転スラ世界に転生して砂になった話   作:黒千

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※前回のレトラとリグルのやり取りを見ていたベニマル


(43.5話 おまけ/激励)

 

 獣王国ユーラザニアへ派遣される使節団団長の任を仰せつかった俺は、出発の日となる今日、団員達と共に式典へ臨む準備を進めていた。

 使節団のために宛がわれた部屋では、次々と皆の衣装が整えられていく。

 そこへやって来たレトラ様は、団長補佐に任命されたリグル殿の見事な佇まいに感激し、満面の笑みで称賛の言葉を掛けていた。

 

 

「やっぱりほら、お互いに出来ることって違うよな」

 

 耳に入ってくる会話からすると、二人は俺にはわからない昔の話をしているようだった。

 魔物に共通する不変の掟が"弱肉強食"であっても、レトラ様は単純に武力のみを重視する御方ではない。俺達鬼人がお仕えする以前からの配下であったリグル殿やゴブタの方が、よりレトラ様の信頼を得ているのは当然と言えた。

 

「リグルがいてくれたら心強いよ。よし、俺もやる気出てきた!」

 

 それなら俺は──いや、焦ることはない。

 俺とて以前の失敗から学んでいる。認められたいからと短慮のまま行動しては碌なことにならないのは思い知った。幼稚な嫉みに囚われて、同じ轍を踏むわけにはいかないのだ。

 功を焦らずとも、レトラ様はきっと見ていて下さる。

 

 リグル殿との話を終えたレトラ様は、衣装替えを済ませた団員達に囲まれ、機嫌良く彼らへ激励を送っていた。そのうち俺にもお声掛け頂けないかという思いはあるが……

 

「ベニマル様。式典の進行確認のため、本館の広間へおいで頂きたいとの伝達がありました」

「わかった、今行く」

 

 時間切れとなってしまった。

 今日のために用意された上等な着物や装具も身に着け終わったところだ、すぐにでも向かわなければ。残念だが仕方ない。式典ではリムル様やレトラ様からお言葉が頂けるので、それで充分としよう。

 そう踏ん切りを付けた直後、魔物達の輪の中からひょいと小柄な身体が姿を見せる。

 

「あ、ベニマル!」

「レトラ様?」

「俺も途中まで行くよ。そろそろ戻らないと」

 

 断る理由もない申し出に、レトラ様と共に部屋を後にする。

 普段であれば廊下を行き交う者達の姿がいくらかあるところだが、式典の準備で多くの者が出払っているのだろう、辺りは静かだった。

 

「とうとう出発の日だな。団長として頑張ってきてくれよ?」

「ええ。本当なら、レトラ様もユーラザニアにお連れすることが出来れば良かったんですが……お力になれずすみません」

 

 それは少しばかり気に掛かっていたことだ。元々レトラ様はリムル様とドワルゴンを訪問する予定だったが、政務の進捗を考慮したリムル様の判断で、レトラ様は留守を任せられることになった。やはり主のどちらかお一人には町に残って頂く方が、住人達も安心するのは間違いない。だが、今回の外遊を良い勉強の機会だと楽しみにしていたレトラ様には酷な話だ。

 

 ならばせめてレトラ様にはユーラザニアへ……とは思うのだが、叶えて差し上げられない己の不甲斐無さが悔やまれる。もし、俺がもっと強ければ。たとえ魔王カリオンの領内だろうとレトラ様には指一本触れさせないと、必ず俺がお護りしますと言い切れたなら、レトラ様にもご同行頂けたかもしれないのに。

 

「気にしなくていいって。リムルや俺の身を第一に考えてくれてるんだよな、ありがとう」

 

 レトラ様は何のわだかまりも感じさせずに、俺の謝罪を笑い飛ばした。

 当初、どこへも出掛けられなくなってしまったことに渋々としていたレトラ様だが、それを引きずる様子もなく、こうして俺達を気遣って下さるのだから頭が下がる。

 

「相手は魔王なんだし、警戒しとかないといけないのはわかるよ。だからこそ使節団の責任者は、リムルの片腕で侍大将のベニマルにしか任せられないんだからな。俺達の代表として、堂々と、舐められないように──……っていうか、あーうん、あれだ。いつも通りでいいや」

「いや、最後にぶん投げないでくださいよ。あれってどれです」

「よく考えたらベニマルはいつも堂々としてて頼もしいから、そのままでいいよなって思って。これ以上注文付けるとこなかった!」

 

 幼い顔に晴れやかな笑みを浮かべて、レトラ様は言う。

 駆け引きなど必要ともせず響く言葉と、楽しげに輝く瞳には、少しの媚も混ざっていない。何故この方はいつも、こうも真っ直ぐに眩しいのだろう。

 

「お任せ下さい。必ずご期待に応えてみせますよ」

「うん。頼んだよ」

 

 渡り廊下へ出る扉を開き、レトラ様をお通しするためそれを支える。

 あと少し、それほど長くもない廊下を渡り切れば、この時間は終わってしまう。

 あと少しだけ……少しだけなら、許されるだろうか。

 

「ところで、レトラ様」

「ん?」

 

 レトラ様が扉を潜り抜け様、顔だけを振り向かせて俺を見上げた。

 歩みを止めないレトラ様に並び、互いに早足で本館への渡り廊下を進む。

 ああ、欲が出る。みっともない。だがどうか。

 

「俺の装いはどうです? 格好良いですか?」

 

 軽い調子で問い掛ける裏では、抑え切れない微かな期待を抱いている。

 どうか、もう少しだけ、その輝く目を俺に向けて下さい。

 

「もちろん、格好良いよ!」

 

 日差しを遮る屋根が渡り廊下に落とす影は濃い。

 暗がりでなお、その琥珀は星の光を閉じ込めたかのように煌めいた。

 

「いつもの赤い着物あるだろ、ベニマルにはあれが一番だなって俺ずっと思ってたけど、こうしてみると団長の衣装も一段と豪華ですごく似合ってるんだよな……! どこまで格好良くなる気だよ」

「レトラ様に喜んで頂けるなら、いくらでもってとこですね」

「さすがイケメン、言うことが違う……!」

 

 笑い声が高く弾ける。

 忙しなく廊下を渡り切り、会釈する俺に、更に別の棟へと向かう小さな手がひらりと応える。

 もっと話していたかった。心が濯がれるようなあの笑顔をもっと見ていたかった。一点の陰りもない、全幅の信頼が込められた眼差しを前にしては、全てを捧げる決意をせずにはいられなくなる。

 

 主君を超えて強くなりたいという俺の不遜な望みを、レトラ様は笑って許して下さった。早く強くなって、自分を護って欲しいとまで仰って。望みのために邁進する許しを頂いたと理解したあの瞬間の歓喜は、筆舌に尽くし難いものだった。

 強大な主の背に追い付くには生半可な覚悟では足りないだろう、だが必ず。全ては魔国のため、主君たる御二方のためにこそ、俺の剣はあるのだから。

 

 魔王カリオンが、獣王国ユーラザニアが、テンペストの友人として相応しいかどうか……リムル様やレトラ様に害為す存在か、そうでないか。今、俺に課せられた使命はそれを見極めることだ。

 そのためならば、遠慮するつもりなど無い──

 

 

 

 




※レトラ「喧嘩を売れとは言っていない」


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