転スラ世界に転生して砂になった話   作:黒千

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70話 黒い悪魔

 

「お目覚めになられたようで何よりです、我が君、そして弟様」

 

 夜が更けても続く祭りの最中。

 リムルと俺の座る椅子に近付いて来て、深々と頭を下げた上位魔将(アークデーモン)

 

「我が君。無事に魔王へと成られました事を、心よりお祝い申し上げます……」

「誰だお前?」

「……ッ!?」

 

 か、会心の一撃が決まったー! 

 ディアブロ(予定)は、召喚主のリムルに存在を忘れられているというまさかのアクシデントに言葉を失っていたが、影から現れたランガの口添えで持ち直す。

 リムルも自分が召喚した悪魔がいたことを思い出したようで、色々助かったよと礼を述べ、

 

「長々と引き止めてしまって悪かったね。もう帰っていいよ」

 

 と、優しく言い放った。

 ク、クリティカル二発目が決まったー! 

 これはきっつい! 悪意がないぶん余計に酷い!

 リムル! いい加減に可哀想だろ、ディアブロが泣きそうになってるから! 

 

 …………などと、ディアブロの肩を持っている俺だが。

 実を言うと俺も、今の今までディアブロのことは完全に頭から抜け落ちていた。ここでディアブロが正式に仲間になることは知っていたのに、最近の俺にはよっぽど余裕がなかったようだ。

 

 イケメン顔を泣きそうに歪めながらも、ディアブロはリムルの配下になりたいと申し出た。リムルはラファエル先生と何かやり取りするような間を置いて、その願いを承諾する。

 報酬代わりに"ディアブロ"の名を授けられ、その場で名付けの進化を完了させた黒い悪魔は、それまでの貴族のような装いを一変させ、どこから見ても完璧な執事姿で丁寧に頭を下げた。

 

「ディアブロ……それが私の名。今日この日より、誠心誠意御仕えさせて頂きます」

 

 悪魔公(デーモンロード)に進化したことで、ただでさえ多かった魔素量が爆発的に増え、もうこの国で一、二を争う実力者に踊り出てしまったな。これぞディアブロ……! 

 リムルもディアブロの別格の強さに気付き驚いた様子で、そして。

 

「そうだレトラ。ディアブロをお前の秘書にするのはどうだ?」

「「──えっ!?」」

 

 突然の爆弾発言が投下され、俺とディアブロが同時に声を上げる。

 というかリムルは、強そうな人材をすぐ俺の傍に配置しようとする癖をやめた方がいいと思う。ベニマル達然り、ミリム然り、ディアブロ然り……

 

 いや俺はそれでもいいですけど? ディアブロ好きだし? 

 だがしかし……ディアブロは、リムルしか好きじゃない可能性がある……! 

 いくらリムルと俺が"同格兄弟"だからって、ここで調子に乗っては痛い目を見るだろう。リムルに仕えたいディアブロに俺の秘書なんてさせたら、俺が恨まれるのでは? 陰でこっそりいびられでもしたら、俺の心は間違いなく死ぬ。

 ディアブロの驚愕を拒否と捉えたか、リムルの目がすっと眇められた。

 

「何だ? レトラの秘書じゃ不満なのか?」

「い、いえ……そのようなことは……」

「俺とレトラを同等だと思えないなら、仕えてくれなくとも構わないぞ?」

「そんな、滅相も……!」

 

 リムルが怖い。ハイライトの消えかかった圧迫面接をやめろ! 

 今ちょうどリムルのブラコン出力が全開だからな……下手に口答えしない方がいいぞディアブロ、不興を買ったらクビにされる恐れまである……ってそれはマズイ、ディアブロがいないとテンペストの今後が色んな方面でハードモードになる! ということは、俺がこの場を何とかしないと……! 

 

「リ、リムル! いいよ、俺に秘書はいいから……!」

「何でだ? コイツ気に入らないのか?」

「いや! そんなことない! 強そうだし、格好良いし、悪魔だし!」

「だよな、お前キラキラしてたし。だからお前に付けようかと思ったんだが……」

 

 また勝手にキラキラしやがって俺! 一体どのタイミングだよ、俺にわからないのは不公平だろ……そりゃディアブロ相手ならキラキラもするよ、抑え切れるかよ無茶言うな! 

 じゃあ何が嫌なんだ? と首を傾げるリムルに、俺はぐっと言葉に詰まり──

 

「そ、その、やっぱり初対面だから……いきなりはちょっと怖い!」

「うーん、それもそうだな……じゃあ専属ってのはやめとくか」

 

 よし、リムルの中の、俺の人見知り設定がまだ生きてた! 

 そして胸の辺りを掴んで項垂れ、「初対面……怖い……」と呟いて今にも倒れそうになってるディアブロ、本当にごめん。まさかそんなにダメージ入るとは思わなかったんだ……何でだ……許して……

 

「ごめんディアブロ、たぶん俺はすぐ慣れると思うから……」

「ど、どうかお気遣いなく……愚かな思い上がりをお許し下さい……」

「あの……たまにでいいから、俺の手伝いもしてくれる?」

「はい、レトラ様……その暁には是非……!」

 

 理由がわからないが、どうやら俺もディアブロへのクリティカルコンボに加わってしまっていたようで……息も絶え絶えなディアブロだったが、無事にリムルの第二秘書として落ち着いたのだった。

 俺がディアブロと仲良くやっていけるかどうかは今後じっくり探っていくとして、とりあえずこれでテンペストの未来は安泰だな! 

 

 

 

 

 その後、リムルに謁見を求めてきたのはユーラザニアの三獣士。

 リムルと俺が眠っている間に、ミリムから受けた宣戦布告の期日を迎えていたのだ。

 ユーラザニアの首都であるラウラには、ミリムが一人で現れたという。カリオンはミリムの相手が出来るのは自分のみと判断し、戦士団にも避難民の守りを任せて既に町から退去させていた。

 

 万を超える避難民はようやくテンペストに到着したところだ。首都リムルではその受け入れ準備も行われていて、用意された食事や寝床は疲労困憊の獣人達に惜しみなく提供されていた。今は町中がお祭り騒ぎの賑やかさになってしまっているが、少しでも英気を養ってもらいたい。

 

 唯一、ラウラの町に残っていたというフォビオによって、その戦いの様子が語られる。

 ユニークスキル『百獣化』によって"獅子王(ビーストマスター)"としての力を解放したカリオンの、全力を込めた一撃──獣魔粒子砲(ビースト・ロア)も、ミリムには通用しなかった。

 ミリムが放った究極にして最強の魔法、竜星爆炎覇(ドラゴ・ノヴァ)は、まさに"破壊の暴君(デストロイ)"の名に相応しいまでの理不尽な破壊力でラウラを見渡す限りの更地に変え、獣王国ユーラザニアを消滅させたのだ。

 

 そしてフォビオは、現れた"天空女王(スカイクイーン)"フレイが手負いのカリオンを討ち、何処かへ連れ去ったのを目撃した。ミリムの攻撃に巻き込まれたフォビオ自身も重傷ではあったが、元素魔法:拠点移動(ワープポータル)でテンペストへ逃げ延び、ウチの回復薬によって一命を取り止めたそうだ。

 

 魔王クレイマンがミリムに接触を図っていたこと、フレイがカリオンを連れて飛び去った先にはクレイマンの支配領域、傀儡国ジスターヴがあることなど──裏で糸を引いているのが魔王クレイマンであるという疑惑が高まり、三獣士は今にもクレイマンの領地へ攻め込まんとする激昂を見せたが、作戦もなしに動いてどうこうなる話ではない。リムルが三人を宥める。

 

「魔王カリオンの救出には俺達も手を貸す。だからお前達も暴走するな。ここは協力しないと、助けられるものも助けられないぞ? 絶対に先走るなよ?」

 

 アルビス達は冷静さを取り戻し、カリオン救出へ向けてリムルの指揮下に入ることを了承した。避難民については不自由なく過ごせるよう手配する、というリムルの言葉に三人が感謝を述べる。

 そしてもう夜も遅いため、明日の方針通達まではゆっくり休むようにとの命令が下され、三獣士との面会は終わったのだった。

 

 さて…………

 この重要な報告の場で、もちろん俺は大人しく話を聞いていたわけだが…………

 アルビスと、スフィアと……フォビオが来た! とうとう来た! ずっと待ってたんだ俺は……! 

 

 正直言って、体育会系は好きな方だ。なので俺はフォビオのことも嫌いではない。結局フォビオはリグルドを殴っていないし、遺恨は何も残らないはずだったのに。

 だが後になって発覚したそれ……フォビオに関して俺がどうしても許せないのは……俺を姫様認定したことだよ! どういうつもりか絶対に問い質すし、認識を改めさせる。そこは諦めるつもりはない。

 

 …………いや、でも、ダメなんだよなあ。

 自国が滅ぼされ、主であるカリオンの安否も分からないままテンペストに落ち延びてきた相手に個人的なイチャモン付けて絡むとか、俺は外道か…………

 まあ、今のところ俺を姫様だと思っているのは三獣士くらいだし、そう焦ることもないかな。ここまで待ったんだからもう少し待とう……カリオンの無事が確認されるまでは! 

 フォビオ、魔王達の宴(ワルプルギス)が終わったら覚悟しとけよ、今度こそ……! 

 

 俺がフォビオの件を保留とする決意を固めていると、退室間際だったユーラザニア勢の中で、虎の獣人"白虎爪(ビャッコソウ)"のスフィアが俺に声を掛けてきた。

 

「レトラ様。悪りぃな、しばらく世話になるぜ」

「ああ、スフィア。今は苦しい時だろうけど耐えてくれ、出来る限り力になるよ」

「恩に着るぜ。しかしあんた、少し見ねぇうちに随分と…………見違えたな?」

 

 マジマジと俺を見ながらスフィア。

 リムルの魔王進化の祝福を受けて進化した俺は、また少し外見が成長していた。これでリムルも俺も十二、三歳くらいにはなったかな? 小学生か中学生かが微妙なラインだ。

 背も伸びたけど、俺は今回やたらと髪が伸びたのでそこが最もわかりやすい変化だろうな。前世含めてこんなに髪が長かったことなんてないのだが、邪魔だったら切ればいい。

 

「ま、積もる話は今度にしとくか。早いとこクレイマンの野郎をぶっ倒して大将を助け出さねぇと……全部片付いたら、その時にはまたゆっくり肉球触らせてやるからよ」

「本当? うん、楽しみにしてる」

 

 片手を上げたスフィアに手を振り返し、リムルの庵を出て行く三人を見送った俺は、何だか静かだなという既視感に襲われた。この感じ、身に覚えがあるような気がする…………

 嫌な予感に慄きながら周囲を確認した俺へと、リムル達から無言の眼差しが注がれていた。

 ああやっぱりこれ知ってる! 特に女性陣の視線が痛い……! 

 

「レトラ様? みだりに女性の手に触れては失礼に当たるのですよ? たとえレトラ様にはそのような意図が全く、ええ全くなかったとしても、無用な誤解を招く可能性もありますので……お互いのためにもお控えになった方がよろしいかと存じますわ」

「そうですよ! 手でしたら、私がいくらでも握らせて差し上げますから!」

 

 優しげに微笑みながら強い圧を加えてくるシュナは怖いと言えば怖いのだが、セクハラはやめましょうねという内容は筋の通ったものではある。というか、シオンには肉球ないだろ……ってそうだよ、俺は肉球を触りたいだけなの! 手を握りたいんじゃなくて! 

 

「いや、前にも怒られたけど……誤解も何も、スフィア本人が肉球触っていいって言ってくれてるんだからさ……俺も本当に変な意味じゃなくて、ほら、スフィアって『変身』すると大きな虎だろ? モフモフしてるし……肉球もプニプニで気持ち良いなって」

 

 今回はスフィアから言い出したんだし、俺が悪者ということにはならないはず……と、保身の言い訳に走った俺は、ずうううん、とどこからともなく漂ってきた負のオーラに言葉を止める。

 リムルの影から頭を覗かせたランガが、この世の終わりのような絶望顔で俺を見ていた。

 

「ああああランガー! ごめん! 違う違う、これ違うから! 浮気じゃないから! た、確かにちょっとスフィアをモフったことはあるけど、ランガが一番モフモフだと思ったよ!」

 

 やってしまった! ペットの前で他の子と仲良くするのはダメなやつだったー! 肉球はスフィアの方が……と思ったことは事実なのだが、口が裂けても言っちゃいけない……! 

 俺は慌ててランガを影から引っ張り出して飛び付き、頭を撫でくり回す。

 

「よ、よーし! ランガ、今日は一緒に寝よ!」

「我が主……」

 

 項垂れていたランガが耳をピクピクッと反応させたので、少しは効果があると思う……! 

 

 

 

 

 

   ◇

 

 

 失意のどん底から多少回復したランガを連れ、レトラはもう休むと言って庵を出て行った。

 残っているのは俺、シオン、シュナ、ベニマル、ディアブロ。

 その中で、シオンがプンスカと憤る。

 

「まったくスフィア殿は、油断も隙もあったものではありません! 虎の姿でレトラ様の気を引いて、あまつさえ手を握るなどという暴挙に……レトラ様は動物がお好きなようですし、このままではレトラ様が誑かされてしまいます!」

 

 そう言うお前も昼間、レトラの手を握ってキャッキャとやっていた気がするんだがな。

 まあ確かに、レトラが他国の者とベタベタしているのは面白くないものではある。だが流石にシオンの発想は飛躍しすぎだろう。賛同する者など誰も──

 

「レトラ様を誑かそうとは不届きなネコですね。リムル様、連中を始末しますか?」

「やめろディアブロ。いいから」

 

 いた。似た者同士かお前ら。

 しかも話を聞くなりその結論は、シオンよりヤバイのではないだろうか。

 シオンはあれでスフィアとも仲が良く、以前の宴の席では、酔ったスフィアがレトラに絡むくらいなら自分が相手をする! とスフィアと酒盛りをして盛り上がっていたからな。

 

 俺はユーラザニアの獣人達にはそれなりの信頼を置いている。スフィアがレトラに好意的なのは腕試しを通して強さを認めたからで、態度が明け透けなのも獣人の生来の素直さによるものだろう。

 友好国の者と仲が良いのは、決して悪いことではないのだ……個人的につまらない気分になるのと、レトラの危機意識のなさが不安になってくるだけで……

 そういえば、とベニマルが首を捻った。

 

「俺が使節団を率いてユーラザニアに滞在していた時に、フォビオがレトラ様の話題を出したことがありましたね。テンペストにはレトラ様がいて羨ましいとか……そうだろうって言っときましたが」

「何だ? 何が羨ましいって?」

「何でも、ユーラザニアにはレトラ様のような姫君がいないからと」

「……姫君」

 

 あいつ、マジでウチの姫だと思われてるよな……

 それを言うとレトラが嫌がるので、普段あまり大っぴらに口に出すことはしないのだが……

 

「姫君……おお、そういうことでしたか!」

 

 感銘を受けた、と言わんばかりの表情となったディアブロは興奮気味だった。

 

「クフフフ……リムル様に寄り添い並び立つ弟君であり、また同様にこの上なく尊い御方であるレトラ様が、リムル様の最愛の姫君であらせられるのは至極当然の話でした。そしてリムル様に仕える我らにとっても、レトラ様は至宝たる姫君であるということ……このディアブロ、深く理解致しました……!」

 

 理解しちゃったよ……

 ディアブロは何故だかやけに俺に懐いていて、それを同じようにレトラにも向けてくれるなら別に構わないのだが、コイツは言うことがいちいち大袈裟すぎると思わざるを得ない。

 レトラのことも、そう認識したままでいいんだろうか──とは、一瞬考えたものの。

 

「その通りです、なかなか見所がありますねディアブロ!」

「この度の御成長で、レトラ様は一層お美しくなられましたものね」

「今後も身命を賭してお仕えし、お護りしなければな」

 

 誰一人としてディアブロの発言を否定しないので、まあそういうことなのだろう。

 

 ……レトラはそろそろ諦めるべきだと思う。

 

 

 




※姫様説がどんどんと……

体調の方はもう少し掛かりそうですが、本編はできるだけ更新しますね



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