転スラ世界に転生して砂になった話   作:黒千

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48話 国主代理②

 

 午前中の視察から帰った俺は、執務館の廊下を歩く。

 リムル達のいない日々は意外にも順調で、仕事上の大きなトラブルもないし、リムルの代理として住人達と接する機会も増えたし、毎日を結構楽しく過ごしている自覚がある。

 

「……あれ? リグルド?」

 

 執務室へ戻る途中の廊下で、柱の陰に見付けた大柄な人影。近付いて行くと、リグルドと同じく政治部門を担当しているルグルド、レグルド、ログルドの姿もあった。

 

「これはレトラ様、お帰りなさいませ! 本日は視察のご予定でしたな」

「お疲れ様でございます、レトラ様」

「うん、ただいま。皆で何してるんだ?」

 

 リグルドは相変わらずの笑顔で俺を出迎え、三人のゴブリン・ロード達も恭しく頭を下げてくれるが、魔国の主要幹部達がこんな所で集まって、一体何を……? 

 立法担当、背の低いオールバックのレグルドと、司法担当、知的な眼鏡のルグルドが話し出す。

 

「新たに届いた調停依頼について、我々で対応可能なものかどうか確認していたのですが……実はその中に、悪戯のような申請書が交ざっておりましてな」

「このような悪戯をする者がいるとは由々しき事態と思い、無記名ではあったのですが申請者を調べるべきかと、リグルド様に意見を伺っていたのです」

 

 申請書、とは言っても紙は貴重なので木片だ。聞き取り調査を行う前の受付用で、申請者の名前や所属や簡単な相談内容が記される。魔物達の間ではまだ識字率が高くないため、町中に申請を受ける窓口が数ヶ所あり、係の者が代筆して申請書を作ることも多いようだけど……それは勝手に窓口に置かれていたらしい。

 

「名前がなくても、誰が書いたかわかりそうなの?」

「ええ、どうやら子供が書いたもののようでしてね。調べるのであれば、まずは寺子屋を担当しているリリナに聞いてみようかという話になっていたんですよ」

 

 行政担当、ワイルド系のログルドが持っていた、件の申請書を見せてもらった。

 そこにはどう見ても子供が書いたような──この世界の文字を勉強中の俺もあまり人のことは言えないのだが──ヨタヨタとした幼い筆跡で。

 

『来てください

 たすけてください』

 

 な、何だこれ……

 現場の悲痛な叫びってやつ……? 

 いや、そんなまさか、テンペストに限って。ホブゴブリンやハイオークの子供達は、寺子屋で仲良く勉強したり遊んだり、町中を家族連れで歩いたり、幸せそうに暮らしてるよな? ウチに限って問題なんて起こるわけが……と思いながらも、頭の中では前世でよく見たニュース報道が不吉にチラついた。生きた心地がしない。

 

「…………調査して。速やかに」

「悪戯だとは思うのですが……」

「でも、何か言いたかったから書いたんだろ。悪戯だったら叱ればいいけど、本当に困ってるなら手遅れにはしたくない。子供達に関する問題は……可能な限り優先的に解決したいんだ」

 

 言葉選びは慎重にしなければならない。

 問題があってはいけない、じゃなくて、問題が放っておかれることがあってはいけない、のだ。

 

「子供は国の未来だからな。俺達は、子供が安心して育つことの出来る場所を作っていかないと」

「は……! 承知致しました、すぐに取り掛かります!」

 

 その場を去っていく皆を見送り、ふうう……と息を吐く。

 俺の意見は、それが出来れば誰も苦労してないんだよという理想論だ。こんな甘っちょろいことを偉そうに言えるほどの人生経験は積んできてないんだけど……皆にはどう聞こえたかな。

 でもこの国なら無理じゃない、と思うのは楽観視しすぎだろうか。皆がリムルを慕ってて、利己的な者はなく、理想のために皆が誠実でいられる夢の国。実現出来ないはずがない。きっと、大丈夫だろう。

 

 

 

 

 

 リグルド達は俺の空気を重く受け止めてくれたようで、早くも夕方には報告が上がってきた。

 その結果……子供達に危機は迫っていなかった。良かったぁー! 

 

 いや、隠蔽とかじゃないよ。本当に。

 事の真相としては、今の時期に相談の申請を出せばリムルの代理をしている俺が来る……ということを聞き付けた子供達が、俺に会いたいという理由だけで申請を出したのだそうだ。何それ可愛い。

 あの文面も、『来てください』が用件で、申請書は困っている時に出すものだと気付き、とりあえず『たすけてください』という一文を添えてああなったと。ホラーだったな。

 

「申し訳ありませんレトラ様……! この度は、子供達の軽はずみな思い付きでご公務を妨げてしまいまして……お詫びのしようもありません」

 

 翌日、俺に呼び出されて執務室へやって来たリリナが、深く頭を下げる。リリナは管理部門の長と教師を兼任する働き者だが、今回のことに責任を感じてか小さくなってしまっている。

 子供達やその親には昨日リグルドが面会し、謝罪も受けたそうなので、リリナが気にすることではない。俺は怒るために呼んだんじゃなくて……

 

「それなんだけど、リリナ。今回は特別に申請を受理して、寺子屋を訪問しようと思うんだ」

「えっ?」

「お茶会とかどうかなと思って! 視察を兼ねるなら、ちゃんと仕事にもなるし」

 

 な? とリグルドへ目を向けると、先に話をしておいたリグルドは頷いて賛同してくれる。

 子供達にこんなに可愛いことをされては仕方ない。俺としても、小躍りしたいくらいには浮かれていたのだ。

 

「よ、よろしいのですか……?」

「今回は特別に、だよ。同じことが何回もあるのは困るけど、子供達が俺に会いたいって思ってくれたんだから嬉しいよ」

「ありがとうございます……! 二度とこのようなことがないよう、他の子供達にもよく言って聞かせますので!」

 

 おお……それは効果がありそうだ。リリナは怒ると怖いからな。

 脳内の予定表を参照しながら、その場でお茶会の日取りを決めた。俺のスケジュールに合わせてもらうことにはなったが、そのくらいはいいだろう。浮かれついでに、俺がお茶菓子を持って行くからと調子に乗った約束をしてしまい、俺は後悔することになる。

 

 

 

 

 

 そうだ、シュナはドワルゴンへ行っていた。

 何でそんな重大なことを思い出さなかったんだろう……お茶菓子についてはシュナに相談すればいいな! と自信満々に思っていた自分を小突きたい。

 俺は必死に前世の記憶を探り、何となく見当の付く材料や完成品の食感などをウィズに伝えて、どうにかそれらしいクッキーのレシピを構築してもらった。そして。

 

「ゴブイチ! 手伝って欲しいんだけど!」

「な、何でしょうかレトラ様?」

 

 シュナに次ぐ料理人である、ホブゴブリンのゴブイチに泣き付いた。

 事情を説明して、このレシピでクッキーがうまく作れるか試して欲しいと頼むと、ゴブイチは快く引き受けてくれた。ありがたい。材料の調達は俺権限で済むし、生地を寝かせるための簡易冷蔵庫も俺が用意した。箱に仕込まれた砂が俺の『分身体』で、そいつが『魔力操作』を使って分子の動きを止め、内部を冷却するという仕組みだ。熱移動対策には結界を張った。

 クッキーを作るのは初の試みなのに、ゴブイチは驚くほど手際良く調理を進め──

 

「美味い……! すごいなゴブイチ」

 

 焼き上がったクッキーは色も綺麗でほんのり甘く、見事な出来だった。

 生地を一晩寝かせたら更に食感がどうとかいう話もバイト先のカフェで聞いたことがあるので、明日また残りの生地を焼いて試食し、お茶会の前日には俺も手伝って本番用のクッキーを焼きまくるつもりだ。

 

「ありがとな、ゴブイチにとっては簡単な料理だと思うけど……」

「いえ、極め甲斐のあるお菓子です。当日までには、もっとレトラ様色に近付けてみせますよ」

「ん!?」

 

 鉄板に並んだクッキーに目を落とす。そういえばゴブイチは、指示もないのにクッキーの形を全て楕円形にしていた。試作だからと気にしてなかったけど、このきつね色の楕円クッキー……俺かな? 俺の砂色と比べると少し濃いけど……俺色を? 極めるんだ? 

 

「あのさ、お茶会に持っていくクッキーは、もっと色んな形にしようかと思ってて」

「え? 形を変えてしまうんですか? レトラ様の形をしていた方が皆喜ぶと思いますが……絶対に……」

 

 そうか、絶対にか。

 何でそんなことするんですか的な空気で言われてしまっては、反論不可能だった。

 抜き型くらいなら職人達に頼むほどではないので、ちょちょいっと魔鋼を『造形再現』して星型やハート型を、と思っていたのに…………それでいいのか皆? 

 

 

 

 

 

「レトラ様。ようこそおいで下さいました」

 

 お茶会当日、クッキーを手土産に俺は寺子屋を訪れた。

 リリナや子供達が出迎えてくれて、レトラさまレトラさまと上がる声が可愛い。

 教室では机同士がくっつけられてクロスが掛けられ、テーブルセッティングがされていた。上座の席へと案内され、年長らしきゴブリナの子が、カップに紅茶を注いでくれる。

 

「レトラ様、お茶をどうぞ」

「ありがとう」

 

 子供ながらに落ち着いた動作が様になっていた。今日のために練習したのかもしれないな。

 お茶会は和やかに始まって──ああそうだ、皿に並べられテーブルへ運ばれた俺型クッキーには、子供達が大歓声を上げていた。本当に正解だったねゴブイチ……

 

「おいしい! 甘いです」

「レトラ様おいしいです!」

「うん、良かった。一応言っとくけど、美味しいのは俺じゃないよクッキーだよ」

 

 相談依頼を出したという子供達のことも紹介してもらい、話をしてわかったこと。

 俺は以前、寺子屋の様子を見に来ることが度々あった。俺が役職に就いて忙しくなってからも、リムルと手分けをして視察は続けていたが、最近は都合上たまたま俺の番が遠のいていて……その子達は、また俺にも来て欲しいと思ったらしい。

 

「でも、リリナ……俺が遊びに来てたって言うのも、そんなに多くはなかったよな? ここまで子供達に懐かれてるとは思ってなかったんだけど」

「レトラ様は以前からずっと建築や農業の様子など、町の至る所で私達の生活をお見守り下さっていますでしょう。この子達がレトラ様をお慕いしているのは、そうしたレトラ様の献身的な御姿を日々しっかりと見てきたからなのですよ」

 

 へえ、そうなのか……気付かなかった。

 それって視察が仕事になった今はともかく、俺が単純に散歩として始めたやつだよな? リリナの口ぶりから感じ取れるような、高尚な理念の下で動いてたわけじゃないんだけど……

 

「……見られてたと思うと、何だか恥ずかしいな」

「ふふ、そう仰ると思いました。レトラ様はとても慎み深い御方ですものね」

 

 リリナは上品な仕草でカップを持ち上げ、綺麗に笑う。

 子供達は口々に俺に話し掛けようとしては行儀の悪さをリリナに怒られ、それでもずっと嬉しそうにお茶の時間を過ごし、またいらしてくださいと帰り際に笑顔で言ってくれたのだった。可愛かった。

 

 

 

 

 

 後日、執務室にて。

 休憩にとお茶を淹れてくれたハルナを誘って、応接テーブルに着いた。まだ余っている俺型クッキーを振る舞おうと思ってのことで、そのついでにお茶会の様子を話して聞かせる。

 

「……ってことがあってね」

「まあ、これがそのお菓子なのですね。レトラ様そっくりでとてもお可愛らしいです」

 

 シュナの留守中、俺の身の回りの世話を任せられているのがゴブリナのハルナだ。お茶の用意や、俺の毎日の衣服を準備してくれている。「子供っぽく見えない、きちんとした服を!」という俺の注文通りに、細身のシャツにベストやタイ、ブローチなんかを合わせてくれるお洒落さんである。

 

「子供達の一生忘れられない思い出になりましたね」

「一生? それは大袈裟じゃない?」

「そんなことはございませんわ。レトラ様が、自分達のために時間と手間を掛けてまでして下さったことなのですから……私だってそうでしたもの」

 

 お茶を飲む手を止め、ハルナに目を向ける。

 いつも大らかなハルナは、クッキーを口に運び、甘くて美味しいですと微笑んだ。

 

「俺、ハルナに何かしたことある?」

「それはもう。私達がまだゴブリンであった頃、リムル様に名を頂いて……あの日、初めてレトラ様の人化の御姿を拝見し、私は息が止まりそうになりました」

 

 ハルナは最初のゴブリン村からいた古株組で、名付けの頃ともなると随分と昔の話だ。昔と言ってもまだ二年経ってないけど……あれから色んなことがあったからな。

 

「世にこれほど凛々しく美しい方がいらっしゃるということも、その尊き御方が私達の進化を見守って下さるということも、本当に夢のようで……私達はこの御方に守られているのだと……あの眠りの時間は、私の最も大きな幸せでした」

 

 いや、やっぱり大袈裟だと思う。美化されてるよそれ。

 あの頃の俺って今より子供だったし、もっと人形みたいだったはずなのに。

 

「……そうなんだ」

 

 ああ、でも、ハルナにとってはそうなんだな。

 俺にとっては些細なことでも、俺は誰かの心にそんなに大きく関わったことがあるんだ。

 もしかしたら、今回のお茶会も。

 将来お菓子を作る仕事や、客人をもてなす仕事がしたいと言っていた子がいた。

 強い兵士になって、俺やリムルを守りたいと言ってくれた子もいた。

 あの場で俺とお茶を飲んだことが、子供達にそういう可能性を与えたかもしれないのか。

 

「私達はレトラ様とリムル様にお仕えすることが出来て幸せですわ。ですから私達は、御二方に頂いた幸福を、どうか少しでもお返ししたいと日々願っているのです」

「うん、ありがとう。俺も幸せだよ」

 

 なるほど。恐らくこれが、国を背負っているということの一端らしい。

 どこまで皆の期待に応えられるかはわからないけど、俺の背中でも見ていてくれる人達がいるんだったら、もっと、頑張りたいと思えた。

 

 

 




※テンペストでは楕円形の食べ物を作っておけば間違いない
※三話やるので、次が最後です



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