転スラ世界に転生して砂になった話   作:黒千

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67話 渇望者

 

 広場に集まってきた住民達の統率はベニマルに任せ、俺はトレイニーさんを庵へ案内した。

 唯一、事情を知っているソウエイにも同席してもらう。

 

(ウィズ、ないと思うけど盗聴や覗き見を警戒してくれ。出来れば防いで欲しい)

《了。『魔力感知』及びその他スキルの調整開始、自動感知レベルを引き上げます……監視者を察知した時点で、可能な限り対処します》

 

 この話題は物騒すぎて、外部には知られたくなかった。町中なら安全なはずだけど……見られているか、聞かれているかを感知出来るだけでも俺の安心感が相当違う。任せたぞウィズ。

 和室に正座して向き合う俺とトレイニーさん。その脇にソウエイが座る。

 

「トレイニー殿。またしてもレトラ様がお持ちの能力に関しての話と察するが、町は大変な状況だ。もうじきリムル様も帰還される、手短に願おう」

 

 前回の話し合いでも樹妖精(ドライアド)達にキレていたソウエイは、また機嫌が悪そうだな……

 手短に済ませて欲しいのは俺も同じだけど、話をするために応じたんだから突っ掛からないようにと、ソウエイには注意しておく。

 

「レトラ様、このような事態の最中に拝謁の機会を賜りましたこと……厚く御礼申し上げます」

「いいですよ。『渇望者(カワクモノ)』の件ですね」

 

 トレイニーさん達が世を滅ぼす災厄として危険視している、ユニークスキル『渇望者(カワクモノ)』。

 俺も多少付き合ってきて、少しだけ『渇望者(カワクモノ)』のことを理解した。

 

 ──憎イ、全テガ憎イ

 ──何モカモ、滅ビテシマエ

 

 絡み付く呪詛のような、あの囁き。

 全てを敵とみなして滅ぼそうとする声に感じたのは、強い憎悪だった。

 何をそんなに憎んでいるのか知らないが、こいつは世界が嫌いなんだろう。自分以外の存在を許さず破壊し尽くす無限の衝動……それが『渇望者(カワクモノ)』の正体。その憎悪に支配された者は、終わらない渇きに囚われたまま、目に付く全てを『風化』し続けるのだ。世界か自分が滅び去るまで。

 

 こんな紛うことなき災厄スキルが、どうして俺の魂に根付いたのかは疑問である。スキルとは個人が生み出す魂の力のはずだが、『渇望者(カワクモノ)』には歴代の所有者がいて、その度に所有者を支配してきたとなると……『渇望者(カワクモノ)』って独立した個のようなものなのか? 

 だが、今回の所有者となった俺が『渇望者(カワクモノ)』に影響を受けることはなかった。前世の記憶と理性を持って転生してきた俺は、最初からこの世界が好きだったからだ。

 

「レトラ様は、この国の皆様と共に過ごしていくことが望みだと仰いました。その望みが満たされていれば、あの恐ろしい『渇望者(カワクモノ)』さえ制御することが可能だと。わたくし共が案じておりますのは、今回のようにレトラ様の御望みが絶たれてしまった場合の……レトラ様の御心なのです」

 

 トレイニーさんは慎重に言葉を選んでいる。

 仲間達を失ったことで俺の望みが欠け、『渇望者(カワクモノ)』を抑えられなくなったのではないかと……そのために人間達を殺してしまったのではないかと、それを確かめたいのだろう。

 

「あの時、俺には『渇望者(カワクモノ)』の声が聞こえました。俺は俺の殺意に従って『風化』を人間達に向けましたが、『渇望者(カワクモノ)』が目覚めかけていたことも事実です。結界によって砂を操る魔素が尽き、『渇望者(カワクモノ)』が停止していなかったら……俺の意志で止められたかどうかわかりません」

 

 幸い俺は町の皆を砂にすることはなかったけど、一歩間違えれば危なかったに違いない。

 強い殺意に突き動かされて敵を追い続け、全てを砂に変えた後には、『渇望者(カワクモノ)』はどこへ向かった? あのまま暴れ続けていたら、もしかして俺はあの場で皆を…………

 考えたくない結末を想像する俺の目の前で、トレイニーさんが意を決したように言う。

 

「では……では、レトラ様。これは万が一の可能性なのですが……どうか、お考え頂きたいのです。もしもリムル様が……"真なる魔王"へ至る進化に失敗してしまわれた場合、レトラ様は──」

 

 トレイニー殿、とソウエイの厳しい声が飛ぶ。

 

「無礼が過ぎるぞ。口を慎め……!」

「ソウエイ、やめろ」

 

 …………なるほど、だからトレイニーさんはこのタイミングで俺に会いに来たのか。

 仲間を失って暴走しかけた俺が、もしリムルまで失えばどうなってしまうのか。俺が『渇望者(カワクモノ)』を止められなくなるとしたら、その時はどうするつもりなのか問うために。

 

 縁起でもない仮定に憤るソウエイの気持ちはわかるが、トレイニーさんだって聞きたくて聞いているわけじゃない。何なら俺を怒らせることも覚悟してここへ来たはずだ。

渇望者(カワクモノ)』を制御可能だという俺の主張に信憑性がなくなった今、危険な存在は討伐すべきとかそういう話になってもおかしくないのに、まだ俺に協力を求めてくれるのは……トレイニーさんが俺を信用してくれているということだろう。

 

 どうやら、俺も覚悟を決めなければならない時が来たようだ。

 全てをリムルに任せて楽観的でいるだけでは許されない。俺はもう二度と間違えられない……どんな事態になっても対応出来るよう、全てに備えておくべきだった。

 

「トレイニーさん。もしもの場合の、俺の行動方針をお伝えします。ソウエイも聞いておいてくれ」

 

 俺がそう前置きすると、二人は口を噤んだ。

 不吉な何かを察したような眼差しが俺を捉える。

 

「もしリムルが理性を失った化物となってしまったら、止めなければなりません。リムルは自分の手で国に犠牲が出ることを望んでいません」

「リムル様は……それを、レトラ様にお託しに……?」

「いえ、リムルは俺にそんなこと頼みませんよ。独断で動きます」

 

 何も頼まれてはいないが、そのくらいの分別はある。

 淡々と答える俺に対して、トレイニーさんは憂いがちに目を伏せた。トレイニーさんは純粋に俺がリムルを失うことで精神的に耐えられず、暴走してしまうことを心配しているんだろう。

 少しだけ事情が違うが、大体は合っていた。

 

「誰にも犠牲を出さずにリムルを止める気なら……俺の『風化』無しにはまず不可能です。そうなれば、俺は今度こそ『渇望者(カワクモノ)』を抑えられなくなるでしょう」

「……!」

 

 俺の"風化欲求"を知るソウエイには、後戻り出来ない深刻さが伝わったはずだ。

 リムルを溶かしてしまったら、俺は絶対に正気ではいられない。溶かした時点で耐えられなくなる。リムルの砂がそこにあって融合せずにいられるような砂妖魔(サンドマン)なら、俺はここまで苦労していない。

 

 リムルが失敗すればシオン達も生き返ることはなく、リムルを喰った俺を襲うのは取り返しの付かない喪失だ。皆と生きていく望みが二度と叶わないのなら、俺にも無限の渇きが始まるだろう。もう『渇望者(カワクモノ)』も止められない。大事な全てと一つになりたいという欲求の求めるままにテンペストを飲み込んだ俺は、永遠に癒えない渇きを癒そうと世界を滅ぼす『渇望者(カワクモノ)』となる……歪みすぎだろ。どうして俺はこんなことに……

 

 とにかく国民全員に無理心中を強いるのは嫌なので、それは阻止する。

 一つだけ、俺には方法が残されていた。

 

「その時は自分で始末を付けます。俺は砂を扉とする空間移動スキル『砂移動』を獲得しました。正気を失う前には、砂を溜めている亜空間へ転移するつもりです。座標捕捉のための砂が一定量現世になければ、もう俺がこの世に戻って来ることはありません」

 

 告げた後、トレイニーさんとソウエイは絶句していた。

 俺が危険なのは自分でもわかっている。『風化』は誰にも防げないし精神生命体を滅ぼす手段があるのかも不明で、消滅しそうになっても亜空間に逃げて復活してくるとか化物かよ……だったら戻って来られないよう、亜空間に閉じ込めるしかない。

 

「レトラ様は……既に御覚悟を決めていらっしゃったのですね。それを慮ることも出来ず、わたくしは何という惨い真似を……お許しください、レトラ様……」

「いえ……度々心配をお掛けしてすみません」

 

 頭を下げたトレイニーさんが声を震わせた。トレイニーさんとしてはどうしても確認しておかなければならなかったことだが、それを俺に口にさせたことを後悔してくれているんだろう。

 ソウエイも辛そうに顔を顰める。

 

「レトラ様、どうか御考え直し下さい……そればかりは承服致しかねます」

「いや、これはもしもの話だからな? 俺はリムルが進化に成功するって思ってるから、俺がリムルを『風化』させることはないし、俺が消える必要もないと思ってるよ?」

「それは……俺も、そうであれば良いと……」

 

 俺だって考えた、これだけは失敗して欲しくないから、じっくりと考えた……だがこの件に限っては、やはりリムル次第で決まる。だったらリムルを疑う理由は何もない。その確信にも似た希望は、今この瞬間にも『渇望者(カワクモノ)』を抑えることに役立っているほどだった。

 

「こんなこと言っておいてなんですが、俺はこれからも皆と生きていけると信じています……リムルならやり遂げてくれるって、トレイニーさんも思いますよね?」

「レトラ様……」

 

 ソウエイもトレイニーさんも真面目だからな……二人ともお通夜感がすごい。

 不安にさせたかったわけではないので、慌てて同意を求めるように問うと、悲痛な顔をしていたトレイニーさんが小さく笑みを浮かべた。

 

「貴方様の穢れなき御心に、最大限の敬意を……世を脅かす災厄の力がレトラ様の御許に辿り着いたことは、わたくしには運命に導かれた奇跡に思えてなりません。願わくば、リムル様の進化と皆様の蘇生が無事に果たされ、レトラ様の至福の時が連綿と続きますよう……心からお祈り申し上げます」

「あの……いえ、どうも……」

 

 トレイニーさんには俺をメッチャ神聖視する傾向があるよな。トレイニーさんは俺の"風化欲求"を知らないからなー……絶対言いたくないから言わないけど……

 非常事態時の方針も共有したし、そろそろ町へ戻るとしよう。

 

(ウィズ、終わったよ。何か異変は?)

《解。監視者の存在は感知されませんでした》

(ありがとう。あと、もしその時が来たら、『砂移動』をよろしくな)

《…………了。適切に、対処します》

 

 

 

 

 

 

 儀式の準備が整えられた広場に異状はなく、リムルもまだ帰還していなかった。

 俺はシュナに案内されて、中央に作られた座所へと向かう。そこは祭壇か台座のような作りになっていて、子供二人くらい寝そべられるような広さがあった。

 

「レトラ様には、こちらでリムル様の進化の儀を御見守り頂きたく存じます」

「……俺も、ここに? それ必要?」

「勿論ですわ。レトラ様がお傍にいらっしゃれば、リムル様もさぞお心強いことでしょう」

 

 まあ、そうだな……こんな大一番だ。隣で応援するとしようか。

 台座に上がって腰を落ち着け、辺りを見回す。町中の魔素濃度は高まり続け、人間やドワーフ達には耐えられない環境になりつつあったため、エレンが結界を張った建物の一つに避難してもらっているそうだ。

 

 座所の守りとしてベニマル達が台座を囲むように立ち、ソウエイも配置に戻っている。

 町を覆う魔法結界のためにトレイニーさんももうここを出られないが、儀式を見届けたいというのが本人の希望で、広場の隅に控えてくれていた。

 やがて、町の魔物達全員に響いた"世界の言葉"。

 

《告。個体名:リムル=テンペストの魔王への進化が開始されます。その完了と同時に、系譜の魔物への祝福(ギフト)が配られます》

 

 それは、リムルの勝利を意味する言葉。

 刈り取った人間達の魂を生贄として、リムルは"真なる魔王"への進化に臨むのだ。

 周囲からは歓声が上がり、ベニマルが皆へ向けて檄を飛ばした。

 

 っていうか今、祝福(ギフト)って……そうだ、それがあった。

 すっかり忘れていたけど、俺は大丈夫か? 『大賢者』先生には、リムルとの魂の接続が不完全だとか言われていたような……ちゃんと俺も進化するんだろうな? 

 

 そうこうしているうちに、リムルを連れたランガが町へ帰還する。

 意識のないスライム姿のリムルがシュナから俺に手渡され、俺はマントに包まれたリムルを、台座の隣にそっと置く。スライムの形がドロリと溶けて、不思議な光が零れ始めた。

 町の住民達は皆その場に跪き、リムルのために祈り続ける。

 

 そして、どのくらい時間が経っただろうか。

 "世界の言葉"が響き渡った。

 

《──告。個体名:リムル=テンペストの魔王への進化が完了しました。続いて、系譜の魔物への祝福(ギフト)の授与を開始します》

 

「…………う」

 

 俺の不安を一蹴するかのように、がつんと襲ってきた強烈な眠気。

 満足に座っていられなくなり、台座の上で崩れ落ちる。

 良かった、俺も進化する。

 

「く……レトラ様……!?」

 

 同じく眠気に襲われているんだろう、頭を押さえたベニマルが俺を振り返る。

 必死に俺を呼ぶ声がするが、この間の俺の眠りがトラウマになってるみたいだな、ごめん……これは進化の眠りだから大丈夫……と思っても、声すら出せない。

 何だこれ、スリープモードが冗談のようなレベルで眠い、溶ける。

 

 台座に横倒しになった俺は、さらりさらりと砂山へ変わっていく。

 その傍では、見た目の変化が止まったリムルが布に包まれ沈黙していた。

 

 進化するなら、今度はもっと強い力が欲しい。

 もう誰も失わずに済むような……対魔結界だろうが簡単にぶち壊して、皆を守ってあげられるような……出来れば俺も消えなくていいくらいに…………

 本当に、俺がこの世界にいて良いのか悪いのか、自信はないけど──

 

 …………ああ、眠いな…………

 

 

 




※レトラの案が最善なのが始末に負えない
※頑張れウィズ


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