68話 魂の収穫祭
中央広場では、数名を除いたほぼ全ての魔物達が深い眠りに就いていた。
設えられた台座から、一人の人物が地に降り立つ。
身体に巻き付けた白いマント。美しく流れる銀髪。リムルの姿をした人影──『
形を失い、積み上がった砂の山。
《告。個体名:レトラ=テンペストの進化状況を観測します……『解析鑑定』に一部失敗。同個体の魂に認識不可領域が存在します。エラーを無視し接続開始……"魂の回廊"の一部確立に成功しました》
そして、"世界の言葉"が告げる。
《確認しました。種族:
砂は仄かな光を放ちながら収束し、横たわる人の姿を作り上げる。目を閉じた相貌やその背丈は、以前のレトラと比べると僅かに大人びた姿へと変わっていた。
眠りの中で、レトラの進化は続く。
《告。ユニークスキル『
《再度実行します……失敗しました》
《再度実行します……失敗しました》
《再度実行します……失敗しました》
……………………
…………
延々と繰り返される、実行と失敗。
厳かな沈黙を以てその試行錯誤を見守っていた『
《告。ユニークスキル『
逡巡も無く呟いた『
顔を上げた『
《確認しました。接続中の亜空間内部より隔離魔素を検出。更にユニークスキル『
…………
…………
…………
…………成功しました。
ユニークスキル『
主の望みに応えるという強い意志と、持ち得る全ての可能性を出し尽くし、究極の高みへ至る進化は叶った。そして願いの果てに為された超克進化は、高みに近い場所に存在していたもう一つのスキルにも影響を与えることとなる。
《……ユニークスキル『
琥珀の瞳が開かれる。
作り出された白の簡素な衣を纏い、淀みのない動作で身を起こしたレトラの背中をさらりと滑り落ちていく砂色の髪。息を呑むような美貌を湛えた
言葉を交わすこともなく、二人は広場へと進み出た。
そして二人の代行者によって、奇跡の秘術が執り行われる──
《告。『
町中に集められた高濃度の魔素と、結界すらも全てが喰われ、純粋なる空間へと変わる。
続いて『
《告。『解析鑑定』が完了……対象の魔物全員にエクストラスキル『完全記憶』を確認しました》
《告。解析結果の共有を確認……
死者蘇生の前段階となる、魂の完全なる再生。
それを担うは『
《告。『
溢れ出した、柔らかな光が渦を巻く。
二人の代行者による最高峰の演算能力を用いて行われる、神秘の儀式。
通常、生命体が記憶を留めるのは仮想メモリである精神体と、物質的な記録媒体である脳。そのどちらが損傷しても記憶の再生は困難となる。だがエクストラスキル『完全記憶』を持つ者は、精神生命体と同様に、魂への直接記憶が可能なのだ。『完全記憶』の存在を確かめた今、魔物達の魂の復元を阻むものは何もない。
その時、二体の
リムルが二万の連合軍を殲滅した戦場で、"悪魔召喚"により呼び出した
現れた悪魔は、召喚主たるリムルへ向けて恭しく頭を下げる。
「只今戻りました、我が君。そしてお初にお目に掛かります、弟様」
『
悪魔は儀式の邪魔とならぬよう配慮し、静かに作業を見守った。
その幻想的な光景に見入っていた悪魔だったが、今目の前で行われている儀式が、知識にある"反魂の秘術"とは何かが違う、と気付くまでにそう時間は掛からなかった。
淡く光を放ちながら辺りを包む魔力──その過流の中で踊る、微細な粒子。
違和感の正体を察した悪魔は、うっとりと目を細める。
「まさか、万物の根源たる第一質料を顕現されていようとは……流石は我が主の弟君……」
魔物達の魂の復元に惜しげもなく注ぎ込まれる、この世ならざる砂。
それはあらゆる物質体、精神体、法則や時空間までをも構成する最小単位とされ、理論上ではそこから全てを生み出す可能性を秘めた起源物質。
「ですが我が君……失礼ながら、どうも儀式のための
《是。"死者蘇生の秘術"に必要な
儀式全体を見通した演算を継続していた『
魔物達の蘇生は、魂を完全に再生させる"反魂の秘術"と、魂を肉体に定着させる"死者蘇生の秘術"の二段階に分けられる。
町に張られたという多層結界は想定以上に空間内の魔素を薄め、魔物達の精神体へ無視出来ないダメージを与えていると『
だが『
《生命力を消費し、代用します》
「お、お待ちください我が君! ご自身の生命力を用いずとも……」
悪魔は慌てて、背後に控えた二体の
上位悪魔達は進んで跪く。主の役に立つことが至上の喜びであると表明するように。
《了。規定に必要な
悪魔達の様子を金色に輝く瞳で観察すると、『
やがて全員分の魂の復元を完了させた『
再生された魂が肉体に根付き、生前と変わらぬ記憶と人格を発現するか。
その成功確率は三・一四%……だがそれは、進化前に算出された確率。
魔王への進化が果たされた今──ここに、死者の蘇生が成立したのである。
◇
眠りからの目覚めは快適だった。
心地の良い空気に、ぽより、と身体を震わせる。
「リムル様! お目覚めになったのですね」
懐かしい声がして、俺はひょいと抱き上げられる。
押し付けられる二つの塊の柔らかさも温かさも、とても懐かしいものに感じた。
「おはようございます、リムル様!」
「……おはよう、シオン」
シオンが笑っている。生きている。
無事に生き返ってくれたようで何よりだ。
えーと、ということはつまり、俺の進化は成功したんだな。
俺はあれから今まで眠ってしまっていたようで、ここは俺の庵で…………
畳の上に座布団が二つ並べられ、片方には砂山が乗っている。レトラだ。なるほど、依代に入ったまま眠れば、妙にまとまりのある例の不思議な砂の塊となるのか。
「後は、レトラ様がお目覚めになるだけですね」
俺を下ろしたシオンが、今度は砂のレトラを抱き上げる。もったりと端から垂れ下がりそうな砂の塊を丁寧に腕に抱え込むのを見ると、シオンもずいぶんと器用になったもんだ。
「…………ん」
「あ! レトラ様」
何とも言えない感慨深さにしみじみしていると、砂がのそりと動く。
ちょうどレトラも起きてきたようだな。
「シオン……?」
「はい、レトラ様! おはようございます!」
「──シオン……!」
サラリとレトラがシオンの腕の中で人化し、シオンに抱き付いた。
ってこいつ、ずいぶんと髪が伸びたな。俺の人型時くらいあるぞ……前はショートボブ程度だったから余計に違いが顕著だ。砂の見た目は今まで通りだったが、レトラも進化したんだろう。
「シオン、良かった……シオン……!」
「ああ、レトラ様……すみません、決してレトラ様を泣かせることはしないと誓ったのに……!」
緊張の糸が切れたか大泣きするレトラにつられてシオンも涙を浮かべ、レトラを抱きしめ返す。
美しい光景だとは思うけど、君達、俺を放っておかないでくれるかな?
「起きたかレトラ。具合はどうだ?」
「大丈夫……リムルは?」
「俺も問題ない。それでシオン、他の者はどうしてる?」
「はい、ご覧ください──」
シオンは顔を上げ、手を差し伸べる。
開け放たれている縁側の向こうで八十名の魔物達が庭に跪き、俺達の目覚めを待っていたのだ。
「おはようございます、リムル様、レトラ様!」
「我等一同、一名の欠落もなく無事に生還致しました……!」
全員が蘇生に成功していた。あのゴブゾウの姿もある。
良かった。本当に良かった。魔王になった甲斐があったというものである。
「……皆、生き返ってくれて、本当に良かった」
縁側へ進み出たレトラが、その場に屈み込む。
だがその表情は、安堵と言うより懺悔に近いものだった。
「今更、こんなこと言うべきじゃないだろうけど……俺には、何も出来なくて…………」
「……レトラ様、そんなお顔をなさらないでください」
跪く者達の中で、一人のゴブリナが声を上げた。
自身も涙を流しながら、切実なほどの声色で訴える。
「あの時レトラ様が駆け付けてくださって、本当に嬉しかった……あのお優しいレトラ様が私達のために剣を振るい……死ぬなと、生きろと、命令してくださった。不甲斐なくも私は、そのご命令に応えること叶いませんでしたが……間際にレトラ様のお姿を見られて、もう怖くはありませんでした」
力及ばず、助けられなかった命があったことも事実だ。
結局は何も出来なかったとレトラが悔いる気持ちもわかる。
だがレトラは決断し、身を削ってまで、皆を守るために戦った。
レトラをよく知るこの町の者達が、それを理解していないわけがないのだ。
「どうか、レトラ様……ご自分をお責めにならないでください」
「お約束致します。我らがご命令に背くことは、二度とございません」
「今後は決して、レトラ様を悲しませることはしないと誓います……!」
レトラの嘆きに感じ入り、泣いている者も多くいたが、力強く告げられるその言葉は本物だ。
再び涙を零し始めたレトラが小さく呟く。
「…………ありがとう」
だから言ったろ、お前のすることはちゃんと皆が見ててくれるってな。
責任感のお化けのようなレトラだが、皆の思いが少しは救いになっただろうか。
手酷く傷付いただろう心を、ゆっくりと癒してくれればいい。
…………
…………
だが。
それはそれとして……またしても、レトラはやってくれやがったな……
何でレトラは目を離すとすぐ無謀なことやってピンチになって……今回に至っては危うく消滅するところだった? しかも話を聞けば、浄化結界が危ないとわかっていたのに自ら依代を捨てたって? お前はそんなに俺を怒らせたいのか?
それがシオン達の魂を守るための行動だったのはわかってる、レトラにしか実行不可能で、レトラがやってくれなければ俺達には更なる絶望が待っていただろうことも。
レトラには本当に感謝しているが、それでも駄目だ、看過出来ない。俺は矛盾しているだろう、自分でも理不尽だとわかっているのに、どうしても許せない。
俺がたった一つ、未だにレトラを信用出来ないのは──あいつの自己防衛意識。
何でだ? 何でお前は、自分の身を守ってくれないんだ?
頼むから自分を優先させろとどれほど言おうが、レトラが聞きゃしないのはもうわかった。
そっちがその態度を貫くなら、俺にも考えがあるからな…………
※大丈夫です(としか言えない)