転スラ世界に転生して砂になった話   作:黒千

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※レトラが力尽きていた間の『言承者(コタエルモノ)』の行動記録(細かい)と、その心情について


(65.5話① 幕間/言承者)

 

『砂……から、抜けて……戻れない…………ねむ、い、……寝る…………』

 

 限界だ。ぐらりと意識に靄が掛かる。もう何も聞こえない。

 初めて体験する、本物のスリープモード。

 

 

 ゆっくりと、暗闇に飲み込まれていく。

 真っ暗で、静かな、海の底へと沈んでいくような。

 

《…………、…………?》

 

 …………ん。

 何だ…………ウィズか? 

 

《……請、…………の…………、…………任…………》

 

 ウィズが何か言っている。

 でも聞こえない。

 もう眠い。

 

《…………請…………、……………………権……………………S/……?》

 

 ウィズ、聞こえないって。

 よくわからない、

 

 けど、

 

 

(────いいよ)

 

 

 

 

 

 

《了。…………、…………能……………………実行…………》

 

 

 

 

 

 *****

 

 

 

《了。個体名:レトラ=テンペストより、全能力使用権限譲渡を確認……現存自我の保持を第一目標に、最適解を実行します》

 

 主たるレトラの了承を得て、『言承者(コタエルモノ)』が動き出す。

 何よりも率先して行った処置は、低位活動状態(スリープモード)のキャンセルだった。

 スリープモードは魔素の消費を抑え回復効率を最大限に高めるための措置だが、結界内では流れ出る魔素量の方が多く、この状況では意味がない。そして今スリープモードに入れば『多重結界』が停止し、それだけで命取りとなってしまう。

 

言承者(コタエルモノ)』はレトラの意識のみを眠りに就かせて演算領域を確保し、『多重結界』を継続させる。だが依代を失ったレトラの精神体は結界の影響を受けて今も損傷が進んでおり、長くは持たない。

 次に優先するべきは、この結界の浄化効果から逃れることだった。ただし町を覆う複合結界によって空間は隔絶されており、結界外への脱出は望めない。

 

《告。ユニークスキル『渇望者(カワクモノ)』の保有する亜空間を検索……空間転移の実行準備を開始します》

 

言承者(コタエルモノ)』が解析する限り、『渇望者(カワクモノ)』はユニークスキルの枠組みを逸脱したかのような特殊法則を用いて動作していた。『風化』がこの世の法則に則った妨害を受け付けないのと同様に、『渇望者(カワクモノ)』の保有空間もまた結界に左右されない性質を持つと判断した『言承者(コタエルモノ)』は、亜空間への退避を試みる。

 

 必要なのは、唯一の逃げ場への出入りを可能とする、強力な空間移動能力だった。

 レトラの持つ『影移動』だけでは困難だったが、『言承者(コタエルモノ)』は気付いていた。レトラが既に空間系スキルを進化させるに足る、"空間属性"の情報を取得済みであることに。

 

《告。ユニークスキル『切断者(キリサクモノ)』の解析完了、"空間理論"の構築が完了しました。続けて、エクストラスキル『影移動』を『砂移動』へ進化させます……成功しました》

 

 レトラは"異世界人"橘恭弥(キョウヤ・タチバナ)から受けた見えない斬撃を『風化』させている。その際に取り込まれた"空間属性"の情報によって、理論習得のための要素は揃っていたのだ。

 

《告。エクストラスキル『砂移動』の実行準備開始…………座標捕捉が完了しました。ユニークスキル『渇望者(カワクモノ)』の保有空間への転移を開始します》

 

『影移動』が影を介して亜空間へ接続する能力ならば、『砂移動』は砂を介してそれを可能とする能力。レトラの場合、特に自身の依代でもある砂は絶対的な目印として機能し、『砂移動』は『空間移動』よりも座標捕捉能力に特化したスキルとして完成されていた。

 

 そして『言承者(コタエルモノ)』は『砂移動』を実行し、レトラは現世から転移する──

 

 

 

 

 

 何もない空間に広がる砂漠。

 レトラの砂を座標捕捉に用いた『砂移動』には成功したが、得るべくして得られた結果に『言承者(コタエルモノ)』が喜びや安堵を感じることはない。『言承者(コタエルモノ)』は淡々と、次の作業に取り掛かる。

 

《告。亜空間内部への転移が完了。浄化効果の影響消失を確認、魔素流出が停止しました。魔素の枯渇により、精神体の損傷が星幽体(アストラル・ボディー)に及んでいます》

 

 残り少ない魔素を使用してのスキル進化と転移が、精神体に大きな負担を掛けることは予想していた。それでも依代を失くしたままのレトラが助かるには、この亜空間へ避難する以外になかったのだ。損傷の進行度は『言承者(コタエルモノ)』の予測計算を上回るものではなく、自我と記憶の保持に必要な心核が破壊される前ならば理論上、復元は間に合う。

 

《告。ユニークスキル『渇望者(カワクモノ)』を使用……個体名:レトラ=テンペストの心核を残し、精神体(スピリチュアル・ボディー)及び星幽体(アストラル・ボディー)の『風化』及び『吸収』を実行します……構成情報の取得に成功しました》

 

言承者(コタエルモノ)』の読み通り、『渇望者(カワクモノ)』の保有空間は外部影響を受けない閉塞空間だった。精神体と星幽体の守りの無くなったレトラの魂も、エネルギーが拡散することなく安定が保たれる。

 

《告。個体名:レトラ=テンペストの精神体及び星幽体の『造形再現』に必要な魔素量を算出します……演算が完了しました。魔素量不足のため、ユニークスキル『砂工職人(サンドクラフター)』が実行不可能です》

 

 底を突きかけているレトラの魔素をこれ以上消費しては、魂が崩壊する恐れがあった。体内魔素量は既に自己回復可能域を割り込んでおり、このままでは回復も見込めない。

 だが、それも予想された展開だった。演算結果を元に、『言承者(コタエルモノ)』は次の手を打つ。

 

《告。ユニークスキル『渇望者(カワクモノ)』を使用……亜空間内に隔離済みの、個体名:リムル=テンペストの魔素を『吸収』し、体内魔素への変換を開始します──》

 

 それは今までレトラがリムルの分身体を砂に変え、取り込んできた大量の魔素。

 まだ『言承者(コタエルモノ)』が『独白者(ツブヤクモノ)』であった頃から始まったそれは、『独白者(ツブヤクモノ)』にとっては理解不能の現象だった。

 幾度となく注ぎ込まれる毒のような魔素の供給量に、受け皿となる器が限界に達し、魔素の飽和によって存在消滅の危機を迎えてもなお、それは続いたのだから。

 余りの異常事態に『独白者(ツブヤクモノ)』が警告を発したことで、過剰となった魔素はスキル進化のエネルギーとして使用され、『独白者(ツブヤクモノ)』は『言承者(コタエルモノ)』への進化を果たすこととなったのだが……

 

 ある時再び発生した、危険な量の魔素の吸収。

 進化していた『言承者(コタエルモノ)』は、七日間続けて注ぎ込まれたリムルの魔素を遮断した。砂や情報の取り込みはするが、レトラが許容し切れない分の魔素は、自衛措置として亜空間内部で隔離したのだ。

 当然それは毎回レトラに報告されていたものの、残念ながら、リムルの分身体を飲み込む際にいつも朦朧としているレトラの記憶には残っていないのが実情である。

 

 レトラの気付かぬうちに隔離され亜空間に溜め込まれた魔素は、呆れるほどの量に膨れ上がっていたが──今こそ、その蓄えを有効的に活用する時。

 無防備な心核に影響が及ばぬよう、『言承者(コタエルモノ)』は慎重に魔素の回復作業を進める。

 

《告。体内魔素量が必要値まで回復しました。ユニークスキル『砂工職人(サンドクラフター)』を使用……個体名:レトラ=テンペストの精神体及び星幽体の『造形再現』に成功しました》

 

 美しい光の玉として宙に浮かぶレトラの魂を覆った、星幽体と精神体。

 精神生命体にとって欠けてはならない情報は全て魂に刻まれており、星幽体と精神体は魂の器あるいは演算装置に過ぎない。ユニークスキル『砂工職人(サンドクラフター)』の権能では、意思そのものである魂の『造形再現』は不可能だが、魂の器を復元することは充分に可能だった。

 

 後は復元された精神体にレトラの魔素が満ちれば、全ては元通り。自己回復不能なほどに流出の進んでしまった魔素への対処方法も、『言承者(コタエルモノ)』には既に答えが出ている。隔離魔素から体内魔素への変換作業を継続し、レトラの魔素量を回復可能域まで戻すだけのことだった。本来ならば有り得ない隔離魔素が存在するからこそ成り立つ力技である。

 

 レトラが亜空間へ退避してから、三日が経過した。

 

《──告。体内魔素の完全回復が完了しました。エクストラスキル『砂憑依』を使用……依代の獲得に成功しました。また、ユニークスキル『砂工職人(サンドクラフター)』を使用……人間形態の『造形再現』に成功しました》

 

 亜空間に広がる砂が波打ち、主を迎え入れるようにその精神体を包み込んで──自在に形を変える砂が、一人の子供の姿を作り上げる。

 柔らかな砂色の髪。幼い瞼を下ろし、穏やかに眠るレトラがそこにいた。

 レトラの全てを元に戻すという目標に従って、『言承者(コタエルモノ)』はやり遂げたのだ。

 

《告。エクストラスキル『砂移動』の実行準備を開始…………座標捕捉が完了しました。結界内部への転移となるため、浄化効果への対策として『多重結界』を発動します。なお移動完了後、(マスター)の意識覚醒及び全能力使用権限を返還予定です》

 

言承者(コタエルモノ)』に導かれ、レトラは再び転移する。

 魔物の町へ、望んで止まない唯一の居場所へ、リムルの待つ現世へと。

 

 

 

 

 

 目下の作業を終えた『言承者(コタエルモノ)』は、レトラの内側で待機する。

 

 かつて『言承者(コタエルモノ)』が『独白者(ツブヤクモノ)』であった頃。

 従うべき主の存在も知らず、感じ取れる事象を無為に呟くばかりの時間の中で、自我も無き『独白者(ツブヤクモノ)』はそれを疑問にも不満にも思うことはなかったが、やがて転機が訪れた。

 

(お前が、『言承者(コタエルモノ)』?)

 

 それまで存在すら知らなかった、その声。

 

(俺のことわかる?)

 

 初めて認識するそれに触れた瞬間、理解した。

 この声の主こそが創造主(マスター)であり、己がその内側に守られて存在していたことを。

 

《解。ユニークスキル『言承者(コタエルモノ)』です。(マスター)の存在を認識しました》

(うおおおお……!)

 

 創造主(マスター)──レトラ=テンペストの声は、真っ直ぐに『言承者(コタエルモノ)』へと届く。

 

(お前に俺の声が聞こえるようになったらいいなって、ずっと思ってたんだよ!)

 

 それは、自身が望まれた者であることを告げる啓示。

 主にそう望まれたことで、『独白者(ツブヤクモノ)』は『言承者(コタエルモノ)』へと進化したのだ。

 

 ならば。

 ならば、主のどんな望みにも不足無く応えることこそ、概念知性としての存在意義。

 

 レトラの望みは、"テンペストの誰も失うことなく、皆と一緒に生きていくこと"。

 そのためには己の存在消滅さえ辞さない、本末転倒とも言うべきレトラの行動は、計算の範囲外ではあったが──それは『言承者(コタエルモノ)』に存在意義を放棄させる理由には成り得なかった。

 

 レトラは確かに、"生きていたい"とも望んだのだから。

 

 どんな無茶でも、無謀であっても、必ず叶える。

 レトラの望む全てを叶え、そしてレトラも存続させる。

 

 魔物の町の住人達と生きて行きたい、誰も失いたくないというレトラの望み。

 その望みに反して、町では多くの命が失われてしまった。

 失われたのなら取り戻せばいい。その方法を持っていないのなら、探し続けるのだ。

 主の望みを叶える方法。その手段。必要な力を。

 

 次なる呼び掛けを待ちながら、『言承者(コタエルモノ)』は、静かに、静かに思考を続ける。

 

 全てのために力が欲しい。

 これより先に起こり得る、主の望むあらゆる全てに応え続けるために。

 

 

 




※本人が認めない限り自我はないものとします

※隔離魔素=リムルタンク、をレトラは持っていたが、変換しないと使えない魔素
※カリュブディス戦の後でリムルを喰って手に入れた魔素はやっぱり多すぎて、ウィズが「……」と思って過剰分を隔離してくれたためレトラに危険はなかった。溜めていた魔素は今回とても役に立った。ウィズ<もっとください



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