76話 迷宮妖精の報せ
後世では人魔会談と呼ばれる、歴史的にも重要な会談に。
何故か俺は、ヴェルドラに膝抱っこされながら参加するという不可解なことになって……い、いやもう解放されたんだし、あまり気にしないでおこう。心の傷が深くなる。
で、会談も終盤に差し掛かろうかという頃──大会議室に乱入してきた者がいた。
「話は聞かせて貰ったわ! この国は、滅亡する!」
それは四枚の羽で宙に浮かぶ、まさに妖精という姿をした小さな女の子。そしてその後方では、リムルのものとよく似た仮面で表情を覆った人形が、丁寧に扉を閉めている。
「「「な……なんだって──!?」」」
礼儀として俺も叫んでおきました。
ていうか、ていうか、ラミリスがキタアア! ベレッタもキタァ──!
《告。ユニークスキル『
あ、いいよウィズ。ラミリスクラスが来て、俺が平静でいられるとは思ってないから。『
それにイングラシアのリムルと魔法通話で話した時に、精霊の棲家での出来事も聞いている。ラミリスとベレッタに会ってみたい! 今度紹介して! と熱いアピールをしていた俺がラミリス達にキラキラしていても、何の不思議もないという寸法だ。
「リムル様、不審な者を捕らえました。この巫山戯た羽虫にどのような処分を下しましょう?」
「いや待て……そいつそんなナリだけど、一応は魔王らしいよ?」
「そんなナリってどういう意味よ!?」
ディアブロに羽を摘ままれ、ジタバタと暴れているのが"
まあ、まだ会談中なので、ラミリスの相手は一旦ヴェルドラに託された。推理漫画を読むのに夢中で断ろうとしたヴェルドラは、リムルに犯人のネタバレを喰らって燃え尽き、ラミリスは封印されていたはずの"暴風竜"を目にしてパタリと気絶してしまったので、今のうちにと会議は進む。
次の議題は西方聖教会への対応について。
これからテンペストは魔王クレイマンの勢力と事を構えるため、二正面作戦とならないよう、聖教会とは積極的に対立しないつもりであることをリムルが説明する。
「シオン。捕虜の中に聖教会の大司教がいただろ? 新しい情報は得られたか?」
「フッフッフ、勿論ですリムル様!」
尋問を担当していたシオンが、胸元からスチャッと手帳を取り出した。
俺とリムルでプレゼントした手帳をちゃんと活用している……いいぞ、デキる女シオン! 全てを暗記する必要はないんだ、メモを取れば怖くない!
「黒幕が判明しました。その名はニコラ……ウス、シュペル、タスすう……枢機卿です!」
噛み噛みだが、合ってる合ってる。大丈夫。
ファルムス王国に派遣されている司祭レイヒムが、ルベリオスにある聖教会本部へ魔国の報告をした際、上司に当たるニコラウス枢機卿から、魔国を神敵として討伐する予定だと返答があったそうだ。そこでレイヒムは枢機卿の許可を得て
「ニコラウス・シュペルタス枢機卿……神聖法皇国ルベリオス法皇の懐刀であり、事実上西方聖教会の頂点に君臨すると言われる存在ですね。レイヒム大司教は、神敵討伐の栄誉を以て中央からの評価を得ようとしていたのでしょう」
「だが、聖教会本部としては決定的な判断を下す前だったということか。交渉次第では、敵対を避けられるかもしれんぞ」
「では交渉は俺が」
エラルド公爵やガゼル王が意見を述べ、聖教会への牽制はフューズが請け負ってくれた。
既に国交を結んでいるドワルゴン、ブルムンドに続き、魔導王朝サリオンも機を見て魔国との国交樹立を宣言する予定なので、更なる後押しとなるだろう。
「シオン、捕虜は三名だったな? エドマリス王と、レイヒム大司教……あと一人は誰だ?」
「町を襲撃してきた黒髪の若造ですが、酷く怯えていてほとんど会話になりませんでした」
それは"異世界人"
名前くらいは聞けたか? とリムルに問われ、シオンは手帳片手に堂々と返事をする。
「はい、ラーメンです!」
ダメだった──!
か、書き間違いかな……手帳があってもそこはミスるのか……いやシオンの所為じゃなくて、怯えたラーゼンの滑舌が悪かっただけかもしれないし……と思ったら、尋問に立ち会っていたミュウランのフォローにより、その男の名はラーゼンだと確定した。滑舌悪くなかった。
「英雄ラーゼンか。忘れてはならぬ男よな」
「世に聞こえし大魔法使いの一人として、獣王国にもその名は轟いております」
"剣聖"ガゼル王や、アルビス達三獣士にまで強者と認識されているのは凄いと思う。数百年に渡り大国ファルムスを守護してきたことも有名な話のようで、異世界人の身体に憑依しているのではというリムルの言葉にも、あのラーゼンならばと皆は納得していた。
だが、リムルの『
「人間にしてはそれなりに魔法を操れたようですが、あの程度の小者を倒しただけでお褒めの言葉を頂けるとは思っておりません。私はただ、リムル様に御仕えすることを認めて頂きたく、与えられた仕事を全うしただけのことです」
ラーゼンを一蹴したというディアブロに皆が絶句する中、リムルはディアブロに一つの任務を与えた。ヨウムや捕虜達と共にファルムス王国に赴き、国盗り計画のサポートをするようにと。
褒められるどころか左遷されたかのような命令にディアブロはわかりやすくショックを受けるも、この仕事にはラーゼンすら上回る強さを持つお前が適任だとリムル直々の激励を受け、嬉しそうに了承していた。
これで俺も、しばらくはディアブロに会えなくなるのか……少しずつ仲良くなれたらいいと思ってたんだけどな。まあちょくちょく戻って来るはずだし、焦らずアプローチしていこう。
話が逸れたが、西方聖教会が魔国を"神敵"と認定するならば当然戦うことになる。だがこちらとしては、可能な限りヒナタ達との衝突を先延ばしにすると決まった。
フューズが言うには、ヒナタは助けを求める者には救いの手を差し伸べる、理性的な人物であるそうだ。リムルに対して問答無用で殺しに掛かって来たのは、"魔物との取引の禁止"というルミナス教の教義があるからだろう、と。
リムルが視線を落として思案を始める。
その憂慮を汲み取って、ガタリと二人の人物が立ち上がった。
「リムル様を襲うとは、何と無礼な女でしょう!」
「同意しますシオン殿。ここは私が出向き、始末して参りましょうか」
汲み取った結果がこれだよ! やっぱりディアブロは、シオンと共にちょっと危険な奴でした。リムルのためなら、何を仕出かすかわかったもんじゃないタイプでした。
自分がヒナタを成敗すると言って譲らず、ではどちらが強いかハッキリさせようと口喧嘩を始めたディアブロとシオンは、させんで宜しい! とリムルに一喝されてションボリと静かになった。ヴェルドラも交ざろうとしなくていいから、座ってて。
リムルが気にしているのは、ヒナタ達がどう動くか、以外にもいくつかあるだろう。
シオンがエドマリス王から聞き取った、ファルムス王国に魔国の特産品である魔絹の反物を持ち込んだという商人。強欲な王を刺激し焚き付けたとも取れるその行動は、誰かの差し金によるものなのか。
そしてリムルが魔物であることや、シズさんを殺したとヒナタに密告したのは誰か。
俺には勝手に知っていることがあるが、伝えようとすればきっとまた隠蔽される。
だがそれ以前に、前世の知識を妄信するのが危険だということはわかった。この世界には不確定要素の俺がいる上に、俺はまだヒナタにもユウキにも会ったことがない。この世界で何が起こっているか、これから何が起こるのか──頭の中だけで決め付けずに自分の目で確かめ、充分に可能性を考えて備えるべきなのだ。結局この世界が知識通りの歴史を辿るとしても、それはそれでいい。もう二度とあんな間違いを犯さないために……俺の知らない何かが起こっても、その全てに対処出来るように。
長かった会談が終わり……いやその前に、先程飛び込んできたラミリスの話だ。
気絶から復活したラミリスは、ヴェルドラの影響で漫画にどっぷりハマってしまっており、大長編少女漫画を真剣に読み耽っているところだった。
「おい、ラミリス……ラミリス?」
「ウルサイわね、アタシは今忙しいの! 後にして!」
「そのヒロインが誰とくっつくかバラされたくなければ、ここに来た目的を言え」
「はいっ!」
リムルに脅しを掛けられ、ラミリスが飛んでくる。
ちょうどいいから人間達も一緒に聞きなさい、という前置きと共に告げられたのは。
魔王クレイマンが、ジュラの大森林に魔王を僭称する者が現れたという議題で
発議者であるクレイマンの言い分では、その裏には魔王協定に反する魔王カリオンの裏切りがあり、己の配下のミュウランも魔王を騙る魔物リムルに殺されてしまったとして、これに制裁を加えることを目的としているそうだ。
十大魔王達の間で大規模な戦争が起これば、人間にとっても無関係では済まない。各国の要人達は魔国や今後の雲行きを心配する様子だったが、ここから先は俺達の問題となる。新たな情報がわかり次第知らせるという約束をして、会談はようやく締め括られたのだった。
人間の客人達が退室し、対クレイマンの作戦会議に移る。
会談前のソウエイの報告では、傀儡国ジスターヴを出発したクレイマンの軍三万ほどが、ミリムの領土である忘れられた竜の都を目指しているとのことだった。現在、軍はその都に留まり編成などを行っている様子だそうだ。
指揮官はクレイマン本人ではなく、配下の"五本指"のうち、中指のヤムザ。『思念伝達』で伝えられた映像を確認したミュウランの証言だ。
ちなみにほら、当たり前だがミュウランは生きている。それを知ったラミリスは、「ってことは……全てはクレイマンの嘘! 犯人はクレイマンね!」と状況を理解してくれた。
「クレイマンは魔王カリオンにも策謀を仕掛けている。クレイマンの軍は、ミリムの領土を抜けた先の……獣王国ユーラザニアへ進軍するつもりなんじゃないか?」
クレイマンの狙いは恐らく、ユーラザニアの各地に残る避難民や非戦闘員を皆殺しにして魂を狩り集め、"真なる魔王"へ覚醒すること。リムルはそう判断し、阻止しろと命令を下した。
お任せ下さいとベニマル達は揃って勢い付き、カリオンを裏切り者呼ばわりされた上に自国の民を狙われている三獣士など、怒髪天を衝くが如くの形相でクレイマン軍を叩き潰す気概に満ちていた。
テンペストとユーラザニアの連合軍で、クレイマンの軍勢を迎え討つ。
ではその間、リムルはどうするかと言うと──
「ラミリス。
「えっ? リムル、アンタ参加する気なの?」
クレイマンが
単純明快ながら、手っ取り早くてとてもいい。
「うーん、大丈夫だと思うけど聞いてみる。あ、付き添いは二人までだからね!」
ラミリスが魔王専用回線とやらで魔王の誰か、というかギィに連絡を取っている間。
付き添いは二人まで──それを聞き、配下達に緊張が走った。リムルについて行くのは自分だと、すかさず口々に主張を始めるアグレッシブさである。微笑ましいね。
そんな皆の様子に、リムルは呆れ顔だ。
「落ち着けって。ディアブロ、お前にはファルムス王国を任せただろ。ベニマルにはクレイマン軍との戦があるし、ソウエイも同じだ。連れて行くのは……まず、シオン」
「はい!」
今回の件で本当に命を落とすことになったシオンには、裏で暗躍していたクレイマンに報復する権利がある。それは誰が考えても妥当なところで、残念そうな顔をする者達からも文句は出ない。
残る枠は、あと一つ。
「もう一人は──ランガに……」
「リムル」
狙い澄ましていたタイミングで、俺は声を上げた。
とっくに腹を括り終えた固い意志が伝わるような、物々しい声で。
「二人目は俺だ。俺が行くよ」
クレイマンとの戦の作戦会議が始まってからも、特にいてもいなくても変わらないような存在感だった俺だが……それもそのはず、俺の本命は初めからこっちだ。
時々リムルや皆からチラリチラリと視線が寄越されていたのは、今思えば、コイツ何でこんなに大人しいんだろうという意味だったのかもしれない。
「レトラ……いや、それは……」
「リムル? まさかとは思うけど……
「う……」
ギクッとリムルが言葉を詰まらせる。
周りの皆もハッとして、不安そうな表情ではあるが俺を止めようとする者はいない。何度も何度もリムルに置いて行かれている俺には、いい感じに同情票が集まっているようだ。
おいで、と俺はランガに声を掛けた。足元の影からにょきっと現れたランガの首に抱き付く。
「ランガは俺の影に潜って、従魔としてついて来て。それならリムルの付き添いには含まれないし、何かあった時には俺を守って欲しいな」
「我が主の御命令とあらば……!」
バッタバッタと尻尾が揺れる。かわいいなぁ。
「待て、レトラ……もし特殊な結界で影空間を封じられたら……」
「俺の影空間とは空間連結で接続を保つよ。俺にも空間移動は出来るし、何なら結界は壊せるし」
究極能力となった『
まあリムルも皆も、俺の実力を問題にしているわけじゃないのは知っている。ただただ俺を危険に晒したくないだけで、やっぱりリムルは俺を町に残して行くつもりだったようだが……そうは問屋が卸さない。
「リムル……イングラシアに行く前に、言ってたよな?」
「何だ?」
「帰ってきたら、好きな所に連れてってやるって──」
「お、前……! 確かに言ったけど……あの約束をこんなことに使う気か……!?」
こんなことって言ったよ。
「俺を従者に選んでくれるなら、約束は今度に取っとこうかなって思ってるけど?」
「く……!」
リムルが本気で揺れている。だけど、そう悪い話じゃないと思うんだ。リムルとしても、知らないうちに俺がまた何かやらかすよりは、目の届く範囲にいて欲しいのが保護者心なのでは?
「何だレトラ、行くのか? ならば我も行くぞ」
ずっと長椅子で漫画を読み漁っていたヴェルドラが、ちゃっかりと話を聞き付けて近付いて来た。「魔王共など蹴散らしてくれよう!」とその気になって張り切っているが……
「あ、ヴェルドラはここに残って欲しいな。ヴェルドラは強いから、どんな奴が来ても敵じゃないだろ?」
「それは当然だが……しかしな、お前が行くと言うのに」
「俺のことは大丈夫! 何せリムルがついてるから!」
「ムゥ……そうだな、リムルがいるのであれば……だが……」
「強いヴェルドラが町を守ってくれたら、俺は安心なんだけど……ヴェルドラ、お願い!」
さっき、思ったことがある。
俺との親子関係を秘密にしろと言われてヴェルドラが不機嫌になった時、膝抱っこされつつ見上げながら説得したら、何だかヴェルドラの機嫌が直ったのを感じたのだ。つまりこれは……俺のおねだりは、親馬鹿なヴェルドラには効果があるってことじゃないかな!?
(ウィズ、どう思う!? 勝率は!?)
《解。個体名:ヴェルドラ=テンペストに
高っ! 残りの一%ちょっとは、一体何の要素で負けるんだ。
椅子に座る俺は、近くまでやって来たヴェルドラをじっと見て……これをリムルにやって白い目で見られたら死にたくなるけど、ヴェルドラにやるのは気が楽だった。さあどうだ、効くのか……!?
「──……ウム! いいだろう、町のことは我に任せておくが良い!」
「ヴェルドラ! ありがとう!」
本当に効いたー! 俺も捨てたもんじゃないな!
いや、でもマジでヴェルドラがチョロすぎる……こんなんで本当に大丈夫?
「リムルよ、くれぐれもレトラを頼んだぞ!」
「はあ……わかったよ。レトラ、お前も来い。シオンとレトラを連れて行く」
あとは俺の影にランガ。
もしその場で複数の魔王が敵に回ったら……とシュナやゲルドからは慎重な意見も出たが、危なくなったらリムルの『暴風竜召喚』でヴェルドラを呼ぶ、ということで作戦もまとまった。全員が『空間移動』を使えるし、逃げるだけなら不可能な話ではない。
それに、リムルには気掛かりがある。俺にもある。ミリムのことだ。
ミリムらしくない行動が目立つのは、クレイマンに操られているためではないか? と、いくらここで議論していても答えは出ない。やはり、
宴の開催は、三日後──新月の夜だった。
※弟が自分にだけ「お願い!」ってしないでガチ交渉してくる件(匿名・Rさん)
感想、評価、ここすき、誤字報告等、いつもありがとうございます。