転スラ世界に転生して砂になった話   作:黒千

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55話 発展する町

 

「レトラさーん! こんにちはぁ!」

「あ、いらっしゃいエレン」

 

 町の通りを歩いていると、ぶんぶんと手を振ってエレンがやって来た。

 リムルの護衛を引き受けて一緒に旅立って行ったエレン達は、リムルのイングラシア滞在が決まった時に契約の終了を告げられ、そこで別れたそうだ。

 

「この前はリムルの護衛をありがとう。旅はどうだった?」

「リムルさんが一緒だとすっごく快適で、楽しかったですよぅ。それにホラ、こんなにすごい杖を報酬に貰っちゃって!」

「おっ、姐さん。レトラさんに会えやしたかい」

 

 嬉しそうに樹妖精の杖(ドリュアスケーン)を見せてくれるエレンの後ろからは、ギドもやって来た。

 リムルは、ギドやカバルにもカリュブディスの楯鱗を材料とした新しい装備を、そして太っ腹なことにドワーフ職人達により生み出された高性能馬車も一台プレゼントしていたはずだ。

 

「どうもレトラさん、御無沙汰してやす。この町は少し見ないうちにすぐ様子が変わりやすねえ」

「私達以外にも、町に冒険者が来るようになったんですねぇ!」

 

 言いながら、ギドとエレンが通りを見回す。

 新しく整備されたその一帯には商店や屋台が並び、行き交う魔物達に交じって、旅の装備に身を包んだ剣士や魔法使いの姿があった。もちろん彼らは人間の冒険者である。

 

「あっしらがここを発ってから、まだ一月とちょっとくらいでしょう? あの時も、森の中に立派な道が建設中で驚いたのに、それがもう森を抜けたなんて参りやしたよ……」

 

 ゲルド達が一月掛からずにやってくれました。

 ブルムンド王国まで伸びる予定の街道が先日ついにジュラの森の端へ到達し、正式な開通はもう少し先の話ではあるけど、そこを通って冒険者がちらほら町にやって来るようになったのだ。こちらとしても一足先に彼らを受け入れることは想定済みで、街道沿いの休憩所や派出所、警備担当の配置なども、既に仕上げさせていたので問題はない。

 

「エレン達から町の話を聞いて来たっていう冒険者が多いんだ。皆ここを楽しみにして来てくれてるみたいだし、町の宣伝をしてくれて助かるよ」

「だってジュラの森にこんな居心地の良い町があるなんて、自慢したくなっちゃいますよぅ!」

 

 実はエレン達はブルムンド辺りでは名の知られた冒険者であり、その口コミ効果は侮れない。ランクB+の冒険者というのはそれだけで羨望を集めるものらしいからな。

 そして、そんな高ランク冒険者のエレン達が贔屓にしている町で騒ぎを起こしたとなれば、そいつこそ周りから白い目で見られることになるだろう。俺達が培ってきた交友関係は、良い抑止力としても働いているということだ。

 

「そうだ、レトラさん! 町でお金が使えるようになってたわよぅ!?」

「そうそう、試しにやってみることになったんだ。皆で勉強したんだよ」

「皆さん、勉強熱心ですねぇ……」

 

 テンペストではまだ貨幣制度が導入されていない。住人達への衣食住は全て国が負担しているので給料というものが存在せず、金銭のやり取りが必要なかったためだ。だが以前から住人以外でも町を訪れる魔物はいたし、彼らとの取引は主に物々交換で成り立っていた。仕留めた獲物や希少な資源を対価として持ち込んだ者には、価値に応じた日数分の滞在を許可するカードを発行するという例もあった。

 その後、リムルの発案で取り入れられたのがポイント制度だ。外からやってくる滞在者向けで、個人の魔素に紐付けて発行されるカードに溜めたポイントを、日々の支払いに使うことが出来る。住民向けの功労ポイント制度が作られる日もそう遠くはないだろう。

 

 で、人間達との交流を始めるに当たり、町で貨幣の利用を取り入れてみないか? とリムルに持ち掛けられて、試験的に町の一部では貨幣の支払いも認めることにした。

 まだ魔物達が不慣れなため、例えば屋台ごとに売り物の値段が一律となるように商品を分け、貨幣で支払う場合は銅貨のみ可。銀貨以上は不可でお釣りが出ないようにした。何個でいくら、という早見表も用意してある。町の魔物達は皆進化済みで知能も高く、生活の中で数の概念や簡単な計算くらい身に付いていたので、勉強会を開いて社会におけるお金の役割や九々を教えたら、真面目に学習してくれたしな。

 

「私達、ずっとお世話になりっぱなしで肩身が狭かったんですけど、これからはちゃんとお支払い出来るんですねぇ! 屋台の食べ物は相変わらず美味しいし、季節限定の味も早速あっちこっちで買っちゃいましたぁ!」

「すごく楽しんでくれてて嬉しい……!」

 

 エレン達はリムルのお客様扱いなので、今まで特に支払いを要求してはこなかったんだけど……やはり気持ちの良い人達である。対価を払うことで存分に町を満喫出来るって言うなら、そうしてもらおう。

 

「この辺りにも、新しく宿が増えやしたよね?」

「うん。前からある宿泊施設だと、冒険者は使ってくれないだろうって」

「あの豪勢な宿には手が出ねぇでしょうからねえ……新しい方の宿も、値段が手頃な割には冒険者の身からすりゃ上等なもんですぜ」

 

 俺達が冒険者向けに用意した宿泊所は、一泊素泊まり銀貨三枚、町の大衆食堂で使える食事札を二食分付けるなら銀貨四枚。シンプルな造りだがピカピカの新築だし、共同の水洗トイレ付き。宿に風呂はないが、町の温泉施設の利用札が無料で貰える。

 農村部では一泊銀貨二枚が相場のようだが、当然食事は付かず、共同トイレは汲み取り式。大量のお湯を沸かす必要のある風呂文化は一般的ではないため、生活魔法を使うことで清潔を保っているようだ。そう考えれば、ウチの町の方が間違いなく快適に過ごせるだろう。

 

 これから増えていく予定の裕福な客層へ向けては、宿で食事がしたい、風呂に入りたい、広い部屋で眠りたいというニーズに応えるワンランク上の宿も用意している。今後は町の評判が広まるのに合わせて、全室ユニットバス完備とか露天風呂とか宴会場とかディナーコースが選べるとかバーラウンジとか、利便性や贅沢度を引き上げたホテルをだんだんと建て、お値段も内容に見合ったものとしていく計画になっていた。

 

「あとはポーションも銀貨で買えるかな。今はそのくらいだよ、お金の扱いは難しいから……」

「この短期間にすごいですよぅ! どんどん都会的になっていきますねぇ」

 

 宿や商店ではポイント以外に銀貨払いまで可能で、金貨の取り扱いが必要であれば、金銭取引について相応の研修を受けた係が対応することになる。冒険者達の装備補修については、状態や素材持ち込みなども関わってくるので、職人達の判定の上でポイント払いが必要だ。

 ドワーフ王国とのポーションの取引や、ユーラザニアとの酒や織物などの貿易については、ほとんど犬頭族(コボルト)商会に任せていて、俺がするのは挨拶程度。これから売り出して行きたい特産品はまだまだあるので、魔物達の教育水準も上げていかないとな。

 

「そういえばエレン、ギド──カバルはどうしたの? 一緒に来たんだよな?」

 

 ふと、気になっていたことを問い掛ける。

 三人パーティーのリーダー、カバルの姿が見当たらない。そこらで買い食いでもしているのかと思ったけど、いつまで経っても現れないので、そういうことでもないらしい。

 

「カバルの旦那なら、依頼人と一緒にいやすぜ」

「私達、今回はブルムンドから護衛の仕事で来てるんですよぅ! それでねぇ、レトラさん。私達の依頼人がレトラさんに会いたいって言ってるの」

 

 ああ、それで二人は、俺を探しに町へ繰り出して来ていたと…………

 …………立ち話、めっちゃ長かったけどな? 

 

 

 

 

 

「お初にお目に掛かります。ワシはガルド・ミョルマイルと申します」

 

 ミョルマイル────!! 

 テンペストにおける財務部門の重要人物(予定)がキタ! そうだ、カバル達が護衛して来るんだった! 

 ミョルマイルはブルムンド王国の商人で、フューズからの紹介状を持っていたため、すぐに俺が会うと返事をしても不自然な流れではなかった。上位回復薬の在庫も充分量があることを確認済みだ。

 

「初めまして、レトラ=テンペストと申します。国主リムル=テンペストの留守の間、代理を務めております」

 

 面会には砂スライムの姿で臨んだ。いつもの子供姿だと、人間目線からすれば拍子抜けというか舐められてしまう可能性もあるわけで……第一印象は、砂玉が喋ってる怖いくらいに思われておけばいい。ミョルマイルだって恰幅は良く人相は悪く、見た目が完全にカタギの人じゃないのでお互い様だ。前から勝手に知ってる顔なので、俺は気にしてないけど。

 それに、知性ある砂だというアピールを地道にしておくことで、どこかで踏まれたり蹴られたりするのを予防出来るかもしれないしな。

 

 ミョルマイルが通ってきた街道の様子や、首都リムルを訪れてみての感想など、世間話で少し場を和ませた後、テンペスト特産の上位回復薬(ハイポーション)の商談が始まった。フューズとの取り決め通り、通常一個銀貨三十枚のところを、銀貨二十五枚で定期的に売るという内容で異論はない。ミョルマイルには今回、千個の上位回復薬を、金貨二百五十枚で売る運びとなった。

 

「良い取引が出来たこと、感謝致しますぞ。どうぞ今後ともよろしくお願い致します」

「ええ、ミョルマイルさん。こちらこそよろしくお願いします」

 

 商談はすんなり終わり、俺もキリッとした態度を崩さずに接し続けることが出来たはずだ。

 ミョルマイルはリグルド達としばらく話し込んでから、宿へと帰って行った。もう何日か町に滞在したら、カバル達の護衛でブルムンドへ帰国予定らしい。

 

「やりましたなレトラ様。我が国の回復薬が、世に広く知られるための第一歩となるでしょう」

「うん。どんなにいい品物でも、まずは皆に知ってもらわないと意味がないからな」

 

 ブルムンドやイングラシアでも有名な商人ミョルマイルが取り扱う回復薬なら、人々も信用して使ってくれるはず。その回復薬がテンペスト産だと広く知られるようになれば、ウチの評判は更に高まっていくだろう。今回もまた将来のために良い縁が得られたな。

 ところで、ミョルマイルは仕事の話以外にも魔物の町に興味津々で、町の文化や治安を褒めたり、リムルのことを尋ねたりと、だいぶリグルド達との雑談が盛り上がっていた。

 

『それでは、レトラ様は砂妖魔(サンドマン)、リムル様はスライムという御兄弟でいらっしゃると──』

『ええ、この図のように人の姿をお取りになることもございましてな──』

『それはもう、リムル様もレトラ様も本当にお可愛らしく愛らしいお姿で──』

『レトラ様。ミョルマイル殿が、是非レトラ様の人化の御姿にお目に掛かりたいと──』

 

 集まってきた皆も加わり図解までしてリムルのことを説明していたし、実を言うと俺も呼ばれて人化させられる羽目になった。えーと、威厳を落とさないよう砂スライムのまま商談に挑んだ俺の立場は? 口の上手い商人相手に、皆ちょっとガードが緩すぎじゃない? 

 

「人間とは仲良くして欲しいけど、何でもかんでも相手を信用するだけじゃダメだからな? 人間は魔物より狡賢いんだから、相手がどんな人物かは充分に気を付けてくれよ」

「肝に銘じております。ミョルマイル殿からは、種族の異なる我々とも対等に、公正な取引を行おうという信念を感じましたからな」

 

 この国きっての優秀な内政官であるリグルドには、そんな心配は無用だったか。ま、今回はフューズの紹介で相手の身元ははっきりしているし、多少浮かれるのは大目に…………

 

「それに、レトラ様もキラキラとしていらっしゃいましたので」

「えっ!?」

 

 嘘!? 俺キラキラしてた!? 

 ていうか、リグルドまで謎のリムル語を使い出した!? 

 

「リムル様からは、己の目でしかと相手の思惑を見極めるようにとのお言葉を頂いておりまして……またそれとは別に、レトラ様がキラキラしていらっしゃるかどうかも確かめるようにと」

 

 リムルはすごくまともなこと言ってるのに、後半がおかしい。

 俺が何だって言うんだ……いや、前に一度、リムルに聞いてみたことはあるんだよ。

 

『リムル……時々言ってる、俺のキラキラって何?』

『何だろうな。俺が聞きたいくらいだよ』

『えええ……』

『あれは何なんだろうな……レトラ、何でお前はキラキラしてるんだ?』

 

 俺の知りたい答えは得られなかった。

 しかも言ってる意味がわからなかったので諦めた。

 

「リグルドには、キラキラって何だかわかるの……?」

「レトラ様がいつも我々に対して向けて下さるような眼差し、と理解しておりますが」

 

 皆に向ける目……俺が前世から皆のことを好きな所為で、ミーハーなオーラでも漏れ出てるのか? じゃあそれ、俺の意思では止められないやつだろ……ていうか俺は真面目に商談を頑張ったつもりなんだけど、あれでもキラキラしてたのか……一体いつ……? 

 

 

 

 

 

「じゃあレトラさん。俺達はブルムンドまでの護衛の仕事があるんで」

「うん。三人とも、帰り道も気を付けて」

 

 数日後、カバル達が町を出る前にと挨拶に来てくれた。

 当然カバルもちゃんと町にいて、三人でミョルマイルに町を案内している姿を何度か見掛けた。ガイドか、なるほどな……と、ちょっと商魂たくましくなった自分に驚いたわ。

 

「でも良かったぁ、レトラさんが元気そうで」

「え?」

「リムルさん、心配してたのよぅ。自分がいない間にレトラさんが無理してないかって」

「レトラさんも旅に連れて来てやりたかったって、旦那はずっと言ってやしたよ」

 

 そんなことまでエレン達に零してるのかリムルは……それで三人も、俺のことを気にして仕事がてら様子を見に来てくれたのかな。

 ……最近、ずっとリムルと話してないな。別に寂しいとかじゃないけど、こんなに町を離れていたらリムルもホームシックになっているかもしれないし、たまには俺から連絡を──

 

「あっそうだ、リムルさんに聞きましたよぅ、ギルマスが冒険者の資格を発行する約束をしてくれたって、すごいですねぇ! 冒険者になったらレトラさんも一緒に旅しましょうね!」

「でも旦那は、レトラさんにあんまり旅には出て欲しくねぇって感じだったな。腕は立つししっかりしてるけど、町の平穏と発展にはレトラさんがいなきゃ始まらねぇし何やらせても結果出してくるからついつい仕事を任せることになって、悪いとは思ってるのに頼りにしちまうって……結局いつも、レトラさんの自慢になって終わるよな?」

「まあ、自慢したくなるのはわかりやすけど。リムルの旦那は弟思いでやんすねぇ」

「兄が……ご迷惑をお掛けしまして……!」

 

 いやリムル自重して! 身内自慢は鬱陶しい以外の何物でもないから! 

 珍しくリムルに褒められたかと思ったら、それを聞かされ続けてきたらしいカバル達に申し訳なくて素直に喜べないんだけど……カバル達ならまだ俺のことを知ってるし、性格が良いから笑って済ませてくれるとしても、そういうのはやめた方がいいって……! 

 

 

 




※今回は悩まず



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