転スラ世界に転生して砂になった話   作:黒千

7 / 155
07話 牙狼族

 夜になり、リムルが偵察を命じていた斥候が戻った。軽傷を負ってはいたが全員無事で、彼らが持ち帰ってきた情報によると、牙狼族は今夜中にも村を襲ってくる動きらしい。

 建屋を壊して出来た廃材で篝火を焚き、戦える者が武器を手にして集まる。村を囲む柵はリムルが『粘糸』で補強し、『鋼糸』のトラップも既に仕掛け終わっている。俺は手伝わせてもらえなかったけど…………

 

 って、落ち込んでいる場合じゃない! 

 正面から来るだろう牙狼族達は、リムルとゴブリンの主立った戦力で相手をする。

 俺は他のゴブリン達と一緒に、村の側面や背後の警戒に当たることになっていた。

 

「少しでも牙狼族の姿が見えたら、すぐに皆に知らせて。無理はしないでくれよ」

「はい、レトラ様!」

 

 弓を使えるゴブリンは正面にしか配置出来なかった。

 こちらの警戒班はまだ子供だったり雌ゴブリンだったりと非力な者が多く、もし牙狼族に裏を掻かれると応戦は厳しいかもしれない。弱者を蹴散らしに来たつもりの牙狼族がそこまで策を練ってくるかは疑問だが、用心するに越したことはない。

 

 やがて村の入口付近が騒がしくなり、戦いが始まったことを知る。やはり集団で真っ向から仕掛けてきたようで、ここまでは想定通りだ。

 周りのゴブリン達は不安そうに棍棒を握り、正面側から聞こえてくる騒ぎを気にしている。

 そんな中で、声が上がった。

 

「レトラ様! 牙狼族がこっちへ……!」

 

 俺の方でも、意識的に広げた『魔力感知』に引っ掛かる反応があった。

 "全にして個"であるはずの牙狼族の群れを離れた二匹が、側面から回り込んできている。トラップや弓に正面突破を阻まれてボスへの不信感が募り、統率が乱れたのだろうか。

 念のため村の背後も探るが、他に敵影はない。これならいけそうだ。

 

「落ち着いて、練習通りだ。柵まで来たら俺が動きを止める」

「はい……!」

 

 二匹の牙狼は、村の側面にも糸が張り巡らされていることに気付き、警戒しながら近付いてくる。速度を付けて突っ込んでくるから『鋼糸』の餌食になるのであって、慎重になれば潜り抜けるのはそう難しいことじゃない。ただし慎重になった分、その動きは鈍くなる。

 俺は止まった的目掛けて、『鋼糸』を撃ち出した。命中。ギャンと鳴いた狼が飛び退き、俺を睨んで唸る。もう一撃。矢と違い、糸が細すぎて深手にはならないようだ。

 

 手負いの狼が意を決したように駆け出した。トラップに多少身体を傷付けられようが、俺の撃ち出す糸を紙一重で躱しながら機敏に近付いてくる。そしてとうとう柵へ辿り着き、隙間に頭を捻じ込んで──俺の『粘糸』に絡め取られた。もう前にも後ろにも動けない。

 そこへゴブリン達が棍棒を振り下ろし、手筈通りに一匹を仕留める。

 

「や、やった……!」

「まだだ、下がれ! 飛び越えてくるぞ!」

 

 俺は叫んだ。『魔力感知』で捉えていたもう一匹が、同じように駆け出したと思ったら、柵に縛り付けられ絶命した仲間の身体を踏み台に、高く跳躍したのだ。

 

「ヒッ──うわあああっ!」

「きゃあああ!」

 

 敵の予想外の行動に、棍棒を取り落として叫ぶゴブリン達。

 動き出していた俺は、砂スライムボディに力を込めてぽいんと跳ねた。柵を越え上空からゴブリンに襲い掛かろうとしていた狼を、身体で受け止める。

 

「レトラ様……!」

 

 悲痛な声が上がるけど、俺は転生してからこれまで一度も痛みを感じたことがない。砂だからか、あるいはリムルと同じく『痛覚無効』でも持っているんだろう。衝撃によって身体の形が崩れたが、広がる砂はそのまま空中で牙狼に纏わり付いて、俺が再びスライム姿を整えて地面に着地する頃には全てが終わっていた。

 

《呟。ユニークスキル『渇望者(カワクモノ)』を使用、『風化』及び『吸収』に成功しました。牙狼の構成情報を取得……スキル『超嗅覚、思念伝達、威圧』を獲得しました》

 

 牙狼族のスキル、ゲットだぜ! 

 

「大丈夫?」

「はっ、はい! レトラ様は、お怪我は……?」

「砂だから平気だよ。あ、怪我した? リムルに治してもらわないと」

「い、いえ! 転んだだけです……かすり傷なので……!」

 

 そうか、良かった。

 もう少しだから気を抜かないようにとゴブリン達を励まして、改めて警戒に当たらせる。

 俺も『魔力感知』で索敵を続けたけど、それ以上こっちに近付いてくる気配はなかった。正面の方ももうあまり動きがないようだし、そろそろ決着が付いたかな……? 

 

「レトラ」

「あ、リムル」

 

 やがてリムルがポヨポヨと、リグルドを連れて村の外れにやってきた。

 戦いは終わっていた。ボスを倒して、生き残った牙狼族はリムルに従うと平伏したらしい。今は村の周辺に待機させ、リグル達に見張らせているそうだ。

 

「……さっき、悲鳴が聞こえたんだが?」

「こっちにも牙狼族が来たんだ。でも大丈夫だ、誰もやられてない!」

 

 リグルにも村を守ると言ってしまったし、犠牲者を出したくなかった。

 正面はリムルに任せておけば問題ないので、俺は非常に神経を使う手動の『魔力感知』も出し惜しみせず、任された担当を全力で守った。これは俺、かなりの働きをしたはず! 

 だけど俺のアピールを無視して、ずいとリムルが詰め寄ってくる。

 

「……お前は警戒班だったはずだが?」

「あ、でも二匹だけだったし……」

「……こっちに敵が来たら、すぐ俺に知らせろって言ったよな?」

「リムル怖い……」

 

 ぐいぐい来る威圧感がすごい。

 流石はもうボスを『捕食』済みなだけのことはある……と考えて現実逃避する。

 今回もまた、俺はリムルに認めてもらえなかったみたいだ。

 

 

   ◇

 

 

 まったく、レトラは……ホウレンソウという会社の基本を知らんのか。

 ああ大学生だったな、馴染みは薄いか……

 

『大賢者』のお陰で、戦いの途中で狼二匹がそっちへ行ったことは知っていた。

 だがボスの相手をしなきゃならない俺はあの場を離れられず、結局のところはレトラに任せることになっただろう。洞窟で鍛えられたレトラの方がゴブリン達よりも確実に強いし、実際にレトラは難なく牙狼族を倒してスキルまで獲得していたわけで……

 だけどそれとこれは別だ。レトラにはきちんと警戒班という役割を守って欲しかった。報告を怠ったことで、想定外の事態に適切な対応が出来なくなる可能性だってある。ゴブリン村の守護を引き受けると約束はしたが、そのためにレトラを危険な目に遭わせる気はないのだ。

 ……ううむ、俺が心配性なだけなのか?

 

 

 翌朝、村の広場に全員を集めた。

 ゴブリン達と、俺に従うと言い出した牙狼達に、二人一組のペアを組ませる。

 こいつらに名前がないことを不便に思った俺は、村の再建に取り掛かる前に、全員に名前を付けることにした。何故だか大喜びする連中はゴブリンだけで百名ほど、狼も入れると更に増える。

 まあ、レトラと半分ずつ手分けをすれば…………

 

「俺はやんないよ」

「!?」

 

 レトラに拒否られた。何故だ。

 昨日怒ってしまったから拗ねてるのか? 確かにレトラは頑張ってくれたんだよな……少しくらい褒めてやれば良かったかな? いやでも、調子に乗ってまた無茶をされても困る……

 くっ、反抗期の扱い方がわからん……! 

 

「言っとくけど、二十歳手前で反抗期とかないからな」

「違うのか? じゃあ手伝ってくれても……」

「えーと、名付け親って重要だから……集団のトップが全部名付けするのが理想なんだよ、出来ることなら。派閥なんてない方がいいだろ?」

 

 よくわからんが魔物には名付け親に従うという文化でもあって、手分けをすると俺派とレトラ派が出来てしまうということか? 対立するつもりなど毛頭ないが、集団ではそうもいかなくなるのかもしれない。そんな面倒は起こしたくないし、じゃあここはひとつ、俺が代表ということで名付けを任されてやるか。

 

 列を作らせ、順番に名を与えていく。

 村長は"リグルド"。その息子は"リグル"、戦死したという兄の名を継がせた。

 "ゴブタ"、"ゴブチ"、"ゴブツ"……と些か適当なネーミングセンスだが皆喜んでいるようだ。

 レトラは俺の横でじっと名付けを見守っていたが、名付けに関わらないという意志は固いようで、宣言通り俺を手伝ってくれることはなかった。

 

 ゴブリン全員に名を付け終わり、次は牙狼族。

 新たなリーダーとなった狼、尻尾をぶんぶん振りまくるでかいワンコに"ランガ"と名付けた瞬間……身体から一気に力が抜けるような感覚があり、意識が遠のく。

 な、何だこれ……身体が動かな…………? 

 

《告。体内の魔素残量が一定値を割り込みました。低位活動状態(スリープモード)へと移行します。尚、完全回復の予想時刻は、三日後です》

 

 なんと、名付けとは魔素を消費するものだったらしい。

 一度に大量の名付けをしすぎて、俺は魔素切れを起こしてしまったようだ。

 いや、『大賢者』さん? レトラさん? 君達は、もしかしなくても知ってたんだな? 俺がこうなる前に教えておいてくれても良かったんじゃないかな? 『大賢者』は俺が聞かなかったから言わなかったのだろうし不問にするとして、目が覚めたらレトラには一言文句を言ってやる……! 

 

 そう思っていたのだが……

 三日後、俺は村のボロい建物の中にいて、人間形態を取ったレトラの膝の上で目覚めた。

 

「あ、起きた? おはようリムル」

「レトラ? ……何で人間に?」

「手がないとリムルの世話が出来ないだろ」

 

 レトラは笑い、子供の小さな手で俺を撫でる。

『魔力感知』が切れ、何も見えず何も聞こえなかったのでわかっていなかったが、そういえば、このすべすべした感触がよく俺を撫でていた気がする。あれはレトラだったんだな。

 どうやらずっと俺についていてくれたらしいことを思えば、文句を言う気もなくなってしまった。

 

 まあいいか、こうして俺は回復したのだし。

 じゃあ、村がどうなっているか様子を見に行かないとな。

 

 

 




ステータス
名前:レトラ=テンペスト
種族:砂妖魔(サンドマン)
加護:暴風の紋章
称号:なし
魔法:なし
ユニークスキル:『渇望者(カワクモノ)』『砂工職人(サンドクラフター)』『独白者(ツブヤクモノ)
エクストラスキル:『砂憑依』『魔力感知』『水操作』
獲得スキル:『粘糸、鋼糸』『麻痺吐息』『超音波』『身体装甲』『超嗅覚、思念伝達、威圧』
耐性:物理攻撃耐性、痛覚無効、捕食無効

※書籍に牙狼固有スキルという表記があったため、ボスじゃなくても『超嗅覚、思念伝達、威圧』を持ってておかしくはないはず



▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。