転スラ世界に転生して砂になった話   作:黒千

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53話 不穏の夜

 

「それじゃ、俺はもう休むよ。おやすみリグルド、シュナ」

 

 明日の簡単な打ち合わせをした後、俺は『影移動』で庵に引き上げてきた。

 真っ暗な部屋の中、畳の上に蹲る。

 

 一週間くらい前、リムルから連絡があった。イングラシアで子供達の教師をすると。

 リムルは毎日大変だろうな、あのヤンチャな子供達の教師役なんて。ニ、三日に一度はあった連絡も落ち着きを見せていて、リムルの気苦労を物語るようだ。頑張れ。

 俺もシズさんの教え子達に会ってみたかったけど……

 

 未来への対策を立てるため、今日もじっくりと記憶を掘り起こす作業に没頭する。ウィズが『転スラ』を認識出来ていたら、俺の中からサクッと情報収集してくれたのかもしれないが、これは俺が自力でやるしかない。一つの出来事が相当先まで絡んでくるので、可能な限り何度も何度も、起こるだろう出来事を思い出してはその因果関係を把握し直す。

 

 襲撃を防ぐだけなら手はある。町にあれだけ甚大な被害を出したのは、あの複合結界が張られていたためだ。"四方印封魔結界(プリズンフィールド)"を消せたら、状況は間違いなく俺達に有利となる。百人程度の騎士団や異世界人が相手だろうと、こちらが弱体化していなければ町を守り切れるはずだ。

 

 だけど町への襲撃を防ぐと、未来でテンペストが滅ぶ。

 そんな結果に行き着く原因は、覚醒出来なかったリムルが東の帝国との戦争で倒されてしまうから。生死不明のようではあったが、リムルがいなくなってしまったことは士気や統率に壊滅的な打撃を与えただろう。リムルが覚醒していないなら皆も進化しておらず、戦力も全く足りない。そしてリムルが復活するまでの間に、魔国は帝国の侵攻によって…………

 これを何とかしなければ、俺達に未来はないも同然だった。

 

 つまり最も重要なのは、リムルが覚醒魔王になれるかどうか。

 リムルを覚醒させることが出来るなら、町に犠牲を出す必要はない。

 

 どうやってリムルを魔王にする? 未来を伝えて説得することは不可能なのに? そもそもリムルは、復讐の憎悪も無しに人間を殺せるような奴じゃない……無理にそんなことをさせたら、リムルの心が無事では済まないかもしれない。リムルが覚醒魔王になることを決めたのは、仲間達の命を取り戻すという目的があったからで……ああ、問題はまたここに戻ってきてしまう。リムルの心を守るためにも、犠牲は必要なのか? 皆を死なせないためには、どうしたらいい? 

 

(何か他に……他に、方法は?)

(違う、考えろ……最初から……)

(本当に、何も出来ない? 本当に?)

 

 答えが出ない。俺の望む未来に辿り着かない。

 毎晩、毎晩、毎晩、その繰り返し。

 

(例えば……俺が、代わりに──……)

 

 気付けば朝になっていた。

 項垂れていた頭を持ち上げ、窓越しの朝日に目を向ける。

 朝になったから……えーと……次は何だっけ? 

 次は……そうだ、続きはまた夜にして、朝食を食べに行かないと。

 

 立ち上がる。

 砂の身体に疲れはないし、頭もはっきりしていた。少し気分が重いだけ。

 大丈夫、皆の前では元に戻れる。皆がいてくれれば、俺は幸せなんだから。

 

 

 

 ◇

 

 

「シュナ、どうだった? レトラ様は?」

「今日はもう休むと仰って、お部屋へ……」

 

 レトラ様の元から戻って来たシュナとリグルド殿を、一室に招き入れる。

 室内には俺以外にもシオンとソウエイが、ひっそりと集まっていた。

 リグルド殿の話では、レトラ様は明日の業務についての確認を済ませ、いつものように笑顔を見せてその場を去ったという。あくまでも外見上は、だ。

 

「わたくし達の前では気丈に振る舞われて……お可哀想なレトラ様」

「無理もないことでしょうな……リムル様がドワーフ王国へ赴かれている間も、懸命に留守を預かっておいでだったと言うのに、再びリムル様が遠くへお出掛けになってしまったのですから」

 

 ドワルゴン行きが無くなった時も消沈されていたレトラ様だが、またもリムル様に留守を託されることとなり、今度はレトラ様は反論もせずに頷いた。国主が国を空けることの重大さを考え、納得されたのだろうが……あの力無く気落ちした表情は、痛ましいほどだった。

 それはリムル様も気にしていたらしく、頻繁に道中の出来事を伝える連絡があり、自らレトラ様に会いに帰って来ることもあったようだ。レトラ様はすぐに明るさを取り戻し、日々の務めに精を出されるご様子だったので、俺達も安心していた。しかし……

 

「それに、リムル様のお留守は、前回よりも長引いていらっしゃいますし……」

 

 リムル様が旅立ってから、既に一月近くが経っていた。

 リムル様の目的は、以前レトラ様と共に最期を見届けたという人間の英雄、シズ殿の心残りを晴らすことだ。詳しくは知らされていないが、その心残りというのがシズ殿の教え子達に関することで、リムル様は人間の国で子供達の教師を務めることになったのだ。

 しばらくイングラシアに滞在を続ける、留守は任せた、と通信水晶を通して告げたリムル様に、レトラ様はやはり静かに了承を返した。頑張って、とリムル様を労わる一言を添えて。

 

 それが一週間ほど前のこと──そして、レトラ様に起こった異変。

 レトラ様やリムル様の部屋には、室内を整える役目の者が付いている。そのゴブリナ達から、最近レトラ様の布団にはスライムすら乗った形跡がなく、レトラ様が全くお休みになっていないのではないか、という報告がシュナの元へ寄せられたのだそうだ。

 いくら睡眠が不要な砂妖魔(サンドマン)とは言え、このような事態は初めてらしい。

 

「レトラ様は、皆の前では変わらず笑っていて下さいますが、秘書である私にはわかります。レトラ様は、リムル様がお傍にいないことを心細くお思いなのです……」

 

 いや他に考えられる理由などないのだから、そのくらいは誰にでも……と、敢えて口にしないのは、普段であれば有り余るほどのシオンの気力も萎れてしまっているためだ。

 

「リムル様の代理を務められている重責もお有りだろう。日々あれだけの報告や情報を全て御一人で管理され、国を一身に背負っていらっしゃるのだからな」

「我々でレトラ様をお支え出来ればと思っておりましたが……不甲斐ないものですな」

「今度こそはレトラ様に寄り添い、お寂しさを紛らわせて差し上げたかったのに……」

「やはり、私達ではダメなのでしょうか? リムル様でなければ……」

 

 前回は国に残っていたソウエイやリグルド殿とは違い、シュナもシオンもこれほど長くリムル様と離れていたことがないので、すっかり参っているようだ。

 思えば俺もここ最近は、使者としてユーラザニアへ出向いたりリムル様の外遊が重なったりと、物足りなさはある。だがレトラ様のご様子を目にしては、俺が不満を言っている場合ではなかった。

 

「その後、リムル様にお変わりはないか?」

「分身体からは異状無しとの報告だ。リムル様は今日も、子供達の指導に専念されているとな」

 

 異変がないのであればそれは喜ばしいことだ。リムル様は御自分のことだけでなく、新たな国交樹立や特産品の販路拡大など、魔国のために尽力されている。

 レトラ様も同様だった。リムル様が不在の今、同格の主たるレトラ様の存在によってこの国は成り立っている。それによってレトラ様に掛かる重圧は相当のものだろうに、不安な心情を周囲に見せようとはせず、国の全てを把握し的確な指示を出し続けるのだから、全く恐れ入る。

 

「とにかく俺達に出来るのは、それぞれ全力で任務に当たることだ。せめて政においては、レトラ様にこれ以上のご負担を背負わせたくはない」

「そうですな。レトラ様には少しでも、健やかな日々を過ごして頂きたいものです……」

 

 レトラ様には、常に安寧の中で笑っていて頂きたい。その思いは皆が同じく持っている。

 だがシオンの言ったように、俺達にリムル様の代わりが出来るはずもないのだ。もし頼りにして頂けるなら喜んでお力になりたいが、レトラ様が苦悩に耐える決意をされるのならば、俺達は従うのみだ。

 

 

 

 ◇

 

 

「皆、お疲れ様。今日も一日ありがとう、下がっていいよ」

 

 勤務時間を終えて、執務室にいた面々に声を掛ける。

 あの地獄のような未来予想から頭を切り替え、昼間はせっせと国主代理業務に励んだ。

 この仕事の時間の方が、俺にとってはどれだけ天国なことか。この後は夕飯食べて、部屋に戻ってまた……ああ、憂鬱だな……まあ、それは今はちょっと置いておくとして。

 

 いつもならざっと業務の最終チェックをして、シオンと一緒に食堂へ向かってという流れなんだけど、今日はまだやることがあるからと先に行ってもらうことにした。

 

「それではレトラ様、失礼致します……」

「……」

 

 ぽそりと呟いて頭を下げたシオンが、執務室を後にする。

 めっちゃ肩落としてる……そんなに悪いことしたかな……いや、でも俺には気になることがあるのだ。シオンが出て行くのを見送った俺は、まだ部屋に残っていた最後の一人をこそこそと手招きする。

 

「リグルド、リグルド」

「は……何でございましょう」

「あのさ……何だか最近、シオンの元気なくない?」

 

 確かリムルのイングラシア長期滞在が決まって、少し経ってから。

 俺を抱えたり運んだりする時は嬉しそうにしてるものの、ふと気付くとなんか物悲しそうにジッと見てきたりとか……シオンが一番わかりやすいんだけど、シュナや一部のゴブリナ達も、仕事や休憩の合間に見掛ける表情に何となく元気がないような……

 

「何かあったの? やっぱりリムルがいないから?」

「そ、それは……リムル様の御不在は、原因の一つとは思いますが」

「リムルが旅に出て、もう一ヶ月くらい経つからなぁ。最初は皆も平気そうだったけど、こうずっとリムルがいないと不安にもなるか……」

 

 それは俺にはどうすることも出来ない。俺にリムルの代わりが出来るはずもないからだ。国主の代わりじゃなくて、リムルそのものの代わりっていう意味での話ね。

 困ったなと唸っていると、あの……と、リグルドが何故か恐る恐る、口を開く。

 

「こういう時こそ……まずはレトラ様が、お元気な姿を皆に見せるのはどうでしょう?」

「え、俺? 俺は元気だけど」

「いえその、最近はよくお休みになっていますかな? リムル様の抜けた穴を埋めるため、皆は当然のこと、レトラ様にも気付かぬうちに疲労など溜まっていることと思います。レトラ様の溌剌としたお姿を拝見出来れば、皆もそれを良い手本とし、活力を取り戻すのではないでしょうか!」

 

 デスクの向こうからぐぐっと身を乗り出してくる、その勢いは何だ。

 俺は疲れてない……と言い掛けて、そういえば丸々一週間くらい寝てなかったのを思い出す。健康体ですとか胸張って言えなかった。リグルドを直視出来ない。

 

「俺が手本……そうだな、じゃあ、ちょっと健康にも気を付けてみるよ」

 

 砂の健康ってなんだよ、とは思いながらも。

 

 

 

 

 庵に戻ってきた俺は、『造形』で久々の甚平姿に着替えた。

 俺の抱えている問題は深刻だけど、リムルがいなくて不安定になっている皆のことも放ってはおけない。寂しいのはどうしようもないとしても、俺が元気でいればシオン達もつられて元気を出してくれるかも……うん、そのくらいだったら俺にも出来そうだ。

 

 最近の俺を振り返ってみると、流石に少し病的だった気もする。毎晩毎晩、精神をガリガリ削り取るようなあんな考え事をしてたら、知らない間に消耗してるってこともあるよな……今夜は久しぶりにゆっくり眠ろう。

 奥の和室に敷かれている布団に潜り込み、目を閉じる。

 ………………………………

 ……………………

 …………

 

 あれ? 

 

 眠れない……? 

 砂の俺は元々眠ることは出来ないから、今までは意図的に、擬似的にスリープモードを作って睡眠の代わりにしてきた……けど……あれってどうやるんだっけ? 

 

 それなら、と人化を解除して砂スライムに姿を変える。人間の目や耳がなくなったことで、夜特有の暗さや静かな風の音が──より敏感に働き出した『魔力感知』や『音波感知』によって捉えられ、俺を休ませてくれなくなった。駄目だった。

 ううん、砂形態の時って前からこうだった気もするな……俺はどうやって眠ってたんだ……? 

 

(ウィズ。擬似睡眠に入りたいのに、上手く制御出来ない……代わりにやってくれる?)

《了。『魔力感知』及びその他スキルの精度を引き下げ、各感覚を制限します》

 

 ウィズ主動で感知レベルを落としても、それだけだとただの闇。思考は出来てしまう。

 後は俺がちょっと意識を手放す……まあボーッとする感じで、ものすごく微妙な加減で放り出せば擬似睡眠が完成するはずなんだけど…………

 ………………………………

 ……………………

 …………

 

(……なあ。あれから、どのくらい経った?)

《解。およそ四十七分ほどが経過しました》

(まだ一時間も経ってないの!?)

 

 

 

 

 結局、本当に一晩中眠れなかった。朝まで一心不乱に考え事してるよりも、眠りたいのに眠れないまま朝を迎える方が精神的にはきついらしい。だんだんと夜から朝に変わっていく外の様子に、疲れないはずの俺がドッと重みを感じたからな。

 何で眠れないんだろう……夜通し考え事をしすぎて、神経過敏になってる? というか、メンタルに異常が来てる? この状況で、俺が先に精神病んでどうすんだよ……! 

 

 シオン達に元気を出してもらうには、俺が元気にならないと。

 どうにか眠れるようになるために……ここは一つ、素直に助けを求めることにしようと思う。

 

 

 




 


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