転スラ世界に転生して砂になった話   作:黒千

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64話 魔女の処罰、そして

 

 実はエレンは、魔導王朝サリオンの貴族のお嬢様だったらしい。

 冒険者に憧れて国を飛び出し、カバルとギドはその護衛としてついて来たそうなのだが……三人とも気を許し合いながら、命を預ける仲間として互いを認めている、強い絆が感じられた。羨ましい関係だ。

 

 竜皇女のお伽噺はサリオンでも一部の者しか知らないことで、エレンがそれを俺に伝えたという事実は、サリオンの情報部にすぐにバレてしまうだろうという話だった。

 恐らく自分は国に連れ戻されるだろうが、それまではここに残って結末を見届けたい──

 そう言ったエレンを、俺は歓迎する。覚悟の上で俺に情報をくれたエレンが連行されるようなことになれば、俺も可能な限りの助けになってやりたい。

 

 

 

 

 再び俺は一人、皆の眠る広場に立つ。

 希望が見えてきた。後は実行するだけだ。

 俺は魔王へ進化するための"魔王種"とやらを獲得済みだったようで、『大賢者』の見立てによれば、後は人間の魂一万人分以上が必要な養分なのだと言う。

 つまり、それだけの人間達を殺す必要があるということだが……

 

 その時、手首に巻いた『粘鋼糸』を伝ってソウエイから連絡が入った。結界の外と内でも『思念伝達』が行えるよう俺の『粘鋼糸』を電話線代わりに繋いでいたのだが、この三日間、全く応答してやれていなかった。ようやく俺が返事をするとソウエイは安堵した様子だ。悪いことをしてしまったな。

 

 報告では、現在町の四方に張られた陣のそれぞれで、配置に就いた神殿騎士達が術を発動させており、残りの騎士がそれを警護しているという状況だった。レトラが壊したという魔法装置は、作動している様子は無し。大掛かりな装置のため、全てを修復するのも別の装置を用意するのも難しいのだろう。

 そしてトレイニーさんからも、テンペストへ向かって侵攻中の、ファルムス王国と西方聖教会の連合軍を確認したという報せがあったそうだ。その数、およそ二万人。

 そうか、二万人……良かった。それなら充分足りそうだ。

 

 ソウエイ達にはそのまま周辺の警戒を続けるようにと命じた。

 俺はシオン達の魂が拡散する危険性を下げるため、『解析鑑定』で習得済みの大魔法:魔法不能領域(アンチマジックエリア)を改変した結界で、町を強固に覆う。驚くほどの魔素を消費したが問題はない。

 三つ目の結界に気付き、リグルドとベニマルが俺の元へ駆けて来た。

 心配ないと告げ、会議室に皆を集めるようリグルドに指示する。内容は今後の方針とシオン達の蘇生について。一瞬、涙ぐんだリグルドが勢い込んでその場を走り去った後、俺はベニマルを伴ってヨウム達が待機する宿へと向かった。

 

 

 

 

 宿の二階に位置する部屋に、俺とベニマル、ミュウラン、そしてヨウムとグルーシス。

 ミュウランは俺に問われるまま、己が魔王クレイマンの配下であり、テンペストの調査を命じられヨウム一行を利用して町へ潜入、クレイマンの指示で魔法結界を張ったという真相を語った。

 魔法結界内において魔導師(ウィザード)は何の力も持たないことも、配下を道具程度にしか思っていないクレイマンが、既に自分を見捨てていることも。

 

 魔王クレイマン。以前ミリムが話していた魔王の内の一人だ。

 クレイマンは魔国連邦とファルムス王国の間で戦争が起きることを望んでいたらしく、俺達が他国に助けを求められないように魔法通信を妨害する結界を張らせたのだろう。企みが好きで暗躍が得意な魔王という厄介な印象は持っていたが、報いを受けさせねばならない相手が増えたようである。

 

 まずはミュウランへの処罰が先だ。

 数百年前、森に住む魔女だったミュウランは、クレイマンの配下となる取引に応じ魔人として生まれ変わった。しかし同時に心臓に施された秘術によって自由を失い、それ以来ずっとクレイマンに逆らう術がなかったという事情はわかった。だが……

 

「やってくれたなミュウラン。お前のお陰で、俺の仲間は窮地に陥り……レトラも行方不明のままだ」

 

 俺は冷たくミュウランを見据え、そう言い捨てる。

 ベッドに腰を下ろしたミュウランは全てを受け入れた表情で、腹は決まっているのだろう。

 脇へ下がらせていたヨウムが、必死の剣幕で俺に訴える。

 

「旦那! 町のことも、レトラさんのことも聞いた……その責任には俺にもある! 町を守らなきゃいけねえなら、レトラさんは俺達ごとミュウランを切り捨てても良かったはずなんだ! だけどあの人は、俺達のことも見捨てなかったんだよ……!」

 

 レトラは早いうちから、ミュウランが力ある魔人だということに気付いていたようだった。怪しい者がいるなら悠長に泳がせてなどおかずに、目的を追及するのが正しい選択だっただろう。その正当性はレトラにあり、町を守ろうとする行動はヨウム達にも非難されることではない。だがレトラはそれをせず……ヨウムの仲間であるミュウランに猶予を与えるという選択をしたのだ。

 

「レトラさんは、全て自分の判断だと、全て自分の所為だって言ったんだ! そんなわけねぇってのに、俺は、その言葉に甘えるだけで……何も出来てやしねえ、ミュウランも止められなかった……俺も一緒に一生を掛けて償うから、だから……!」

 

 ああそうだなヨウム、その通りだ。

 俺がずっと国を留守にしている間、あいつがどれだけのものを背負って決断し続けてきたか──何度思い返してみても、自分の不甲斐なさに怒りが噴き出しそうになる。

 

「わかってるさ。町がこんなことになったのも、レトラがいなくなったのも……その責任は俺にある。だからこそ、ケジメは俺の手で付ける……ミュウラン、お前には死んで貰う」

 

 俺は椅子から立ち上がる。俺の本気を察したグルーシスが『獣身化』し向かって来るも、素早く俺の前に出たベニマルによって容易く阻まれ、組み伏せられた。

 ヨウムはミュウランを連れて逃げようとするが、ミュウランにその意志はなかった。ヨウムの頬に触れ、その唇を塞ぎ、微笑み掛ける。

 

「好きだったわヨウム。今度は悪い女に騙されないようにね」

 

 良い覚悟だ。稀に見るいい女である。

 俺は『粘鋼糸』でヨウムの動きを止めると、ミュウランに歩み寄った。

 ヨウムやグルーシスが制止の叫びを上げる中、俺は迷いなくミュウランの胸を手刀で貫く──

 

 ……よし、成功したようだな。

 俺はミュウランの胸から手刀を抜いた。

 ミュウランはキョトンとして、無事なままの自分の身体を見下ろしている。

 

「え……あの、私……何で生きて……」

「ああうん、三秒ほどは死んだんじゃない?」

 

 魔王クレイマンがミュウランに施したという秘術、"支配の心臓(マリオネットハート)"。

 対象者に仮初の心臓を埋め込み力を与えはするが、本物の心臓を奪うことで相手の反逆を封じ、従わせる呪いだ。ミュウランの中にあった仮初の心臓からは、暗号化された電気信号が発生していた。クレイマンはこれを読み取り、常にミュウランの動向を盗聴していたのだ。

 

 俺がそれに気付いたのは、先ほど町に第三の結界を張った時。結界に反応する不明な波長が検出されたと『大賢者』が言うので解析させた結果、それがわかった。そこで、クレイマンに聞かれていることを承知の上で芝居を打ち、俺がミュウランを殺したように見せかけたというわけだ。

 俺の手には、ミュウランの身体から取り出した仮初の心臓が握られていた。今は俺が代わりに作った"擬似心臓"がミュウランの中で鼓動を刻んでいる。ミュウランの呪いは解けたのだ。

 

 長い間苦しめられてきた呪いが突然消えたと言われて戸惑うのも当然だが、徐々に事態が飲み込めてきたのか、ミュウランの強張った表情から少しずつ力が抜けていく。それを見たヨウムも、まるで自分のことのように嬉しそうにしていた。

 

「ヨウム。レトラはお前の所為じゃないと言ったそうだが……それは本当だったんだよ。レトラがミュウランの正体に気付いていながらそれを黙認したのは、この心臓が原因だったんだ」

 

 正体不明の魔人をすぐに殺すまでには至らなくとも、せめてレトラはミュウランを尋問するべきだった。それをしなかったのは手落ちとしか言えないが……俺はレトラが意味もなくそんなミスをするとは思えない。そこには何か理由があったはずだ。

 

「レトラはきっと、ミュウランが弱みを握られて動いていて、行動を監視されていることにも気付いたんだ。下手に正体を暴けば、間違いなくミュウランが始末されると踏んで……ミュウランの背後関係を探る狙いがあったのかもしれないが、行動を起こすまではと放置することを決めたんだろう」

「レトラさんは、俺にはそんなこと一言も……」

「お前がミュウランの人質であることも、レトラは察していたんだろうな」

「え……」

 

 ヨウムがミュウランを説得したところで、ヨウムの命を盾に取られているミュウランには意味がない。苦しむだけだ。だからレトラはヨウムを関わらせないようにと考えたんだろう。全て俺の憶測だが、そうでもなけりゃあいつの行動は辻褄が合わないのだ。

 

 唖然としてミュウランを見つめるヨウムと、大切な人を守りたかっただけ、と呟いたミュウランが何だか良い感じの空気になってしまい、こんな状況でなければ祝福してやりたいところなのだが……まだその時ではない。

 これから行う会議に参加して欲しいと告げると、三人からはすぐに快く返事が来た。ヨウムなどは、出来ることがあれば何でも協力させてくれと張り切っている。よし、その言葉は忘れずにいて貰おうか。俺ってこんなに打算的だったかな……

 

「なあ旦那……その、レトラさんの居場所は……まだわからねぇのか?」

 

 言い辛そうに、ヨウムが俺に問い掛ける。ミュウランもグルーシスも、レトラとは仲良くしてくれていたそうで、レトラが力尽きて消えたと聞いて神妙な面持ちだ。

 ベニマルもレトラが安否不明のままでは気が気でないだろう。やはりその顔は、レトラを守り切れなかったという後悔と苦渋に満ちている。

 

「悔しいが、居場所は俺にもわからない。ただ、レトラはそう簡単に消滅するような奴じゃないと俺は思ってる。心配だがあいつは強い、きっと何とかしてここに戻ってくるはずだ。俺はレトラを信じて待つ」

「リムル様……」

 

 それは確かに俺の本心なのだが、頭の片隅からはどうしても嫌な想像が消えなかった。

 信じていてもこんなに怖い。これはきついな。何でレトラは、いつも俺や皆のことを信じ切った顔をして、どうやってあんなにキラキラしてるんだろうな…………

 

《告──緊急報告》

 

 突然、俺の意識に割り込むように、『大賢者』が告げる。

 

《個体名:レトラ=テンペストの魔力による、空間干渉を感知しました》

「……!」

 

 それは、俺の待ち望んでいた報告だった。

 レトラが見付かるまで捜せという俺の命令を、『大賢者』は忠実に守っていたのだ。

 しかし、空間干渉だと? 今までレトラが見付からなかったのは、存在が消滅したからではなく、この結界内にはいなかったという意味なのか? この中では『影移動』も『空間移動』も使えないはずなのに、一体…………

 

《解。個体名:レトラ=テンペストは、恐らく独自の接続手段を用いて──》

(いや待て、それは後でいい、レトラはどこだ!?)

《同個体の依代となる、砂状物質の元に出現すると予測されます》

 

 レトラの砂の多くは今、俺の部屋にある。

 ベニマル、ミュウラン……『魔力感知』を使える者達も、その微かな異変に気付いたようだ。

 

「リムル様──まさか!?」

「ベニマル、先に会議室へ行ってろ! すぐに連れて行く!」

 

 

 

 

 

 宿を飛び出し、俺は執務館へと急ぐ。

 勢い良く駆け込んだ自室には、パキ、パキ、と奇妙な音が響いていた。

 部屋係にはそのままにしておくよう言い付けてある、ベッドに積もった大量の砂。何かが割れるような、ヒビの入るような音は、その辺りから聞こえてくる。

 

 パキン、と澄んだ音と共に、ベッドの上の空間にはっきりと亀裂が入った。

 幾筋ものひび割れが、甲高い音を立てながら空中を走る。

 やがて、割れた空間の向こうから光を弾く粒子が溢れ出し、ベールのように降り注いだそれが消えた後には──砂山の上に横たわる、亜麻色の髪をした子供が出現していたのだった。

 

「レトラ!」

 

 ベッドに飛び乗り、レトラを抱き起こす。

 鼓動も呼吸も持たない砂であるレトラの存在を確かめるには、起きて貰うしかないのだ。

 幸いにも、ほんの少し揺さぶっただけで、その琥珀色が目を覚ます。

 

「う……ん…………リムル?」

「レトラ……!」

 

 起きた。ああ、生きてる。レトラが生きてる。本当に戻って来た。

 思わず加減を忘れて乱暴に抱き締めると、レトラが「うぐぁ」と困惑を漏らす。突然のことで何が何やらわかっていないのだろうが、俺もそれどころではなかった。

 

「悪かった、レトラ。辛い思いをさせた、今回の出来事は俺に全ての責任がある」

「……あ……リムル…………」

 

 俺の言葉に事態を思い出したか、腕の中でレトラが震え出す。

 やはり、そうだよな。辛いだろう。とても耐えられるものじゃなかったはずだ。

 

「俺……皆を……シオンを、死なせて…………」

「違う、レトラ、聞いてくれ。俺のすべきことを全てお前に押し付けて、本当に済まなかった。その中でお前は全力を尽くしてくれた……シオン達の蘇生方法もわかったんだ、きっと上手く行く……お前がシオン達の魂を守ってくれなければ不可能だった、ありがとうレトラ。お前が戻って来てくれて良かった……ありがとう……」

 

 起こったことはお前の所為じゃない。一人で抱え込まなくていい。

 あれだけ絶望的な状況で、それでもレトラは諦めずに希望を繋いでくれたのだ。

 その上消えずに戻って来てくれて、俺がどれだけ救われたか。

 頼む、伝わってくれ。

 

 気にするな、だなんて到底無理なことはわかっている。

 こんなもんではレトラは絶対に納得していないだろうが、それでも、俺のコートを固く握り締め、何も言わずに俺に抱き締められていた身体の震えが、次第に収まっていくのがわかった。

 少しの間、レトラが落ち着くまで待ってから身を離す。

 

「レトラ……身体は大丈夫か? 町には結界が張られたままだが、調子は悪くないか?」

「結界で少し身体が重いけど……他は平気だよ」

 

 依代を失い、魔素が底を突きかけてから今までずっとレトラは意識がなかったようで、どうやら『言承者(コタエルモノ)』が全ての処置をしてくれたらしい。損傷した精神体は修復が必要だったらしいが、魂だけは守り通したため、記憶や自我にも影響はないそうだ。魂に直接記憶する精神生命体だからこそ、無事に戻って来られたとも言えるだろう。本当に良かった。

 

「今から会議なんだ。目覚めたばかりで悪いが、お前も来てくれ」

「うん、行くよ…………んん?」

 

 そこでレトラは、砂に埋もれた俺のベッドに気付いて妙な顔をした。

 結局、全ての壺を空にして追加された砂は広いベッドでも受け止めきれない量となり、周りの床にまで派手に零れ落ちているという有様だった。布団もシーツも酷いことになっている。

 

「ああ、それな、広場に残ってた砂を皆が集めといてくれたんだ。使うだろ?」

「使うけど……俺が聞きたいのはそこじゃなくてね?」

 

 いいだろ別に、細かいことは。

 何とかなるかと尋ねると、レトラは『渇望者(カワクモノ)』だけは使えると言って砂まみれのベッドを丸ごと『風化』させ、そこにあった砂の全てを『吸収』したが、ベッドの復元は『砂工職人(サンドクラフター)』が使えるようになったらと言われてしまった。まあいい、ベッドなど重要ではない。

 

 思い掛けない……いや、最高のタイミングでレトラが復帰してくれたのだ。

 皆が待っている。早く会議室に向かうとしよう。

 

 

 




※どうやって生き延びたかは次回サラッとやります
※次話は一週間後の3/31更新予定



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