転スラ世界に転生して砂になった話   作:黒千

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65話 帰還~決意

 

 会議室の扉を開ける。

 そこには各幹部やエレン達の他、ベニマルやヨウム達も揃っていた。

 すまん遅くなったと室内へ入る俺の後ろをついてくる──その存在に皆はもう勘付いていて、俺の思う以上に会議室は期待と焦燥で張り詰めていたのだ。

 現れたレトラの姿を認識すると同時に、それは一斉に爆発した。

 

「──レトラ様ッ!!」

「うおぉ」

 

 俺の背後でレトラがビビり声を上げたのも無理はない。

 椅子を蹴倒さんばかりの総立ちの出迎えは、俺もつい動きを止めてしまうほどの迫力だった。

 

「お、おはよう、皆……ただいま……」

「レトラ様、よくぞ……よくぞお戻りに……!」

「ご、ごめんリグルド、魔素が足りなくて寝てたんだ……って俺、一応寝るって言ったよなベニマル?」

「あれで心配するなって方が無理です。とにかく、御無事で何よりでした……」

 

 ベニマルが大きく息を吐き、リグルドはもう隠しもせずに号泣している。

 シュナも涙ぐみ、しかし心から安堵しているとわかる笑みを浮かべた。

 

「レトラ様、お帰りなさいませ。本当に御無事で良かった……依代を失ったと聞き案じておりましたが、今までどちらでお眠りに……?」

 

 依代が無いまま結界の中で眠っては、レトラが消滅していたのは事実だったのだ。

 町に張られた結界によって空間が閉ざされ、お馴染みの影空間へ逃げることも不可能という状態で、では一体どうしたのかと言うと。

 

「俺が砂を溜めてる亜空間に入ってたんだよ。結界の効果もそこまでは届かなかったから」

 

 それは、レトラのユニークスキル『渇望者(カワクモノ)』の持つ亜空間。

 固有の亜空間に砂を出し入れする『吸収、放出』が問題なく機能したということは──そこには、結界の影響を受けず、現世との接続が可能な亜空間が存在することを意味していた。

 

 それを見抜き、亜空間への避難というファインプレーをしたのがレトラの先生、『言承者(コタエルモノ)』だ。

 ただしそれは俺の『胃袋』に自分自身を押し込めるようなムチャクチャな方法で、本来起点となる自分が内部に入ってしまえば、戻るべき座標を捉えられずに亜空間から出られなくなる危険性もあったらしい。

 そこで、『言承者(コタエルモノ)』は驚きの行動に出た。残り少ないレトラの魔素を敢えて消費し、『影移動』を『砂移動』へと進化させ、レトラの砂を座標捕捉の道標とすることで空間移動を実現させたのだ。

 

 ついさっき『言承者(コタエルモノ)』から事のあらましを聞いたレトラが、それを俺にも教えてくれたのだが……聞けば聞くほど先生のお陰である。スリープモードに陥るほどに魔素が枯渇していながら、大胆にして的確な判断で一切のミス無くレトラを守り切り、現世へ戻してくれた『言承者(コタエルモノ)』には感謝しかない。レトラに優秀な先生がついていてくれて良かった…………

 

 無事にレトラが復活し、皆の憂いも半分ほど解消されただろう。

 しばらくの間続いていた騒ぎも収まり、俺とレトラは並んで用意されていた席に着く。

 さて、会議を始めるとしようか。

 

 

 

 

 まずは皆が人間達をどう思っているかを聞く。

 卑怯な手を使って襲撃してきた人間達が許せない、今まで通り人間と接する自信がない、という意見は当然多かった。だが人間の中にも今まで協力関係を築いてきたヨウム達、俺達を心配して駆け付けてくれたエレン達、魔国の味方になってくれると言った冒険者や商人達がいる、人間だからと一括りにすべきではないという声もあり、皆これからの人間達との付き合いを真面目に考えてくれていた。

 様々な意見が交わされた後、聞いてくれと注目を俺に集める。

 

「俺とレトラは、元人間の"転生者"だ」

 

 中には知っている者もいたはずだが、大半の者が驚いた顔をする。

 俺が人間と仲良くしようと考えたのも、前世が人間だったから。そんな甘い認識が今回の事態を引き起こしてしまったのだと、詫びておかなくてはならなかった。

 皆に打ち明けてもいいかと、レトラには確認を取ってある。嫌がる素振りはなかったが、覚悟はしておけよと釘を刺したら、「皆に嫌われたら生きていけない」と暗い顔で呟いていた。

 

 そんな心配を余所に、皆はあっさりと俺達の前世の秘密をスルーした。

 魔物だろうと人間だろうと俺とレトラが主であることに変わりはない、今回の件は自分達にも油断と甘えがあって招いてしまったことだと、全員がそう強く主張してくれたのだ。

 最悪、裏切り者だと非難されるかもしれないと身構えてたってのにな。

 

 そして、今後の人間達への振る舞いをどうするかについてだが……

 その前に一つ、この場で確認しておかねばならないことがある。

 

「レトラ。お前……人間達を殺したそうだな」

「ああ。殺したよ」

 

 結果としてはレトラ一人が俺の方針に背いたわけだが、それを咎めるつもりは毛頭ない。大体いつだったか、やられる前にやれとレトラに教えたのも俺なのだから。

 だがこれで、レトラは元同族である人間殺しの業を背負ったことになる。

 室内は静まり返り、魔物も人間も、皆じっと俺達のやり取りに集中していた。

 

「お前にそんなことが出来るとは思ってなかった。何故、騎士達を殺した?」

「必要だと思ったから。町の皆を手に掛けた連中が許せなかった……何もかも遅かったけど、あれ以上誰も殺されたくなかったから殺した。人間達を殺したのは俺の意志だ」

 

 レトラの声は落ち着いていた。

 元人間であるレトラが、人間に対して起こした殺戮。

 状況に流されて我を忘れたのではなく、自ら選んでそうしたと言っているのだ。

 

「レトラ、お前の意見を聞いてなかったな。お前は人間をどう思ってる?」

「俺は……元人間だから、人間にも悪人がいるのはわかってた。でも、もちろん全員がそうじゃないことも知ってる。今回のことがあっても、俺は人間を嫌いにはなれないし、…………」

「いいよ、正直に言え。お前の考えが聞きたい」

 

 言葉を切ってしまったレトラに、続きを促す。

 可能かどうかはともかく、どうしたいかという考えを表に出すのは大事なことだ。

 

「魔物に生まれ変わった俺でもカバル達やヨウム達と仲良くなれたみたいに、俺達を信用してくれる人はきっと大勢いるはずで……そういう人達との関わりまで、諦めたいとは思わない……俺が、まだ、人間と仲良くしたいと思って許されるかどうか、わからないけど」

 

 苦しげに、レトラが言葉を吐き出す。

 俺やレトラが生きていた社会の倫理観からすれば、やられたからとやり返すのは罪となる。仲間の命を守るためであっても、相手を殺すという行為はやはり人殺しに当たるのだ。

 前世の法がこの世に適用されないことはわかっていても、前世の記憶と精神を持って生まれた以上、レトラはそれを意識せずにはいられないだろう。人間を殺した身で人間との調和を望むことに、後ろ暗さを感じるのも無理はなかった。

 

「レトラさん……あの、あのねぇ……」

 

 部屋の後方でエレンが声を上げた。エレンは会議に口を挟んでしまったことに尻込みするように口籠ったが、俺が発言を許可すると、魔物達の視線を受けながら言う。

 

「私は……人間側の立場として……こんなに酷いことした人間を、嫌いにならないで欲しいなんて言えないけど……私はこれからも、レトラさん達と仲良くしていきたいと思うのよぅ……」

 

 エレン達だけではない。町を訪れていた多くの人間達が、俺達に理解を示してくれた。それは彼らが俺達を魔物としてではなく、自分達の仲間だと思ってくれていたということ。

 そんな信頼関係を築き上げることが出来たのは、俺の留守中、この町で日々人間達との交流に取り組んでくれた、レトラや皆の努力があったからだ。それは魔物と人間が分かり合うことは可能であるという、確かな証明となるのだ。

 

「レトラ、どんな理由があっても、お前の中で人間達を殺した事実が消えることはないだろう。思うところがあるなら捨てずに抱えておけ、全てお前のものだ。だが、お前がこれまで積み上げてきた信頼は間違いなく俺達の支えとなるし、これからもそうだ。それに、お前が行動したことで救われた命は確かにあるんだよ……それも決して忘れるな。ありがとう、レトラ」

 

 無言で頷き、レトラは俯く。

 レトラは自分に厳しすぎるからな。責任は全員にあるとどれだけ言い聞かされようが、恐らくこいつは町に悲劇を招いた意識も、元同族である人間を殺した罪も、残らず背負って苦しみ続けるだろう。だからこそ、この場に集った者達には、レトラの覚悟を知っておいて欲しかった。

 

「では──今後の人間達へ対応について、俺の考えを述べる」

 

 俺は魔王になると決めた。

 今の段階ではまだ人間達と手を結ぶのは時期尚早だ。まずは他国へ向けて広く俺達の在り方を知らしめ、人類にとって無視出来ない存在としての地位を確立させる。武力を用いた交渉は不利だと分からせると同時に、他の魔王に対しての牽制も行い、人類の盾としての役割も担うのだ。

 俺達を知った者が友誼を望むのなら歓迎し、敵対するのなら断固として戦う。そして長い時間を掛けて、ゆっくりと友好的な関係を築いていきたい。これが俺の考えだ。

 

 甘い理想論だとカイジンに笑われたが、俺らしいとも言ってくれた。

 皆も次々と、俺の我侭に付き合ってくれると、賛同を示してくれたのである。

 

 

 

 

 

 相手に対して鏡のように接する。

 この決定に従って、現在テンペストへ向かって侵攻中のファルムス王国と西方聖教会の連合軍二万は迎え撃つ。降伏? 和睦? 論外だ、俺達に手を出した報いは受けて貰う。

 魔王へ進化するために必要な儀式として、連合軍は俺が一人で殲滅する。本当は一人で一万人分の魂を狩る必要はないらしいが、それでは俺の怒りが収まらない。今後一切の甘えを自分に許さないために、俺一人で片付けると決めたのだ。

 

 俺が二万の軍を相手にする間、選抜した者達には、町の周囲で複合結界を発生させている四つの陣を攻め落とす役目を任せる。東方をベニマル。西方をハクロウ、リグル、ゴブタ、ゲルド。南方をガビルとその配下達。北方をソウエイ達という分担で、同時に襲撃を掛ける作戦だ。

 レトラが魔法装置を壊しただけでは妨害し切れず、神殿騎士のみでも結界を張ったと言うからには、一人たりとも生かしてはおけない。

 

「お前達の任務は、四つの陣の戦力の殲滅と、念のための魔法装置の破壊だ」

「ハッ!」

 

 翌日、結界を抜けるメンバーと見送りのレトラを連れて、町の外周までやってきた。

 俺が一人で出向くことに最後まで渋っていたのはレトラだったが、俺の決意が固いことを知ると、何か言いたげな顔ではあったが納得してくれた。町に残るレトラには回復した魔素で結界内への魔素補充を、シュナやミュウランには魂の拡散を防ぐ結界の強化を頼んでいる。

 

「皆、気を付けて。必ず帰って来てくれよ」

「心配は御無用です。お任せ下さい」

「はい、レトラ様。必ずや御身の元に……」

「御意。どうか今暫くの御待ちを」

 

 レトラの言葉に、ベニマルやリグル、ゲルドが力強く頷く。

 封印の洞窟で待機させていたガビルにはソウエイを通じて連絡を取っており、両部隊共に作戦へ向けて準備を整えているそうだ。

 

「ゴブタも、ハクロウも。頼んだよ」

「了解っす! 今度は油断しないっすよ!」

「左様。愚か者には相応の報いを与えてくれましょうぞ」

 

 ハクロウの静かな口調の裏側に、余りにも冷たく整えられた殺気。

 うん……とレトラは気圧された様子だが、周りの者はハクロウに同調するように険しい顔だ。まあ俺だって、目の前でレトラが達磨にされたら相手を八つ裂きにする。想像しないでおこう、キレそうだ。

 

 俺の魔力で結界の一部をこじ開け、皆を外に出す。

 それぞれの担当方面へ散っていく姿を見送り、その場には俺とレトラが残された。

 俺も出発しなければならないが、どうしても一つ、胸に引っ掛かっていることがある。

 

「なあレトラ」

「リムル?」

「もし俺が……進化に失敗して…………」

 

 そう言い掛けて唇を噛む。

 既に先ほど、ベニマルには話をしておいた。

 俺が理性のない化物になってしまった時は、速やかに処分するようにと。

 だが、俺が"黒炎獄(ヘルフレア)"でも死ねなければ、その時はもうレトラの『風化』に頼るしかない。他にも方法はあるかもしれないが、俺を葬るまでに多くの犠牲が出るだろう。そんなことは望んでいない。被害を出さずに済ませるためには、レトラにこそ俺の後始末を頼むべきなのだが……

 

 夜中、シオン達に会いたいと言うレトラと共に向かった中央広場で、レトラはシオンの傍に蹲って泣いていた。冷たくなって横たわる、守ることが出来なかった者達──しかもシオンは、自分を庇ったことで命を落としたのだ。レトラにとっては心を裂かれるような地獄の苦しみだろう。

 

 シオン達を失い、人間達を殺し、これほど傷付いたレトラに。

 今度は俺まで殺せと頼むのか。とんでもない兄貴だ。

 続きを口に出せず、視線を落として沈黙する俺を、レトラが見つめていた。

 

「……失敗しないと思うよ」

「……何?」

「進化ってある程度、本人の願いに左右される部分があるみたいだから……リムルは、シオン達を生き返らせるっていう強い目的があって進化に臨むんだし、大丈夫じゃないかな」

 

 これはいつもの、レトラの謎の自信か。

 本人はそれなりの根拠を述べたつもりだろうが、結局は精神論にしかなっていない。それで上手く行くなら良いとは思うが、俺はレトラほど楽観的ではいられないのだ。

 

「現実はそう甘くないぞ。世の中に絶対なんてないんだ」

「ああ知ってる。それは俺も思い知ったけど……進化に限った話なら、外的要因ってそうそう関わってこないと思うんだ。どうなるかはリムル次第ってことに持ち込めるなら……」

 

 顔を近付け、じっくりと考え込むように、レトラが俺を覗き込む。

 キラキラ、キラキラと間近で輝く、透き通った琥珀色。

 

「──うん。俺は、リムルなら大丈夫だと思う」

 

 だからお前は。何でお前は、そんなに俺を信じてるんだよ。

 いくら信じていようが怖いだろう、実際俺は怖かった。何でお前は怖くないんだ? 

 俺次第だったら大丈夫だと、本当に、本気でそう思っているのか? 

 

 ……思ってるんだろうな、もう何度も見てきたこの輝きだ。

 俺にはさっぱり理解出来ないしとても真似は出来ないが、そこまで真っ直ぐに言い切ってくれるなら応えなければと思ってしまう。そもそも四の五の言っている場合ではない。シオン達を蘇らせたいのなら、レトラに俺を殺させたくないなら、俺がやり遂げるしかないのだ。

 

「……わかったよ。お前がそう言うなら、無理でも意地でもやってやる」

「おう、頑張れリムル!」

 

 

 レトラ、お前がいてくれて良かった。

 お前がいれば、俺は何でも出来る気がするよ。

 

 

 




※次回更新は一旦未定です
※近日中に活動報告を上げる予定ですので、お暇な時にご意見下さると嬉しいです

追記:次回は4/7更新予定



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