43話 留守番
先日、ドワルゴンから届けられた招待状。
魔国連邦の国主であるリムルが武装国家ドワルゴンに招かれ、二国間の友好を宣言する式典が開かれる予定となっていた。これは俺達魔物の国が、大国ドワルゴンに国として認められていることを対外へ発信する絶好の機会であり、リムルはこのイベントを必ず成功させてみせると意気込んでいた。
「リムル、それって俺も行っていい?」
「ああ、レトラはまだドワルゴンに行ったことなかったな。いいぞ、今回は正式に招待されるわけだし」
そろそろ俺も他の国を見てみたい。
決して観光気分で遊びに行きたいのではなく──いや、確かに遊びに行きたい気持ちもあるけどそれだけじゃなくて、やはり他国との文化や生活の違いは肌で感じてこそ理解出来るものだと思う。ドワルゴンの国民達の前でリムルがスピーチするのも聞きたいし、今後の国政について勉強になることは色々とあるはずだった。
一緒に行きたいと言い出した俺に、リムルも軽い感じでOKしてくれたので、俺はすっかりそのつもりでいたんだけど…………
「えっ……?」
しん、とした会議室に、俺の間延びした声が響く。
隣の席……というか机の上のリムルを見つめて、俺は繰り返す。
「俺、ドワルゴンに行けなくなったって?」
「あーレトラ……それがな、お前には悪いと思ってるんだが……」
「リ……リムル様!」
ガタッと立ち上がる者がいた。シオンだ。
ドワルゴンへの外遊には、リムル付きの秘書としてシュナが抜擢されていた。居残りするはずだったシオンが、シュナだけリムルや俺と旅行するなんてズルイズルイと癇癪を起こし、だいぶ暴れ回ってくれたのだが……とうとう粘り勝ちしてドワルゴンへの同行を許可された。その時は俺も行けると思っていたから、呑気にシオンと喜んでいた記憶がある。
「ま、まさか私がお供することになったためにレトラ様が……!? 私は、そのようなつもりでは……!」
「ああいや違うシオン、落ち着け。お前のこととは別の問題なんだ」
リムルに宥められ、シオンは俺を気にするような視線をくれながら着席する。
まあ、俺もシオンが原因とは思っていない。もしそうなら、シオンのドワルゴン行きを決める前に俺に相談しろよとリムルを締め上げるところだ。
「相談事や面会の申し入れが予想以上に多くてな。使節団交流が始まるとなかなか手が付けられなくなるし、その後はすぐドワルゴン訪問があるだろ……このペースで仕事が入ると、どんどん後回しになりそうなんだよ。だから俺が留守にしてる間は、お前に任せたいなと」
俺やリムルは眠らなくていいので、情報整理やシミュレート系の事務処理だったら徹夜してでも可能だが、相手があっての仕事だとその裏技は適用されない。それに、面会系には国主のリムルが出るべきだろうと、俺もあまり把握してなかった……まさかそれが自分の首を絞めることになろうとは。俺の確認不足もあったんだろうけど、つい恨み言が口を衝く。
「何で今頃……言っといてくれれば、俺も手伝ったのに」
「お前はこの前まで、俺との訓練もあっただろ? もしかしたら調子を崩すかもしれないと思ってな」
訓練……ああ、"リムル喰い"ね。
流石に皆の前では、俺に自分を喰わせてるとは言いにくいようだ。そりゃそうだ。
今回の俺強化週間は無事に終わっていて、昼間まで"風化欲求"が残ることはなかったし、『魔力操作』も『魔法耐性』もしっかり受け取り、許容範囲内で魔素も増え、何だかんだでリムルいつもありがとう。
で、リムルはまた俺の具合が悪くなってしまう場合に備えて、俺の方には面会関係の仕事を入れておかなかったということらしく……その皺寄せが結局俺に来るとか意味ねえー!
「……って、俺が代理で務まるの? 皆はリムルに会いたいんじゃない?」
「そうでもないぞ。場合によってはレトラが来るかもしれないって聞いて、もちろん大歓迎だって皆喜んでたらしいし」
「もうそれ、ほぼ俺が行くってことで話が進んでるような……」
「レトラ、本当に悪い。前もお前をドワルゴンに連れて行けなかったから、今度はと思ってたんだが……どうしても厳しいんだ」
連れて行かなかった、の間違いだろう。あの時リムルは最初から、まだどういう国かもわからないドワーフ王国へ俺を連れて行くつもりがなかったのは知ってるんだぞ。俺は他にもドワルゴンへ行くチャンスがあると思っていたから、大人しく留守番していたけど……今回もダメ……だと……?
腕を組んで天井を仰ぎ、ううーと唸って悪あがきを試みる。
「ドワルゴンに行けないんだったら……せめてユーラザニアに──」
「すみませんが、無理ですね」
俺の抵抗をバッサリ切ったのは、ユーラザニアへの使節団団長となったベニマルだ。
「未知の魔王領です。安全の確認が取れないままでは、レトラ様もリムル様もお連れ出来ませんよ」
「ですよねー……」
うん、知ってた。深く脱力して椅子に沈む。
ユーラザニアとは不可侵協定を結んだが、今回が初となる使節団交流には、相手が信用に足るかどうかを見極めるという重要な意味合いもある。それに使節団派遣の日程はすぐそこに迫っているし、人選も済んでいる今になって俺を捻じ込んでくれとは言えない。
そして、この雰囲気。目を閉じながら『魔力感知』で室内を見回す。
俺がリムルと、口論? ではないな……意見の食い違い? で話しているだけで、いつも周りの空気が変になる。皆気まずそうに息を殺して、じっと状況を窺っているような……
何だろう、俺そんなに聞き分けないかな? リムルに口答えしてるように見える? 別にリムルと喧嘩してるわけでもないのに、どうしてこんな空気になるかな。
「……わかったよ。リムルの代わりに留守番するよ」
「すまんなレトラ、ありがとう。引き継ぎについては後で知らせるから」
リムルや皆がほっと緊張を緩めるのがわかる。
少々納得のいかない思いはあるが、シオンのあの恥も外聞もない暴れっぷりを目にした後だし、俺まであんな風に駄々を捏ねるわけにはいかなかった。
その日から、俺が落ち込んでいると思ったのだろう皆が、何となくいつもより俺を構ってくれるようになった。
あのーすみません、俺は見た目こそ子供だけど……どうも外見に引っ張られるのか、言動が子供っぽい自覚もあるにはあるけど、本当はあやされるほどの歳ではないんです。
それが皆の好意から来ているものなのはいいとしても、いつまでも子供扱いされ続けるのはちょっと……俺が文句を言えば困らせるし、我慢をすれば気遣われるし、どうしろと?
モヤモヤしてても仕方がない、ここは気持ちを切り替えて前向きに行こう。
代理としてでもちゃんと仕事を果たしていけば、リムルにも皆にも少しずつ認めてもらえる……かもしれない……よな?
…………はあ。
とりあえず俺は、ユーラザニアへ向かう使節団の見送りに全力を注ぐことにした。
公務でという意味ではなく、個人的に。私用で。認めてもらう云々はどうしたって? いいんです大丈夫です。出発式では俺もリムルのように皆へ一言贈る仕事があるし、ちゃんとやります。
だがそれとは別に、俺にはずっと楽しみにしていたことがあった。
使節団が発つ日、町は朝から出発式の準備に忙しく、どこもかしこも賑やかだった。
広場には早くから住人達が押し掛けているのを見掛けたし、スターウルフが引いて行く狼車には、道中の荷物や先方への贈り物、商品などが整然と積み込まれていた。
出発式が始まるまではもう少し時間がある。
恐らくリムルの方でも、壇上に上がるための礼服を用意したり、『重力操作』の練習をしているところだろう。リムルって式典当日に余裕過ぎない?
まあ、俺もあとは着替えるくらいしかすることがないし、チャンスは今! と思って様子を見に来たのだ。
「うっわあああ……」
俺がやって来た建物には本日の主役となる使節団の面々が集められ、服飾関係を担当しているゴブリナやオーク達がその装いをきちんと整えているところだった。
目当ての人物を見付け出した俺は、想像以上の光景に遠慮なく声を上げる。
「リグル! 凄い! 格好良い……!」
使節団の団長補佐、取り纏め役に任命されたのはリグル。
ビシッと決まった制服姿で、後は式に出てそのまま出発、ってところまで準備完了していた。
これ、外交官ってことだよな? 国家運営における超重要ポストでは? ホブゴブリンの若手の中では間違いなく出世頭って胸張って言えるやつだろ……!
「この役目、リグルにピッタリだと思ってたんだよ、本当に格好良いな!」
うわーうおーと子供っぽさ丸出しで見上げる俺だが、こういうとこなんだろうなー……
でも思ったことは素直に言った方がいいとリムルにも言われたし、格好良いものを格好良いと言って何が悪いのかと吹っ切れたので自重しないことにした。
「き、恐縮です、レトラ様……」
好青年リグルは俺に褒め千切られて赤面しタジタジになっている。目を泳がせて周囲に助けを求めるも、他の使節団員の衣装替えに忙しいゴブリナ達は、パタパタと歩き回りながら微笑ましそうに笑うばかりで素知らぬ振りだ。行き場のなくなったリグルの視線が仕方なしに俺に戻ってくる。
まあまあ、そう畏まらずに。俺はずっと前から、今日という日を待っていたんだから!
「なあリグル。俺はユーラザニアには行けないけど、リグルは国の将来に関わる重要な使節団の一員になっただろ。やっぱりほら、お互いに出来ることって違うよな」
「……!」
ピクリとリグルが反応する。思い出してくれただろうか。
俺はあれからずっと、リグルのこの晴れ姿が見たかったのだ。感無量だ。
「……あの時、レトラ様がお声掛け下さらなければ、私は自分に何が出来るかもわからないまま無為に命を落としていたでしょう。あの頃の自分がどれほど浅はかだったか、今であればわかります」
リグルも、ゴブリンだった頃に俺と話したことを覚えていてくれたようだ。というかそこまで自分を下げなくてもいいよ……昔のことだろ……真面目過ぎるよ……
「私がここまで来ることが出来たのは、レトラ様のお言葉があったからこそです」
そうだろうか?
俺はあの時、リグルに何も未来を示唆しなかった。
出来ることをやればいいなんて曖昧な言葉だけでは、道標にはならなかっただろうに。
「リグルが使節団に選ばれたのは、ずっと警備隊長として町の住人にも外の住人にも接して、色んな考えを持つ種族と関わってきた経験があるからだろ? これまでリグルが自分で努力してきたから、こういう今があるんだよ」
警備部門のトップであるリグルは、戦の時には町や住人達の警護を任されることが多く、本人としては前線に出たい思いがあったのは知っている。でもリグルは文句一つ言わずに、自分のやるべき仕事を堅実にやり遂げてきたんだ。俺が切っ掛けになったってことなら嬉しいけど、俺がいてもいなくてもリグルはここまで辿り着いたよ、絶対に。
「……レトラ様」
リグルは表情を引き締めると、姿勢を正して胸に手を当て、その場に片膝を落とす。
その真新しい服で跪かなくてもと思いはしたが、止めさせるのも野暮だった。とてもホブゴブリンとは思えない所作の見事さに見入ってしまう。
「レトラ様にそう仰って頂けたことは……私にとって、何よりも勝る喜びです。今後も変わらぬ──いえ、より一層の忠誠を。更なる研鑽を積み、魔国のため、レトラ様とリムル様のため……為すべき役目を模索し続けることを誓います」
おお……リグルすごいな、格好良いんですけど……
そうだよな、何かになれると決まっていれば頑張れるなんて不健全な話だ。積み重ねの先にきっと何かが掴めるって、そう信じて行動出来る強さに憧れる。
ドワルゴン行きがダメになったとか、子供扱いされてばっかりとかで不貞腐れている場合じゃなかった。リムルは他の誰かじゃなくて俺に代理を任せてくれたんだから、それは俺を頼ってくれたってことだろう。俺には俺にしか出来ない仕事がちゃんとあるんだ。俺もリグルを見習って頑張らないとな。
「リグルがいてくれたら心強いよ。よし、俺もやる気出てきた、これからも協力してやっていこうな!」
「はい、レトラ様……!」
※最近ソウエイが一人勝ちしているため、そろそろベニマルも……と思ったらリグルが持っていきました。漫画版の団長補佐リグルはとても格好良いです。
※ちょっと惜しいので、43.5話でベニマル予定