転スラ世界に転生して砂になった話   作:黒千

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69話 取り戻した日常

 

 拭っても拭っても、涙が止まらない。

 一度命を落とした者でさえ、誰も俺のことを責めなかった。皆の気持ちは本当に嬉しい。

 でも、いくら皆に許してもらえても、俺が納得するわけにはいかないだろう。何しろ俺は知っていた。やりようは他にも……それこそどんな手を使ってでも、起こる出来事を防ぐ方法はあったはずだ。魔国が人間達と共に生きていく未来を閉ざしてしまうやり方が最善だったとまでは言えないが、俺の認識不足が元凶であることを決して忘れてはいけない。

 

 

 ということを、俺は真剣に考えているんだけど──

 

 

 

 

()()()()()()()()()合言葉は確か……『シオンの料理はクソ不味い』だったかな?」

「──ッ!?」

 

 待って、ちょっと待って、そっちでなんか面白いことやってる……! 

 ビキィッと空間が張り詰める幻聴まで聞こえたぞ! 

 

「ま、待てシオン! リムル様は目覚めたばかりで、混乱されておられるのだ!」

「わかりましたベニマル様……いえ、私はリムル様の直属なのでもう敬称は不要ですね。ベニマル、そんなに私の料理を食べたがっていたとは……満腹になるまで堪能させて差し上げましょう……!」

 

 ズゴゴゴゴ、という効果音すら響いてくるほどの圧を感じる……

 ようやく涙が引っ込んで、俺はぐっと目元を手で拭うと、勢い良く振り返る。

 

「シオン! それ、俺も食べる!」

「ええっ!? レトラ様……と、とうとう私の手料理を食べて頂けるのですか!?」

 

 シオンが両頬に手を当て、コロッと乙女モードのような可愛らしさに変化した。一瞬前までの、塗り固められた笑顔……と表現出来そうだった凄味と比べてこの差である。

 

「な……レトラ様!? 早まらないで下さい、危険です!」

「どうしたレトラ!? 熱でもあるのか!?」

 

 反応がひどいね君達。

 ベニマルを視線で黙らせたシオンが(リムルはノーカンらしい)近寄ってきて、俺の手を取る。

 

「嬉しいですレトラ様! この日をどんなに夢見たことか……!」

「うん、俺も前から、食べてみたいなーとは思ってたんだ……」

 

 ああ、思ってはいたんだよ。どうしても勇気が出なかっただけで。

 今ならなんとか……シオンがユニークスキル『料理人(サバクモノ)』を獲得した今なら……! という目論見の下、俺はシオンの手料理に挑むことを決めたのだった。

 

 

 

 

 

 シオンの料理の試食会は広場で行うらしい。

 準備が整うまでの間、俺はその場を抜け出して、町外れでソウエイとトレイニーさんと落ち合った。もうなんか、俺達で秘密の同盟を組んでいるようなものだな。

 町の様子を見れば全てがうまくいったことはわかるだろうし、二人は肩の荷が下りたような雰囲気で俺を待っていてくれた。

 

「リムルが成功してくれたお陰で俺も正気だから、俺が消える必要はないね」

「何事も無く安堵致しました。御二方の御無事を心よりお慶び申し上げます」

「ええ、本当に……わたくしは広場での儀式を拝見しましたが、英知と真理の結集と呼ぶに相応しい素晴らしいものでしたわ。レトラ様、大変お疲れ様でございました」

 

 そんなにすごかったのか。

 ていうか俺はお疲れ様って言われるようなことしてないよな、進化の眠りに就いてただけ……いやいや、俺はリムルの隣で応援を頑張っていたはずだ。手伝っていたと言えるはず。

 

「ありがとうございます、トレイニーさん。また何か心配事があれば言ってください」

「森の管理者と呼ばれる立場にありながら、いざとなれば全てをレトラ様に委ねることしか出来ず、心苦しく思います。せめて樹妖精(ドライアド)の力の及ぶ限りにおいては……レトラ様の望まれる平穏のため、尽力させて頂きたく存じます」

 

 トレイニーさんは憂いの中に凛々しさを感じさせる表情で俺に頭を下げた。

 リムルが進化に成功するかどうかの山場は越えたので、もうそんなに気にしなくていいです……とは思うけど今後何が起こるかはわからないからな。協力体制の強化は願ってもない話なので、こちらこそよろしくと笑い掛け、今日は宴があるのでどうぞと他愛のない雑談をしてから、トレイニーさんと別れる。

 残るソウエイが俺に向き直り、口を開いた。

 

「トレイニー殿の危惧する災厄が現実となれば、レトラ様が国のため、我らのために躊躇無く行動されることは承知しております。ですが……レトラ様を失うなど、やはり俺には耐えられません」

 

 表情の変化は少なくても、俺を思う訴えであるのは伝わる。

 自決するような真似はしないで欲しいということだろうが、制御不能の暴走が起こる可能性がゼロではない以上、軽々しく返事をすることは出来ない。

 

「そう言ってくれるのは嬉しいけど、国もろとも俺と心中したくないだろ?」

「……レトラ様が御望みであれば」

「……ごめん言い方が悪かった、皆には俺と心中して欲しくない」

 

 目がマジだった。ソウエイ的には心中OKなのか……すげぇな……

 でもそんなことはさせられないので、その時は一人でいいよ。

 

「ま、俺も消えたいわけじゃないし、その時が来ないように努力するからさ!」

「では、レトラ様……リムル様にご相談なさっては如何でしょうか」

「リムルに?」

「レトラ様はこれまでリムル様に心配を掛けぬよう、この件を内密にしてきたものと存じますが……事態を未然に防ぐためには、やはりリムル様にも事情を説明しご協力頂くべきではないかと」

 

 俺がこのことをリムルに黙っていたのは、樹妖精(ドライアド)達が俺を危険視しているという事実を知られると、森との余計な不和を生むかもしれないと思ったからだけど……そろそろ、大丈夫かな? トレイニーさん達とは良好な関係を築き上げてきた自信があるし、俺が危険だからと討伐対象にするのではなく真摯に向き合って心配してくれるトレイニーさん達に対して、リムルが悪い印象を持つことはないだろう。

 それにトレイニーさんは俺の"風化欲求"を知らないけど、話は通じてるからな……うん、リムルには弟が変態だとか知られたくないのでそこは伏せて、『渇望者(カワクモノ)』の危険性を共有するだけなら。

 

「そうだな……そろそろリムルに話してもいいかもな、考えとくよ。あ、じゃあ俺もう行かないと。シオンの手料理を食べさせてもらう約束してるんだ」

 

 そう言うと、ソウエイの顔面筋が今までになく大きく反応した。

 先程よりも危機感のある、神妙な空気で俺に問う。

 

「レトラ様、念のための確認ですが……お気は確かですか?」

「正気だよ……」

 

 本当にひどいね君達。

 

 

 

 

 

「奇跡的に美味いかもしれないじゃないですか! 一人にしないでくださいよぉ!」

「ええい、離せ! そんな簡単に奇跡なんざ起きないんだよ!」

 

 また俺の見てないとこで面白いことやってる…………

 俺が広場へやって来ると、そこでは必死の形相のベニマルに縋り付かれたリムル(スライム)が、その手を振り解こうともがいていた。

 

「あ、ほらリムル様、レトラ様も来ましたよ! 自分だけ逃げるつもりですか!?」

「クソッ、来なけりゃこのまま逃げたのに……どうなっても知らんぞレトラ?」

 

 俺が怖気づくとでも思っていたのだろう、リムルは諦めたように人化し、用意されていたテーブルに着いた。ベニマルもキッと腹を括った眼差しで、御武運を……と俺に目礼して椅子を引く。

 二人がここまで嫌がるほど、シオンの料理はすごいのだ。

 

 着席して待つ俺達三人の元へ、鍋を抱えたシオンがルンルンとやって来た。

 それぞれの皿にこんもりとよそわれる、湯気の立った…………あ、俺早まったかも。

 一目見ただけで全てを投げ出したくなる、視覚の暴力だった。組成からするとシチューのような……いやそれはシチューに謝らないと……ニンジン、ジャガイモ、ピーマンといった野菜がぶつ切りか丸のまま煮込まれてグズグズに変色し、それらの具材にはどろりとしたヘドロのような何かがへばり付き、食べ物に許されていい外見ではない。保健所が動き出す案件だ。

 

 全く成長のないシオンの手料理にリムルが青褪め、ベニマルが遠い目をする。

 シオンは調理にも相棒の大太刀、"剛力丸"を使うので、それではまともな下拵えなど出来るわけがなかった。ううん、シオンが普通の包丁を使ったとしてもこうなる未来しか見えないから、そこは関係ないのかも……と、とにかく! 見た目はこれでも、味だけは良いはずだから……挑戦あるのみ! 

 

「う……美味い!? 馬鹿な!」

「この見た目でこの味……!? どういうことだシオン!?」

「ふふふ、実はですね……」

 

 リムルの魔王進化により、系譜の魔物達へ配られた祝福(ギフト)

 料理が上手くなりたい! とシオンが念じた結果、獲得したのがユニークスキル『料理人(サバクモノ)』だ。

 

「そして私は、シュナ様の料理の味を再現するに至ったのです!」

「お前な……努力の方向性を間違えてるぞ……」

「でも美味しいでしょう? どうですか、レトラ様!」

 

 期待に目を輝かせたシオンが、ぱっと俺に顔を向ける頃──

 

「…………つらい」

 

 俺は目眩、頭痛、悪寒、胸焼けなどの諸症状を発症し、皿の横に撃沈していた。

 ムリ、本当にムリ、感覚が大混乱してる。何でリムルもベニマルも平気なの? ブ、ブヨブヨして……ジョリッと……ヌルっと……味だけは美味しいはずなのにそれすら認識出来ない、差し引きマイナスの領域に踏み込んでいる。俺の本能が全力でコレジャナイって叫んでいる。

 

「そ、そんなぁ、レトラ様……お口に合いませんでしたか……?」

「初心者にはキツかったか……ほらなシオン、味は良いんだから下処理くらいしないと」

 

 リムル、まだスプーン動かしてる……ベニマルも普通に喰ってる。何なの尊敬するんだけど。

 歴戦の勇士達を甘く見ていた。潜り抜けてきた修羅場の数が違うのだ。初めから、俺のようなヒヨッコに太刀打ち出来るはずがなかったってことか…………

 で、でも俺が食べたいって言ったんだから、この一皿だけは責任持って……って俺まだ一口目だよ、何も始まってないのと同じだよ! ほぼ十割残ってるんだけど……! 

 

《案。依代の感覚調整を行い、口内の触覚レベルを引き下げることが可能です》

 

 えっ…………

 えっ、ウィズ? 今のはウィズ? 

 俺が頼む前にウィズが提案してきた!? どうしたのお前、進化したの!? 

 

《解。ユニークスキル『言承者(コタエルモノ)』は、究極能力(アルティメットスキル)先見之王(プロメテウス)』へと進化しました》

 

 究極能力(アルティメットスキル)になってるだと!? 

 今回の祝福進化で、そんな大出世を……!? 

 

《口内の触覚を調整しますか? YES/NO?》

(い、YES……!)

 

 ウィズが『YES/NO?』をやってくれるようになったー! 何という助け舟! 先生最高! 

 ガバッとテーブルから起き上がり、震えるスプーンでもう一度ソレを口に運ぶ。

 ウィズの調整は完璧で、何かが口に入ったことはわかるが、心がへし折れそうな異物感や不快感まではなく、せいぜい違和感という程度だ。ちゃんと温かさも感じる。二度三度と食べ進めるうちに、ようやく味覚も機能してきた。ああ、味は……確かに美味いな、味だけは。あと出来れば目を閉じたい。

 

 ウィズの助けを得た俺は、見事に一皿を完食した。

 ものすごく裏技使った感があるので、あまりドヤ顔は出来ないのだが……

 

「シ、シオン、あの…………うん、味は、美味しかったよ」

「レトラ様……! ありがとうございます!」

 

 シオンは満面の笑みだったので、まあ、最大限よくやったと思うことにしよう。

 

 

 

 

 

 そして町では、後に"テンペスト復活祭"と名付けられる宴が始まった。

 リムルの魔王進化と皆の蘇生を祝い、住民達は食事と酒を楽しみ、櫓の周りで踊る。日の落ちた広場には明かりが灯されて、そこに幻想的な非日常の世界を作り出していた。

 でもこれは間違いなく、俺の求めた日常。

 俺はまたテンペストで皆と生きて行ける……欠けた望みは、再び満たされたのだ。

 

「……取り戻せて良かった」

「そうだな」

 

 リムルと俺には、広々とした二人掛けの椅子が用意されていた。

 隣でリムルがジョッキを傾けながら相槌を打ち、静かに宴の喧騒を見つめている。

 

「レトラ。会議でも話した通り、俺はこれからも魔物と人間の共存を目指したいと思う。だが、俺が一番大事なのは国の皆だ。俺が楽しく暮らすためにはお前達が必要なんだよ。もちろん、お前にも何の危険もなく過ごしていて欲しかったのに……お前が消滅したかもしれないと聞いて、怖かった」

 

 どうにか戻って来られたから良かったようなものの、俺はウィズがいなければ本当にあのまま消滅していただろうしな……

 シオン達を失い、先の見えない事態に陥って、リムルも絶望し傷付いたのだ。

 

「俺、いつもリムルを心配させてるな。ごめん」

「聞き飽きた。どうせお前は、その場しのぎで謝っておけば済むとでも思ってるんだろ」

「い、いやー……そういうわけじゃ……」

 

 ギロリと睨み付けられたが、俺がやっていることはそうなのかもしれない。皆を心配させ、悲しませたことは、悪かったと思う。でも、次があれば俺はまたやるだろう。

 俺がいたことでこの世界はめちゃくちゃになりかけた。俺を滅ぼすために現れたあの浄化結界を消せなかったら、シオンや町の皆は生き返ることが出来なかったかもしれないんだから。そんな未来、考えただけで震えが止まらなくなる。

 

 俺は俺の大事な皆が無事でいてくれなければ、俺がここに居てもいいということを証明出来ない。俺が俺を許せなくなる。俺が存在することで誰かが犠牲になるんだったら、俺は居なくてもいい……俺がここで生きて行くために、皆と一緒に居てもいいと胸を張るためには、俺はまず俺の世界を守り抜かなくてはならないのだ。俺の何を犠牲にしてでも。

 

 俺の考えは誰にもわからないだろう、リムルにも、ウィズにも。

 前世の知識が絡むので理解を求めることも出来ないのは仕方ないが、もう決めたことだ。

 

「大丈夫だ、レトラ。お前は悪くない」

「え?」

「俺も考えたんだよ。お前が自重しないのは、お前の所為じゃないなって」

 

 心を読まれたのかとドキッとしたが、そうではなかったようだ。

 怒っているかと思ったリムルは意外にも穏やかに笑いながら、一息に話し出す。

 

「レトラ、お前は悪くない……悪いのは、お前にそんな決意をさせる世界の方だ。そうだろ? 今回だって、あんなことが起こらなければお前は危険なことをしなくて済んだんだ……俺からお前を奪おうとする世界なら、そんなもの要らないんだよ。そんな世界は俺が滅ぼしてやるからな」

「待ってリムル病みすぎじゃない? 大丈夫? 進化になんか不具合あった?」

 

 どうしたリムル。発言がヤンデレみたいになってるけど、何でいきなりヤバイ奴になったの? これ完全に魔王じゃね? いや魔王は魔王なんだけど……そういうことじゃなくて……

 

「俺は前からこんなもんだぞ」

「嘘吐け! 流石に!」

「嘘じゃない、言わなかっただけだ。お前に嫌われたくなくて」

「えぇー……」

「どうだ? こんな俺は嫌いか?」

 

 何かが吹っ切れてしまったんだろうか、リムルはとても爽やかな笑顔をしていた。

 ま、まあ別に……別に、リムルが病んでたって関係ないよな。今後も人間社会と付き合ってく気はあるようだし……テンペストが平和であれば実害もなさそうだし……ただちょっと重篤なブラコンで、俺に何かあれば世界を滅ぼすとか言ってるだけで…………頭痛い。

 

「嫌いじゃ、ないけど……何でそんなに俺のこと好きなの?」

「お前は俺の弟だからな」

 

 満足そうに頷いたリムルが、よしよしと俺の頭を撫でる。

 これって俺、迂闊に死ぬのは許されないやつなんじゃ……世界のためにも……

 改めて思ったが、俺は随分と責任重大なポジションに収まってしまっているらしかった。

 

 

 正気を失って皆を喰うくらいなら俺は一人で消える、そこは譲れない。でも俺がいなくなると今度はリムルがおかしくなるらしいので……それは本当に最後の最後の奥の手として、もっとマシな案を考えないと……とてもじゃないがまだリムルには話せない、怖すぎる。

 俺もウィズも進化したみたいだし、前よりは出来ることも増えたはずだよな? 明日にでも進化結果を確認して、『渇望者(カワクモノ)』を何とかする方法を考えよう……! 

 

 

 




※現状、誰もレトラの捨て身を止められない
※が、兄貴の脅しは多少効いた(演技か本心かが問題)

いつも感想ありがとうございます。体調が戻ったら少しずつ返信していこうと思います。



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