転スラ世界に転生して砂になった話   作:黒千

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惨劇編
58話 当日~焦燥


 

「レトラ様、突然の訪問をお許し下さいませ。緊急の御報告がございます──」

 

 その日現れたトレイニーさんに、普段の泰然とした様子はなかった。

 数日前に警備隊から寄せられた、武装した人間の騎士団がテンペストへ向かっているという報告。俺はソウエイに諜報部門総出での調査を命じ、その結果を待つ間、近郊の警備強化をリグルに指示した上で、トレイニーさん達にも協力要請をしていたのだ。

 執務室に直接姿を見せたトレイニーさんが、張り詰めた空気の中で告げる。

 

「先刻、町周辺の四方に……人間の武装集団の布陣を確認致しました」

「何……!? トレイニー殿、それは本当なのか」

 

 気付かぬ間に町が包囲されているという異常事態。

 事の重大さに正しく反応したベニマルに、トレイニーさんが硬い声で続ける。

 

「はい。レトラ様のお申し付け通り、森の警戒を強めていたのですが……あの者達が森を行軍する姿を見た者はおりません。転移魔法陣を用いて出現したものと思われます」

「そいつらは何者だ……!?」

「あれは恐らく、西方聖教会の騎士団……」

 

 西方聖教会。

 唯一神ルミナスを崇め、その名の下に魔物の殲滅を教義とする宗教団体。

 神聖法皇国ルベリオスを総本山とし、現法皇を神の代弁者と認め、その意に従い魔物を滅ぼす人類の守護者……俺はその程度にしか実態を把握していないが、大体合っているはずだ。

 

「トレイニーさん。陣はどんな様子かわかりますか?」

「各陣には何らかの装置が置かれ、百名ほどの騎士がそれを守るように囲んでいました。四つの装置を用いて、大規模な魔法を発動させるための配置ではないかと」

「つまりそれは、人間達が……我らの討伐に動いていると?」

「人間が相手となれば、我々にはどうすることも出来ませんぞ……」

 

 室内にいた幹部達から上がる困惑の声。

 この国の魔物達には、人間を襲うな、というリムルの命令が下されている。

 それは俺もわかっているし、そのルールは守られるべきだった。

 

 リムルが魔王進化のために行った大量虐殺がガゼル王達の理解を得られたのは、理不尽な侵略により罪の無い住人達の命が奪われたからという正当性があった部分も大きいだろう。

 こちらに犠牲を出さないまま人間達を殺してしまえば、それはまさしく人類の敵とみなされる所業だ。いくらガゼル王でも、擁護は難しくなるかもしれない。これまで積み重ねてきた他国との信頼関係が、全て水の泡となるかもしれない。本当に人間達から討伐対象とされてしまったら、魔国に未来はなくなる。

 せめてもの筋として、奴らからの宣戦布告を受けるまでは……戦争という大義名分を得るまでは、俺達は人間の命を奪ってはいけなかった。

 俺は座っていた椅子から立ち上がる。

 

「ベニマル、俺が戻るまでに会議室に幹部達を集めろ。このままだと人間との間で争いが起きるかもしれない。皆が集まり次第リムルに連絡し、帰還してもらう」

「戻るまで……とは? レトラ様は……」

「魔法装置を壊してくる」

 

 俺はそいつらを知っている。

 西方聖教会から各国へ派遣されている、神殿騎士団(テンプルナイツ)

 町の四方に陣取ったそいつらが、魔法装置を作動させて"四方印封魔結界(プリズンフィールド)"を張るのだ。

 

 先に装置を壊しておくつもりで、俺はここ最近ずっと誰にも知られないように砂を操り町の周辺を捜索していたが、奴らはなかなか姿を見せなかった。

 前世の知識からしても、調査に出払っていたソウエイ達はともかく、トレイニーさん達までもが町を包囲する陣に気付かなかったくらいなんだから、神殿騎士達はよっぽど直前になってから現れるんだろうと踏んでいたが……これでようやく。

 

「その魔法装置で何か仕掛けてくるって言うなら阻止する。装置を壊せば、少しの間は時間稼ぎが出来るはずだ。その間にリムルを呼んで態勢を整えよう」

 

 リムルは一ヶ月ほど前に、精霊の棲家で召喚した上位精霊を子供達に宿して膨大な魔素を制御させるという方法で、待ち受けていた死の未来から子供達を救っている。その後もリムルはイングラシアに残り、子供達に宿った精霊が安定しているか様子を見守っていたが、この分なら心配することはなさそうだと最近になって連絡が来ていた。そろそろテンペストに帰れるだろうと。

 

 本当は今すぐにでもリムルを呼び戻すべき事態だが、"四方印封魔結界(プリズンフィールド)"を潰してからだ。今リムルに連絡すると、向こうでリムルを捕捉しているだろうヒナタ達がそれに気付き、作戦行動を早める可能性がある。そうすれば、こっちでも神殿騎士が動き出すかもしれない。

 

 同様に、あらかじめ住人達を町から逃がしておくのも危険だった。非戦闘員だけでも数千を超える人数を、周囲に気付かれることなく避難させるのは不可能と言っていい。察知されてしまったら最後、奴らは魔物達を逃がさないための手を打ってくるだろう。

 

 やはり、あの魔法装置が邪魔だ。

 壊してくる、と俺が当然のように下した決定は、皆には唐突なものに聞こえたらしい。

 歩き出した俺を止めるように、ベニマルとシオンが慌てて駆け寄ってくる。

 

「待って下さい! レトラ様が出向くのなら俺も……」

「レトラ様! 私が護衛としてお供を……!」

「ダメだ。俺達が包囲に気付いていることを知られたら、奴らにはこれ以上潜んでいる理由がなくなる。俺は姿を見せずに近付いて、魔法装置の中身だけ壊してくるよ。大丈夫、ちゃんと気を付けるし、すぐ帰って来るから。トレイニーさん、道案内をお願いします」

「承知致しましたわ」

 

 これは時間稼ぎなので、奴らに気付かれないことが大前提だった。妖気を完全にゼロまで抑えられる俺が適任であり、高ランクの魔物では目立ってしまう。樹妖精(ドライアド)のトレイニーさんは、森の中に気配を隠すことが出来るため問題はない。それでも俺について来たそうにしているベニマル達には、速やかに皆を招集するようにと改めて命じる。

 

 首都リムルを囲むように現れた、神殿騎士団(テンプルナイツ)の四つの陣。そして、この町へ向かっているという百名ほどの騎士団と……更に、森を捜索していた俺の砂は数日前に、商隊にしては荷物が少なく、商人にも見えない若者三名を乗せて街道を進む馬車を発見していた。

 それらの速度から考えてもまず間違いなく、今日が作戦の決行日だ。

 

「ベニマル、急げ! 時間がない」

「──ハッ!」

 

 

 

 

 

 町を出た俺は、トレイニーさんに先導されて北へ向かった。

 陣地から充分離れた位置に身を隠し、『魔力感知』で様子を探る。

 西方聖教会の鎧を身に着けた神殿騎士達が、百人ほどの中隊で隙なく陣を守っていた。その中心に設置されている魔法陣と、大きな水晶のような魔法装置。

 

(ウィズ。あれを両方ともこっそり壊したいんだけど、出来るか?)

《解。魔法装置及び魔法陣の術式に干渉し、作動不能状態に変更可能です》

 

 事前に同じような話をウィズに持ち掛け、『魔力操作』を使って術式を発動させない妨害が可能だとの回答は得ていた。俺の先生はいつも頼もしい。

 安全のため、作業はここから『分身体』を送り込んでの遠隔操作。『変質化』を使う要領でイメージすれば、光を透過し目に映らない砂妖魔(サンドマン)を生み出すことも俺には出来る。

 

 透明な砂はサラリ、サラリと陣地へ忍び入った。分身体から妖気が漏れないよう慎重に調整してあるため、目に見えないし妖気も感じられない、嫌がらせのような砂だ。神殿騎士達の足元をするする流れ、分身体は魔法装置と魔法陣の元まで辿り着く。

 

《告。エクストラスキル『魔力操作』を使用……魔法術式の改竄に成功しました》

 

 作業はあっという間に終わった。

 一見どこにも異常がないように術式を書き換えているそうで、不具合が発覚するのは作戦開始後になるだろう。転移魔法陣も壊したので、すぐには対応出来ないはずだ。

 

「見事な御手並みですわ、レトラ様」

「ありがとうございます。他の三ヶ所に急ぎましょう」

「北、東、南の陣はジュラの森内部にあるのですが、西の陣のみ森の外に位置しています。森を出てしまうとわたくしの気配に勘付かれる恐れがありましたので、眷属に探らせております」

 

 そうか、西側だけはブルムンドへ続く街道方面だったな。街道を見下ろす丘の上で、そこを通る者全てを見張るかのように陣取っているそうだが、ステルス砂には関係のない話だ。森の西端まで向かってそこから分身体を遠隔操作し、『魔力操作』で問題なく装置を狂わせる。南と東の陣地でも迅速に作業を済ませた。

 

 後は、町に戻って、皆に指示をして……

 リムルを呼び戻すとは言ったが、もうそこまでの時間があるかどうかもわからない。俺としては、今後のリムルの生存確率を上げるため、逃げの手を打てる今のうちに一度ヒナタと戦っておいて欲しいとも思うけど……リムルが襲撃に間に合うか間に合わないかは、やはりクロエの行動に掛かっているのかもしれない。

 そういえば、この世界は()()()なんだろう。リムルが間に合えば襲撃は防げるが魔国の滅亡に繋がる失敗のルート、間に合わなければ犠牲者は出るが未来が開ける正解のルート──いや、どちらだったとしても、俺の望みは変わらない。やることは同じだ。

 

「俺は町に戻ります。トレイニーさん達は、続けて周辺の警戒をお願いします」

「仰せのままに。レトラ様、どうかくれぐれもお気を付け下さいませ……」

 

 

 

 

 

『影移動』で執務館に戻る。

 廊下の適当な暗がりに現れた俺は、ちょうど廊下の反対側からやってきたシオンとシュナに出迎えられた。二人ともほっとした顔で、俺の無事を喜んでくれる。

 

「ああ、レトラ様! ご無事で良かった……!」

「レトラ様、どうぞ会議室へお急ぎください。皆様がお集まりですわ」

「うん、……シュナ達は、どこに行くんだ?」

 

 シュナと、シオン。

 その組み合わせに気付き、俺の背筋に言いようのない寒気が走る。

 

「先ほど町を訪れた人間達の中に複数名、ただならぬ力を宿した者達がいるようです。我が国の客人であれば良いのですが……万が一の場合には、わたくしとシオンで対処致します」

「……!」

 

 異世界人達が、もう町に到着している。

 もうすぐ広場で騒ぎが起こる。始まってしまう。

 

「……状況が良くない。二人とも気を付けて」

「はい、レトラ様。シュナ様は私がお守りします」

「頼みましたよシオン」

「シオンもだ、充分に警戒してくれ。もし二人に何かあったら」

「……レトラ様?」

 

 ああ嫌だ、行くな、怖い、いや違う、魔法装置は壊してきた。

 "四方印封魔結界(プリズンフィールド)"は作動しないはずだ。シオンが犠牲になることはない。

 何でこんなに不安なんだ、どうして零れ落ちそうな気がするんだ、記憶が邪魔をするからか? 

 

「何かあったら、…………俺は、泣くからな」

 

 失敗した。もっと冗談めかして言えば良かったのに、声が震えて台無しだ。

 二人は不意を突かれたような戸惑いを見せ、そして真剣な表情で言う。

 

「レトラ様! 私は決して、レトラ様を泣かせることなど致しませんからね!」

「どうかご安心を、レトラ様。必ず戻って参りますわ」

 

 町へと向かう二人の背を見送る。

 命は平等だと、そう教えられて前世を生きてきたけど──

 命を天秤に掛ける必要があるなら、今の俺が選ぶのは魔国の皆だ。

 

 二人とも、無事でいてくれ。

 お願いだから死なないで。

 

 俺の望みは、テンペストの誰も失うことなく、皆と一緒に生きていくことなのだ。

 

 

 




※今夜中にもう一話更新します



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