転スラ世界に転生して砂になった話   作:黒千

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51話 条約締結

 

 近い将来、首都リムルに訪れる惨劇を、俺は知っている。

 ファルムス王国が西方聖教会と結託し、町を襲撃するのだ。その目的はジュラの大森林で栄える魔国の富だったり、魔物は人類共通の敵であるという宗教の教義に基づくものだったりと様々だ。

 

 俺達の町には、多くの犠牲が出ることになる。

 そして、その犠牲の中には、…………ああ、考えたくもない。

 

 問題として圧し掛かるのは、先を変えてはいけないということだった。

 イングラシアにはクロエがいる。まだユニークスキル『時間旅行』も持たず何も知らないクロエだが、クロエは破滅に向かう世界を変えるため、延々と歴史を繰り返す旅の途中にいる。

 停滞した状況を打破する切っ掛けとなったのは、魔物の町を襲った悲劇。それが起こったから、リムルは魔王になることを決意した。最後にやってきたそのイレギュラーな出来事によって歴史はループを抜け出し、新たな未来に辿り着くことが出来たのだ。

 町が平和なままだったら、襲撃を防いでしまったら……覚醒魔王になれなかったリムルは戦乱に巻き込まれ帰らぬ人となり、テンペストは滅ぼされる…………

 

 魔国を滅亡させないために必要な、未来へ繋がる唯一の道だと言うのなら、俺は惨劇を見過ごすしかない。その地獄を見たくないなら、イングラシアへ逃げることも不可能じゃなかった。今度こそ俺も行くと我侭を言って暴れれば、リムルは許してくれただろう。

 

 だけど、町を離れる気にはなれなかった。

 残ったからって、俺に出来ることがあるとも思えないのに。

 

 町に残ることを早く決定させてしまいたくて、リムルがシズさんの夢の話をしやすいように毎晩リムルの部屋で眠った。だがリムルは、留守番ばかりの俺にまた留守を頼むことを躊躇っていたらしい。そういうとこリムルは優しいよな。申し訳なさそうなリムルに話を切り出されたのは、一週間ほどが経ってからのことだった。

 

 

 

 

 町に到着したカバル達は、リムルからの護衛依頼を二つ返事で引き受けてくれたので、リムル達は早速その翌日にイングラシアへ旅立った。

 ドワルゴンへの二週間の出張と違い、今回の旅は三ヶ月ほどにも及ぶはずだ。

 その先に悲惨な出来事が待ち受けているのはわかっているが、自棄になって国政を投げ出すなんて真似は出来ない。俺にはやらなければいけないことがたくさんある。

 

 以前と比べて長丁場となる、国主代理という重大任務。

 焦って足を掬われないよう、気を引き締めていなくては──

 

『ふーん、幻妖花……ってのが道に迷った原因だったの?』

『ああ。今日はゲルド達の作業小屋に泊まることになったよ』

『早速つまずいたわけだ』

『うるさい。明日からは俺も本気出すさ』

『ははっ、じゃあリムル、おやすみ』

 

『旅はどんな感じ? 面白いことあった?』

『エレンから浄化魔法を習ったんだ。俺が使うと効果が高いみたいで、今度教えてやるよ』

『どうだろ、俺って魔法覚えないんだよなあ……相性の問題?』

『うーん、何でだろうな。でもお前は、砂で大体のこと出来るからなあ』

『魔法は浪漫なのに……辛い……』

 

『リムル、冒険者の資格取ったの? Bランクの?』

『ギルドまで来てくれたら、お前にも資格をやるってフューズが言ってたぞ。空飛ぶ化物鮫と戦えるような奴に受けさせる試験があるかってさ』

『えーでも、リムルは戦闘試験受けたんだろ? 俺もやりたいんだけど』

『あれは目立つからダメだ。お前なら楽勝だし、受けなくていいよ』

『あっそう……』

 

 なんか、めっちゃリムルから連絡が来る。数日おきに。

 今回リムルは通信水晶を持って行ったので、これで『思念伝達』が届かない距離でも連絡出来るぞと言ってたけど……すっごいマメだ。まあ、リムルがどこで何をしてるかわかって皆も喜んでいたし、こうやって頻繁にリムルと話せるというのはホッとする。

 

 テンペストの将来を望んでいるのなら尚のこと、国の安定が最優先だ。

 気負わずに、落ち着いて、リムルの代わりにしっかりと頑張ろう。

 

 

「皆、朝から集まってくれてありがとう。それじゃ会議を始めよう、今日は重要な通達があるんだ。数日前から伝えてたリムルとブルムンド王との会談だけど、無事に終わったそうだよ」

 

 リムル一行はジュラの大森林を抜け、イングラシア王国へ向かう途中にあるブルムンド王国に立ち寄ったのだが、そこで思い掛けずブルムンド王から会談の申し入れがあったそうだ。自由組合支部長フューズの極秘の仲介の下、貴族のベルヤード男爵との面会を経て、会談は行われた。

 

「そのことで、昨夜リムルが帰ってきて」

「リムル様がこちらに?」

 

 朝イチで幹部達に臨時招集を掛けて開かれた会議の場が、ザワリと喧騒に包まれる。

 実は昨日、リムルが『影移動』でブルムンドから一時帰還した。出発から僅か十日ほどで、早えーよ、とは思ったが、国に関わる機密事項の連絡なので確実な方法を取ったんだろう。

 宿でリムルと同室のエレン(誰も疑問を持たないらしい)が寝入ってからこっそりと移動してきたそうで、俺の庵で話をし、夜が明ける前にはリムルはまた戻って行った。

 近くの席に座るシュナが、嬉しそうに俺に微笑み掛ける。

 

「それは良かったですねレトラ様。久しぶりにリムル様にお会い出来て」

「うん。昨日は急ぎだったから仕方ないけど、今度は皆にも会いに来るって言ってたよ」

「まあ、楽しみですわ」

 

 せっかくリムルが来ていたのに皆は残念がるだろうなと予想してたけど、ズルイですと言い出しそうなシオンすらニコニコしているし、皆は俺が思うよりも結構大人のようだった。

 昨夜、リムルから告げられた内容を皆にも話して聞かせる。テンペストとブルムンド王国との間で、相互安全保障と相互通行許可に関する条約が締結されたというものだ。

 

『相互安全保障については、正直ウチにメリットはないが……今のところはデメリットもないしな』

 

 そう語るリムルの声は震え気味だった。

 互いの国に脅威が迫った際には協力するという条約だが、それは何も魔物だけでなく、周辺諸国や東の帝国の侵攻にも適用される。ブルムンドは小国のため、それらへの警戒に防衛費を割くよりテンペストを防波堤にしたいという狙いがあったのだ。巧妙にベルヤード男爵に騙されて……というのは言い過ぎだろうが、そこを失念したまま条約を結ばされてしまったリムルは落ち込んでいた。

 

『いいんじゃない? ブルムンドを攻め落とそうとする勢力があったとして、その時はジュラの森やウチにも飛び火することになるだろうし、さっさと動けた方が都合が良いよ。どうしても魔国の戦力はずば抜けてるんだし、目一杯アテにしてもらって国交を結んだ方がお得だよな』

『そうだよ、そうなんだよ。俺達にとって大きいのは、相互通行許可の方でな…………』

 

 そっとフォローしたらリムルが気分を良くしたし、その程度の問題である。

 それよりも何よりも、これで俺達は人間の国とも正式に交流を持つことになった。以前からリムルとフューズの間で話が進められてはいたけど、とてつもない進歩だよ本当に。

 

「重要なのはここからだ。ブルムンド王国との条約が結ばれ、国交が開始されるということは……今後、俺達の町に多くの人間達がやって来ることになる」

 

 これ、歴史的な超重要イベントだろ……つまりテンペストでは、リムルのいない間に魔物と人間の大規模な交流が始まったってことで……皆はどうやってリムル抜きでこの異種族交流を平和的に受け入れて流れに乗せたの? 今までみたいに、ちょっとカバル達やヨウム達と付き合うってレベルじゃないんだよ? 正直言ってテンペストの住人全員、有能すぎるんじゃないかな? 元人間でお気楽さに定評のある俺でもドキドキするっていうのに……心臓ないけど……

 

「ゲルド。ブルムンド方面の街道建設の進捗はどう?」

「は、現在六割ほどが完成しております。先日リムル様が森をお通りになった際に、進路上の樹木を『捕食』して行って下さいましたので、それが目印となり作業は迅速に進んでいます」

 

 朝っぱらから俺の召集に応じて『影移動』で町へ戻って来てくれたゲルドの返答が頼もしい。テンペストとブルムンドを繋ぐ街道は、あと一月もあれば完成するだろう。

 商人や観光客に先駆けてやって来る予定となっているのは、ブルムンド王国のギルドに所属する冒険者達。カバル達が良い宣伝役となってくれているため、友好的な魔物の町の噂を聞き付けた冒険者達が、森での活動拠点とすべくテンペストを訪れる見込みだと皆に説明する。

 

「リムルからの要請は、冒険者達のための設備を整えることだ。そこで、ブルムンド側から町に入ってすぐの南西区域に冒険者向けの商工業街を作る。必要なのは気軽に利用出来る安宿と、装備の手入れを請け負う店舗、手頃な回復薬や道具を売る商店かな。カイジン、その指揮を執って欲しい」

「おうよ、レトラ坊。任せてくれ」

「ゲルド、宿についてはヨウム達が使ってるような宿舎の増設を予定してる。街道沿いの警備詰め所や宿泊所の工事とも並行することになるけど、人手は足りてる?」

「御心配には及びません。ドワーフ王国側の街道補修には目途が付いたと報告がありましたので、そちらの部隊を町に戻して宿舎建設に就かせます」

 

 それはいいな。しばらく町に帰っていなかったオーク達に、今度は町の現場を担当させるという気遣いもされていて、流石はデキる上司ゲルドだ。ハイオーク隊はウチの労働力の要なわけだし、俺もそのうち視察と銘打って遊びに行き、作業員達を労おうと思う。

 

「クロベエ。鍛冶工房で、冒険者の装備補修も担当して欲しいんだ。職人には余裕あるかな?」

「弟子の中でだんだん力を付けてきた衆がいるんで、そいつらに任せようと思いますだ。レトラ様、オラ達の作った武具は売りもんになるんだべか?」

「あ、クロベエやガルムの作った装備品は性能が良いから、国の外に出す気はないよ。ウチの装備を充実させる方が先だし、試作品については……売るかどうかはリムルと相談して考える。クロベエ達には当分このまま、俺達の使う武具を担当して貰うつもりだよ」

「わかりましただ」

 

 職人としての腕を褒められ、クロベエはテレッと表情を崩して喜んでいる。

 クロベエ達が本気で取り組むと、とても値の付けられない代物が生まれるからな……俺の麗剣とか……あれは本当にすごい、気軽に腰に下げて歩けないほどの異彩を放っており、俺が剣に見劣りしそうなくらいなんだから。俺の身体の一部として造形される剣は、当然俺の実力に伴って強化具合も増していくので、武器としての等級もいずれ特質級(ユニーク)を超えて恐ろしいことになる可能性を秘めていた。

 

「これから人の行き来が増えれば治安も不安定になるかもしれないが、テンペストは魔物や亜人や人間がお互い安心して交流出来る、安全で豊かな国でありたい。ベニマル、リグル、兵達に周知徹底して警備態勢の強化を進めて。ソウエイ、周辺の警戒も引き続き頼んだよ」

「はっ!」

 

 町の警備は文字通り警備部門の仕事なのだが、有事の際以外では軍事部門の兵も、訓練の傍ら警備業務に回っている。町周辺を巡回するのは機動力のあるゴブリンライダーが主となり、軍事部門の兵は町中や街道沿いの警備に交代で応援に入る形だ。

 そういえば、リグルにはもうすぐ使節団の団長としてユーラザニアへ向かう任務もあったな。その間は、ベニマルに軍事と警備の両部門を任せることにする。

 

 それと、大森林の治安のためにはトレイニーさん達との協力も欠かせない。

 また樹人族(トレント)の集落へ挨拶に行かなければ……これは結構重要なことで、リムルの代理を務める俺が砂妖魔(サンドマン)であるばっかりに、トレント達との関係が希薄になるようではいけないのだ。決してゼギオンやアピトとキャッキャしたくて集落に通っているわけではない。でもアピトのくれる蜂蜜は毎回美味しい。よーし、近いうちに必ず時間を作って遊びに行こう。

 

「カイジン、ゲルド、この後建設計画について打ち合わせしよう、ミルド達も呼んでおいて。リグルド、コビーに話があるから昼前に来るよう伝えといてくれる? ハクロウ、俺の訓練参加は午後に回してもらっていい? ……ってことだからシオン、今日の予定は変更で」

「かしこまりました!」

 

 取り急ぎの連絡と指示を済ませ、会議を終える。

 えーと、カイジン達との打ち合わせまでは少し時間があるし、じゃあリムルから頼まれている、テンペストでの貨幣制度導入に向けた勉強会の内容を練っておくか……

 やることが多過ぎるが目指すところはわかっているし、皆に割り振った仕事や状況についてもウィズが整理整頓してくれるので俺にそこまで負担はない。これ本当なら誰がやったんだろう、リグルドか? 

 と、考えを巡らせていると、不意に両脇の辺りを掴まれひょいと椅子から持ち上げられた。

 

「ではレトラ様! 次の予定まで、一度執務室へ戻りましょう」

「おおお……!? 待ってシオン、スライムになるから待って!」

 

 俺の秘書兼護衛であるシオンは、相変わらずの剛力で子供サイズの俺を軽々と持ち上げ、自分の片腕に座らせるようにして抱えた。俺はリムルほどいつもスライム型ではいないため、シオンは俺が人型だろうとお構いなしに抱き上げればいいという要らない学習をしてしまったのだ。

 

「言ってくれれば、『造形』し直すのに……!」

「レトラ様はそのままでいて下さって良いのです。このシオンにお任せ下さい!」

「だからこれ……恥ずかしいって……」

 

 抱っこの仕方が豪快なんだよ! 

 まあ、執務室までは大した距離じゃないからなあ……とスライム型を諦めた俺は、シオンの腕に収まって運ばれて行き、廊下のそこかしこから皆の微笑ましげな視線を集めることになった。

 シオンがいると周りが明るく、騒がしくなる。

 ああ、楽しいな。

 

 

 

 

 

 

 …………本当に、不可能なんだろうか? 

 惨劇を回避しながら、リムルも死なせず、魔国が滅亡しない未来は有り得ない? 

 俺の持っている知識は、本当に、何の役にも立たないのか? 

 

 

 

 




※暗い思考をずっと続けるのも嫌なので、明るい日常も放棄しませんが、そうしないとレトラのメンタルが死ぬんだろうなと思っておいてください



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