転スラ世界に転生して砂になった話   作:黒千

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(65.5話② 幕間/西方陣地にて)

 

 魔国連邦首都リムルより西方──魔法装置設置場所。

 魔物の町を封じ込める結界は、聖教会のレイヒム大司教の研究成果である貴重な魔法装置によって展開されるはずだったが、装置には原因不明の不具合が生じていた。目立った破損や怪しい者が近付いたという報告もなく、術式を一から組み込み直そうにも大掛かりな作業が必要となるため、現在は神殿騎士達の張る"四方印封魔結界(プリズンフィールド)"が優先されている。

 

 陣には神殿騎士団(テンプルナイツ)の中隊百名ほどが留まり、魔物の町への先遣隊を務めたファルムス王国騎士団の生き残りと、"異世界人"達も合流済みだ。

 魔物達に思わぬ抵抗を受け、先遣隊には既に被害が出ている。本隊である連合軍二万の到着を待ち、一気に魔物の町を制圧すべく、陣地では結界の維持と防衛が続けられていた。

 

 その西方陣地を強襲したのは、たった四名の魔物達だった。

 

 

 

 ハクロウ、リグル、ゴブタ、ゲルドによる奇襲作戦は、速やかに実行に移された。

 スターウルフに跨るリグルとゴブタが機敏な動きで騎士達を撹乱し、隙を突いては一人、また一人と確実に息の根を止めて行く。そして鎧に身を包んだゲルドの剛腕が騎士達を薙ぎ倒し、肉切包丁(ミートクラッシャー)を振り下ろす。百名以上の戦力が集まる陣であっても、神殿騎士の多くは"四方印封魔結界(プリズンフィールド)"の術式展開を担っており、その陣形を崩すのは容易いことだった。

 

「ゲルド殿! ここは俺達に任せて、予定通り"異世界人"を!」

「頼んだっすよ、ゲルドさん!」

「了解した。二人とも、後は任せるがいい」

 

 ゲルドはその場をリグルとゴブタに託し、自身の任務を全うすべく陣地の奥へと移動する。立ち並ぶテントの出入口を切り裂いては、順に中を確かめて行く。

 捜しているのは町を襲撃した"異世界人"三名のうち、素手で戦う黒髪の男と、特殊な声で他者の精神を操る女。特に女の能力は強力だが、自軍にも影響を与える恐れがあるため乱戦では迂闊に使用出来ないはずだ。先手を取り、見付け次第即刻首を刎ねねばならない。

 黒髪の男の方はレトラの『風化』によって片手片足を失っていると聞いたが、ゲルドはレトラから受けた忠告を今一度噛み締める。

 

『俺が風化させた手足は、完全回復薬(フルポーション)を使えば元に戻るはずだ。敵軍の備蓄に完全回復薬がないとも限らない……何が起こるかわからないから、優位とは思わず対処してくれ』

 

 慎重を期して、彼らの始末を命じられたのがゲルドだった。

 同じゴブリンライダーのゴブゾウを殺されているリグルやゴブタは、どんなにかその仇を討ちたかったことだろう。二人のためにも、失敗は許されない。

 リムルより下された命令を完璧に遂行し、町で帰りを待つレトラに勝報を届けるため、ゲルドは慢心することなく捜索を続ける。

 

 そして行き当たった、一つのテント。

 そこには一人の青年がいた。

 

 出入口に背を向け、だらりと力の抜けた姿勢で──()()()で立つ黒髪の男。

 戦闘の真っ只中にある陣地の喧騒から切り離されたような場所に存在しながら、そのテント内には異様な雰囲気が漂っていた。立ち込めるのは、死の臭い。

 青年の足元には、無残に首を折られ絶命した女、水谷希星(キララ・ミズタニ)の死体が投げ出されていた。

 

「貴様……己の仲間を……!?」

 

 信じ難い光景に声を上げたゲルドに反応し、黒髪の男、田口省吾(ショウゴ・タグチ)が振り返る。

 その口元を笑みの形に歪めながら。

 

「どいつもこいつも、雑魚のくせに俺を見下しやがって……俺はなあ、殺せば殺すほど強くなるんだよ。魔物を殺したくらいじゃ実感はなかったが、人間を殺せばこの通りだ。手に入れてやったぜ、ユニークスキル『生存者(イキルモノ)』をな……!」

 

 笑い声を上げ、ショウゴは揃った両腕で構えを取る。

 ゲルドに備わる『自己再生』よりも上位の『超速再生』──ユニークスキル『生存者(イキルモノ)』の持つ能力が、『風化』によって失われていたショウゴの手足を再生させたのだ。

 自らが生きるために"仲間殺し"という大罪を犯したショウゴを、ゲルドは軽蔑の眼差しで見据える。

 

「貴様は武人ではない。外道畜生にも劣る輩め」

「それがどうした! てめえらも、あの砂のガキも、今度こそぶっ殺してやるよ!」

「黙れ。その腐り切った性根に相応しい最期を与えてやろう」

 

 元より生かしておくつもりなどない。

 ゲルドは得物を握る手に力を込め、ショウゴに対峙する──

 

 

 

 

 *****

 

 

 西方陣地の外れに位置する草地。

 そこではハクロウと"異世界人"橘恭哉(キョウヤ・タチバナ)が向き合っていた。

 

「へえ、爺さん、生き残ったんだ。尻尾巻いて逃げれば良かったのに」

「ほっほっ、ワシは負けず嫌いでな。それに何より、レトラ様にあれだけの仕打ちをされてはのう……このまま黙ってはおれんのじゃよ」

 

 口調とは裏腹に、ハクロウの目は笑ってはいなかった。

 キョウヤは悪びれた様子もなく、ただ笑いを堪えるように肩を竦める。

 

「僕が刻んでやった砂のこと? いくら斬っても顔色一つ変えないで、あれはつまらなかったなぁ。悲鳴でも上げて泣き喚いてくれれば、少しは楽しめたんだけど」

「醜悪とは貴様のことじゃな……問答は無用のようじゃ、直ぐにその口を利けなくしてやろうぞ」

 

 言うが早いか、仕込杖を手にしたハクロウの姿が消えた。

 キョウヤはそれを見越していたように刀を構える。

 

「ははは! 熱くなりすぎだぜ、爺さん!」

 

 キョウヤの『天眼』による周辺把握と三百倍の『思考加速』が、ハクロウを捉える。

 頭に血が上った者の行動ほど読みやすいものはない、それを知るキョウヤはハクロウを挑発した。予想通り安易な動きで自らに迫るハクロウへ向けて、キョウヤは刀を振り抜く。

 

 勝負は一瞬で決した。

 草の上にドサリと落ちたのは、キョウヤの左脚だった。

 

「え……?」

 

 片足を失い、キョウヤの身体が傾く。

 キョウヤは自分の身に何が起こったかを理解する前に、走る激痛に絶叫を上げて地をのたうち回った。切断面から噴き出す鮮血が草地を染める。

 

「ぐっ……ああああ……ッ!?」

「喧しいわい。みっともなく喚くでないわ」

 

 ハクロウは挑発に乗る振りをして、キョウヤの知覚速度でも追えるであろう程度に動いてみせた。そしてキョウヤの攻撃動作に合わせ、急激に速度を上げただけのこと。ハクロウを見失ったことにも気付かなかったキョウヤの不意を突き、一閃の下にその左脚を斬り落としたのだ。

 キョウヤの下劣な言動には凄まじい怒りと嫌悪を覚えたが、それすら全神経を研ぎ澄ませる糧として、ハクロウは冷酷にキョウヤへと刀を向ける。

 

「貴様が我らの主にどのような非道を働いたか、思い出させてやろう。その身を以てな」

「こ、の……僕に手も足も出なかったジジイが、粋がるなよ……!」

 

 地に蹲りながら、キョウヤはユニークスキル『切断者(キリサクモノ)』を発動させる。

 刀身から射出される、無数の見えない刃。

 

 町では"空間属性"の性質を持ったキョウヤのスキルに敗北を喫したが、同じ技に二度後れを取るハクロウではない。ハクロウは額に現れた第三の目『天空眼』によって『切断者(キリサクモノ)』の擬似刀剣(ダミーソード)を見切り、それらを弾き返すと同時に、自身も動いた。

 跳ね返った擬似刀剣(ダミーソード)がキョウヤの全身をズタズタに裂き、更に"瞬動法"を用いた目にも留まらぬ剣筋が、刀を握るキョウヤの腕を胴体から切り離す。

 

「ヒッ……ぎゃあああっ!?」

「大人しくしておれ。まだ二本残っておるぞ」

 

 ハクロウの剣に一切の迷いは無い。

 またも、腕が落ちる。そして最後の脚も。

 最早キョウヤは身動きすることも叶わずに、その出血は明らかに致死量に足るものだった。

 

「あ、が、ああッ……! くそっ……何だよ……たかが砂のために……!」

「あの方は、我々を護るためならば御自身を犠牲にすることさえ厭わぬ。なればこそ、我らは心してレトラ様をお護りせねばならんのじゃ」

 

 いかに自らが傷付こうと、レトラがそれを気に留めることはない。かつて敵としてレトラの首を斬り飛ばしたハクロウに対して何の恨みも抱かなかったのと同様に、レトラはキョウヤに身体を刻まれたことも全く意に介していなかった。だが、ハクロウにとってそれは到底我慢出来ることではなかったのだ。

 

「我らは、主に害為す敵を決して許しはせぬ……レトラ様が御怒りにならぬのなら、それはワシらの役目じゃ。己がどれほどの愚を犯したのか、深く心に焼き付けながら冥土へ行くが良いぞ」

「や、やめ……っ」

 

 キョウヤを見下ろす冷たい眼光。

 ハクロウはより格上のスキルである『天空眼』の権能においてキョウヤの『天眼』に干渉すると、『思考加速』の効果を三百倍から千倍へと強制的に引き伸ばす。

 そして放たれた剣技、朧流水斬がキョウヤの首を刎ね──

 

「そうそう、貴様の"空間属性"の能力が、レトラ様の空間移動の御役に立ったことは褒めてやろうかの。尤も、それだけでは何の償いにもなってはおらんがな」

 

 一連の動作を終えたハクロウは、静かに刀を収める。

 途切れない『思考加速』の中、死が訪れるその瞬間まで、終わりの見えない苦痛を味わい続ける──それが"異世界人"橘恭哉(キョウヤ・タチバナ)の末路だった。

 

 

 

「しかし、レトラ様にも困ったものじゃ。もう少し、御自身を労わって頂きたいのじゃが……」

 

 以前からレトラには、自身の損傷に関して危機意識が低すぎるきらいがあった。

 今回の襲撃においてもレトラは町の住人達を庇い、躊躇いもなくその身を盾とした。しかもそれだけでは飽き足らず、命すら投げ出す覚悟で、死した者達の魂の消滅を防いだのだと言う。

 その危ういほどの無頓着さは、痛みを感じず、傷を負うこともない精神生命体であるために培われた感性なのだろう。

 

 やはり心を鬼にしてでも、精神体に痛みを教え込む必要があるだろうか。

 レトラのためを思うのならばそれが"指南役"として取るべき道だということはわかっていた。だがもし本当に非情ですらある過酷な修行を敢行したことで、レトラに怯えられ、嫌われることになったら…………

 

「…………困ったものじゃな」

 

 知らず、溜息を吐く。

 未だハクロウの悩みは尽きない。

 

 

 

 

   ◇

 

 

 蝙蝠の翼を広げ、俺は上空に静止していた。

 眼下を行軍するのは二万の罪人達。

 

 俺はこれからあの人間共の魂を残らず刈り取り、魔王進化のための生贄とする。

『大賢者』による敵軍勢の『解析鑑定』と、大規模な新型魔法術式の調整に少し時間を要しているが、それもそろそろ終わるだろう。

 

 四つの陣の殲滅に向かったベニマル達から『思念伝達』が入り、任務の完了を知らされる。騎士団に生き残りは無し、魔法装置も破壊済み。ハクロウ達が担当した西の陣には、厄介そうな魔法使いが現れて"異世界人"の一人を連れ出したそうだが問題ない。纏めて始末するだけだ。

 

 ようやく、俺の怒りを思うがままに解放出来る。

 地上を行くファルムス王国軍と西方聖教会の軍勢。コイツ等がシオン達を殺し、今また俺達の町を蹂躙するために進軍している──そう認識するだけで、感情が仮面の内側から噴き上がりそうだった。

 誰が許すものか。一人たりとも通さない。全員ここで死ね。

 

 町では、皆の前では、俺は冷静な主でいなければならなかった。

 人間達による理不尽な襲撃を受け、町の者達は傷付きながらも必死に生き延びてくれた。失われた命も数多くあったが……レトラがシオン達の魂を守って希望を繋ぎ、そして戻って来てくれた。

 俺の不在時に皆がこれほど頑張ってくれていたと言うのに、俺だけが怒りに囚われて主としての責任すら果たせないなど、情けなさすぎるじゃないか。

 

 俺が一人で出向いたのは、誰にも見られることなくこの怒りを全力で解き放つためでもあったが……唯一心配だったのは、俺が人間達への憎悪に心まで支配され、魔王進化と共に理性すら持たない化物になってしまわないかということだった。だが、その不安ももう無い。

 

 大丈夫だ、レトラが待っていてくれる。

 俺は自分のことをそれほど信用しちゃいないが、レトラが俺を信じているなら話は別だ。

 レトラがいてくれる限り、俺が自分を見失うことはないだろう。

 

 俺は必ず魔王への進化を果たし、シオン達を蘇らせてみせる。

 さあ、さっさとあの塵芥(ゴミ)共を片付けて、俺達の日常を取り戻すのだ──

 

 

 




※ショウゴ戦は展開が少し早まっただけで、後は同じなのでカット
※キララ対策ってしてたんでしょうか。その四人なら『狂言師』に抵抗可能という『大賢者』の判断だったんでしょうか?


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