転スラ世界に転生して砂になった話   作:黒千

70 / 155
62話 惨劇の日

 

 西方聖教会の誇る聖騎士団(クルセイダーズ)の長、坂口日向(ヒナタ・サカグチ)

 イングラシアを出た直後、"聖浄化結界(ホーリーフィールド)"に囚われた中で俺はヒナタと戦ったが、アイツは強すぎた。暴走状態で解放した『暴食者(グラトニー)』すらヒナタの『霊子崩壊(ディスインティグレーション)』によって消し去られてしまい、ヒナタと戦っていたのが保険として作り出しておいた『分身体』でなかったら、俺はヒナタに殺されていただろう。それほどヤバイ相手だった。

 

 ヒナタが去ったのを確認して"隠形法"を解き、隠れていた草むらから出る。空間を隔絶させていた結界が消えたことで、影から出て来られずにいたランガとも合流した。

 ヒナタの言葉からすると、俺だけではなくテンペストも西方聖教会の標的にされている。俺が国へ戻ろうとしていたタイミングを狙われたのが痛い、早く帰らなくては……

 

「──リムル様!」

 

 俺の影からソウエイが飛び出して来た。

 護衛としてイングラシアについてきた分身体ではなく、テンペストにいるはずの本体だった。ヒナタ達にやられてソウエイの分身体も消えてしまったから、異変を察して駆け付けて来たのだろうか。

 

「御無事で何よりです、リムル様。緊急事態です」

 

 ソウエイからの報告は驚くべきものだった。西方聖教会の神殿騎士団(テンプルナイツ)によって密かに行われた首都リムルの包囲。ファルムス王国が戦争準備を進めているという事実。

 その事態を受け、俺に帰還要請しようとしていた矢先の出来事だったという。町全体に魔法結界が張られ、俺への通信が繋がらなくなり、広場で何者かが騒ぎを起こしたのは。

 

 ソウエイはレトラの命令で俺の元へ向かっていたが、その途中、レトラの傍に残してきた分身体との接続が切れたのだそうだ。どうやら敵は町に大規模な対魔結界を張る寸前だったらしく、それによって空間が断絶したのが原因だろうとの話だが……まさか、"聖浄化結界(ホーリーフィールド)"か? あんなものを使われては、幹部以上の者ならまだしも、住人達の命に関わる。一刻の猶予もない。急いで町へ向かおう。

 

 

 

 

『空間移動』で、結界に覆われた町の外周部へと転移する。

 町を覆っていたのは大魔法:魔法不能領域(アンチマジックエリア)の他にもう一つ、"聖浄化結界(ホーリーフィールド)"よりも浄化効果の低い、劣化版に当たるという複合結界だった。『大賢者』の解析によれば、内部では魔素が薄くなっているものの濃度にばらつきがあり、俺なら『多重結界』で能力低下も防げるようで、中に入っても問題ないだろう。

 

 ソウエイ達には、町の四方を囲んでいるという陣地の偵察を命じた。一度レトラが出向いた際に位置や戦力の情報は共有されているとのことだが、現状を調べる必要がある。

 それと封印の洞窟のガビルからソーカに連絡が来ており、町の状況がわからずベスター共々心配していたそうだ。ガビル達には、俺が帰還したことと待機の継続を伝令させる。まだドワーフ王国にも説明出来るような段階ではないからな。

 

 町の中へ入ると、リグルドやカイジン達が俺に気付き、急ぎ走って来た。

 俺と連絡が付かなくなったことで相当心配を掛けたようだが、皆が俺の帰りを喜び、リグルドなどは泣き出す始末だ。それでも皆の顔は浮かないもので、安心している場合ではない。

 

 状況を尋ねようとした時、爆音が響く。

 これは、ベニマルの妖気だ。誰かと戦っているのか? 

 町の中心から少し外れた裏路地へ駆け付けると、ゲルド達ハイオーク隊が道を封鎖し、内側ではベニマルと獣人のグルーシスが戦っていた。その背後で見知らぬ美女が蹲り、意識のないヨウムを抱えている。グルーシスはどうやら二人を守ろうとしているようだ。

 

「……そこを退け、グルーシス」

「出来ねぇな。冷静さを欠いた今のお前らに、この女は渡せねーよ……!」

 

 実力の差は歴然だった。ベニマルは刀を抜いていないにも関わらず、襲い掛かるナイフを迸る妖気のみで蒸発させ、左手一本でグルーシスを地面に叩き付ける。

 既に傷だらけだったグルーシスの頭から、新たな鮮血が飛んだ。

 そしてベニマルは倒れたグルーシスの首を鷲掴み、身体を持ち上げる。その激昂は相当なもので、結界の中で尚、怒りの妖気が辺りを揺らめかせる。

 

「舐めるなよ……術者を殺すなとの御命令に、俺が背くわけがないだろう。だが貴様に関しては、邪魔するなら殺すしかなくなるぞ──」

「やめろベニマル!」

 

 俺に気付き、今にもグルーシスを殺してしまわんばかりだったベニマルの妖気が落ち着きを取り戻した。グルーシスを手放し、何があったと問う俺を、町の中央広場へと案内する。

 

 そこには──魔物達が横たえられていた。

 男も女も、子供も、関係なく。

 その全員が息絶えていた。

 

 ……どういうことだ? これは何だ? 

 何故、町の住人達が、血塗れになって動かず……死んでいるんだ? 

 人間達による襲撃があったのだと話すベニマルの声が頭を素通りするような、現実感の無さ。

 俺が、人間を襲うなと命令したから。

 結界で弱体化した魔物達では抵抗出来ずに────

 

「…………ッ」

 

 落ち着け。冷静にならなければ。『大賢者』が止めてくれなければ、目の前が染まるような憤怒に呑まれ、魔法結界の術者であるという女、ミュウランを殺してしまうところだった。

 事情もわからず怒りのままに暴れて何が解決する? まずは何があったのかを知らなければ、何も出来ない。術者を殺すなというのもレトラの命令なのだろうし…………

 

「なあ……レトラはどうしたんだ? 姿が見えないが」

 

 おかしなことに、俺は未だにレトラの妖気を捕捉出来ていなかった。

 レトラがいつも妖気を抑え気味だからと言って、近くにいれば感じ取れるはずなのに。町がこんな事態になっていて、あいつが対応に動かないとは思えない……レトラはどこに行ったんだ? 

 

「リムル様……レトラ様、は……」

「ベニマル殿……!」

 

 何故かリグルドが焦って語気を強める。

 表情を強張らせたベニマルは視線を落とし、絞り出すように続けた。

 

「レトラ様は……結界内で大幅に魔素を消費し、眠りに就かれると……仰せで」

「……リムル様と同様に、御回復なされば良いのですが……」

「あいつ、そんなに無茶をしたのか?」

 

 まったくレトラは、目を離すとすぐこれだ。

 力尽きて眠るほどの無理をするなんて保護者としては頭が痛いが、今は寝かせておいてやろう。一度スリープモードに入ると数日は目覚めないし、後で様子を見に行ってやるとして……本音を言えば早くレトラに会いたいのだが、この非常時だ。盟主としての責任を後回しにするわけにはいかない。

 

「そうか……わかった。まずは町の状況を聞かせてくれ」

 

 俺は動けなくなるほど魔素を消費しても、眠れば回復する。今までずっとそうだった。俺にはそれが当たり前だったから、レトラも同じだろうと思っていて、その報告を軽視した。

 ベニマルが妙に声を張り詰めさせたことも、リグルドが沈痛な面持ちで呟いたことも、いつも皆がレトラを心配してくれているのと同じ反応だと、俺はそう信じて疑わなかったのだ。

 

 

 

 

 事情説明を受けるため、会議室へと場所を移す。

 第三者視点での意見も必要と考え、ブルムンド王国から訪れていた人間の客人達にも参加して貰っている。その中にはブルムンドの商人、ミョルマイルの姿もあった。

 グルーシスやヨウムには回復薬を与え、ミュウランと共に宿で待機させるよう指示してある。ミュウランの処分は一旦保留とし、改めて考えなければならない。

 

 初めの襲撃者は商人を装って現れた人間三名で、騒ぎを起こした彼らは一度取り押さえられたが、直後にやって来たファルムス王国の正規騎士団がそれを糾弾する声を上げた。

 レトラは話し合いを求めたが、騎士団は耳も貸さずに剣を抜き、町は大混乱に見舞われたという。魔物達の弱体化も始まっており、襲撃者と交戦したハクロウやゴブタも例外ではなく……住民の多くは動けず、為す術もないまま、八十名近くが命を落とす惨事となった。

 この町の魔物達は、俺の命令で人間への敵対行動を禁じられている。普段ならば話は違っていただろうが、結界まで張られた状態で、害意ある集団に抵抗するなど不可能だ。

 ただ、その中で……

 

「何だと……レトラが、騎士団を……?」

 

 町で虐殺が始まった後、レトラが麗剣を手に騎士達に応戦したと言うのだ。全てを溶かす砂の剣はただ一突きで人間に致命傷を与え、レトラが一人で葬った人間の数は少なくとも三十名以上に上るという。とても信じられる内容ではなかったが、ベニマル達が言うのなら偽りであるはずもない。

 

「レトラ様は……俺達には、リムル様の命に背くなと、人間を殺すなと仰せでした。御自分だけで……」

 

 レトラが、人間を殺した……

 元人間のあいつが、人間達を殺しただと? 

 俺は、レトラにそこまでさせてしまったのか。

 俺の考えの甘さが、レトラに手を汚させるまでに至ったのだ──

 

 言葉を失う俺に、席に着いていたミョルマイルが発言を求めてきた。

 イングラシアで知り合ったミョルマイルとは何度か飲みに行く機会があったが、フューズの紹介で上位回復薬(ハイポーション)の買い付けにテンペストを訪れた際、直接レトラと交渉したという話を聞かされていた。魔物と取引したのは初めてだが、レトラの理知的な言動と異種族の隔たりを感じさせない実直さに驚いたと。そこには、多少のリップサービスも含まれているのだろうと思っていたが……

 

「レトラ様はワシら商人や冒険者、そして住民達をいち早く避難させるよう指示を出され、あくまで事態の収拾へ向けた対処に努めておいででした。騎士団は対話に応じず凶行に及び……確かにレトラ様は多くの者を手に掛けましたが、それは決して一方的な誹りを受けるべきものではないと存じます」

 

 発言を聞く限り、ミョルマイルはレトラの擁護に回ってくれるつもりのようだ。

 それだけ、奴らの手口は非常識なものだったのだ。

 

 ファルムス王国の騎士団は去り際に、こう宣言したらしい。

『我らが神ルミナスは、人類を脅かす魔物の国など認めぬ! 故に、西方聖教会の助力を受け武力をもって制圧するものなり! 時は今日より一週間の後、指揮官は英傑と誉れ高いエドマリス王その人である! 恭順の意を示すならば良し、さもなくば神の名の下に貴様らを根絶やしにしてくれようぞ!』

 

 ジュラの森に魔国連邦が誕生したことにより、ファルムス王国経由で森を迂回する交易路の価値が激減し、その煽りを受けた奴らにとっては俺達が邪魔となった。ミョルマイルによれば、ファルムス王国はテンペストを支配下に置き、その利権の全てを手に入れようという目論見があるのでは、ということだった。

 

 町を包囲したのが西方聖教会の神殿騎士団(テンプルナイツ)であること、俺がイングラシア近郊でヒナタに襲撃を受けたことなどと合わせて考えても、ファルムス王国と聖教会がグルとなって行動を起こしたのは明白だ。始めの三人も、襲撃の口実を作るための工作員だろうというのが大方の意見だった。

 ファルムス王国は既に魔国へ向けて進軍を開始している、との報告もソウエイから受けている。魔物の国の調査だの何だのと言いながら、初めから結論は決まっていたのだろう。大した茶番だ。

 

「恐らくレトラ様は、今後魔国が人間国家に対してどのような道を選ぼうと……最悪の場合でも、騎士達を殺めた罪が御自身のみのものとなるように、単独で抵抗なさったのでしょうな」

 

 それは……もし俺達がファルムス王国や周辺諸国との衝突を回避しようとした場合……人間達を殺害した責任を、全てレトラが一人でやったことだと言い逃れ可能な余地を残したということか? 

 ふざけるなよ。レトラにそこまでの決断をさせた、その責任は俺にある。

 自分自身への怒りで頭がどうにかなりそうだった。

 

「そのレトラ様も、今は伏せっておいでと聞き及んでおります……お辛い状況とは存じますが、ファルムス王国を迎え撃つのならば協力は惜しみませんぞ」

「俺もやるぜ。最近はずっとこの町を拠点に活動してたんだ、ここがなくなったら困っちまう」

「わ、私も手伝います! 私達はすぐに避難させて貰えましたから、詳しい顛末を見てはいないのですが……領主代理様にどうかお礼をお伝え頂ければ……」

 

 レトラが人間達を殺した事実を隠さず伝えてあるのに、商人や冒険者達の多くは驚くほど俺達に好意的だった。以前からレトラと顔見知りだった者や、騎士団の卑劣なやり方に憤る者、真っ先に客人達の安全確保を促したレトラの対応に感謝を示す者もいた。

 今回の一件は、俺達の味方を申し出てくれた客人達の目には、侵略行為を仕掛けた国とその侵略に抵抗した国──そう映ったようだった。それは彼らが魔物だの人間だのという区別なく、俺達を対等の存在だと捉えてくれていることを意味している。

 

 とても嬉しく、ありがたく思う。だがこれは俺達の問題だ。他国の人々を巻き込むべきではない。

 何よりも、ブルムンド王国の客人達には無事に帰還して貰わなければならなかった。ファルムス王国が彼らの口封じに動く恐れがあり、奴らはその罪まで俺達に被せかねないからだ。

 テンペストを訪れていた客人達は総勢百名ほどで、全員の出発準備が整ったのを確認すると、俺は『空間移動』にてブルムンド郊外へと直接空間を繋げ、客人達を送り出したのだった。

 

 

 

 

 続いて怪我人の様子を見に、病院代わりの建物へ向かった。

 町に商品として運び込まれていた回復薬の在庫を治療に回しており、ほとんどの者の手当ては済んでいるようだ。被害を受けた魔物達にはゆっくり心身を休めるよう告げ、俺は奥の部屋へ入る。

 

「リムル様! お戻りだったのですね……!」

「ご無事で安心しましただ、リムル様……」

 

 ずっと働き詰めだったのだろう、シュナとクロベエが俺を見るなり安堵するように……しかしまだ緊張を緩められずにいるような、疲労と不安の混ざった複雑な表情を浮かべる。

 部屋のベッドにはハクロウとゴブタが寝かされており、大きな切り傷からは血が滲んでいた。どうやら二人に傷を負わせた者は"空間属性"の能力を持っていたようで、傷自体が治癒魔法や回復薬による干渉を受け付けない状態となっており、自然治癒に頼らねばならないらしい。

 

 だが"空間属性"の上位精霊を解析済みである俺ならば、対処出来るはずだ。

『大賢者』は俺の期待に見事に応え、二人に影響を及ぼしていた"空間属性"は『暴食者(グラトニー)』によって『捕食』された。俺の回復薬を振り掛けてやると、ハクロウは驚きつつも傷の癒えた身体を起こし、意識のなかったゴブタも回復して飛び起きた。

 

 これで一安心、と言いたいが──とうとう、俺は気になっていた疑念を口に出す。

 怪我人が集められたというこの建物にもレトラはいなかった。それに、シオンの姿も見当たらない。レトラが眠っていると言うから俺はてっきり、スリープモードのレトラにシオンが付いてくれているものだと思っていたのに…………何故いない? 二人はどこへ行った? 

 

 俺の問いに答える者はいなかった。

 俯いて涙を堪えるシュナの様子に、胸騒ぎは増すばかりだ。

 俺を建物へ案内してきたベニマルやリグルドもしばらく沈黙を続けていたが……やがて静かに、口を開いた。

 

「……シオンは、こっちです。付いて来てください」

 

 

 

 

 町の住人達が安置されている中央広場。

 その隅に、白い布を掛けられて、シオンは横たわっていた。

 身体を貫く剣の傷跡。衣服を染める赤。

 

 嘘……だよな? 

 信じられない。信じたくない。どうして。

 こんなことが、起こっていいはずがない…………

 

 立ち尽くす俺の足元で、同じように横たわるゴブゾウを見付けたゴブタが泣いている。

 ゴブタの部下で、ゴブリンライダーの一員で、どこか間抜けな感じのするヤツだった。ゴブゾウはシュナを守って襲撃者に立ち向かい、その命を奪われたのだ。

 そして、シオンは。

 

「シオンは、レトラ様を庇って…………」

 

 魔物を弱体化させる結界の中、現れた神殿騎士達は更に強力な浄化結界でベニマル達を捕縛したらしい。重ね掛けされた結界の効果は高く、レトラでさえ身動きが取れなくなるほどだったと。

 

 襲撃者は、レトラの手足を順に切り落として──

 とどめを刺そうとした騎士の剣から、シオンがレトラを庇い──

 結界の中で重傷を負いながらも騎士達に立ち向かったシオンは、そのまま──

 

 伝え聞いただけで、理性の箍が弾け飛びそうになる。

 息が苦しい。俺には必要ないはずの呼吸を押し殺すように身を強張らせ、どうにか感情の発露を抑え込む。そうしなければ、心の内から暴力的な衝動が溢れ出しそうだった。

 

「…………じゃあ……レトラは、どこだ…………?」

 

 シオンがレトラを庇って命を落としたなら……そのレトラは? 

 魔素を使い過ぎて、眠ってるって言ったよな? どこにいるんだ? 

 

 やはり皆の口は重い。

 思えば、初めからずっと様子がおかしかったのだ。

 誰もが俺を気遣っているような、何かに耐えるような、苦悩と苦痛の表情で…………

 もういい。わかったから、教えてくれ。俺に聞かせたくないのだとしても、ずっと隠したままにしておけるものでもないだろうに。聞きたくなくとも、聞かなければならないことだった。

 

 

 




※次話は今夜中に更新出来そうだったので、しました



▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。