転スラ世界に転生して砂になった話   作:黒千

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75話 人魔会談②

 

 俺とガゼル、エラルドの三名で応接部屋へと移り、ヴェルドラに関する事情説明と、それを元にした今後の対応について密談を行ってから、会議室へ戻る。

 

 その頃には、会場の混乱は収まりつつあった。気絶から目覚めたエレンやフューズには、"暴風竜"の話など聞いていないと恨みがましい目で見られてしまったが、まあ終わったことだ。

 ヴェルドラのブレーキ役として置いてきたレトラは、未だに膝の上に拘束されていた。本人はだいぶ冷静さを取り戻しており、悟りを開いたような表情で「俺は置物……俺は置物……」と唱えながら……いや違った、現実逃避しているだけだった。

 

 改めて皆が席に着き、ようやく会議が始まった。

 まずはこれまでのおさらいだ。俺とレトラが元人間の"異世界人"であったこと、ヴェルドラとの出会い、ジュラの森に町を作り、魔国が出来て──俺がイングラシア王国へ行ったことと、ヒナタとの戦い。ファルムス王国が擁する"異世界人"達と正規騎士団による、首都リムルへの襲撃。町の住人達が殺されたこと、抵抗したレトラが騎士達を殺したことを、包み隠さず話す。

 

 その襲撃で命を落とした仲間達を蘇らせるために、俺は魔王となることを決めたわけだが……俺に魔王進化の情報を与えたのがエレンであることは、エレン本人が暴露してしまった。エラルド公爵としては、娘が魔王誕生に手を貸したことを他国にまで知られるのは、避けたかった事態だろうにな。

 ともかく、そうして俺は二万の軍勢を生贄とし、魔王に覚醒したと告げたのだった。

 

 ここからが肝心だ。

 公には真実をそのまま伝えず、手を加えた筋書きにする。

 二万の軍勢が消えたのは俺に滅ぼされたのではなく、戦場に大量の血が流れ、封じられていた邪竜を目覚めさせてしまったことによるもの──つまり、復活したヴェルドラの仕業とするのだ。

 その後、ジュラの森の盟主である俺と英雄ヨウムがヴェルドラの怒りを鎮め、守護者として祀ることで話を付けた……俺が魔王となった理由も、そのためということにする。

 

 先程の密談でまとめてきたのが、この偽りの筋書きだった。

 発案者であるガゼルや賛成したエラルドも、皆に向けて説明を加える。

 

「考えてもみよ。たった一人で二万もの軍を滅ぼす者に友好を口にされても、信じることなど出来まいよ」

「私も、娘の所為で魔王が誕生したと恐れられ恨まれるよりも、リムル殿が魔王になったお陰で"暴風竜"との交渉が可能になったと感謝される方がいいですからね」

「"暴風竜"の存在はまさに伝説であり、"天災"なのだからな」

 

 どこからともなく「フッ、天才か……」という呟きが聞こえてきたが、それは無視する。

 捕虜の三名を除き、目撃者は全員死んだ。全ての罪はファルムス王国に着せて、正義は俺達にあったと主張する。今後の西側諸国との交流のためには、必要な工作なのだ。

 力が全ての魔物にとっては、そんな策謀など思いも寄らなかったことだろう。何故事実を偽る必要があるのかと戸惑っていた者達も、その利点を聞いてなるほどと唸っている。

 

「反対意見があれば言ってくれ。特にヴェルドラには、俺の罪を背負わせてしまうが……」

「問題ないぞ、我はお前の業を共に背負うと決めていた。"暴風竜"の威、存分に使うがよい」

「……おう、ありがとな」

 

 平然としてヴェルドラは答えた。

 頼もしいことを言ってくれる。友達ってのは有り難いもんだな。

 あとは膝の上に可愛い奴を乗せていなければ、もっと格好良かったはずなんだけど。

 

「待って下さい」

 

 声を上げたのはレトラだった。当然、ヴェルドラに抱っこされたままで。

 片方を意識すると、強制的にもう片方も意識せざるを得なくなるこの光景、なかなか卑怯だな……背景のオッサンはなるべく見ないようにしないと……

 

「目撃者のいない二万の軍勢の行方は誤魔化せても、俺が騎士団を殺害した件は隠しようがありません。既に多くの者に知られていますし、ファルムス王国や聖教会にも報告されているでしょう。俺の所業を人類への脅威として世に広め、魔国討伐の足掛かりにしようとする可能性は低くはないはずです」

 

 レトラの指摘通り、そこだけはもう隠蔽が通用しない。魔物が人間を害したと吹聴されることになれば、魔国に邪悪なイメージを持たれてしまうのは避けられないだろう。

 頷いたガゼルが、重々しい威厳を纏ってレトラに問う。

 

「ではレトラよ。お前はその問題をどうすべきと考えるのだ?」

「……それは」

 

 レトラが僅かに目を伏せる。

 だがレトラはそれ以上の逡巡を見せることなく、端的に言い切った。

 

「俺の反撃行為が正当な判断であったと、世間に印象付ける情報工作が必要です」

 

 国益のために、己の起こした虐殺もあくまで正当防衛と主張すべきだと。

 ……これを事前の打ち合わせすら無しに、レトラ本人に言わせる俺達は残酷だな。

 

 レトラが単なる幹部の一人なら、俺の補佐であるだけなら、俺が決定を下せば済む話だった。

 だがヴェルドラの、「レトラに手を出したら生かしておかない」という問題発言……まあ、俺には親バカ宣言にしか聞こえなかったし、内容も全面的に同意出来るものだったが置いておくとして、あれによってレトラの重要性は一気に跳ね上がった。"暴風竜"の愛し子などという特異な存在。レトラはその意思、いや反応一つで"天災級(カタストロフ)"の脅威を人類へ向かわせる可能性を持つ、危険人物となるのだ。

 

 ガゼルはともかく、エラルドはレトラを見極めねば結論が出せないと言った。俺の弟だろうと"暴風竜"の子でもある以上、判断は慎重に行わなければならない。本当にレトラは安全なのか。良識があるだけでなく、そこには行動が伴うのか。己の考えも持たず他者に従うだけの子供ならば政の場に立たせるべきではない、我が子を思う"暴風竜"を刺激するだけの危険因子になってしまわないかと。

 

 確かにレトラは子供の姿をしているし、そう危惧するのもわからなくはない。初めの挨拶は素晴らしかったが、あとはヴェルドラの膝に乗ってじゃれていただけだしな。

 そこで、この場でレトラを試すことになったのだが、レトラは見事に答えを出してきた。

 自らが招いた事態の責任を取る──元同族の人間達を殺害した罪の意識を押し殺してでも、魔国の利となる筋書きを受け入れる覚悟が、レトラにはある。

 

 ニヤリと、ガゼルが唇の端を吊り上げる。

 

「よくぞ言ったレトラ。その覚悟があるならば、我がドワルゴンはお前の味方となろう。暗部に命じて情報を流し、お前の行動を、民を守るために外敵と戦った英雄的行為として広めるものとする」

「感謝致します、ガゼル王」

「何、元よりドワルゴンではお前の評判は非常に高いのだ。輸入品の買い付けをする商人以外にも、魔国を経由して訪れる冒険者や他国の商人からも日々噂は伝わっているぞ。各国を外遊中の王に代わり魔物の国を治めているのは、温和にして怜悧なる麗しき弟王であるとな」

「そう……ですか……」

 

 知らんかった。そこまで言われてるのか、流石は俺の弟だ。

 ガゼルに続き、フューズも賛同の意を示す。

 

「それが得策でしょう。最近、ブルムンドの自由組合(ギルド)に所属する冒険者には、この町で世話になったという者が多い。今回の件でも、非常識な軍事行動を起こしたファルムス王国を非難し、町の被害やレトラ殿の安否を案じる声が数多く聞かれています。冒険者は一般市民を守る存在として影響力を持ちますので、彼らを通して世論を誘導することは充分に可能ですよ」

 

 俺達に有利な印象操作を行うための下地は、既に整っているということだ。この辺りは本当に、人間との交流を地道に続けてきてくれたレトラの功績に他ならない。

 レトラの決断はエラルドにとっても合格点だったようで、サリオンの情報部による協力を約束してくれた。しかしエラルドはその糸目に険しく力を込め、「もう一つ問題が……」と続ける。

 

「リムル殿がヴェルドラ殿の盟友となったことが周辺諸国に広まるのは、各国への牽制にもなるでしょう。ですが、魔国の王弟という立場のレトラ殿が"暴風竜"の御子だと知れ渡っては……先程の筋書きに無理が出てきてしまうのです」

 

 尤もだった。最初から俺達にヴェルドラとの繋がりがあったことがバレると、ヴェルドラをけしかけてファルムス軍を滅ぼしたと邪推される恐れがあり、それでは俺達が悪者だ。

 今まで面白そうに話を聞いていたヴェルドラが、急に不愉快そうな顔付きとなる。

 

「おい貴様、つまり何が言いたいのだ?」

「……っ」

 

 エラルドも"暴風竜"の凄みを浴びては堪らないだろうが、そこはやはり魔導王朝サリオンの大貴族。冷静な態度を崩さず、ヴェルドラを見据える胆力は大したものだ。

 

「魔国のためにも……ヴェルドラ殿には是非、レトラ殿との関係を御内密にして頂きたいのです」

「牽制が必要ならば、むしろ全世界に知らしめたとていいではないか?」

「しかし、それでは……」

「ヴェルドラ」

 

 伝説の邪竜相手に交渉させられているという可哀想なエラルドに、レトラから助け舟が出た。

 

「俺もエラルド公に賛成だ。俺達が親子だって、これ以上周りには言わない方がいいよ」

「納得行かぬ。我はもっとお前を世に広く自慢したいのだぞ!」

「あのな、身内自慢ってウザイんだよ……そればっかりだと皆に嫌われるよ……?」

「そんなわけがあるか、お前の話を誰が嫌がると言うのだ? 我はお前がまだほんの少しの砂しか持たず、ヨチヨチとしか動けなかった頃のことから」

「あー! やめて! そういう話はやめて!」

 

 レトラでも小さい頃の話をされるのは恥ずかしいらしいな……

 そして配下達は、今よりずっと幼いレトラを思い浮かべたのか微笑ましそうだったり羨ましそうだったりしているが、後でやってくれ。

 

「と、とにかく、少しの間だけだよ。魔国が人間社会に受け入れられるまで待って欲しいんだ。魔国の皆やここにいる人達には隠すこともないし、外部に漏れなければいいからさ。それに、わざわざ自慢しなくても、俺達が親子なのは変わらないだろ?」

「ウーム…………まあ、よかろう。お前がそう言うのならばな」

 

 抱えたレトラに見上げられ、ヴェルドラさんが大人しくなる。

 ヴェルドラに関しては、もう全部あいつ一人でいいんじゃないかな? 

 ……とは言ったものの、これは予想通りの展開だった。そもそもヴェルドラに喧嘩を売ってみろとエラルドに吹っ掛けたのは俺なのだ。

 

 エラルドは、魔国の国主代理をしていたレトラについても、充分に調査を重ねてきたはずだ。娘のエレンのために俺達に協力するという結論はほぼ出ているのだろうし、その上でどうしても俺の弟を試したいと言うのなら──こちらもその覚悟を試させて貰ったとしても罰は当たるまい。

 話を持ち掛けると、エラルドの顔は引き攣っていた。

 

『そんなに怖がらなくてもいいと思いますけどね? レトラが本当にそちらの望んでいる通りの奴だったら、ヴェルドラが文句を言ってもレトラが仲裁に入ってくれるでしょうし?』

『リムル殿……お人が悪いことで…………』

 

 一方、ガゼルは、自分はレトラの人格と実行力を疑ってはいないが、その決意をレトラの口から聞きたいと、レトラに覚悟を問う役目を引き受けてくれた。

 その結果としてレトラは、国を背負う責任感と決断力を持ち、常識的な思考をする人類の友人、またヴェルドラを平和的に宥められる重要人物としての価値を高めることになったのだった。

 

 

 

 

 公表する筋書きは受け入れられた。

 続いてファルムス王国についてだが、まずは捕らえているエドマリス王を解放し、我が国への賠償を行わせる。二万もの人的資源を失ったファルムスには賠償に応じるだけの余力はなく、賠償問題はまず間違いなく内乱へと発展するだろう。それが狙いだ。

 そこで発起するのが、英雄ヨウム。ファルムスの民からの信頼も篤いヨウムがクーデターを起こし、新たな王として新王国の樹立を宣言する。ファルムス王国は滅び、生まれ変わるのだ。

 

 ヨウムとはもう話を済ませてある。いきなり王になれと言われて狼狽えていたヨウムだったが、ミュウランやグルーシスにも後押しされ、最後には腹を括ってくれた。

 当然テンペストとしては親交ある英雄ヨウムの支援を表明するし、新王国とは正式に国交を結んで相互協力していくつもりだ。

 

 ガゼルはヨウムを試す意味を込めて『英雄覇気』を叩き付けたが、ヨウムはそれに耐え切った。

 惚れた女の前で格好付けたいのもあるが、託されたからには全力で王になってみせる──と、啖呵が切られた辺りでレトラがまた、ヨウムとミュウランにキラッキラしていたな。コントロールが甘いぞ。

 

 ブルムンド王国のギルドマスターであり情報局統括補佐でもあるというフューズは、国の代表としてヨウムの国盗り計画への協力を申し出た。ファルムス王国にはブルムンドと懇意にしている貴族がおり、ヨウムの決起の際には後ろ盾になってくれると言うのだ。

 二国間条約が結ばれているとは言え、ブルムンド王国はやけに手放しで俺達の味方をしてくれるなと思っていたが……国としてどういう思惑なのかとエラルドに切り込まれ、フューズは渋々と語り出す。それはブルムンド王の方針だそうだ。

 

 ブルムンドは小国故に、魔国と戦争になれば抵抗する手段など無く、ルミナス教への信心も薄いため西方聖教会の助力が得られるかどうかも疑わしい。国家の存亡が掛かった状況でブルムンド王が選んだのは、可能な限り魔国に協力し、俺達の信頼を得ようというものだった。

 密かに両者との繋がりを保ちながら立ち回るのではなく、魔物の国を信じるという一点張り……確かに思い切った、暴挙とも言える大胆さだ。だが、それをここで聞くことが出来てよかった。少なくとも俺には、ブルムンド王国は信用に足るという確信が持てたのだから。

 

 そして魔導王朝サリオンの結論だが──それを述べる前にもう一つ、とエラルド。

 今度は俺が試される番となったようだな。

 

「聞こうか、エラルド」

 

 俺は演出として『魔王覇気』を放ち、相対する。

 その威圧感に気圧されながらも、エラルドは俺に問うた。

 

「魔王リムルよ。貴殿は魔王として、その力をどう扱うおつもりなのか?」

 

 何だ、そんなことか。俺は正直に答える。

 俺は俺が望むままに、暮らしやすい世界を創りたいだけだ。

 出来るだけ皆が笑って暮らせる、豊かな世界を。

 

「そんなところかな。力なき理想など戯言だし、理想なき力は虚しいだろ? ただ力のみを求める趣味なんざないんだよ」

 

 夢物語のような俺の本心を聞かされて本気で慌てていたエラルドは、やがて大笑いを始め……気の済むまで笑った後、使者としての礼を俺に示して頭を下げた。

 魔導王朝サリオンからの国交樹立の申し出を受け、魔国連邦はまた一つ、人類国家に受け入れられたのだった。

 

 

 

 

 ここで一度休憩を挟み──と言いながら、俺、ガゼル、エラルド、フューズという各国の代表達にとっては、別室で軽い交渉を行う時間となった。サリオンまでの街道建設を魔国が請け負う代わりに云々、今度ブルムンドには頼みたい仕事があり云々、などいくつか話した内容はラファエル先生がデータベースに格納してくれているので、詳細は今後ゆっくりと詰めていけばいい。

 

 休憩時間が終わり、再び大会議室へ向かう。

 俺が席に着くと、レトラもヨロヨロと自席に戻ってきた。疲弊した顔で。

 

「やっと放してくれたー……」

「おうレトラ、お疲れ。ヴェルドラはどうした?」

「飽きたって」

 

 見ると、後方に用意された長椅子の上ではヴェルドラがアイスティーを飲みながら漫画を開き……おい、どこから出したんだよその漫画。まあいい、これでしばらくは邪魔されずに済むだろう。

 膝抱っこから解放され、レトラも上機嫌となっている。

 

「ここからは平常心で頑張ろう……!」

「いやもう気を張らなくていいぞ、お前の見せ場は大体終わったから」

「いつ!? さっき俺の話になったとこ!?」

「ああそうだよ。よくやってくれたな」

 

 お前は見事に乗り越えてくれた。完璧だったと言っていい。

 レトラには自覚が無いのか不思議そうにしていたが、成長したなと褒めてやると、ぱっと嬉しそうな笑顔を見せた。そういうところはまだまだ子供のようで微笑ましい。

 

 俺としては……レトラに辛い思いをさせたくはないんだけどな。

 だが綺麗事だけでは済まない政治の裏側や、目を覆いたくなるような世の中の悪意、醜い現実からレトラを遠ざけておきたいと思うのは、俺の我侭なんだろう。そういったもの全てから引き離され守られることを、レトラはきっと望まない。

 レトラは強い、そんなことは知っている。苦しんでも傷付いても、レトラは皆や国を守ることを選び、これからもずっと俺の傍にいてくれるだろう──

 

 

 




※政治面ではとても信頼されている弟



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