転スラ世界に転生して砂になった話   作:黒千

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(42.5話 おまけ/風化)

 

《告……ークスキル……使用……『風化』及び……を取得……なお、……に成功……ました》

 

 流れ込んでくる平静な声に、我に返った。

 静かな暗い部屋。砂山に戻った俺が、リムルの布団をぐしゃぐしゃに荒らしている。

 

(あ、また飛んでた……)

 

 リムルの砂を飲み込む時は毎回、頭の中が白く焼けるような強烈な感覚に襲われて意識が途切れる。今のは二、三秒だったと思うが、俺を現実に引き戻したウィズの声は普段と変わらず落ち着いていて、俺にとっては心強いものだった。そうだ、ボンヤリしている暇はない。

 崩れた砂を一粒残らず集めて人型を作り上げ、俺は布団の上に座る体勢で現れる。少し離れて様子を見ていたリムルに向けて、何事もなかったかのように声を掛けた。

 

「リムル……ごちそうさまでした!」

「おう。お粗末さん」

 

 俺に調子を合わせてリムルが笑う。何も知らない笑顔が救いだ。

 大丈夫、リムルを砂にして喰うのが気持ち良いだなんて、リムルにはバレていない。俺の忍耐力も捨てたもんではないのだ。

 実際には俺の内情は大惨事で、じわじわと燻る疼きが尋常ではなく、気を抜いたらうっかりリムルに手を伸ばしてしまいそうだった。くっ鎮まれ俺の右手……! とかで治まってくれるなら、俺は本当にやるかもしれない。まあ無駄なので、ただただ集中して耐えるのみだ。

 

「じゃ、俺はそろそろ。おやすみリムル」

「何だよ、わざわざ部屋に戻らなくてもここで寝てけばいいだろ」

「子供じゃないんだからさあ……」

 

 いや別に、俺が正気だったらいいんだよ。

 一緒に布団に潜ってダラダラと喋って、思念を繋げて漫画を読んで、のんびり朝まで休むのも。

 今は……今だけは無理だ……俺は前回よくもまあ、半分獲物にしか見えなくなったリムルの横に転がって一晩中"風化欲求"に耐えるなんてことを、毎夜毎夜やってたな? 刑罰か何か? 

 

 

 

『影移動』で庵へ移動し、明かりも点けないまま畳に倒れる。

 ずさあああ、と全身を崩したことで砂が広がり、俺の元の姿と言うとこれだ……何も形を作らない、砂の集まり。俺としては形を作っていた方が収まりがいいんだけど、『造形』の実行にリソースを割かないという意味では、砂山でいる方が少しだけ負荷が少ないことになる。

 

(ウィズ……リムル喰ったの、今日で何日目……?)

《解。五日目です》

 

 これで五日……あと二日か。今回は分身体に込める魔素を少なめにしてもらっているので過剰魔素による存在消滅の心配はしていないが、魔素量と"風化欲求"には全く関係がない。

 ウィズにも相談したのだが、"風化欲求"の発生にはやはり砂妖魔(サンドマン)の本能が関わっているようだった。砂と融合するのが砂妖魔(サンドマン)の本能だが、俺はただ砂を取得するだけでは何も感じない。俺が執着しているのはリムルやテンペストの皆くらいのもので、だけどリムル達は砂ではないため、砂妖魔(サンドマン)が元々持つ"融合欲求"の対象からは外れているはずだった…………のに! 

 

 俺が『渇望者(カワクモノ)』なんて持っていたのが運の尽きだった。

 リムルの分身体を砂に変えることで、砂妖魔(サンドマン)の本能が刺激され、俺は気付いてしまうわけだ。

『風化』で砂にしてしまえば、リムル達と『融合』することが出来ると……俺の好きな皆は"融合欲求"の対象に当て嵌まるのだと! ふざけんなよ! 

 そしてその"融合欲求"をも含んだ"風化欲求"が発生し、欲しい欲しいと皆を溶かしそうになっているのだが……俺はとにかく、取り返しの付かないことになるこの欲求を抑えなくてはならない。

 

 ま、でも、俺もだんだんと自分の仕組みがわかってきたので、前よりも心に余裕がある気がする。何事も慣れなんだろう……重要なのは己を律する精神だ。

 さあ今夜も耐えるぞ、と畳に広がりながら気合を入れる俺に届いた、『思念伝達』。

 

『──レトラ様。お休みのところ、申し訳御座いません』

『あれ……ソウエイ? 何だ?』

『少々、お話が御座います……お部屋へ伺って宜しいでしょうか』

 

 え、ここに来るの? 

 こんな夜に珍しい……っていうか今は駄目だ、俺は取り込み中なんだ。

 

『ごめん、今はちょっと体調悪くて……明日にしてくれる?』

『…………レトラ様の体調の件で、お話が』

 

 いつも淡々としているソウエイにしては、とても切り出し辛そうな口調。

 その妙な態度に、ソウエイが何を言いたいのかは流石の俺でも気が付いた。

 俺だって忘れてはいないのだ、前回の気が狂いそうな"風化欲求"を、ソウエイに手伝ってもらって解消したことを。すると、このタイミングで声を掛けてきてくれたのも……

 

『もしかしてソウエイ……俺がまたリムル喰ってること、知ってるとか?』

『はい。この数日の御二方のご様子からして、そうではないかと……』

『……それでまた、分身体を喰っていいって?』

『……差し出がましく恐縮ですが、宜しければ、どうか』

 

 何て献身的な……ソウエイってすごいよな。

 いや助けてくれるというのは嬉しいけど、そう何度もソウエイを頼るわけにはいかない。

 

『ソウエイ、俺を甘やかしちゃ駄目だ』

『……?』

『俺はこうなるのをわかっててリムルを喰ったんだよ。スキルと魔素を増やして強くなりたいから"風化欲求"には耐えることにしたんだ。俺の責任なのに、助けてもらうのは虫が良すぎるだろ』

 

 リムルの分身体を喰わなければ回避出来たのに、それをしなかったのは俺だ。

 もちろん安全対策として、欲求が表面化している間はリムルに近付かないし、もし朝まで欲求が消えないくらい酷ければ落ち着くまで隠れていて、これ以上は魔素が多すぎるとか何とか言ってリムルに中止を申し出ることも視野に入れている。なので、欲求解消のためにソウエイを喰う必要もないということだ。

 

『……俺では、レトラ様のお力にはなれませんか?』

『いやいや、もうなってるから! 前なんてソウエイがいなかったら俺耐えられなかったし、すごく助かったし嬉しかったし本当に感謝してるよ? あの時はありがとう』

 

 前回はなあ……あれはキツかった。まだ砂妖魔(サンドマン)のことも『渇望者(カワクモノ)』のことも全然知らなくて、俺に何が起こってるのか全くわからなかったし、ウィズも『独白者(ツブヤクモノ)』だったので相談すら出来ず、あまりにも先が見通せなくて怖かった。リムルを溶かすくらいならと、町を出ることも一瞬考えたほどだったが……何とか、ソウエイのお陰で持ち堪えたのだ。ソウエイにはめちゃくちゃ感謝しているので、もう巻き込みたくはない。

 

『身に余るお言葉、勿体無く存じます。しかし……それでしたら、どうか再びレトラ様に分身体を捧げることをお許し下さい。レトラ様の欲求を鎮めるため、俺をお役立て下さい』

『駄目だって。俺は自分で何とかするよ』

『ですが、このままでは──』

『ああ……俺がいつ我慢出来なくなって、リムルを喰うかわからないって?』

 

 うーん、そういうことなら、ソウエイが食い下がってくるのも無理はないか……リムルや皆が危険に晒される可能性があるなら、取れる手段は取っておくのが最善ってもんだろう。

 俺は耐えられると思ってるけど、そんな保証はどこにもないんだから……

 

『そうではありません。レトラ様が強い意志を持つ御方であることは存じております。レトラ様が御自身の欲求に打ち勝てると判断された以上、リムル様に害が及ぶ危険性はないでしょう』

『……そう? じゃあ何?』

『……レトラ様がお辛い思いをされていることが、俺には耐えられないのです』

 

 うーん……! 

 そうか、単純に俺のためかー……ソウエイはそんなに俺のことを大事に思ってくれてるんだな。自分から察して来てくれたのを見ても、ソウエイはずっと本気なんだろうし……ここまで言ってくれてるものを突っぱねるのは冷たいというか、俺が意固地になってるだけなのかな……

 

『…………わかった。いいよ、入って』

 

 入室を許可すると、暗い部屋の隅からスルリとソウエイが出現した。

 俺が珍しく砂溜まりとなって広がっていたためか、緊張感のある声が俺を呼ぶ。ああ大丈夫、ちょっとぐったりしてるけど、見た目ほどには深刻じゃないんだ。

 

「じゃあソウエイ、早速で悪いけど……また分身体を俺にくれる?」

「はい、喜んで」

 

 喜ばなくてもと思う間もなく、室内にはソウエイの分身体が作り出される。無表情のまま畳に腰を下ろした分身体は、もう俺に喰われる準備が出来ているようだった。

 えーと……こっちのソウエイは分身体……でいいんだよな? 本体も分身体も同じくらいクールな雰囲気でわかりにくいんだけど、魔素の量……うん、間違ってない……溶かしていい方、喰っていい方のソウエイ……

 早くも期待感に揺れ始めた頭で考えていると──ざあ、と砂が動いた。え? と呆気に取られる俺の意思と関係なく、ゆっくりと、確実に、俺の砂が分身体に向かって流れ始める。

 え、え、何、待っ…………

 

「うわわわわ」

 

 軽やかに流動する砂に引きずられながら急いで『造形』を行い、砂を人間の形にまとめ上げたことによって、俺の動きは止まった。腹這いで、畳の上にべしゃあと潰れた格好で。

 

「レトラ様……?」

「か、勝手に身体が動いた……ごめん」

 

 今の俺、完全に獲物を捕らえに行く動きだったな。溶かしていいんだって気が緩んだ途端にこれかよ……あんまり化物じみた挙動してると、メンタルに響くからやめてくれ……! 

 しかしソウエイは動じず、気遣わしげに俺を見る。

 

「どうか御無理をなさらず……」

「最低限の礼儀ってのはあると思うんだよ……」

「それは分身体に過ぎません。お好きなように扱って頂ければ」

 

 相変わらずのソウエイだが、分身体だからと自制もせずに喰い散らかしていいわけがない。

 それに恐らく、恐らくだが、俺が本当に求めているのは、リムルやソウエイの"本体"なのだ。認めたくないのと確かめるわけにはいかないのとで恐らくと言っているが、まず間違いない。本体と分身体を取り違えたりしないように……そこだけは気をしっかり持たないと……

 

 

 

 今回もまた分身体の膝に乗り、縋るように腕を回して抱き付いた。全身が砂の俺と、全身が魔体の分身体は、どこが触れても気持ち良い。少しずつ形を崩しながら身体を押し付け、擦り寄せる度、ぞわぞわと首の後ろまで快感が這い上がってきて、必死に歯を食い縛る。

 

「……あっ……ああ、……っ、く……」

 

 まだ……まだ早い、もっと欲しい、これじゃ足りない。

 もがくように身を捩り、それによって生まれる接触が一層俺を追い立てる。

 まだ駄目だ、もっと……もっと触れたい、味わいたい。

 ……この、渇きが、満たされるまで。

 

 

 

 

 以前と同じく、ソウエイの分身体を飲み込むことで"風化欲求"の解消に成功した。最後の方はやっぱり頭が飛んでいて記憶がないが、これだけスッキリしたならあと二日くらいどうにでも耐えられる。ちょっとソワソワするのをやり過ごすだけで済むだろう。ソウエイ、本当にありがとう……! 

 

 それにしても俺は、自分で思うよりもギリギリの状態だったようだ。溶かしていい対象がいるからって、ああも簡単に釣られるのはどうかと思う。我慢し続けたのが原因だとすると……少し余裕を持って、まだ制御出来るうちに欲求を何とかしてしまうのが賢いやり方なんだろうか? 

 

 出来る限りは自分で解決したいけど……

 ソウエイ自身が、あまり負担にならないって言うなら……

 今度からは、"風化欲求"に関しては……ソウエイを頼ろうかな……? 

 

 

 




※「風化→融合(吸収)」まで含めた欲求をレトラ特有の"風化欲求"とします

砂妖魔(サンドマン)が通常やるのは、砂を取り込んで身体を増やす固有スキル『融合』
※レトラは砂から情報取得するため『渇望者(カワクモノ)』の『吸収』を使いますが、体内(亜空間)に取り込んでいるので、実質的に融合と同じです



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