転スラ世界に転生して砂になった話   作:黒千

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08話 名付けと進化

 リムルがスリープモードになる少し前のこと。

 絶対に名付けはしないと念押しした俺は、名付け待ちの列を作るゴブリン達の前で、リムルの隣を陣取った。手伝って欲しそうな空気が伝わってくるけどしない。俺は名付け親にはならない。

 

 じゃあ俺が、リムルの横で何してるかって? 

 名前を覚えようとしてるんだよ……! 全員分のな……! 

 

 リムルなら『大賢者』先生が何万人分でも覚えてくれて、必要な時にこの人が誰とかキッチリ教えてくれるだろうけど、俺の先生にはそういう融通が一切期待出来ない! 

 村の守護者だとか偉そうにしておいて、住人の名前も覚えてないのは情けないし信用に関わる。ゴブリンだけなら百人くらいだろ……ま、まだ無理な数じゃない。頑張ればたぶん何とか。

 後々の何万人規模になったら……ホントどうしようかな…………

 

 ゴブリン達の中には既に知っている顔や何となく覚えた顔もいるし、後はリムルがどうインスピレーションを働かせたか、名前と特徴を結び付けて覚えられるか、頭を働かせながら名付けを見守る。最初のうちなら名前を聞きまくって覚えていくのも許されるよな、気楽にやろう。

 

「リ、リムル様!」

 

 あっ、リムルが溶けた。魔素切れだ。

 ランガ達牙狼族を最後として、全員に名付け終わった後だった。

 大慌てでリムルを介抱するリグルド達に大丈夫だとは言ったけど、なかなか混乱が治まらず、涙ぐむゴブリンまでいる。そうか、リムルは村の守り神みたいなもんだしなぁ……

 よし、ここは一つ、俺が何とかしてみせよう。

 

 俺は溶けたリムルを建屋へ運んでもらい、リムルの様子を見るから広場で待機しているようにと言った。俺の言うことでも聞いてくれるらしく、ゴブリン達が神妙に頷き、戻っていく。

 そして俺は『砂工職人(サンドクラフター)』を起動し、この村に来てからは初となる人間形態を作り始めた。

 急げ急げ……服もあんまりみすぼらしいとハッタリが台無しなので、えーと……ファンタジーによくあるような、ローブ的なイメージを膨らませて……

 

《呟。ユニークスキル『砂工職人(サンドクラフター)』を使用……『造形再現』に成功しました》

 

 何だかんだ、今回は十五分くらいで完成した。

 ぐったりしたリムルを両腕に抱え、外へ出る。広場から聞こえるのはザワザワとした不安そうな話し声。そして俺に気付いた数名が戸惑いの声を上げ、また種類の違うざわめきが広がった。

 

「あれは、レトラ様……?」

「レトラ様だ……あのお姿は……!?」

「魔人の格をお持ちだなんて……!」

 

 おっ? そうか、知性があって強い力を持つ人型の魔物が魔人と呼ばれるんだっけ? 俺もそういう分類なんだな、ちょっと格好良いじゃないか。

 俺がこんなことをしたのには訳があり、砂妖魔(サンドマン)が人間になるという意表を突いた演出で皆の気を引き、お通夜な空気が払拭出来たらいいなという狙いがあった。一発芸作戦とも言う。

 俺はリムルを抱いたまま、広場に集まる面々の前に立つ。

 

「皆。リムルは眠ってるだけだから、心配しなくても大丈夫だ。三日もすればリムルの魔素は回復するし、元気になって目を覚ますよ」

 

 わあっと上がる歓声に、安堵の溜息。

 俺が魔人の姿となったことは皆に良い感じの影響を与えたらしい。向かってくる視線は期待や熱の籠ったもので、先ほどまでのお先真っ暗ムードはもうなかった。

 

「だから寝かせておいてあげよう。リムルはきっと、無理してでも全員に名前をあげたかったんだよ」

「リムル様……私達のために……!?」

「なんて慈悲深い方なんだ……!」

 

 実際は魔素の消費を知らなかっただけだけど……

 まあこれでリムルのメンツも守られた! 良しとする。

 

「それでは、リムル様に寛いで頂ける寝床を用意せねば……」

 

 立ち上がろうとしたリグルドが、ふら、とよろめいた。歳の所為かと思ったけど、よく見れば若いゴブリン達もフラフラしている。ランガ達に至ってはもう地に伏せ、うとうとしている感じだ。

 そうか、名付けされたばっかりだもんな。

 

「ち、力が入りませぬ……これは一体……?」

「リグルド、無理しなくていい。名前を持ったことで、これから進化が始まるんだ」

「進化ですと……? 我らゴブリン族に、そんなことが……」

「何もおかしくないだろ? 皆を名付けたのは、リムルなんだから」

「……!」

 

 さもありなん、という顔でリグルドが息を呑む。

 そうそう。だってリムルは規格外スーパーチートスライムだ。

 

「さあ皆、眠って。村は俺が見守ってるよ。ゆっくり進化するといい」

「レトラ様…………」

 

 ふらふらと、皆は広場に身体を横たえ眠りに就いた。

 村中が静まり返る。こうしてみるとなかなかの異常事態だ。一度に全員が眠ってるところを敵に攻められたら危なくないか? 今は俺がいるから良いけど……

 いや俺一人で村全てを守り切れるかわからないから、あんまり良くもない……

 

 心配になったのでリムルを抱えて村をウロウロと歩き回り、柵に『鋼糸』と『粘糸』を張り巡らせて更に強化した。後は広場に戻って、食事も睡眠もいらない俺は暇潰しにリムルを撫でながら、一昼夜全力で『魔力感知』を広げ続けたのだった。すごく疲れた。

 

 

 

 一晩経って、進化を終えた皆がぼちぼち起きてきた。

 ホブゴブリンにゴブリナ、テンペストウルフ達。目覚ましいビフォーアフターを遂げ、ものすごく成長した魔物達が、切り株に腰掛ける俺の前に膝を突いて頭を下げる。

 

「おはようございます、レトラ様!」

「おはようリグルド。…………見違えたな!」

「はっ、有り難き幸せ!」

 

 ヨボヨボの爺さんだったリグルドが、今や筋骨隆々の大男だ。

 うおおお……筋肉マジすごい、腹ゴッツゴツじゃん……腕も丸太とかいうレベルじゃない、子供姿の俺ならぶら下がって遊べそうだ。今度頼んでみようか……? 

 

「まさか我らがこうして進化に至るとは、思ってもおりませんでした。リムル様とレトラ様には、感謝の言葉もございません……!」

「…………うん? 俺も? あのさ、名付けたのはリムルだからな?」

 

 筋肉に見とれていたら聞き逃しそうになった。

 俺に感謝されても……そういうのは、まだ俺の膝の上で寝てるリムルに言ってくれ。

 

「何を仰います! リムル様が倒れられて慌てふためくばかりの我らを鎮め、進化の時をお見守り下さったのはレトラ様ですぞ。本来であれば村の防備も己らで為さねばならぬところを、レトラ様の御手を煩わせてしまい、面目次第もございません……!」

 

 ああ、その辺のことか。

 それはいいけど、あの……そう固く考えないで……協力しよう……? 

 

「我が主よ! 我ら牙狼族も、嵐牙狼族(テンペストウルフ)へと進化しました。感謝致します!」

 

 お、ランガだ。角が生え、毛並みも黒くなり、格好良くなった。進化して喋れるようにもなってるし、皆がどんどんと俺の知ってる姿に変わっていくのはテンションが上がるな。

 というか今の……それって、リムルへの呼び方じゃないか? 

 

「我が主?」

「リムル様とレトラ様が、我が主にございます。何なりとご命令を!」

 

 ランガの体長は五メートルほどあり、広場に伏せていてもめちゃくちゃ目立っていたのに、立ち上がると迫力がそれどころじゃなかった。そしてそのデカさで、ぶぉんぶぉぉんと尻尾を振り回すもんだから、風圧がやばい。周りにいる皆が飛ばされそうなのでやめてあげて。

 

「ランガ、ちょっと、尻尾止めてくれる? まだリムルも寝てるし、静かにしてくれると……」

「は、申し訳ありません!」

 

 びた、と尻尾を振るのを止めたランガ。お座りしてこっちを見る。俺も見る。待ての姿勢で待機するランガだが、俺に見つめられるうち、ぱた……ぱた……と揺れ出す尻尾。何か我慢出来ないものがあるらしく、それは結局すぐにまたぶんぶんと風を起こすのだった。かわいいな。

 

「それじゃランガ達は、リグルド達と協力して村の警護や狩りをしてくれると嬉しいな」

「お任せ下さい! 我が主よ!」

「ささ、レトラ様。お疲れでございましょう、リムル様と共に中でどうぞごゆるりと!」

「ありがとう」

 

 一晩中外で座っていても砂の身体は疲れないけど、『魔力感知』で気を張り続けていたからな。

 それからリムルが目覚めるまで、リグルド達が大張り切りだったために俺に仕事がなく、俺とリムルのためにと用意された室内で、ほとんどリムルに付きっきりで過ごすことになった。

 ……サボってたわけじゃないから! 

 

 

 

 無事に目覚めたリムルが、皆の凄まじい進化っぷりにひとしきりショックを受けた後。

 村を挙げての祝いの宴も終わり、翌日にはリムルが改めて全員を広場に集めた。俺はもうリムルを抱えなくてよくなったので、リムルの隣で砂スライム形態に戻っている。

 これから皆で生活していく上でのルールを、リムルが告げる。

 

 一つ、仲間内で争わない。

 二つ、他種族を見下さない。

 三つ、人間を襲わない。

 

 何故人間を襲ってはならないのかと質問したリグルに、リムルが答えた。

 リムルが人間を好きだから──単純明快な答えに、皆は即座に納得してしまった。

 慌ててリムルが理屈を並べる。集団で生活している人間に手を出したら思わぬ反動が来るかもしれない、こちらから手出しするのは厳禁で、仲良くする方が得という説明だ。

 

 でも、と俺は思わず声を上げた。

 リムルがぽよんと俺を見て、そのまま俺の発言を促す。

 

「……こっちが襲われた時は例外だ。その時は、命を守ることを優先してくれ」

 

 きっと、駄目だ。こんなことを言っても意味がない。

 このルールはリムルのために守られるものであり、皆はこの先どんなことが起ころうとも、リムルが好きだと言った人間を害する考えにはならないだろう。

 

「まあそうだな。時と場合によるけど、なるべく守るようにしてくれ!」

 

 リムルの言葉に含まれるニュアンスが正しく皆に伝わることはない。リムルはこの村の者にとって、神にも等しい存在だ。その言葉は絶対でしかなく、"なるべく"なんて無理なんだよな。

 

 ……だったら、俺はどうしたらいいんだろう。

 俺には何か出来ることがあるんだろうか。

 

 何かをするにしろ、何もしないにしろ、俺が自分の行動に負うべき責任は必ずあるはず。

 それだけは忘れないように、時間を掛けて考えてみようと思う。

 

 

 




ステータス
名前:レトラ=テンペスト
種族:砂妖魔(サンドマン)
加護:暴風の紋章
称号:"魔物達の守護者"
魔法:なし
ユニークスキル:『渇望者(カワクモノ)』『砂工職人(サンドクラフター)』『独白者(ツブヤクモノ)
エクストラスキル:『砂憑依』『魔力感知』『水操作』
獲得スキル:『粘糸、鋼糸』『麻痺吐息』『超音波』『身体装甲』『超嗅覚、思念伝達、威圧』
耐性:物理攻撃耐性、痛覚無効、捕食無効


※今後は、数日から一週間おきくらいの更新で続ける予定です



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