転スラ世界に転生して砂になった話   作:黒千

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41話 カリュブディス~ミリム

 

「我が主よ! 御見事な戦いぶりでございました!」

「レトラ様、後は私達にお任せください!」

 

 ランガとその背に乗ったシオンがそう叫びながら、宙に浮かぶ俺の脇を駆け抜けて行く。

 あれはランガのエクストラスキル『風操作』で、空中に作った足場を渡るやり方だったか。あまりメガロドンに近付いてしまうとあれも『魔力妨害』に引っ掛かるのだが、既に間合いへ飛び込んでいた二人には関係がなかった。

 

「見よ! ──断頭鬼刃!」

 

 シオンの妖気が伝わり更に巨大になった大太刀が振り下ろされ、哀れメガロドンは真っ二つ。『魔力妨害』が途切れ、迸ったランガの雷が鮫の残骸を焼き焦がす。

 来たあ! これだけ間近で見るとド迫力だな……!

 

 俺だってもう少し、メガロドンと追い掛けっこしている間に他の奴も引き付けて、出来れば数体まとめて砂にしてやろうと思っていた。でも少し遠くでソウエイの操る一体が超良い仕事をしていて、俺の方にはあの一体しか来なかったのだ。そのソウエイは乗り物にしていたメガロドンをもう不要と言うように始末しているし、明らかに俺の援護に動いてたよな……別にいいけど……

 

「レトラ。よくやったな」

「ワタシも見ていたぞ! 大したものなのだ!」

 

 リムルとミリムが空を飛び、俺の近くへやって来た。自分に出番がないと落ち込んでいたミリムも、元気を取り戻したようだ。

 

「よし、最後のメガロドンはハクロウが仕留めたな」

 

 皆の奮闘の甲斐あって、メガロドンは全滅した。

 残るは親玉のみという状況になり、カリュブディスがそのバカでかい全身に力を込める。

 ガラスを擦り合わせるような不快な音が響き、カリュブディスを覆っていた何万枚もの楯鱗が全方位に向かって撒き散らされる。あれが噂の"暴風の乱鱗雨(テンペストスケイル)"か。

 カリュブディスに最も近い位置にいるのは、空中のランガとシオン。高速の鱗の雨を前に逃げ場などなく、躱せぬならば突き進むまで! と二人は真っ向からぶつかる構えだ。

 

 無茶すんなってば! 

 ──と、俺は飛び出そうとしたのだが、リムルの方が早かった。素早く移動したリムルは、シオンやランガ、リムルを庇おうと現れたソウエイの前で鱗の雨に手を翳し、ユニークスキル『暴食者(グラトニー)』で、目の前に迫る"暴風の乱鱗雨(テンペストスケイル)"を消し去ってみせたのだった。

 

「ほう、リムルもやるな! あれだけの数の鱗を」

「皆のピンチに颯爽と駆け付けて……って格好良いよなぁ、憧れる」

 

 頼れる主君力がまた上がってしまうな、あれでは。

暴食者(グラトニー)』とは、リムルの『捕食者』と、豚頭帝(オークロード)から得た『飢餓者(ウエルモノ)』を、大賢者先生が統合して生み出した新スキルだ。リムルの捕食って念じるだけで取り込めるタイプだったと思うけど、今の感じからすると範囲指定という認識でいいんだっけ?

 

 

 そして始まったカリュブディス攻略戦。

 奴は手強かった。体長だけでもメガロドンの二倍以上の五十メートル、そして全身を覆う強靭な楯鱗は防御の役目も果たしており、メガロドンを両断したシオンの"断頭鬼刃"がカリュブディスの薄皮一枚しか傷付けられなかったんだから差がありすぎると思う。

 

 メガロドンを滅ぼした俺の『風化』だが、発動条件は俺または俺に準ずる砂との接触だ。剣との接触部から体内を溶かして生成された砂に俺の魔素が浸透することで、砂は新たに俺の制御下に入り、また触れる先を風化させ、また魔素が浸透し……という連鎖反応が起こる仕組みとなっている。

 この魔素の浸透という工程が『砂操作』の領分であり、『魔力妨害』の影響を受けてしまうのだ。遠隔操作と違って剣から直接魔素を送り込めるのでメガロドンのスキル効果は上回ることが出来たが、カリュブディスの『魔力妨害』と『超速再生』による抵抗は厄介だった。

 

 俺がカリュブディスに張り付くことでダメージの蓄積には繋がるが、そこで邪魔してくるのが"暴風の乱鱗雨(テンペストスケイル)"だ。射出直後の最大速度であれを受ければ俺もズタズタだろう。お陰で距離を取らざるを得ず、その間にも『超速再生』が奴を回復させ続けるといういたちごっこ。やはり一筋縄では行かないな、ヴェルドラの申し子と言うだけのことはある。

 

『レトラ、カリュブディスの攻撃はどうだ? 『風化』出来るか?』

 

 リムルは率先してカリュブディスの周りを飛び回って挑発し、攻撃手段を一通り暴き出してくれていた。俺にはウィズがいるので、対処出来るかどうかは見るだけで判断が付く。

 

『百メートルくらい離れれば、鱗の方は『砂操作』で防げるよ。怪光線は無理だ、魔素が散らされるから砂の壁が貫かれる』

『光線は避ければいいとして……鱗の全方位攻撃が危険だな。作戦変更だ、俺がカリュブディスを引き付けて動くから、お前は奴を挟んで俺の反対側にいて、鱗から皆を守ってくれ』

『了解』

 

 リムルが最も重要視するのは皆の安全だった。

 それは戦いの前から全員に伝えられていた方針であり、敵に勝てたからと言って死者を出しては何の意味もない。ここからはトレイニーさん達やドワルゴンの天翔騎士団(ペガサスナイツ)も合流する予定なので、攻撃役はそちらに任せ、俺は防御に徹して守りを厚くする方が安心だろう。

 やがて全ての戦力が揃い、空を飛べる者、地上に残った者からの遠距離攻撃を合わせての総力戦という盛り上がりを見せてきた戦いに、ウズウズとした表情のミリムは俺についてきた。

 

「ミリム、わかってると思うけど」

「大丈夫だ、手出しはせぬ! だがあの魚がお前に向かってくるようなら話は別だぞ? その時は消し飛ばしてやるのだ」

「おおう……頼もしい……」

 

 にっこりと可愛らしい笑顔を見せるミリムが怖い。

 ていうかこれ、フォビオのピンチなのでは? 俺をターゲッティングしたら魔王降臨とか、どんな即死罠だよ……やっぱり俺は、カリュブディスからは少し離れていよう……

 

 

 

 リムルの放った魔炎弾がカリュブディスを焼き、空中で巨体がのたうつ。

 短い間隔で撃ち出される"暴風の乱鱗雨(テンペストスケイル)"だが、回数を重ねるうちに皆は発動タイミングを察するようになっていて、自主的に俺やリムルの防御範囲内に寄ってくれるので助かった。

 ミリムは自在に動く砂がお気に入りのようで、俺の周りをウロチョロしては喜んでいた。

 

「お前の砂は面白いのだ、レトラは器用だな!」

「俺は砂だからな。これくらいは出来ないと」

「うむ、リムルもレトラも強いな! そうだ、今度皆で一緒に遊ぶのはどうだ?」

 

 え。なんかミリムが不穏なことを口走ったぞ……

 カリュブディスへの警戒は怠らず、横目でミリムへ答える。

 

「遊ぼうって……それはもしかしなくても、手合わせとか修行って意味?」

「修行だな、修行をしよう! ワタシが鍛えてやるぞ!」

 

 ウッ、ミリムの瞳が輝いている。世界最強クラスの実力者からお誘いとか……! 

 今までのミリムは町の何もかもが目新しく、あちこち見て回ったり美味しい食べ物を堪能するのに忙しかったんだろうが、そろそろ身体を動かしたい時期になってきたのかもしれない。

 

「いやー……ミリムと修行出来るほど強いのって、ウチにはリムルくらいしかいないだろ」

「そんなことはない、レトラも強いぞ! 何が嫌なのだ? リムルはお前と修行がしたいのに、いつも逃げられるから面白くないと言っていたぞ」

「い、嫌なんじゃなくて……俺はリムルよりずっと弱いよ」

「確かにお前の方が魔素(エネルギー)量は少ないが、大した差はないだろう」

 

 それが結構あるんだよなぁ……ミリムから見れば微々たる差なんだろうけど……

 カリュブディスが大きく身体をうねらせた。奴はあんまり頭が良くないので、っていうか知性がないので、リムルがでかい攻撃を仕掛ける度にあっさり釣られてそちらへ動く。俺がカリュブディスの背後を取るように旋回すると、ミリムもスイスイ追ってくる。

 

「リムルが嫌なわけではないのだな?」

「そんなわけないだろ……」

「そうか、良かったのだ! これでリムルも安心するのだ!」

「…………」

 

 それってつまり、俺に嫌がられてると……思われてたわけだな? リムルに。

 実力差に引け目のようなものはあるにしろ、敬遠していたつもりはない。だけどリムルはそう感じたのかもしれない。最近あんまり稽古に誘われなくなっていたのも、そういう事情から……? 

 何だか良心が痛んだので、考えとくよと返事をしておいた。

 

 

 

 戦闘開始から数時間が経過した。

 当然ながら脱落者は一人もおらず、やはり皆は頼りになるな。

 そして俺が思っていたよりも早く、『竜眼(ミリムアイ)』によってカリュブディス中の素体がフォビオであることが確認された。ミリムは暇を持て余して居眠りすることもなく、ずっと俺についてきてカリュブディスの周りを飛んでいたからな……このくらいは誤差だろう。

 

 カリュブディスはミリムに恨みを持つフォビオの意思でテンペストを目指していて、要するにこいつはミリムの客。そうとわかればその後の展開も早かった。

 リムルが全員に退避の指示を出し、ミリムと交代する。出来ればフォビオを残してカリュブディスだけを吹き飛ばして欲しいという無茶な注文を、ミリムは笑顔で引き受けた。

 

「見せてやろう、これが手加減というものだ! ──竜星拡散爆(ドラゴ・バスター)!」

 

 ミリムの手元から数十本の青白い光が解き放たれ、カリュブディスに襲い掛かる。凄まじいエネルギーが周囲を光で塗り潰しながら炸裂し、その一撃で全てが終わった。俺達と激戦を繰り広げたカリュブディスは、ミリムによってたった一発で消し飛ばされたのだった。

 

 消滅させられることなく残ったフォビオをリムルが回収し、地上に降りる。

 フォビオとカリュブディスの魔核との融合は進行していて、放っておけばまた一時間ほどでカリュブディスとして復活してしまうらしい。リムルが『変質者』と『暴食者(グラトニー)』を使い、意識のないフォビオから魔核を取り除く手術が始まった。

 

 ミリムと並んでその光景を後ろから眺めながら、俺は俺で、この状況を自分のスキルと照らし合わせてみる。うーん、リムルでも『変質者』無しにはフォビオからカリュブディスを剥がせないわけだろ……俺に出来ることと言えば……魔鉱石から魔鋼を取り出した時みたいに……フォビオを丸ごと砂にして、フォビオだけ再現するとか……? 

 

《否。魂、意思そのものを『造形再現』することは不可能です》

(だよな。無理だよな……)

 

 取り込んだ命をそっくりそのまま再現とか、そんな冒涜的な真似が出来るとは初めから思っていない。無理だろうなって考えていただけだ。

 じゃあウィズの『解析鑑定』でカリュブディスだけを解析して、そこだけ『風化』……いや、フォビオと融合しているカリュブディスにどうやって砂を接触させるんだ……

 

「なあなあレトラ。どうだった?」

「ん?」

 

 リムルの作業を見守る俺のローブを、ミリムがくいっと引っ張ってきた。

 ソワソワと褒めて欲しそうな顔をしているし、間違いなく先程の必殺技、竜星拡散爆(ドラゴ・バスター)のことだろう。あれは凄まじかった。この目で見られて良かったと思えるだけの価値があった。

 

「すごい技だったな。綺麗だったし、あんなの初めて見たよ」

「そうだろう、そうだろう! それで?」

「一撃であれだもんな……知ってたけど、やっぱりミリムは強いな」

「うむ、ワタシは強いのだ! それで?」

 

 それで……って? 

 あれだけのことをやったんだから、ミリムは褒められていいと思う。流石ミリムは格が違った。俺にも感謝の気持ちがあるし、思う存分褒めてやりたいけど、ミリムの様子が、変と言うか……

 

「お前達、ピンチだったのではないか?」

「そうだな。ミリムがいてくれて助かったよ、ありがとう」

親友(マブダチ)なのだ、気にするな! ワタシは颯爽と駆け付けたぞ」

「う……ん?」

 

 どうしよう話が見えない。俺は何を求められてるんだ……? 

 短気なミリムはむうっと頬を膨らませ、不機嫌丸出しに声を尖らせた。

 

「リムルのことは格好良いと言っていたのに! ワタシはどうだったのだ!?」

 

 声デカッ! 

 っていうか、リムルの背中がピクッと動いた! 

 聞こえたな? 聞こえたね? この距離だしね? いいから間違っても振り向いたりしないで、フォビオの手術に集中してやって下さい……! 

 

「うわ、あっ、うん、格好良かった! ミリム格好良かったぞ!」

「本当か? 適当に言ってはいないか?」

「嘘じゃないって、ミリムは強いし格好良いし、憧れるな!」

 

 力を込めて念押しすると、ミリムはコロッと笑顔になって満足そうに頷く。

 ミリムの望む褒め言葉はこれだったか……俺が人を褒めるのに遠慮しないのは本当なので、もちろんこれも心から自信を持って言い切ったことだ。だからもう、これ以上は勘弁してくれ……

 

「じゃあ、今度はお前も一緒に遊ぶのだ! いいだろう? さっきも、リムルのことが嫌なのではないと言っていたしな!」

 

 だから勘弁しろよ! 何で全部バラすんだよ! 俺が一体何をしたって言うんだ……しかもここで言質を取ろうとする抜け目の無さ……この魔王、老獪すぎない!? 

 俺は何とかもう一度、「嫌なわけないだろ」と「考えとく」を、控えめに絞り出すので精一杯だった。

 

 ちなみにフォビオの手術は成功した。

 

 

 




※カリュブディスは強め設定でした



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