転スラ世界に転生して砂になった話   作:黒千

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77話 宴へ向けて

 

 リムルの魔王達の宴(ワルプルギス)への参加は魔王達に承認され、俺もついて行くことが決まった。

 魔王であるラミリスも当然出席するし一緒に行動することになるからと、作戦会議の後で、リムルが俺をラミリスに紹介してくれた。

 

「リムルから聞いてるよ、弟なんだってね?」

「初めまして、レトラ=テンペストです!」

「ホントだ、何か眩しい……聖霊の加護があるわけでもないのに……ま、アンタもベレッタの主みたいなもんなのよね? アタシのことはラミリスでいいよ、ヨロシクね!」

「じゃあラミリス、よろしく! リムルの味方になってくれてありがとう」

「いいってばもー! アタシだってリムルにはお世話になってないこともないし? この最強ラミリスさんが付いてれば、怖い物ナシよ!」

 

 何というか、ラミリス全開だった。何故長年引きこもってボッチやってたのか理解に苦しむ、この親しみやすさ。やはり魔物の世界では、腕っ節がないと生き辛いのかな? 

 ラミリスとはこれからも和気藹々と、迷宮の開発や運営なんかを一緒にやって行きたいものである。ちょっと気が早すぎるか。

 

「レトラ様、ワレは"聖魔人形(カオスドール)"のベレッタと申します。リムル様と同格の主たるレトラ様のお話を伺い、お目に掛かれる日を楽しみにしておりました」

「うん、俺もだよ。よろしくベレッタ!」

 

 俺に向かって丁寧にお辞儀するのはベレッタ。精霊の棲家でリムルがラミリスに聖霊の守護巨像(エレメンタルコロッサス)をけしかけられ、それを焼き尽くしてしまったので、代わりにラミリスの配下とするため召喚した悪魔だ。

 リムルに依代の魔鋼人形と名前を与えられ"魔将人形(アークドール)"として誕生したベレッタだが、リムルの魔王進化の祝福(ギフト)で"聖魔人形(カオスドール)"に進化した、真面目な苦労人である。仲良くしような! 

 

 ラミリスとベレッタとは軽く挨拶を交わした程度だったのだが──何となく気になったのは、二人とも妙に俺のことを知ってる口ぶりだったことかな…………リムル、まだ精霊の棲家で一度会っただけのラミリス達に、俺の何をどのくらい話したんだ…………

 

 

 

 翌朝。

 町の広場には、テンペストとユーラザニアの兵達が集められていた。

 

 魔国側の戦力は一万名ほどで、戦闘職の幹部達をトップに据えて各部隊が編成されている。

 まずは御存じ、ゴブタを隊長とする狼鬼兵部隊(ゴブリンライダー)が百名。侍大将ベニマルが率いるのは大鬼族(オーガ)三百名の精鋭"紅炎衆(クレナイ)"と、ホブゴブリン四千名から成る緑色軍団(グリーンナンバーズ)。ゲルドの猪人族(ハイオーク)五千名の防衛部隊は、黄色軍団(イエローナンバーズ)と名付けられた。ガビル達龍人族(ドラゴニュート)百名は、現在の魔国最強部隊である"飛竜衆(ヒリュウ)"。そしてシオンを始め死の淵から蘇った者達およそ八十名の"紫克衆(ヨミガエリ)"が、リムルと俺の親衛隊という位置付けだった。

 

 ユーラザニアの獣人達一万名も加わって整列する光景は、まさに圧巻。

 町の防衛戦力として残る"紫克衆(ヨミガエリ)"を除いた二万名が、これからリムルによってユーラザニアの地へ転送され、現地の戦力と合流してクレイマン軍を迎え討つのだ。

 リムルと俺は各部隊の説明を受けながら、皆の準備が終わるのを待つ。

 

「いやはや壮観だな。皆もそれぞれ進化したり、新たなスキルを獲得したようだし……レトラ、お前にも祝福(ギフト)ってのはあったんだろ?」

「うん。俺も、俺の先生も進化して──」

 

 皆の進化についてはベニマルが聞き取りを行っていたけど、俺は直接リムルに伝えるようにと言われていたので、進化結果を掻い摘んでリムルに報告する。

 

「……"魔王種"になった? 究極能力が二つ? もしかして、お前も魔王になれるんじゃないのか……」

「いや、俺はいいよ……」

 

 魔王になるには最低限"魔王種"を獲得していること、と今は決まってるんだっけ? 

 だけど、肩書きとしての魔王にはあまりメリットがないんだよな……ミリムが言っていた、魔人や人間に威張れるとか、強い奴と喧嘩が出来るとか、そのくらいしか。人間達と仲良くしたい身からすると、新興の魔物の国に魔王が二人いたところで、過剰に恐れられるだけで旨味がない。

 魔王を名乗ると因果が巡る、というのも不安の種だった。魔物の町に主がもう一人いただけであれほど痛い目を見たのに、俺が更に因果をめちゃくちゃにしてどうするよ? 

 

 総合的に考えて、テンペストに魔王はリムル一人で充分だと俺は思っている。逆に、"魔王種"だったらディアブロもベニマルも、シオンだってそうだしな。後に覚醒魔王がこれでもかと誕生する魔国に"魔王種"が一人増えた程度であれば、そうおかしな話でもないのだ。

 うんうん解決したと頷く俺に、あ、とリムルが思い出したように言う。

 

「そうだレトラ。『智慧之王(ラファエル)』が、お前の先生に協力して欲しいって言ってるんだが……」

「え?」

《告。究極能力『智慧之王(ラファエル)』より、転送術式展開時の協力要請を確認しました。究極能力『先見之王(プロメテウス)』の演算能力の一部を、『智慧之王(ラファエル)』へ貸与しますか? YES/NO?》

 

 この世界の転送魔法は、亜空間を通過する際に大量の魔素を浴びて有機物なら変質・劣化し、生物であれば死亡するという危険な代物である。だが、保護結界を組み込んだ軍団魔法(レギオンマジック)級の新術式はラファエル先生の手によってアッサリと完成していた。

 複雑な術式展開はラファエルの主動で行うようだが、ウィズの処理能力をプラスしてブーストするつもりらしい。手伝えることがあるならYESだ、頼むぞウィズ。

 

 準備が整い、俺達は広場に用意された台の上に立った。

 俺がいるのは、リムルと一緒に出陣前の一言をくれと頼まれたからである。ユーラザニアの面々もいる前で、俺はどんな態度を取ったら良いんだろうと悩んだが、そこも気にせずいつも通りで良いらしい。まあ、やることは激励だ。

 リムルと俺は、整列した二万名に向かって声を掛ける。

 

「聞いての通り、俺は魔王達の宴(ワルプルギス)へ赴く。諸君にはクレイマンの軍勢を任せるが、俺達は質でも策でも奴らの上を行っている。遠慮する必要はないぞ、存分に暴れて来い!」

「これ以上の犠牲は要らない、この戦で終わらせよう。魔国とその友人たる獣王国の戦士達──リムルは必ずクレイマンを討つ。だから皆も、誰一人欠けずに戻ると約束してくれ!」

 

 必要なのは気休めではなく、本気の言葉。

 心の底からそう思っていることが伝われば、言葉としては何でもいいのだ。

 

「よし、それじゃあ送るから、勝てよ!」

 

 リムルの言葉が締め括りとなり、広場は歓声に包まれる。

 その熱気が収まる頃、リムルと俺は転送術式の展開に取り掛かった。二人で並び、それぞれ片手を前方に差し出すと──二万の軍を飲み込むほどの巨大な魔法陣が広場に出現する。

 うん、実際に働いているのはラファエル先生とそれを補助するウィズなので、俺達は何してればいいのかな……ってところだったが、これで何となく大魔法を行使しているような神々しい雰囲気が出た。演出というのもなかなか大事だ。

 

 下から上へと次々組み上げられていく積層型魔法陣は、二分掛かったかどうかというスピードで完成し、辺りに眩い閃光が走った後には、二万もの軍勢は綺麗に消え去っていた。

 クレイマン軍は、ユーラザニアの戦士団や住民の多くが魔国へ避難し手薄となっている隙に、ユーラザニアを蹂躙し魂を狩り尽くすつもりだが、こちらの連合軍に音も無く先回りされているとは思うまい。こんな大掛かりな転送作戦を実現させるのはそのくらい非現実的という意味なのだが、気付いた時には手遅れだ。ご愁傷様である。

 

「リムル、まだユーラザニアに残ってる避難民達も、準備が出来たらテンペストに連れてくるんだよな? その転送も手伝う?」

「いや、今回ほど大規模じゃないし俺だけでいいよ。お前には頼みたいことがあってな……」

 

 

 

 

 

 更に翌日。

 頼まれていた作業を終えて、リムルと俺はジュラの森を歩いていた。

 他にはフワフワと宙を飛ぶラミリスと──

 

「そんでね、ミリムがアタシの所に押し掛けてきて自慢するワケよ。友達が出来たとか、魔物の町のこととか……あーあ、アタシもここに住んじゃおっかなー?」

「おいラミリス、何を勝手に……」

「まあ! それは素敵なお考えですわ」

 

 ラミリスの言葉に大賛成する、ほわほわと幸せそうなトレイニーさん。

 リムルが「俺の知ってるトレイニーさんじゃない……」という顔をしているが無理もない。

 えーと、トレイニーさん達ドライアド三姉妹は、かつて精霊女王だった頃のラミリスに仕えていて、ラミリスと逸れてしまった後でヴェルドラに拾われ、森の管理者となったのだそうで。現在堕落して妖精となっているラミリスが大会議室に現れた時には、一目で気付いたと言っていた。

 

「ああ、あの頃と何も変わらず、気高く麗しいその御姿……ラミリス様のためならば、わたくしは時空の果てまでもお供致します!」

「トレイニーちゃん、アンタって子は!」

 

 気高く……麗しい……いや、ラミリスは可愛いとは思うけどね? 

 俺の憧れた、格好良くて頼りになるトレイニーさんは今いずこ……まあいい、身に纏う蔓の先端でハートマークを描いているトレイニーさんも、可愛いっちゃ可愛いので。

 

 そういうわけで、ラミリスが魔王達の宴(ワルプルギス)へ連れて行く従者は、ベレッタとトレイニーさん。

 今日はその準備のために樹人族(トレント)の集落へやって来たのだが……ちなみにベレッタは来ておらず、町に結界を張るために留守番となったヴェルドラの相手をしてくれている。こういうところが苦労人と言われる所以だ。

 

 集落まで転移した後、少し歩くと、ゼギオンとアピトに出迎えられた。

 リムルと俺が揃って現れるのは久しぶりのことなので、二人とも嬉しそうにしている。

 

『リムル様、レトラ様。御無沙汰しております』

『ようこそおいで下さいましたわ。リムル様、どうぞコチラをお納め下さい』

『おっ蜂蜜か、ありがとなアピト。んー、やっぱり疲れには甘い物だな。レトラも、ほら』

 

 促されていつものように口を開けると、リムルの操る蜂蜜玉がポイと口に放り込まれた。

 うん、じんわりと広がる上質なこの甘み、癖になるね。

 

『ゼギオン、修行の調子はどう? 強くなった?』

『この程度では到底、御二方の御力とはなれません。レトラ様の御期待に添えるよう、精進致します』

 

 求道者め……だがそれがいい。

 どこまで強くなっても良いからなと、ゼギオンにはエールを送っておいた。

 

 ゼギオンは体長七十センチくらい、アピトは五十センチくらいにまで元気に成長している。

 特にアピトは、身体が丈夫になりましたと随分アピールしてくるので何事かと思ったら、アピトは柔らかそうで抱っこするのが怖い……と俺が以前ウッカリ口にしてしまったことを気にしていたようだ。っていうか、抱っこされたかったらしいアピトが可愛い。

 

 きちんと翅を畳んだアピトをぬいぐるみよろしく抱っこする俺に、ラミリスが戸惑いながら「その魔蟲……もしかして軍団蜂(アーミーワスプ)……」と呟いていたがとんでもない。アピトはその最上位種、女王麗蜂(クイーンワスプ)だ。可愛くて強いって良いよね……

 抱っこされるアピトをどことなく羨ましそうに見上げているゼギオンに至っては、もっとヤバイ奴だしな。

 

『あ、ごめんゼギオン、今日はちょっと時間がないからまた今度な? 次に遊びに来た時は、砂スライムになるから、また乗せてくれよな』

『御意』

 

 力強く即答された。

 昔ゼギオンに会いに来て、この辺りを歩いて回るなら自分に乗って欲しいとか言われた時には、どうすべきかと思ったよね。人型だと無理なので砂スライムになったんだけど……俺を乗せてのしのし歩くゼギオンが満足そうだったため、それからはたまに乗せてもらっている。

 

 ゼギオンとアピトと別れ、俺達はトレントの集落の奥に聳える、大霊樹(ドリュアス)の下へやって来た。

 樹妖精(ドライアド)は樹木と融合した精神生命体であり、この大木こそがトレイニーさんの本体だ。トレイニーさんは普段、大霊樹(ドリュアス)から精神体を離脱させ、魔素で構築した仮初の肉体で活動している。

 魔王達の宴(ワルプルギス)へ参加するに当たって、本体の大霊樹(ドリュアス)から精神体が離れすぎて接続が切れてしまうことのないようにと、リムルはトレイニーさんの大手術を行うことにした。

 

 リムルがベレッタの"聖魔核"を参考に用意した、器となる空の宝珠。

 ここにトレイニーさんが"魂"ごと宿り、その聖なるエネルギーと同等の妖気をリムルが封入することで、宝珠は生命を宿した"聖魔核"となり、トレイニーさんの本体となるのだ。

 

「それで、トレイニーさんの新しい肉体だが……レトラ」

「うん」

 

 トレイニーさんの"聖魔核"はリムルが、その依代は俺が担当する手筈になっていた。

 原作ではリムル(とラファエル先生)が、ベレッタの魔鋼人形を作った時のようにして、トレイニーさんの依代も作製するのだが……造形、加工とくれば、それは俺の大得意分野である。

 

「トレイニーさんが魂を宝珠に移したら、元々の本体だった大樹を使って新しい依代を作ろうと思います。この樹は俺が一旦砂にしますけど……大丈夫ですか?」

「ええレトラ様、ご遠慮なさらず。わたくしのために御力添え下さり、大変感謝しておりますわ」

 

 念押ししたが、トレイニーさんはにっこりと微笑むだけだった。

 樹妖精(ドライアド)の宿っていた大霊樹(ドリュアス)砂妖魔(サンドマン)に砂にされる日が来るなんて、きっと以前では考えもしなかった事態だろうな……ここまでドライアドと懇意にしている砂妖魔(サンドマン)は、恐らく俺が史上初だ。

 

 さて、ここで一つの不安が生じる。

 トレイニーさんを砂にして、俺は大丈夫か? という問題だ。風化欲求的な意味で。俺はトレイニーさんのことも好きなので、砂にするとなれば欲求の発症は絶対に避けられない自信がある……ちょっと洒落にならないのでよく考えてみたが、答えは、きっと大丈夫。

 

 好きな人達と一つになりたいという俺の化物じみた欲望には、俺の主観が大きく影響するようだ。俺は『分身体』もその当人に含まれると思っているから、『分身体』を溶かしても反応する。

 では、トレイニーさんの魂が抜けた樹木を砂にする場合、俺がそれをトレイニーさんだと認識するかどうか考えると…………認識しないな、と思うのだ。俺はトレイニーさんの元本体を砂にしても喜ばない気がする。我ながらそこまで末期ではない。よってセーフ! 

 

 そして手術が始まった。

 リムルとトレイニーさんの正確無比な力の調整による、"聖魔核"の生成。

 トレイニーさんの魂が抜け切り、生命力の失われた大霊樹(ドリュアス)を、俺の砂が包み込む。

 

《告。究極能力(アルティメットスキル)旱魃之王(ヴリトラ)』を使用……『万象衰滅』に成功しました。『天外空間』へ取り込んだ第一質料より構成情報を取得し、ユニークスキル『砂創作家(サンドアーティスト)』を実行します──》

 

 ふう、思った通り"風化欲求"は出なかった。

 取り込んだトレイニーさんの樹や、芯となる魔鋼を再現しながら、俺の砂はイメージ通りの木彫りの人形を作り出す。部位ごとの作製ではなく、最初からそれらが組み上げられた完成体を。事前にリムルと打ち合わせ、ウィズにも手伝って貰って球体関節人形の設計図を脳内に用意しておいたため、造形には三分も掛からなかった。

 

 完成した人形に"聖魔核"が組み込まれ、トレイニーさんの魔力が行き渡る。

 そこには、木製人形を依代として受肉を果たした英知ある魔物、霊樹人形妖精(ドリュアス・ドール・ドライアド)──以前の精神体の姿と全く変わらぬトレイニーさんが、綺麗に微笑んでいたのだった。

 

「これでわたくしも、何の懸念もなくラミリス様にお供することが出来ます。ありがとうございます、リムル様……そして、レトラ様も……」

 

 トレイニーさんの慈愛溢れる笑みに、俺も笑って応える。

 森の管理者である樹妖精(ドライアド)が、『渇望者(カワクモノ)』を持つ砂妖魔(サンドマン)の協力の下、偉大な精霊女王に仕える高位の魔人へと生まれ変わった──今日の出来事はそんな感じで、森の眷属達の間で語り継がれることになるだろう。ジュラの大森林における俺と樹妖精(ドライアド)との関係は、ここに一つの決着を見たのだ。

 

「レトラ様。ぜひ今後とも、末永く……よろしくお願い申し上げますわ」

「はい。こちらこそよろしくお願いします、トレイニーさん」

 

 

 今度はわかる。

 それは何を疑う必要もない、心からの言葉。

 

 

 ああやっぱり、トレイニーさんは綺麗だな。

 

 

 

 




※書きたいこと:ラミリスベレッタゼギオンアピトトレイニーさん(大混雑)

追記:トレイニーさんの聖魔核と新しい身体の話は、書籍版と漫画版にある原作エピソードです。少しわかりやすくするため、本文を一部変更しました。



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