転スラ世界に転生して砂になった話   作:黒千

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明けましておめでとうございます。


45話 使節団交流②

 

 危 な か っ た ── ! 

 寿命が縮まった……何で俺が、スフィアに喧嘩売られることになったんだ……

 いや、理由についてはわかっている。俺がはしゃぎ過ぎたのだ。ユーラザニアからの使節団が到着し、アルビスを見て、ベニマルの嫁候補が来た! とか、スフィアを見て、シオンとの戦いが始まる! とか、ブレーキ掛けずに興奮しまくってたから……

 

 向こうから見ると、俺は身内を馬鹿にされているのに怒りもせずヘラヘラとして、実力を示す戦いも人任せにしようとする卑怯者……うわあ何も言い返せねえ。

 御指名が入ってしまっては、シオンにパスして逃げたら俺は腰抜けですと宣言するようなものだし、テンペストに対する心証が悪くなるし、俺が出るしかなかった。というか俺はヨウムとグルーシスの戦いこそ楽しみにしてたのに……ヨウムの戦闘シーンが見たかった……

 

「今度はお前の番だ、最大の一撃を叩き込んでこい! オレが凌ぎ切ってやる!」

 

 スフィアからの無茶振りには冷や汗を掻いた。

 やめてください俺には『風化』しか能がないんです。この麗剣があればメガロドンでも体内から砂にしてみせるけど、スフィア相手に使えるわけないだろ……と絶望した俺は賭けに出た。

 

 とにかく強力な攻撃手段を持っていると演出し、アルビスに止めに入ってもらうこと! 

 

 麗剣(ドレスソード)に炎を纏わせ、炎の剣を作る。

『黒炎』の黒い炎は禍々しすぎて殺意しか感じられないので、力試しで披露するには不向きだと思う。そこで俺は魔素を炎に変換すると同時に『魔力操作』を施して、明るく輝く炎を生み出した。少し手間だがウィズの協力もあるし、麗剣には最初から俺の耐性と『多重結界』が連動しているので耐久を気にすることもなく、炎の制御に集中出来る。

 弱点は、燃えっぱなしの剣の燃費が悪いってところかな。炎を維持するには魔素という燃料が必要なので、剣を掲げているだけでもどんどん魔素が消費されてしまうのだ。

 

 それでも炎の剣を選んだ最重要メリットは、見た目が超格好良いこと! 

 燃え盛る剣はド派手で、いかにも究極の一撃が繰り出せそうだ。これを見せ付ければ、実力を認めてもらうには充分だろう。

 

 しかし、スフィアは受け止める気満々だな……確かに俺に殺意はないけど、この剣は振るうだけで『黒炎』と同程度の威力が出るので、ガチの危険物である。高火力なのは一目でわかるはずなのに、スフィアが全く怯んでなくて逆に怖い。戦闘狂すごい。

 もしもの場合は魔力調整して火力を下げられるように準備してるけど、こんな剣でスフィアを攻撃する前に早く止めてくださいアルビスさん──! 

 

 俺の祈りは天に通じた。

 アルビスが割り込んでくれたことで戦いは終わり、俺はさっさと炎を消して、さっさと剣を収納して、さっさと砂に戻して、戦線を離脱することに成功したのだった。

 ふう、危なかった……死傷者が出なくて良かった……! 

 

 

 

 

 出迎えの住人達が並んだメインストリートを通り、使節団を執務館へと案内する。完成して間もない執務館は、国の中心的なシンボルに相応しい立派な宮殿ではあるが、それは何故か"宝宮レトラ"と名付けられており……リムルを抱いたシオンが張り切って説明をしてくれていた。恥ずかしい。

 

 執務館での形式的な挨拶や見学の後、夜には歓迎の宴が開かれた。

 迎賓館の広間に自慢の料理と酒が並べられ、ゴブタ達の宴会芸も好評で、宴は大いに盛り上がった。昼間の騒動のお陰か、お互いにもうすっかり打ち解け合っていて、今後もユーラザニアとの交流を続けていくに当たっては何より……なんだけど。

 

「あんたは紛れもなく戦士だ、やるじゃねぇか! 気に入ったぜ姫様!」

「姫様やめてレトラでいいから」

「ははは! 国主の弟君に対して無礼だったな、悪りいなレトラ様!」

 

 蜂蜜酒(ミード)で酔っ払ったスフィアに絡まれ、俺は隣で同じようにグラスを傾けていた。

 豪快な笑い声と共に、肩に回された手がバシバシと俺を叩く。礼と無礼の区別が付かない。

 

「スフィア、あのさ……何で俺を姫だと思ったんだ?」

「フォビオの野郎が言ってたんだよ」

「!?」

 

 フォビオの所為なの!? 

 犯人がいるとは思ってなかったので驚いた。

 

「お、俺のこと何て言ってた?」

「えーっとな、レトラ様は砂妖魔(サンドマン)で、国主リムル様の大事な弟君で、配下や国民達からもやたらと慕われてて……あの"破壊の暴君(デストロイ)"ミリム様さえ、レトラ様に手を出す者には制裁を加えるとかどうとか……テンペストでは特別に守られてる重要な御方らしいってよ」

「…………」

「何だそりゃ姫様かって聞いたら、たぶんそうだって」

「フォビオ……!」

 

 適当に会話すんなよ! 弟って言ってるんだから、姫は間違いだって気付いてくれよ……! というか俺は、第三者からはそういう風に見えるのか……納得出来ない……

 

「何……? 何が悪いんだ……どうすれば姫じゃなくなる……?」

「いいじゃねぇか、あんたみたいな姫様がいてくれりゃ張り合いも出るってもんだろ。ウチにもいりゃあいいのになぁ」

 

 良い気分で酔っているらしいスフィアは、ぐにゃんと身体の力を抜いて俺の肩に頭を乗せ、俺はずっとこんな感じで絡まれている。潰されるほどではないけど、振り解くのも気が引けた。このぐにゃぐにゃした感じ、田舎で飼ってた猫を思い出す……! 

 そんな中、シュナがにっこりとスフィアに笑い掛ける。

 

「蜂蜜酒のお代わりは如何ですか? まだまだ沢山ありますよ」

「本当か!? 有り難い、頂くぜ!」

 

 大きな杯になみなみと注がれた蜂蜜酒(ミード)に目を輝かせたスフィアが、俺から離れてそっちへ喰い付いた。

 久しぶりに自由になれた……まさかシュナは、俺を助け出すために? 

 何て頼もしい──うおっ? 

 

 ぐっと何かに身体が引っ張られた。倒れかけた俺は、ぼふりと、白くて柔らかいものに受け止められる。これは……毛皮? ランガみたいにモフモフな…………

 白と黒の縞模様を纏った大虎がそこにいた。スフィアが完全な虎の姿に『変身』し、大杯の中身をペロペロと舐めながら、長い尻尾を俺に巻き付けて引き寄せたのだ。

 

「見ろよレトラ様、酒がこんなに! 一緒に飲もうぜ」

「あ、ハイ……」

 

 子供扱いされることの多い俺だが、酒は禁止されていない。酔わないからだ。耐性とは関係なく、俺の喉を通った食物は全て『風化』で砂になる。水分は『吸収』されるが、アルコールや毒物といった成分は砂に変わるので、何を摂取しようと俺が影響を受けることはない。酒を飲んでも酔えないというのは、ちょっと虚しいけど。

 新たにグラスへと注がれた蜂蜜酒に仕方なく口を付ける。縞々の尻尾を巻き付けられ、スフィアに凭れ掛かる体勢を半ば強要されている俺に、思念を送ってくる者がいた。

 

『レトラ様』

『ん……ソウエイ? どうかした?』

『その者の礼儀知らずな振る舞いは目に余ります。御不快でしたら、いつでもお命じ下さい』

『…………いや。平気だよ、ありがとう』

 

 怖いよ。何を命じろって言うんだ……

 わざわざ『思念伝達』してくるほどのことなのかよ……

 

「レトラ様、どうかお許し下さいませ。スフィアときたら本当にもう」

「ああ、いえ……構いませんけど……」

 

 無礼講すぎるスフィアをアルビスが謝罪してくれたが、さっきのソウエイが怖かったので、俺は平和のためにもそう答えるしかない。というかアルビスさん、羽目の外しっぷりで言えば、大蛇の尻尾でブランデーの大樽(三つ目)を持ち上げながらグビグビ直飲みしているあなたも大概ですよね?? 

 

 スフィアの毛皮に埋もれながらアルビスを見る。

 俺は蛇は平気なので、『変身』したアルビスのことも、わあ美人と思うだけだ。

 "黄蛇角(オウダカク)"の二つ名の通り、アルビスの頭には黄金色の角が生えていた。角……蛇って角あるんだっけ? 蛇も爬虫類として龍の一種と思えば不思議でもないのか……うーん、俺って獣耳より獣角の方が好きかもしれない……ほんとどうでもいい情報なんだけど……

 

「レトラ様?」

 

 ヒッ。

 スフィアから俺を解放することに失敗したシュナが、少しご機嫌斜めに笑っていた。

 別にアルビスに見惚れてたわけじゃないです……スフィアのふかふかの毛皮がランガみたいで気持ち良いとも思ってな──いやそれは少しだけ。ランガはユーラザニアに行ってるからモフモフ出来ないんだよなぁ……と今はここにいないランガを思い出した俺は、あ、と閃く。

 

「そういえば、スフィア。肉球ってあるの?」

「あ? 手足のか? そりゃあ、あるぜ」

「見せてもらってもいい?」

 

 蜂蜜酒(ミード)を舐めるのに忙しかったスフィアが頭を持ち上げ、凭れている俺を振り向く。

 そら、と気軽に白い前足が寄越された。大きな足を捕まえて肉球を覗き込むと……何だと!? 予想外にピンク!? 可愛いなおい! 

 

「えっ可愛い……なあ、嫌じゃなかったら触っていい?」

「しょうがねぇな……特別だぞ?」

 

 綺麗な形のピンク色の肉球を、指先で軽く押す。むにっとした感触。

 うおお、ランガと比べて柔らかい! いつも四足歩行のランガと、普段は人の姿をしているスフィアとでは肉球の使用頻度が違うんだろうけど……犬科と猫科では形や厚みにも差があるようだ。

 ムニムニ感に夢中になって、しばらく両手で肉球を触っていると…………

 

「──レトラ様ッ!」

 

 がばっとシオンが立ち上がりながら俺の名を叫んだ。

 シオンの剣幕に動きを固まらせて見上げた俺は思わず、はい、と返事をしてしまう。

 どうやらシオンも少し酔っ払っているようで、妙に紅潮した顔で口元をわななかせた。

 

「そのようにっ……手など繋いで! 羨ま……いえ、はしたないです!」

「えっ!?」

 

 はしたないんだ!? 知らなかったよ!? 

 あっでもスフィアは女の子か……虎の姿でも女性は女性……断りを入れたからって、頼んで手を握らせてもらってることになるのか……セクハラだな。許されないな。俺も砂の身体に手を入れられたら死ぬほど嫌だし、種族が違えば習性や常識も違うってことを忘れてた。

 

「スフィア……俺の配慮が足りなかったな、失礼なことしてごめん」

「別にいいぜ。確かに手足の裏なんて敏感だけどよ、王弟殿下に頼まれちゃ断れねぇもんな?」

「すみませんでした!」

 

 ササッと前足を押し戻すと、スフィアがケラケラ笑う。さっぱりした性格の子で良かった。そしてスフィアは機嫌良さそうにぐるぐると喉を鳴らしながら、俺に頭を擦り付けてくる。

 

「なあレトラ様、今度はあんたもユーラザニアへ来いよ。歓迎するぜ」

「うーん? うーん……」

 

 見た目は大きな虎でも、じゃれ付く仕草は猫そのものだ。

 これは可愛い……と気が逸れていて、招待を受けたのだと数秒して気付いた。

 

「あ、うん。いいな、行ってみた……」

 

 ユーラザニアと国交樹立して安全が確認されれば、今度こそ許可も出るはず。

 俺はリムルを探そうとして顔を上げて、後悔した。

 リムル以下、シュナもシオンも、ゴブリナ達も、ついでに言えばソウエイやリグルドやホブゴブリン達、とにかく皆が大変に面白くなさそうな深刻そうな顔をして俺を見つめていたのだから、無い心臓が止まった。ヒエッ再び。

 

「レトラ様は、魔国の皆様にとても大切にされていらっしゃいますのね」

「何だよ、面倒臭えな。やっぱり箱入り娘じゃねぇか」

「ふふ、本当に姫様のようですわ」

「ちがうし……」

 

 違うと言い切れないのが辛い。

 あれ? 俺って、外に出してもらえない系のお坊ちゃんだった……? 

 

 

 




※スフィアとイチャイチャしすぎるから……
※これでレトラが歪むことはないので、重く捉えなくて大丈夫です


誤字報告ありがとうございました。



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