転スラ世界に転生して砂になった話   作:黒千

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49話 国主代理③

 

「レトラ様、ご多忙のこととは存じますが、ぜひご一考頂きたく……」

「わかった、取引はこのまま進めさせて貰うよ。詳細は担当の者と話をしてくれ──リグルド」

「はっ。それでは、どうぞこちらへ……」

「ありがとうございます、レトラ様!」

 

 俺の合図で、リグルドが客人を案内して部屋を出て行く。

『魔力感知』で捉えた気配がある程度離れていった頃、座る俺の後ろに控えていたベニマルが口を開いた。

 

「お疲れ様です。今日の面会は終わりですか?」

「うん、今ので最後。リムルみたいに上手く出来てた?」

「ええ。遜色ありませんでしたよ」

 

 それは良かった。ほっとして肩の力を抜く。

 今来ていたのは、小人族(ハーフリング)の集落からの使者だ。ジュラの森大同盟に参加している部族で、今までにも何度か取引をしたことがあった。ハーフリングは大森林に住む種族の中では人間に近い生活をし、森の恵みに詳しく、農業を営む文化を持つ。首都リムルへ移住してきた部族もいるが、広いジュラの森にはまだ多くの集落があり、俺達の知らない品種の作物を扱っていることもある。

 

 前世で食べていた穀物や野菜に近いものを手に入れようと、リムルが率先して各地の農作物を調査したり取引を行っているのだが、今回は代理の俺に新たな商談が持ち込まれてしまったのだ。国主の不在時に、そういう責任重大な話を持って来ないで欲しいね……

 

「レトラ様は、取引に関してもリムル様から一任されてるじゃないですか。今の交渉も、迷いを見せず悠然とした態度での即断は見事でしたよ。それもレトラ様が日々国政に携わり、事細かに状況を把握されているからこその御力でしょう。御立派です」

 

 おう、めっちゃ褒められる……ありがとう。

 まあ今回の件がサクッと片付いたのは、新しい種類の大豆を持ってきたという話だったからだ。

 リムルが何やら大豆の入手や加工に力を入れているのは知っていた。これまでにも何種類か大豆は手に入っており、試験的な作付も進められている。だがリムル的には納得のいくものではないらしく、未だにあちこち探しているようだ。大豆は味噌や醤油の原料だからな……和食の再現には不可欠なだけに、リムルが必死になるのもわかる。俺も味噌汁が恋しい。

 

 小人族(ハーフリング)の使者からサンプルとして提出された大豆をウィズに『解析鑑定』してもらい、町ではまだ取り扱いのない品種だとわかったので、ゴーサインを出すことにした。

 後は管理部門の者と、最早ウチのお抱えとなった犬頭族(コボルト)の商人団でうまく交渉をまとめてくれるだろう。リムルが帰ってきたら内容を確かめてもらえばいい。

 

「そういえば……コビー達の商隊が、そろそろユーラザニアに向かう頃だったよな?」

「ご心配なく。既に護衛も編成済みですし、万全ですよ」

 

 先日ユーラザニアからは、両国での取り決め通りに果物類が届けられた。大型の鳥系魔獣によって運ばれてきた果物の品質と量に応じて、今度は魔国からブランデーを輸送する予定だ。それを担当するのがコビー達コボルトの商隊で、護衛は国が引き受けている。

 

 他にも、地獄蛾(ヘルモス)の繭から作られた魔絹の反物もこちらの主力商品であり、向こうからは黄金を渡してもらうことになっていた。獣王国側は取引量の調整を俺達に丸投げするつもりのようで、そんなことで大丈夫かよと思わなくもないが、リムルも俺もやはりコビーに丸投げしているので、いちいち口出ししない方が上手く行くってもんだろう。良い報告を待ってるよ、コビー。

 

「さてと。ベニマル、護衛ありがとう」

「お任せ頂き光栄です。この後視察の予定があるなら、同行しますよ?」

「えーと次は……館内で建築担当との打ち合わせだから、平気かな」

「残念ですね」

 

 外からのお客さんとの面会時はわかるとしても、ベニマルは視察や相談事の調停にもよくついて来たがる。俺は町中では厳重に護衛を付ける必要はないと思ってるんだけど……あんまり要らない要らない言ってると、捨て犬みたいな顔される時があるんだよな……いや別に、そういう意味じゃないから! 

 

「じゃあ俺はざっと町を見回って、訓練場に顔を出してきます」

「あ、侍大将自らよく見回りしてくれてるって聞いてるよ。お陰で町の治安もずっと良いみたいだな」

「そう言って頂けると嬉しいですが、まだまだですよ。レトラ様こそ、頑張りすぎるなってリムル様に言われてましたよね? 無茶はしないでくださいよ、俺達もいるんですから」

「してないけどなぁ」

 

 俺はちゃんと休んでいると思う。休憩やお茶の時間も入れているし、早めに仕事が片付いた空き時間で昼寝をしたこともあり、無理のないスケジュールを組んでいる自信があった。

 

 俺が気に掛けていることと言えば、ユーラザニアから届く林檎を、少し分けてもらえないかな? ってくらいだ。何かと言うと、林檎ジュースを作りたいのだ。林檎のブランデーを作る過程でも果汁は絞るがそうじゃなくて、ジュースを作るために作った本気のやつが飲みたい。

 貿易に影響が出ない範囲で林檎を融通してもらって、ちょっと作ってみようかと思っている。百%ジュースだったら、単純に絞るだけでいいのかな……あ、待てよ、林檎って確か茶色くなるんだったな。もしかして、酸化を防ぐ方法を考えないといけない……? 

 

 と、俺が頭を悩ませるのもこの程度のことである。

 町では喧嘩や事件も起きず、毎日が平和そのものだ。これもリムルが留守の間、皆がテンペストをしっかり守らなくてはと協力してくれている結果だな。

 

 

 

 

「よし、今日の業務は終わり! 皆、今日も一日ありがとう」

「レトラ様もお疲れ様でございました。それでは、我々は失礼させて頂きます」

「うん、お疲れ様」

 

 今日は午前中に戦闘訓練、昼過ぎから会議、そして視察に出掛け、その後は各部門からの報告を受けて過ごした。

 勤務時間が終わって皆を下がらせた後、執務室に残った俺は、『造形』して作った"国主代理"プレートの乗るデスクの前で、椅子に深々と身体を沈める。

 一日の締め括りとして、データベースの最終チェックをするためだ。

 まあ、ほぼ全ての情報は受け取る端からウィズが解析して更新してくれるので、俺がやることは今日の更新分を見直したり、明日の会議資料に目を通すくらいだ。

 

 会議は俺が仕切らなきゃならないけど、皆は活発に意見交換してくれるし、俺の方でも基本方針はリムルと打ち合わせている。それに合わせて決定や指示を出すのは、それほど難しいことじゃなかった。

 リムルからも、こっそりコツを教わっている。

 

 ──会議では、真面目な顔でそれらしく話を聞いてればいい。多少議論が長引いてもリグルドあたりが良い感じに意見をまとめてくれるから、最後にOKを出して終わりだ。

 

 ダメじゃん。

 聞いた時はそう思ったが、今となっては真理かもしれないと思うようになっていた。

 何故なら、問題点について俺が最初に意見を言ってしまうと、「ではそのように!」となるからだ。独裁者か。

 切羽詰まった状況でもなければなるべく多くの意見を聞きたいし、皆も互いの意見を参考に柔軟な考えが出来るようになっていく。リムルはそういう会議を目指してるんだろう。

 

 ──皆が俺達を見てるからな。俺達が余裕を持って仕事して毎日を楽しんでいれば、皆も安心して満足の行く生活が送れるだろ? あくせくしてるばかりじゃ格好悪いだけだぞ。

 

 これもリムルから言われていたアドバイス。

 俺はこの国の主のリムルさえそういう存在であればいいと思っていたけど、やっぱりどうしても、皆にとっては俺も主の一人であることに変わりはないようだ。皆は俺を心配するし大事にしてくれるし、俺のすることをちゃんと見ていてくれる。だったら俺も応えたい。

 

 今までリムルの補佐として、結構頑張ってきたつもりだったけど…………

 リムルの横で見てるだけじゃダメなんだな。きっと俺にはまだ理解出来てないことが…………

 

『レトラ様』

「んっ?」

『御思案中に失礼致します……そろそろ夕食のお時間です』

「あ、ごめんソウエイ」

 

 まるで執事か何かのような呼び掛けが聞こえ、閉じていた目を開く。おっと、部屋が暗い。もう日は沈みかけていて、前世ならとっくに電気を点けていたような薄暗さだった。

 日中の護衛を任せているソウエイは、俺の勤務時間が終わって食堂へ行くまでは影から出て来ない。元々食事の要らない俺がうっかり食事を忘れそうになると、こうして指導が入ってしまうのだ。これじゃ教育係だな……ソウエイはしっかりしてるから、何でも出来ると思うけどさ。

 

 ところでソウエイには、俺の影の中に分身体を一体と頼んだはずなのに、それなりの……いや、ほとんどと言っていいくらいの頻度で本体が待機している。実は今もそうなんだけど、ソウエイは分身体の活用がものすごく上手いので隠密の仕事が疎かになっていることもなく、特にツッコミは入れていない。

 

『レトラ様、あまりご無理をされては御身体に毒です』

「別に仕事じゃなくて、ただ…………あーうん、そうだな、もう終わります……」

 

 机の上に広げていた書類代わりの木板を重ね、そそくさと椅子から降りた。

 次第に薄暗さを増していく室内だが、『魔力感知』があれば明かりを点ける必要もない。テーブルに足をぶつけることもなく、勝手知ったる執務室をすいすいと横切って、扉へと手を伸ばす。

 うん、リムルのことを考えていただけと言うのは、何となく恥ずかしい──

 

「……?」

 

 不意に、意識の奥を駆け抜けた小さな衝撃。

 突き動かされるように顔を上げ、暗い部屋を振り返る。

 

 仄暗い、誰もいない、リムルのいない執務室。

 目の前に広がる光景に、冷水を浴びたように背筋が冷えた。

 そうだ。リムルは。

 

『……レトラ様? 如何されましたか』

「あ……いや……」

 

 ソウエイに問われ、何とか小さく声を返す。

 気付いてしまった未来の予兆。

 

「もうすぐ、リムルが帰ってくるかなと思って……」

『はい。予定通りであれば、もう数日のうちかと』

 

 ランガの狼車が警戒範囲内に差し掛かればすぐにお知らせ致します、と言ってくれるソウエイの口調は静かで、穏やかでもあった。皆がリムルの帰りを待ち望んでいる。

 俺もそう、だけど。でも。

 

 忘れていたわけじゃないんだ。

 いつも心のどこかには引っ掛かっていて、何かをしなければ、でも何かをしてしまってはと。

 答えの出せないそれを後回しにしていては、いつか後悔するとわかっていたのに。

 ただ、ここで過ごす日々は本当に幸せで、夢のような毎日で……この幸せが崩れる日が来るわけないと、夢から覚めたくないと、思ってしまって。

 

 もうすぐリムルが帰ってくる。

 でも、もうすぐまた、リムルはここからいなくなる。

 イングラシアへ行ってしまう。

 その間に、この町は。

 

 誰もいない、リムルがいない、空っぽの執務室に恐怖を覚えた。

 

 

 

 惨劇の日が、近付いてくる。

 

 

 

 




※多少の差異があっても原作通りです。注意。



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