転スラ世界に転生して砂になった話   作:黒千

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惨劇編~予兆
50話 イングラシアへ


 

 ──お願い。あの子達を……

 

 また、あの夢だ。

 五人の子供達の姿が見える。

 

 ──あの子達を救ってあげて……

 

 これは俺の記憶じゃない。

 俺が喰ったあの人の…………

 

 ──お願い、イングラシアへ…………

 

 

 

「リムル、リムル……大丈夫?」

「…………あ?」

 

 夜中、暗い自室で目を覚ました俺を、レトラが覗き込んでいた。

 俺がドワルゴンへの外遊を終えて帰って来てからというもの、レトラはすっかり俺の庵に入り浸っている。

 俺の部屋で寝たいだなんて、レトラにしては可愛いことを言うもんだと思ったが……どうやら、留守中に溜まったデータベースの更新分をさっさと共有したいというのが本音だったようだ。

 

『リムルも疲れてるだろうしすぐ済ませるから、早速思念リンクしよう!』

『お前、仕事の話するために来たのかよ!』

 

 これだからデジタル世代の現代っ子は……! 

 思念リンクしてデータ共有してハイおしまい、では情緒がないだろうが。久しぶりに兄弟のコミュニケーションを楽しみたいという、兄貴の気持ちがわからないもんかな? 

 とりあえず差し迫った案件はないと聞いていたし、情報群の更新連携は後日ゆっくり行うと言い渡して、その夜は取りとめもなく互いの話をするにとどめたのだった。

 

 だがそれからレトラは毎晩俺の部屋にやって来て、同じ布団で眠るようになったので、俺の出張中もしかして本当に寂しかったのだろうかと、レトラの意外な一面を見た気分だ。

 

「すまんレトラ。起こしたか」

「いいよ、擬似睡眠だし……それより、随分苦しそうにしてたよ。昨日もだったけど」

「ああ、ちょっとな……」

 

 すべすべとしたレトラの手が、気遣うようにスライム姿の俺を撫でる。

 少し前からシズさんの記憶と思しき夢を見るようになったことを、俺はまだレトラに言っていなかった。

 シズさんの願いを叶えてやりたいというのは、俺がずっと考えてきたことだ。レトラだってシズさんの死にあれだけ心を痛めていたのだ、シズさんのために行動したいという思いがあるだろう。

 だが──

 

 

 

 

 

「おはようございます、リムル様、レトラ様」

 

 朝になると、俺の庵にはシュナがやってくる。

 いつもはこの国一番の料理の腕前を活かして、食事の支度を担ってくれているのだが……両手を品良く身体の前で重ねたシュナは、にっこりとレトラに向かって微笑み掛ける。

 

「ではレトラ様、どうぞこちらへ。お部屋に朝食をご用意しておりますわ」

「うん。じゃあリムル……頑張って……」

「──リムル様! お待たせ致しました!」

 

 クッ、来てしまったか。

 スパーン! と障子を全開にして登場したのはシオンだった。

 抱えたお盆に乗っているのは、謎の煙と臭いと呻き声を放つ物体。皿に盛り付けられているからって、あれを食べ物だと認識することを俺の感性が拒んでいる。

 ……俺はドワルゴンでの夜遊びの罰として、シオンの朝食の刑に処されているのだ。尤もシオンは、自信満々に手料理を振る舞っているだけのつもりなんだろうけど……

 

「レトラ様もいかがですか? たくさんお作りしましたので!」

「まあシオン。あなたには一週間もの間、リムル様の朝食の支度をするという大役を任せたではありませんか。その間はわたくしが責任を持って、レトラ様のお世話をします」

「シュナ様がそう仰るなら……でもレトラ様、私の料理が食べたくなったらいつでもどうぞ!」

「ありがとうシオン、あの、また今度な! ……じゃあシュナ、行こうか!」

「はい、レトラ様」

 

 危機を脱したレトラはシュナを連れ、自分の庵へ逃げてしまった。

 畜生、何故俺ばかりこんな目に。レトラには何の非もないということはわかっているが、シオンの持つお盆から零れんばかりの正体不明のブツを、全て俺一人で片付けろと……? 

 よし、せめて共犯であるゴブタだけはキッチリと道連れにしよう。元はと言えば、ゴブタの部下のゴブゾウが、馬鹿正直にシュナに夜遊びをバラしてしまったことが原因なのだから! 

 

 

 

 

 町はずっと平和だったそうで、レトラを中心に皆でしっかりと町を治めてくれていたようで一安心だ。

 俺もドワルゴンでの友好宣言式典に出席し、勉強不足の点はあったにしろ精一杯やってきた。ガゼル王と今後の事業についての話もまとめてきたし、進歩はあったと思う。

 

 俺は封印の洞窟に作られた研究所を訪れた。

 ベスターが完全回復薬の作製に成功したことにより、回復薬を魔国の特産品として売り出そうという俺の計画が現実味を帯びてきている。俺はガゼル王と交渉し、ドワルゴンの薬師をこちらで受け入れることを条件に、下位回復薬を納入するという契約を結んだのだ。これは我が国の貴重な資金源となるだろう。

 

 一個の完全回復薬(フルポーション)を希釈することで、上位回復薬(ハイポーション)なら二十個、下位回復薬(ローポーション)なら百個の作製が可能となる。ベスターに開発状況を確認したところ、今では一日に一個の完全回復薬を安定して作っているそうだ。ここにドワルゴンの薬師達が研究員として加われば、一日に三個の生産が可能となる見込みらしい。完全回復薬というのは失われた手足さえ生やしてしまう奇跡の薬なのだから、世間的に見れば恐るべき生産力なのである。

 

「研究の成果が出たな。よくやってくれた、ベスター」

「恐れ入ります。その件に関してですが、実は先日レトラ様がお見えになり……」

「え? レトラ?」

「林檎から果汁を搾りたいので、相談に乗って欲しいとのことでして」

「林檎って、いきなり何の話だ……調理場じゃなくて、この研究所で?」

「何でも果汁の品質を劣化させないためには、真空状態での作業が必要と仰せで、空間魔法の制御を頼みたいと」

 

 ああそうだ、あいつ林檎ジュースを作るのに成功したって言ってたな。搾りカスも無駄にせず、林檎ジャムや林檎クッキーも作ったとかで、今後も輸入品の果物を少し回す約束をしたんだった。

 林檎の酸化を防ぐための真空……いや言ってることはわかるけど、まさか国家機密であるポーション研究所をそんなことに付き合わせていたとは。何してんだレトラは。

 

「すまんな、レトラの我侭を聞いて貰って」

「いえ、とんでもないことでございます。我々もヒポクテ草の成分抽出のために、効率良く真空状態を保つ魔法の改良に取り組んでおりましたため、レトラ様からのご依頼は大変有り難いものでした。魔法術式に関しては、レトラ様にもご助言を頂きましたし」

 

 今後はカイジンらと協力し、〈刻印魔法〉を用いた真空作業場の展開装置を開発予定らしい。そういうことならいいんだが。レトラもポーションの開発状況は把握していたはずだし、もしかしたらちょうどベスターの研究に役立つと思って頼んだのかもしれないな。それでいて、ちゃっかりとジュースも作っているし……あいつも仕事に追われるばかりでなく、ここでの生活をエンジョイしているようで良かった。

 

 この分であれば国の運営には何の問題もなさそうだな。

 今夜あたり、皆に話をしてみようか。

 

 

 

 

「ではリムル様は、人間の国を訪問されるというお考えなのですな……?」

「ああ。人間に化けて、コッソリと潜入するつもりだ」

 

 主立った幹部達を会議室に集めて相談を行う。

 最近見ていた夢の内容を話して聞かせ、これからしばらく人間の国や町を見て回るつもりだと伝えた。

 リグルドやハクロウは渋い表情で難色を示した。

 

「……お話はわかりました。ですが、リムル様がお一人で旅立たれるというのは……」

「左様じゃな。リムル様に何かあれば、ジュラの大同盟も根底から崩壊するやもしれぬ」

 

 俺の安全のため護衛がついていけば問題ないという案は出たが、この町の実力者達は皆Aランクオーバーだ。人間の町の結界に引っ掛かって正体がバレてしまう。ベニマルやシオンでは妖気が大きすぎるし、シュナでもAランクに近いので誤魔化すのは難しい。そもそもゴブリンやオーク、角のある鬼人達では、人間の振りをするのは無理があるだろう。

 

「すると、人間の姿に近く……妖気を抑えたままの行動が可能なのは……」

 

 シュナの一言を皮切りに、皆の視線がゆっくりと動く。

 それらは揃って、俺の隣に座る人物へと向けられた。

 

「──俺だね」

 

 集まる視線を受け、レトラが呟く。

 そうなってしまうよな。レトラの姿は人間そのものだし、妖気の収納も上手い。というかレトラの妖気は放っておくとどんどん内部にしまわれていく傾向があり、何もしなくても勝手にBランク程度にまで隠れてしまうそうだ。実力を見破れない者に舐められてしまうから、もう少し頑張れと思うのだが……

 

「レトラ、お前はゼロまで抑え込めるんだったか?」

「意識すればいけるよ。でも砂の身体はともかく、『多重結界』から漏れる妖気の処理がちょっと面倒で……結界を消していいなら楽なんだけど」

「やめろ。結界は常につけとけ」

「言うと思った。最近練習してるのは、結界の上から更に見えない砂で覆って、妖気を閉じ込める方法かな。これなら砂の制御だけで済むし」

 

 相変わらずの自在の砂が大活躍するようだ。こいつどんどん器用になってくな……

 俺達がそんな会話をしていると、ベニマル達がざわつき始めた。

 

「いやそれは……流石にマズイでしょう……」

「そ、そうですぞ。最もお守りすべきリムル様とレトラ様を、お二人だけで行かせるなど……」

「大丈夫だよ。俺は行かないから」

 

 レトラは肩を竦め、あっさりと苦笑を見せる。

 俺も悩んだのだ。俺達がこの森にやって来てから、レトラはほぼ森の外へ出掛けていない。この前もドワルゴン行きを我慢させてしまったし、今度はシズさんの件もあるのに、また留守番しろと言うのはいくら何でも可哀想じゃないかと。そうして何度も考えた末に…………

 

「リムルは、安全かどうかわからない所に俺を連れて行かないもんな」

 

 やはりそれが結論だった。ドワルゴンのように俺達と交流のある国ならばまだしも、見知らぬ土地、それも人間の町へ迂闊にレトラを連れて行くことは出来ない。守らねばならない弟をわざわざ俺が危険に晒すのかと、保護者としての責任が勝ったのだ。

 余りにも申し訳なかったので、レトラには先に事情を話しておいた。とても言い出し辛かったが。今回も留守番していて欲しいと告げると、レトラはまたかと溜息を吐いたものの、怒るでも拗ねるでもなく、わかったと頷いた。

 

「そういうわけだ。念のため俺の影の中にランガと、ソウエイの分身体にも連絡役として付いてきて貰う。それと、カバル達に護衛を頼もうと思ってるんだ」

「なるほど……それでしたら……」

「続けて国を空けることになり、皆には悪いと思ってる。レトラ、またお前に負担を掛けてすまないが、俺の留守中は町のことを任せたぞ」

「わかったよ。リムルも気を付けて」

 

 答えるレトラは落ち着いていて、大人びた様子と言えば聞こえはいいが覇気がない。それはそうだろう、いつもこうして俺の代わりに国に残り、仕事を押し付けられることになっているのだから。

 レトラは聞き分けが良すぎる。シオンのように暴れろとは言わないが、どうしてもと駄々を捏ねてくれたら俺だって折れてやれたかもしれないのに。言うことを聞いてくれないと、困るのは俺なのにな。

 

「そういやシオン。今回は連れて行けって言わないんだな?」

「それはもちろん、お供したいのは山々ですが……レトラ様もリムル様とご一緒出来ず、お辛い思いをされているのですから! 私も涙を呑んで、リムル様をお見送りします……!」

 

 な、何だと……シオンが我慢を覚えた!? 

 いや、まあな。レトラがどんだけ我慢させられているかを思えば、シオンだって弁えるだろう。シオンはレトラのことをめちゃくちゃ大事にしてくれているし。

 

「レトラ様、リムル様がご不在の間は、私が秘書としてお傍におりますからね!」

「……うん、ありがとうシオン。頼んだよ」

「はい! お任せ下さい!」

「レトラ、イングラシアから帰ってきたら、今度こそ好きな所に連れてってやるからな」

「そういうフラグ立てなくていいから」

 

 俺も思った。

 皆には何のことだかわからないだろうけどな。

 覚えとくよ、とレトラは笑った。キラキラからは遠い笑顔で。

 

 

 




※イングラシアへ(リムルが)
※大体予想は付いていたかと思いますが、レトラは町に残ります


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