首都リムル全体を、大魔法:
そして町に現れた神殿騎士達による"
その多層結界内で、シオンが俺を庇って倒れた。
身体に突き刺さる騎士の剣。地面に投げ出された身体は動かない。
俺は狂ったように喚き散らす。
「シオン、シオン……! 放せベニマル、放せ……!」
「レトラ様……!」
邪魔するな、放せ、殺す、皆、殺してやる……!
手足を失った身体を捩らせ、拘束から這い出ようともがく俺を、ベニマルは一層強い力で腕に抱えた。歯を食い縛り、地面に爪を立てるように、少しずつ結界へ近付いていく。
「どうか、シオンの思いを汲んで下さい! あいつのしたことが無駄になる……!」
「……っ」
憎悪の淵に呑み込まれそうな一瞬、俺を引き戻したのは。
俺を庇い、重傷を負っても尚、優しく笑っていたシオンの笑顔。
(無駄、に……)
ベニマルの言う通りだった。シオンに助けられたこの命を無駄には出来ない。
惨劇を止められなかった。町の皆やシオンを助けられなかった。結局何一つ出来ていないが、少なくとも今俺がすべきことは、無駄死にすることじゃない。
(ああ、そうか……俺のやるべきことは)
理由があった。俺にしか出来ないことがまだあった。
この先の未来のために……守れなかった者達を取り戻すために、足掻くことだ。
シオン、ごめん。
守ってくれてありがとう。俺も守るよ。
必ずシオンを生き返らせる。俺には無理でも、必ずリムルがやってくれる。
そのためには……ここで、シオン達の魂を消滅させてはならないのだ。
"
異分子である俺を排除しようという世界の意志すら感じたが、それは後で考える。
存在しなかったはずの強力な浄化結界が張られていては、死んでしまった者達の魂が危ない。もしもその浄化効果が"
(──ウィズ! この"
『思考加速』の時間の中で、俺はウィズに問い掛ける。
《否。ユニークスキル『
想像通りの回答だ。
でも、俺には考えがあった。
(不可能なのは……結界内では、魔物は存在維持に魔素を使う必要があるからだよな?)
《是。そのため、『砂操作』に割り当て可能な魔素が不足しています》
スキルが封印されるとは言うが、魔素の足りない空間で魔物の弱体化が起こるのは、持てる魔素の大半を存在維持に充てるため。その作業がでかすぎてパソコンで言うところのリソース不足となり、性能や動作が落ちるというのが実際に起こる仕組みだ。なので、他に魔素を大きく消費したり細かく制御するスキルが使えなくなる。だとしたら──
(存在維持を放棄すれば、どうだ?)
《──?》
(魔素の出力を全て『砂操作』に回せたら、結界を破れるか?)
理屈ではそうだろう。
存在を留めるというでかい作業を行わなければ、その分だけ他のスキルを実行出来るはずだ。
ウィズはすぐには答えず、一拍置いた後で告げた。
《警告。結界内部で『砂憑依』が解除され依代を失うと、精神体に直接浄化作用の影響を受けます。致命的な魔素消失が発生した場合、魂が損傷し、存在消滅の可能性があります》
(そんなこと聞いてない。"
《…………》
ウィズが沈黙する。
これ以上俺が一手でも間違えれば、シオンや町の魔物達の魂が浄化され、蘇生不能となってしまう。恐らくはベニマルも死を覚悟して俺を結界から逃がそうとしている、そんなことしなくていい。更なる絶望を許してはいけない……失敗は許されないのだ。
(いいから言え、『
《……解。可能です》
(決まりだ。やるぞ)
もし出来ないなら他の手段を考える必要があったが、ウィズが出来ると言うならそれでいい。
それさえ出来れば、無駄死にじゃない。
《──……了。多層結界への
強力な結界の中、身体を保っているのはかろうじて継続中の『造形再現』と『多重結界』の効果だった。存在維持のために注いでいた魔素を止めると、身体は溶けるようにざあっと崩れる。
数秒掛からず、俺と砂とが分離する。
「レトラ様……!?」
覆い被さるベニマルが、形を失くした俺に驚愕して叫んだ。
だが、『思念伝達』に気を回している余裕はない。
《警告。『砂憑依』が解除されました。結界の浄化効果により、魔素流出が進行中です》
意図的に抵抗をやめた俺本体から流れ出ていく魔素量が尋常じゃない。うかうかしていたら『砂操作』に使う分も失ってしまう。俺は即座に魔素の出力先を、砂の操作に割り振った。
さあ来い、『風化』をもたらす災厄の砂。
俺の望みを妨げる、邪魔な結界を溶かし尽くせ……!
"
砂に乗せて解放した俺の怒りは未だ収まる気配を見せず、それどころか。
『
──憎イ
──全テガ憎イ
呪いのように、俺の内側で響く囁き。
それはおぞましいまでの破壊衝動となって、俺を支配しようと押し寄せてくる。
意識が持って行かれそうだ。これが、『
──何モカモ、滅ビテシマエ
経験したことのない急激な魔素消費も相まって、頭が朦朧とする。
災厄の名をほしいままにする理不尽な破滅の砂は、砂の河となって広場を一直線に駆け抜けた。凄まじい濁流が進路上の全てを飲み込む。その中には、俺にとどめを刺そうと広場に入り込んでいたファルムス騎士団の数名と、負傷して蹲る警備兵達も含まれていた。
(『
以前から、危険だとは思っていた。問答無用の風化を行う『
ざああ、と砂は蛇のようにうねりながら宙へ舞い上がる。砂が通り抜けた後の道に残されたものは、地面に蹲った魔物達のみ。騎士達だけがその痕跡を一切残さず、綺麗に姿を消していた。
《告。ユニークスキル『
……そうか、そうだな。
俺の魂に根付いたスキルに誤魔化しは利かない。そこには俺の殺意が正確に反映されていた。俺の世界を壊した邪魔者達を、『
ああそうだ砂になれ。俺は俺の望みを邪魔する全てを許さない。消えてしまえ。結界だけを風化させても、もう一度結界を張られては意味がない。生き残った騎士達が皆を襲うようでは意味がない。俺にはもう、二度目はないのだから。
距離を取ろうが警戒しようが、全てを溶かす砂の猛威を防ぐ術などない。翳された盾ごと二名の騎士を飲み込んで、その足元に横たわっていた騎士の遺体も跡形もなく消し去る。
残りはあと何人だ、異世界人達は騎士団の一部と共に既にここを去ったはずだ、かなりの人数を逃がしてしまった、出来ることなら全員を──
《警告。体内魔素量が急速に減少しています。『砂操作』を維持出来ません、ユニークスキル『
一分かそこらのうちに恐ろしいほどのエネルギーを消費し、まるで酸欠状態のような目眩がする。周りの状況もよくわからなくなっていた。ぼんやりとした意識の中に、ウィズの声が響く。
《告。"
"
……眠い。魔素が足りない。スリープモードになりそうだ。
《警告。依代の獲得に失敗しました。精神体の損傷が進行し、『砂憑依』が実行不可能です。また、体内の魔素残量が一定値を下回りました。ただし現状況下にて
えーと、ヴェルドラが言ってたな……竜種のような精神生命体でも、魔素が全て流れ出てしまうと魂が消滅して……今の人格も消し飛んで、いずれどこかで別人に生まれ変わると。
それは、嫌だな……俺にこの記憶と自我がなかったら、それもう単なる化物だろ。『
消滅するのは嫌だけど……先に通達を、しないと…………
(ウィズ……『思念伝達』を……)
《警告──》
(早くしろ)
眠くてもうそれどころじゃない。問答してる暇はない。
依代が作れない以上、『多重結界』だけでは魔素流出を完全には止められないのだ。もうすぐ全部なくなってしまう。だったら消える前にと、俺は『思念伝達』を発動させる。
『ベニマル……聞こえる?』
『レトラ様……レトラ様!? 御無事ですか、今どちらに!?』
ベニマルが近くにいたはず……そう思って呼び掛けると、やはり返答があった。
何も見えないと思ったら、『魔力感知』が働いてないんだ。容量不足で。
『浄化結界は、消した……騎士団は……どうなった……?』
『連中は撤退を──それより』
『そう、か、じゃあ……奴らを追うな、リムルが戻るまで……怪我人を、頼む、あと……魔法結界の術者を殺すな。それと……』
『レトラ様、そんなことより……!』
眠い、言いたいことがまとまらない。
あとは言っておくこと、なんだっけ。
『…………皆を守れ、なくて……ごめん』
『レトラ様はどこですか!? 御姿が見当たりませんが……!』
『砂……から、抜けて……戻れない…………ねむ、い、……寝る…………』
限界だ。ぐらりと意識に靄が掛かる。もう何も聞こえない。
初めて体験する、本物のスリープモード。
俺は生き延びるだろうか、このまま消滅するだろうか。
まあいいか。この世界で生きられて、俺は充分幸せだった。
ごめんな皆。リムルもごめん。
後は、頼んだ。
※「無駄死にじゃなければいい」いやその……
※次からリムル