転スラ世界に転生して砂になった話   作:黒千

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59話 当日~襲撃

 

 会議室には幹部達が集まっていた。

 シュナとシオンを除いて、ベニマル、ソウエイ、リグルド、リグル、ルグルド、レグルド、ログルド、リリナ、カイジン、クロベエ、ハクロウ、ゲルド。

 俺が室内に現れると、やっぱり俺が心配だったらしい皆が全員で安堵してくれて、俺は東西南北の陣で見てきた様子を思念リンクで手短に伝える。

 

「四つの魔法装置は作動しないよう弄ってきた。まだ向こうは気付いてないはずだけど安心は出来ない、早急に現状を確認し対策を取ろう」

 

 まずは、調査から戻ったばかりのソウエイの報告。俺が出掛けている間に連絡が付き、こちらの状況が状況であったために一度ソウエイを帰還させたようだ。

 

「警備隊から報告されていた騎士団は、ファルムス王国の所属と判明しました。また、ファルムス国内でも動きがあり、戦争の準備が進められているようです。現時点では詳細は不明ですが……引き続きソーカ達に探らせています」

「わかった、御苦労。新たな情報が得られ次第報せてくれ。ベニマル、状況に変化は?」

「ユーラザニアのアルビス殿から通信が入りました。ミリム様がユーラザニアへ宣戦布告し、一週間後には交戦状態となるため避難民を受け入れて欲しいと……通信はそこで途絶え、以降は応答がありません。町に滞在中のグルーシスへは伝令を向かわせました」

「ミリムが……」

 

 ミリムが行動を起こしたなら、間もなくクレイマンも動くだろう。もうミュウランに指示を出したか? 恐らく猶予はない。どっちが早い? リムルに伝えるくらいの時間はあるか? 

 

「レトラ坊、その件も含めてベスターには一報を入れてあるが、まだ詳しいことが何もわかってねえ以上、ガゼル王への連絡は控えさせてるところだ」

「ありがとうカイジン。じゃあ、リムルに魔法通話を」

「はっ!」

 

 リグルドが机の上に設置した水晶へ、ベニマルが手を翳した、その時。

 張り巡らせていた俺の『魔力感知』が、町中で急激に増大した反応を拾い上げた。世界の法則を書き換える魔力の奔流が──オーロラのように棚引いて町の上空を覆う。

 

「リムル様に、繋がらない……!?」

 

 通信水晶が反応しない。

 想定外の出来事に焦りを顕わにしたベニマルの呟きに、会議室は騒然となる。これは一体、リムル様に何か、と皆が口々に呟き、外の異常に気付いた者は窓に駆け寄った。

 

「レトラ様! あれは……結界では!?」

「あれは魔法結界……魔法不能領域(アンチマジックエリア)だ。起点は首都リムルの町中、半径五キロ圏内では、魔法通話を含めた全ての魔法が使用不能になる」

「ま、町中ですと? 既に敵が侵入していると言うのですか?」

「リムル様に繋がらないのも、あの結界に妨害されて……!?」

 

 ウィズの『解析』でもあれは間違いなく大魔法:魔法不能領域(アンチマジックエリア)。ミュウランの仕業だ。

 町に張られた結界はあの一種だけで、"四方印封魔結界(プリズンフィールド)"は作動していない。

 それでいい。それだけなら、何とでもなる。

 

「……レトラ様!」

「ソウエイ、どうした?」

 

 切羽詰まった声が俺を呼ぶ。

 冷静沈着なソウエイにしては考えられないほどの動揺に、その場の皆が異変を悟った。

 

「イングラシアでリムル様の護衛に付いていた分身体が……消滅しました」

「何だと!?」

「まさか……リムル様の身に危険が──!?」

 

 そうだ、ソウエイがいたらそれがわかるのか。

 しまった、こんな混乱の最中にリムルの安否までが悪い想像に傾いたら、士気が持たない。

 俺は片手に砂を零し、麗剣(ドレスソード)を『造形』する。俺の身体の一部でもある砂の剣を掲げ──その柄を、机に向かって打ち付けた。

 響いた硬質な物音に室内が静まり、視線が俺に集中する。

 

「落ち着け、皆」

「レトラ様……しかし……」

 

 これは、向こうでヒナタ達が行動を始めたということ。

 リムルは"聖浄化結界(ホーリーフィールド)"に囚われている。それを切り抜けるまで、もう戻っては来られない。

 

「今、俺達は明確な敵意に晒されている。リムルも攻撃を受けている可能性が高い、繋がらないのは心配だけどリムルは強い、大丈夫だ! リムルが戻るまでは俺達だけで対応に当たる!」

 

 リムルは間に合わなかった。この世界は、原作で言う正解のルートに近付いている。

 町ではまず異世界人達が騒ぎを起こして、それを合図に"四方印封魔結界(プリズンフィールド)"が展開され、奴らは虐殺を開始するはずだ。その結界は張らせない。まだ、奴らを抑え込める。

 

「ソウエイ、分身体を一体残して直接リムルの元へ向かえ。リムルも異変を感じて帰還してくるかもしれないから、行き違いになるなよ。何かあれば分身体を通して連絡してくれ」

「ハッ!」

 

 ソウエイ本体と入れ替わるように、影の中から分身体が現れる。テンペストとイングラシアほどの距離があると『思念伝達』は届かないが、本体と分身体の繋がりには関係ない。それは『思念伝達』よりも上位のホットラインとして機能するのだ。

 

「し、失礼致します! 御報告が……!」

 

 警備隊所属のホブゴブリンの一人が大慌てで会議室に駆け込んできた。会議中に突然入室してきた無礼を叱責しようとしたリグルを制して、先を促す。

 ゴブタの部下であるゴブゾウが、広場で人間の女に絡まれ騒ぎとなった。その場はゴブタが収めたが、女の連れ二名が暴れ出し、シオンやゴブタが相手をしているという内容だった。

 

「その者達は、ファルムス王国からやって来た商隊の一員のようで……」

「ファルムスから? まさかそいつらも……くそっ、次から次へと……!」

「騒ぎを放ってはおけない。応援を──」

「レトラ様。ワシが向かいましょうぞ」

 

 俺も、それが最適だとは思っている。ここでハクロウ以外の人選はない。

 なのに、不吉な記憶が俺の決断を鈍らせる。大丈夫だ、"四方印封魔結界(プリズンフィールド)"はないんだから。

 相手がショウゴだろうとシオンは強い、何も起こるわけがない、ハクロウだってキョウヤに負ける理由は、ない、はず──何で、嫌な予感がするんだ……! 

 

「レトラ様、御命令を」

「……ッ、頼んだハクロウ。気を付けて」

「承知」

 

 ハクロウは瞬時にその場からいなくなる。

 大丈夫、大丈夫だ、だけど俺もすぐ町へ向かわなければ。魔法結界の中では、シュナがキララを抑えられなくなる。でもまだ指示が終わっていない。俺はまだ動けない。

 

「リグル! ゲルド! 町中の警備兵に伝達し、皆を屋内へ避難させろ。暴れているのは人間だ、こちらからは仕掛けるな。町の住人と客人達の無事を最優先とする」

「ハハッ!」

「ベニマル! 軍事部門の兵を指揮して、魔法結界を張った者を捜索し、広場の鎮圧に合流してくれ。神殿騎士団はその後だ。事情を探る必要があるから、結界の術者は絶対に殺すなよ」

「了解しました」

 

 リグルドやカイジン、リリナ達には、他の者への指示伝達を任せた。

 森の巡回などで町の外にいる兵達、封印の洞窟のガビル隊には、念のためすぐ動けるように待機していてもらう。場合によっては神殿騎士団の陣地に兵を差し向けて追い払うくらいのことが必要かもしれないが、割ける戦力が少ないので出来れば避けたい。相手もプロなのだから、町への襲撃作戦が失敗したことを知れば、危険を冒さず撤退するとは思うのだが……

 

「俺も出る。広場の騒ぎを鎮めるのが先決だ」

 

 これで、全ての指示は出し終えた。

 麗剣(ドレスソード)を腰に吊り、先に行くと言い放って執務室の窓から飛び出す。

 異世界人達を暴れさせずに、もうすぐやって来るファルムス騎士団には宣戦布告のみさせて、追い返さなければならない。とにかく早く、俺も町へ。

 

 

 翼を広げて広場へ舞い降りた俺が、そこで見た光景は──

 

「クソがっ……! ふざけんなよてめぇ、クソ女! 離しやがれ!」

「口ほどにも無いですね」

「うーん、何でこうなったかなぁ。どれだけ無能なんだよアイツら」

「何ブツブツ言ってるっすか、大人しくするっす!」

 

 シオンがショウゴの腕を捻り上げ、うつ伏せに押さえ付けている。ゴブタがキョウヤを捕らえ、ハクロウが仕込み杖を手に佇んでいる向こうには、キョウヤの得物と思しき刀が落ちていた。

 俺が到着した時、騒動はとっくに鎮圧済みだった。

 

 アッ、ハイ…………

 そりゃそうだな、こうなるよな。

 "四方印封魔結界(プリズンフィールド)"さえなかったら、皆が異世界人に負けるわけなかったな…………

 

 安心して膝から崩れ落ちそうになった。

 マズイ、さっきまで頑張って捻り出してた威厳がどっか行く。しっかりしろ俺。ショウゴはまだしも、キョウヤの能力を考えると、いつでも形勢逆転してくるはずだ……警戒しないと。

 力の抜けそうな自分を奮い立たせる俺に、シュナから密かに思念が送られてきた。

 

『レトラ様。町に魔法結界が──』

『ああ、魔法不能領域(アンチマジックエリア)だ。内部では魔法が使えない、シュナは下がっててくれ』

『お待ちください。あの人間はとても危険なユニークスキルを有しています。声を特殊な波長に変えて他人の脳波に干渉し、意のままに操る能力なのです。先ほどはわたくしの魔力で同じような波長を作り出し、相殺することが出来たのですが……』

 

 広場の石畳に座り込んでいるキララ。

 今まで誰も手出し出来なかった自分の能力をシュナに破られてしまったことで、ショックを受けているんだろう。背筋を伸ばして毅然とキララを見つめるシュナに対し、キララの目には怯えが見えた。

 

『ですがこの結界の中では、再度能力を使われては対応が出来ません。幸い、あの者はまだわたくしの魔法が封じられていることに気付いていないようですが……時間の問題かと』

『わかった。あの子は俺が抑える』

 

「な……何なのコイツら……ウチら悪くないじゃん!」

 

 これか。キララの声に乗った特殊な響き。世論を味方に付けようと苦し紛れにスキルを使ったようだがもう遅い。俺はエクストラスキル『音波感知』を発動させる。

 この『音波感知』、前身は洞窟のコウモリから得た『超音波』だ。魔法結界に妨害されず、超音波を出す仕組みを備えたスキルなのである。キララが特殊な波長を発生させること自体は防げなくても、相殺だけならエクストラスキルで足りる。まあ、その相殺を可能とする微調整が肝心にして困難な神業なのだが、ウィズのいる俺はそんなことを気にしなくていいからな。

 

《告。ユニークスキル『狂言師(マドワスモノ)』を解析完了。エクストラスキル『音波感知』を使用し、特殊音波の相殺に成功しました》

 

「そいつらが襲ってきたんだし! ウチらは被害者じゃん、皆も見てたっしょ!?」

「いや、そうかなあ……お連れさんが殴り掛かってったような……」

「ちょっと何! アンタら、魔物の味方するワケ!?」

「お嬢ちゃん、アンタの地元でだってこんなに暴れたら衛兵に捕まっちまうだろ?」

 

 ほら、キララの誘導が完全に打ち消されている。ウィズすげえ。

 キララへの牽制はシュナに任せ、またキララが『狂言師(マドワスモノ)』を使うようなら相殺をとウィズに指示して、俺は取り押さえられた二人に歩み寄る。

 

「キョウヤ、話が違げぇぞ! いつまで待ってりゃいいんだよ!」

「僕に聞かれても。どうせなら、効果が出てからの方が楽しいと思ったんだけどな……」

「何か企んでたみたいだが、神殿騎士団が用意した魔法装置は壊したぞ」

「あ!?」

 

 野獣のような獰猛さでショウゴが俺を振り仰ぎ、シオンがその腕を押さえ込む。キョウヤの表情にはまだ余裕が窺えて、状況を楽しんでいるかのような雰囲気があった。

 

「魔物の主の片割れだっけ。へえ、結構良い勘してるんだ、アンタが神殿騎士団を全滅させたの?」

「そんなことはしてない。装置を壊しただけだ」

「え? ──ははっ、それ本気?」

 

 突然キョウヤが笑い出す。

 

「何だよ、皆殺しにしたのかと思ったら! そんなことで作戦を妨害したつもり? たかが装置が壊れただけでダメになるような作戦が、本当に採用されると思ってる?」

「何……?」

 

 俺の中からどうしても消えなかった、不吉な予感が頭を擡げる。

 まさか──魔法装置だけじゃない? 

 "四方印封魔結界(プリズンフィールド)"を展開させる手段は、他にもあるって言うのか? 

 

「仮にも神殿騎士団(テンプルナイツ)だよ? そんなのが百人規模で集まってるなら、多少でも聖騎士(ホーリーナイト)と似たような真似が出来るんじゃないかって、教会には詳しくない僕でも思い付くけどなあ」

 

 キョウヤは俺を嘲るように笑い続ける。

 知らない。知らなかった。そんな方法、()()()()()()()()()

 でも、違うのか? 俺が知らないからって、この世界に存在しないなんて言い切れないのか? 

 聖騎士達が己の技量で"聖浄化結界(ホーリーフィールド)"を張るように、まさか──

 

「ああほら。予定よりは遅れたけど」

「……!」

 

 引き起こしてはならない光景だった。

 町全体を覆うように、球状の壁が首都リムルを飲み込んでいく。

 

《警告──複合結界の構築を確認、結界内部に囚われました。範囲内での魔素浄化が進行しています。『多重結界』により、結界からの圧力の一部を抵抗(レジスト)に成功しました》

 

 少しのふらつきを感じただけで済んだ俺とは違い、町の魔物達ではそうはいかなかった。ある者は頭を押さえ、ある者は膝を突き、苦しげな呻き声が上がり始める。

 

《警告。結界内部の魔素濃度の低下を確認しました。魔素変換及び操作系統の能力は全て制限を受けます。なお、『砂憑依』が解除された場合、依代の再取得困難が予測されます。現在憑依中の依代の最優先保持を推奨します》

 

「ハハハッ! やっとかよ、遅せぇんだよあンの役立たず共!」

「あっ……!」

 

 ショウゴがシオンの拘束を振り解く。

 キョウヤもゴブタの力が弱まった隙に自由を取り戻し、その手が再び刀を拾い上げる。

 蹲ったシュナを庇うようにゴブゾウが立ち上がり、ハクロウが厳しい面持ちで仕込み杖を構える。

 襲撃者達の顔に浮かぶ酷薄な笑み。

 

 駄目、だった?

 俺は間違えたのか? 襲撃は防げない? 

 俺が、神殿騎士を皆殺しにしなかったから──? 

 

「この騒ぎは何事か!」

 

 石畳を打ち鳴らしながら現れる蹄の群れ。

 町の大通りを我が物顔で通り抜けてきた、馬上で鎧に身を固めた百名余りの騎士達。

 

 止められない。

 事態が、最悪に向かって動き出す。

 

 

 




※想定より敵が有能



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