化物だった。

 大空を泳ぐ姿や、尖った頭部は鮫に似ている気もするが、ヴェルドラさんの申し子ってことならあれは竜と呼ぶべきなのかもしれない。ヴェルドラとよく似た翼も生えてるようだし。

 俺やレトラの兄弟のようなものとも考えられるが、知性も無い殺戮者などお断りである。

 

 話に聞いていた『魔力妨害』により、ベニマルの"黒炎獄(ヘルフレア)"でも巨体を覆う楯鱗までしかダメージが届かず、その鱗も『超速再生』で新しく生え変わってしまった。範囲内に巻き込まれた空泳巨大鮫(メガロドン)が一体丸焦げとなったが、それだって本来なら灰すら残さず焼滅しているはずなのだ。

 面倒な相手ではあるが、焦ることはない。ベスターに命じてドワーフ王国とは連絡を取っており、天翔騎士団(ペガサスナイツ)が救援として駆け付けてくれる予定になっている。まずは俺達でカリュブディスの周りのメガロドンを片付けてしまうのが先だ。

 

 各隊がそれぞれメガロドンを引き付け、撃破に当たる。

 空から街道目掛けて体当たりしてきた一体をゴブリンライダー達が囲み、囮役、攻撃役、と分担を決めて紙一重の所で応戦していた。メガロドンも体長二十メートルはあるAランクの化物鮫なので、あの巨体での突進攻撃は強力だ。それに、鋭利な歯の揃った大顎で喰い付かれては一発で致命傷となるだろう。ゴブタあたりは涙目だろうが、ぜひとも頑張って欲しい。

 

 森の中では、突撃してきたメガロドンをゲルドの怪力で食い止め、ガビルの槍技によって葬ることに成功していた。メガロドンの突進を受けたゲルド隊の負傷者は、ガビル隊が持参したポーションで回復したようだし、二つの隊では上手い連携が取れていた。

 空中では、上空を飛ぶソーカ達が落とした影からメガロドンの背に出現したソウエイが、妖糸を操ってメガロドンの神経網を乗っ取り共食いさせるという、えげつない事態が起きている。

 そしてもう一人、メガロドンの撃墜に向かったのが……

 

「レトラ様……どうかお気を付けて……」

 

 シュナがハラハラとした顔で空を見上げる。

 背中に羽を生やしたレトラが白いローブの裾をはためかせて旋回し、メガロドンの突進を避ける。『擬態』や『造形』で作るコウモリの羽、ガビル達の龍の翼などには重力を操る力があり、魔素とは無関係の飛行方法であるため『魔力妨害』の影響を受けないのだ。

 

 メガロドンの殲滅作戦に加えて欲しいと言い出したレトラに、そりゃあ俺は反対した。当然皆も止めたがレトラはめげずに主張を続け、しばらく続いたやり取りの末に、レトラの参戦が決まった。

 空の真ん中でレトラとメガロドンが鬼ごっこを始め、指揮拠点に残った者達は皆心配そうに(ミリムだけは楽しげに)レトラを目で追っている。何というか、授業参観のような空気があるな……

 

「ご安心くださいリムル様。万が一レトラ様が劣勢とあらば、すぐに私があの身の程知らずの魚共を叩き斬ります。ランガ、いつでも出られるよう準備してください」

「承知した」

 

 シオンが抜き身の"剛力丸"を握り締め、レトラから目を離さずに言う。グルルル、と唸るランガは既にメガロドンに向けて殺気を放っている有様だ。これがモンペか。

 上空のソウエイからも『思念伝達』が届いた。

 

『リムル様、メガロドンの一体を傀儡と致しました。これよりレトラ様の援護のため、周囲個体の排除に回りたく存じます』

『そうしてくれ。なるべくこっそりな、あいつ怒りそうだから』

 

 実に頼もしい配下達だと思う……のだが。いつも俺を過保護だの何だの言うレトラは、こいつらのことはどう思ってるんだろうな? 俺ばかり文句を言われるのって不公平じゃないか? 

 何となく俺が釈然としない気分でいると、飛行するレトラの後ろに砂が現れた。生きているかのように流動する砂が空中で壁となるも、レトラが距離を取るにつれて砂の動きが鈍り始め、壁はメガロドンの突進によって簡単に蹴散らされてしまった。

 

「ふむ、『魔力妨害』の程度を計っておられるのでしょうな。レトラ様の『砂操作』は、魔素で砂を操るスキル……今の様子を見る限り、影響は無視出来ませんぞ」

「レトラ様は、いつものようには砂を使えないってことか。それは不利だな」

 

 うん、ハクロウ、悪いがお前はここにいないで、ゴブリンライダー達の手助けに向かってくれないかな? レトラの戦いを見守りたいのはわかるけど、ゴブタ達だけだとキツそうだから。

 ベニマルも各部隊に指示を送る傍ら、上空の成り行きを窺っているが……おい侍大将、お前は指揮に集中してろよ。それが元でポカをするような奴じゃないとは思うけど。

 

『レトラ、どうだ? いけそうか?』

『あ、リムル。『砂操作』は俺から離れるほど『魔力妨害』に乱されるけど、俺の近くだったら抵抗(レジスト)可能だ。メガロドンのスキル効果は低いんだと思う』

 

 落ち着いて俺に答えつつ、レトラは背後に向かって手を突き出した。

 放たれた電撃──『黒雷』はもちろん『魔力妨害』の影響を受けるが、それも計算に入れた上での魔素調整がされており、メガロドンの神経網を掻き乱す目眩ましとしては充分だった。レトラは砂系スキル以外にも、俺の与えたスキルをしっかりと自分のものにしているようだ。偉いぞ。

 逃げるばかりだった相手からの反撃に不意を打たれ、メガロドンがレトラの姿を見失う。

 

『それはそれとして、やっぱり直接攻撃が一番みたいだな』

 

 レトラはメガロドンの頭上に回り込んでいた。

 抜いた麗剣(ドレスソード)を眼下へ向けると同時に、剣身が揺らめく。

砂工職人(サンドクラフター)』による『造形』が、麗剣を更なる姿へ変貌させる。ズズズズ、と急速に引き伸ばされていくそれは、美しい意匠をそのままに、どんどんと質量を増し…………

 

 長く伸びた柄部分を両手で握り、レトラが急降下する。

 天から降って来た巨大な剣が、空中でメガロドンを串刺しにした。

 

 下位龍族(レッサードラゴン)の死骸に受肉しているというメガロドンに内臓器官はなく、あの体長からすれば傷自体は小さなものだ。仕留めるまでには至らない。

 だがもう終わりだ。勝負は付いた。

 あの鮫は、体内にレトラの砂の侵入を許してしまったのだから。

 

 ユニークスキル『渇望者(カワクモノ)』。

 

 メガロドンの内部から、砂の侵食が始まった。

『砂憑依』を併用したという剣はレトラの一部……つまりはレトラそのものでもあり、相手の体内深くへ潜り込んだ砂の剣は、そこから『風化』の発動を可能とするのだ。『魔力妨害』に干渉される気配もなく『風化』を繰り返す砂が、爆発的な勢いでその巨体を喰い尽くした。

 

 なるほどな、刺突剣。それでレトラはあの剣を欲しがったのか。

 風化の砂を自由自在の脅威に押し上げるのが『砂操作』だが、『魔力妨害』のようなスキルには抵抗を受けることになる。だが砂の遠隔操作が出来なくても、直接体内へと送り込んでしまえば問題はない。それを解決するのが、砂の剣による刺突という物理手段だ。『風化』の力を最大限に発揮させるための、まさにレトラのための剣だった。

 

「レトラ様……!」

「ああ……レトラ様! 何と勇ましいお姿でしょう……!」

 

 シュナとシオンが安堵や興奮の意味合いで頬を染め、歓声を上げながら眩しげにレトラを見上げている。巨大な剣での一突きは、特にシオンが好きそうなやつだったしな。

 溜息を吐くような感嘆の響きで、ベニマルが苦笑を漏らす。

 

「やれやれ……レトラ様はまた強くなられたようだな」

「ほっほっ、我々も負けてはいられませんな」

「そうです、我らもお力となれることを見届けて頂かなくては! 行きますよランガ!」

 

 ハクロウに力強く同意したシオンが、いつの間にか相棒となったらしいランガに乗って飛び出して行く。

 ミリムは大きな手振りでレトラの動作を真似してみせながら、満面の笑みだった。

 

「レトラはやはり強いのだな! 砂で服も剣も作れるし、すごいのだ!」

「ああ。レトラは強いよ」

 

 何せ、俺の自慢の弟だからな。

 さてそろそろ授業参観は終わりだ、俺も動かなくては。

 残りのメガロドンはあと数体。それが片付けば、ボスの出番だ。

 

 

 




※保護者たち
※敵が巨大で片手剣の意味がなかった

※レトラの剣は刺突剣でした。色々調べて、片手剣の盾なし補助剣なしで大丈夫かと悩んだんですが、この世界には闘気やスキルもあるので、これで進めます
※ハクロウからはまず両手剣(刀)の修行をみっちり受けて、気闘法の訓練や戦闘経験を積み、途中からは片手剣を使う稽古もしています



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