転スラ世界に転生した俺、藤馬泉は、"レトラ=テンペスト"と名付けられた。
あのリムルとヴェルドラと同じ名を貰い、俺を含めた三体が同格の存在になったらしい。
何だか、とんでもないことになっている気がする……大丈夫か俺?
(水刃!)
リムルの発射した水の刃が、トカゲを両断する。
見た目はスライムなのに強すぎて、もう洞窟のボスの風格だ。
いや俺だって、リムルに『水刃』を教えてもらってそこそこ使えるようになってきた。今も小さめのトカゲを倒したのは俺だし? でかい方は躊躇なくリムルに任せましたが、何か?
リムルのスライムボディがてろりと溶けて、トカゲを覆う。
トカゲからは『身体装甲』がゲット出来るんだったよな。毎度のようにリムルの『捕食』を見守っていると、唐突にリムルが俺を振り返った。
(レトラ、お前、『風化』ってのが使えるんだよな)
(え、ああ。砂に変えられるよ)
(お前もそのトカゲ、砂にして喰ってみろよ。『大賢者』が、もしかしたらお前の『風化』と『吸収』で、スキル習得が出来るかもしれないってさ)
何ですと!? やだ大賢者先生イケメン、俺にも助言くれるのか。
そういえば魔物を砂にして吸収したことはなかった……俺もリムルみたいに、魔物のスキルを取り込んでいけるかもしれないってこと? 何それ夢が広がる。
さらりと身体を崩し、自分で倒したトカゲを砂で包み込むと、『
つい最近名前の判明した、『
《呟。ユニークスキル『
(うわあああホントだ、スキルゲット出来た!)
(おっ、良かったな。『大賢者』によれば、『吸収』に情報取得効果があるんじゃないかって話だ)
(大賢者先生大好きありがとー!)
(俺は……?)
二人ともスキル習得が可能と判明したことで、俺達は遠慮無くスキル狩りを実行した。
洞窟最強の嵐蛇は、リムルが倒した一匹しかいなかったようで残念だが、ムカデからは『麻痺吐息』、蜘蛛からは『粘糸』と『鋼糸』が得られた。そして蝙蝠からは…………
「あーえーいーうー」
「えーおーあーおー」
『超音波』を参考にした、発声機能の獲得である。
地道な練習の末、とうとう二人とも言葉を話せるようになったのだ!
やった! と、テンション上がりまくりな俺とリムルはハイタッチを……というのは無理なので、ぽよんふよんと軽い体当たりをし合う。
「ところで、『大賢者』の反応が淡白なんだが……」
「俺の先生なんて、俺の声聞こえてないから返事すらしてくれないけど」
「それ先生って言えるのか?」
「そのうち絶対に会話出来るようになってもらう、絶対にだ」
発声練習がてら、探索しながら際限なく喋りまくる。
その所為というか、俺の『魔力感知』の効果範囲が狭すぎる所為というか、何度か魔物の接近に気付くのが遅れて奇襲されそうになってしまい、油断するなとリムルに怒られた。ごめん。
それにしてもリムルは自動的に周囲360度を見渡せるらしいのに、俺は意識を向けた方向しか探れないんだよな。まあ、『大賢者』のサポートがなければ普通はこんなもんか……
◇
レトラを連れて洞窟内部をうろつき、魔物達からスキルは充分確保した。
念願の発声も出来るようになったことだし、そろそろ地上へ出ても良いだろう。
その前に確認しておきたいことがある。
「レトラ、ちょっと人間の姿になってみてくれ」
「人間? 何で?」
「洞窟から出たら、人間と会うかもしれないだろ。話せるようにはなったけど俺はスライムだし、交渉するとしたらお前に任せることになると思う。人間になるところを一度見ておきたいと思ってな」
「リムルが魔物に『擬態』するみたいに、すぐってわけにはいかないんだけど……」
「いいよ、ゆっくりやってくれ」
三十分と聞くと長いように感じるが、初めは身体を作るのに二ヶ月もの時間を費やしたのだそうだ。そして練習を重ねてそこまで所要時間を縮めたのだから、並大抵の努力ではない。
作業途中で魔物達に見付からないよう、目立たない奥まった岩場に身を潜める。それでも邪魔が入ろうものなら、俺が処理してやればいいのだ。
「新しく身体を作って乗り移るのか? それとも、砂の身体そのものを変化させるのか?」
「前は何日も掛かったから新しく作ってたけど、上達してきてからは身体を直接『造形』する練習をしてるよ。ほら、『
綺麗な楕円体のスライム形態が、ぐにょんと伸びた。
体積を増やしながら収束する砂がざっくりとした人影を作り出す。小学生の粘土遊びのような適当な形であったものが、少しずつ、その輪郭をはっきりとさせていく。
初めに肩の辺りのラインが作られ、腕部分が胴から分かれた。ほっそりとした腕の先に小さな手が、指の一本一本まで精巧に再現されていく。ただの砂から肌の質感へ変化していく様子が不思議だ。
並行して首部分が細くくびれ、頭部辺りで砂が渦巻く。作られていく頭部からはふわりと髪が揃い、色素の薄い柔らかそうな色をしていた。亜麻色の髪というか……いや、これは砂色なのか? 砂の魔物だけに。頭部が完成した合図として、ぱちりと開いた目は宝石のような琥珀色。前にも思ったが、ものすごい美少女だな……子供とはいえ明らかに男の顔じゃないし、レトラの前世の姿ではない気がした。
「なあ、なんでその顔なんだ? 誰かをモデルにしたのか?」
「ヴェルドラが監修してくれたんだ。これが好みの顔らしくて」
「何やってんだあのおっさん」
「大きくなったら結婚してくれるってさ」
何やってんだあのおっさん。
つい連続の突っ込みをしてしまう。レトラを溺愛しすぎだろう……生まれた時から面倒を見ていて実の子のように思ってるなら、それも仕方ないのか?
とにかくここまで、まだ十五分も経っていない。最も難しいと言っていた頭部の作成が終わったなら、二十分もあれば全身が完成するんじゃないだろうか。
上半身が出来上がり、二股に分かれたまま放って置かれていた脚部分もだんだん形が出来てきた。そして子供のつるぺたな胸と腹、更に…………あ?
「レトラ! 裸、裸! 服は!?」
「あっ!?」
上擦った声がして、レトラの腹から下がどしゃあと砂に逆戻りする。
砂であり無性であり前世が男だと言う以上、慌てる必要はないはずなんだが……見た目がいたいけな美少女以外の何者でもない所為で、後ろめたさが先に来る。何と言っても俺は紳士なのだ。
「忘れてた……服も『造形』しないと裸になるんだった」
「服も作れるのか?」
「うん。何となく布っぽいものも作れるんだ」
「砂を固めてるだけ……ってわけじゃなさそうだな?」
「『変質化』を使ってるからな」
そうなると、最早砂ではなくなるということか? 用途の幅が広そうな便利スキルだな。
レトラはロングTシャツ風の衣服を作り出し、二十分少々で子供の姿を完成させた。
人間部分は正に完璧な仕上がりなのだが、衣服部分が心許ないな……裸足だし。これでは孤児か何かのようだ、このまま人間の町へ行くのは少し難しいかもしれない。衣服の調達を検討した方がいいかな、と今後の課題として心に留めておく。
そして俺達はとうとう洞窟の出口に辿り着き、外へ出た。
この世界で初めて浴びる太陽光。スライムではあるが、『魔力感知』その他諸々のスキルのお陰で、光の眩しさや木々の葉音がはっきりと感じられる。感動的だ。
「おお……やった、とうとう外に出た!」
砂スライムに戻ったレトラが、日差しの中で跳ねている。
無邪気なヤツだ。まあ十代なんてまだまだ子供だしな、はしゃいでしまうのもわかる。
レトラを呼び寄せ、あまり俺から離れないことと、周囲の様子には気を配ることを伝えておく。口うるさく言うつもりはないんだが、保護者としてはどうしてもな……
レトラも俺に反発するでもなくわかったと頷いてくれて、うん、ウザがられないで良かった。結構懐かれているようで一安心だ。こうしてみると、弟ってのも可愛いもんだな。
森の中は平和そのものだった。
気侭に散策しながら、スキル練習も行う。身体から出した『粘糸』を枝に巻き付けぶら下がり、これはもしもの時の移動手段に使えるかな……と考えていると、地上から声。
「リムル、リムル……! 大変だ!」
ぽいんぽいんとレトラが駆け? 跳ね? 寄ってきた。その後ろに、唸り声を上げる数匹の狼を連れて。
レトラはさっき『粘糸』を面白がって枝から枝へ飛び移って行ったのだが、何で降りてるんだ……木の上にいれば、狼くらいやり過ごせただろうに。まったく、だから俺から離れるなと言ったんだ。
「レトラ、あいつらに何かされたか?」
「え、何も?」
無事ならば良い。だがレトラは随分焦った様子だったし、デカイ狼に追い回されて怖い思いをしたんだろう。その仇を取るべく、俺は狼達を睨み付ける。獲物として目を付けられたなら逃げても追われるだけだ、ここは潔く応戦する構えで…………
「キャイーン!」
…………あれ?
狼達は子犬のような悲鳴を上げて、一目散に逃げて行った。
「おおー、やっぱり! リムルが強いのはわかるんだな」
「ま、まあな! 俺ならこのくらい、軽いもんだ」
スライムの分際で何を見栄張っているんだと自分で思わなくもないが、キラキラとした雰囲気で見上げてくる弟の前でちょっとカッコ付けるくらい、許されてもいいはずだ。
しかしスライムにビビるなんて、情けない狼共だったな。
ステータス
名前:レトラ=テンペスト
種族:
加護:暴風の紋章
称号:なし
魔法:なし
ユニークスキル:『
エクストラスキル:『砂憑依』『魔力感知』『水操作』
獲得スキル:『粘糸、鋼糸』『麻痺吐息』『超音波』『身体装甲』
耐性:物理攻撃耐性、痛覚無効、捕食無効
※衣服は村で作られるからと、あまり真剣に造形してない