今夜は新月、
〇時からの開催に備え、準備は着々と進んでいる。
宴のための新しい衣装が出来上がったということで、リムルはシュナに連れられて、俺はハルナに案内されて、それぞれ身支度を整えているところだ。
執務館にある一室。大きな姿見の前に立つ俺を眺め、ハルナが目を細める。以前から俺の人型を気に入っているハルナは、今回の俺の成長にも喜んでいた。
「レトラ様……本当に、ますますお美しくなられて」
「どうも。ハルナも綺麗になったね」
「あら、まあレトラ様、そんな……」
おっとりとした仕草で、恥ずかしそうにハルナが笑った。
リムルから
「衣装はどんな感じになったの?」
「シュナ様の素晴らしい技術で、この度のお召物も極上の一品となっておりますわ。意匠については製作部門の者達で話し合い、レトラ様の美しさ、優雅さ、上品さを損なわぬよう細心の注意を払いました」
「熱意がすごい……でも、確か俺は、従者らしくって頼んだよな……?」
「ええ、もちろんです。リムル様と共に
まるで徹夜明けのようなテンションに少し心配になったが、ゴブリナ達に運ばれてきた服を身に着けてみれば、やはり皆は出来る子だったと俺は痛感することになる。
リムルの魔王衣装となる黒いコートに合わせてか、俺の装いも全体的に黒。詰襟にケープ付きコートを羽織る軍装のような出で立ちだった。軍装自体は、昔リムルと一緒に服飾のデザイン例として漫画やゲームから引っ張ってきて、色々と描き溜めたものの中にあったはずだが、見事にそれをサルベージしてくる的確なセンスに脱帽である。
魔絹で織られた衣類はどれも上等な仕立てだし、薄手のコートは布感たっぷりに波打ち、裾やケープの縁に施された銀糸の刺繍が品良く豪華で、麗剣を腰に吊っても負けてない……だと……
従者らしく、とかいう抽象的なオーダーしかしていなかったのに、これはすごい。
長くなった髪はハルナが結ってくれた。砂色の髪を編み込んでまとめたアップスタイルで、仕上げに黒いリボンの結ばれたピンが差し込まれている。その後、一度全身を砂にして構成情報を取得したので、いつでもこの姿を『創造再現』可能だ。
元いた部屋ではシオンや、身支度を終えたリムル、シュナが待っていた。新しい服で現れた俺に、まずは女子組が歓声を上げる。シュナには衣装製作のお礼を伝えておいた。
シオンは「レトラ様、お可愛らしいです!」と褒めてくれたが、贅沢を言うなら、軍服的な格好をしてるんだから格好良いって言って欲しかったかな。
シオンはいつものダークスーツに、新調した"剛力丸・改"を背負っている。クロベエが打ったこの新たな大太刀の性能は、今夜にも披露されることになるだろう。
「へえ、レトラ……今までにない感じだが新鮮だな、似合ってるぞ。俺はどうだ?」
そう言うリムルは、例の黒いコート姿で……おおっ、と俺のテンションが上がる。
シズさん譲りの容姿が大人びて、リムルは以前より更に綺麗に格好良くなっている。外見的には俺と同じ十二、三歳くらいのはずなのに、精神年齢がそうさせるのか俺より大人っぽく見えるよな。黒のロングコートを着た細身のシルエットには、武装しているわけでもない魔王の余裕と貫禄が感じられ、ここまで来たんだな! と、それはもう感動しきり──
……っと、落ち着け俺。この前せっかく成長したなってリムルに褒められたのに、遠足前の子供のようにはしゃいでいては台無しだ。遠足とは前日に熱を出さないところから始まり、無事に家に帰り着くまで続くのだ。俺はリムルの従者としてついて行くんだから、完璧にこなしてみせるぞ……!
「ありがとうございます。リムル様もとてもよくお似合いですよ」
「…………何だ、それ?」
やっべ、一歩目から地雷を踏んだ。
従者らしく答えた途端、リムルが只事ではない剣呑な目付きとなり、ヒヤッとした空気の冷たさに危機感を覚えた俺は、口調を即刻元に戻す。ウィズ、『精神介入』も解除して?
「あの……新参の魔王が従者にタメ口叩かれてたら、他の魔王達に舐められるだろ? だから俺も、従者としてちゃんとしようと思って、予行演習をね……?」
「向こうでは『思念伝達』で話せばいいだろ。二度と様付けすんなよ」
俺に態度を変えられるのが相当我慢ならないらしい。我侭だなぁ。
リムルと俺は"同格兄弟"で、皆からは同格の主とされているけど、国王と王弟ってことにもなってるけど……補佐の国相としては、俺は部下だよな? まあ、公的な場では弁えてもらわないと困るけど、家で主従ロールプレイを強要する必要はないか。
「じゃあテイク2な。ほい、アクション」
「リムル超似合ってる! 魔王みたいで格好良い!」
こういう時、俺のキラキラって便利だよね。お世辞じゃないことは伝わるからね。
もういいやと『精神介入』で心を抑えることもせず、いつものノリで感想をぶちまけると、「魔王だからな」とリムルは機嫌を直して笑ってくれたのだった。
「ではリムル様、レトラ様。わたくしも行って参ります」
時刻は二十三時を回り、
経緯はこうだ。まずは先程、ユーラザニアの戦場にいるベニマルからリムルに『思念伝達』があった。現地では敵軍との戦端が開かれたばかりなのだが、既に勝利が視えた、と言うのだ。
ベニマルが自信家すぎるとか慢心だとか、そういう話ではない。ベニマルが獲得したユニークスキル『
俺の方でも、ソウエイ達が集めてきたクレイマン軍の情報や戦場の地形、こちらの戦力などを踏まえてウィズに『未来予見』でシミュレートして貰ったが、同じ結論が出ていた。
自軍の勝利を確信したベニマルは、クレイマンが本拠地の城を留守にしている今、ソウエイとハクロウの二人を攻め込ませたいとリムルに許可を求め──その作戦に、シュナが参加を希望したのだ。
流石にリムルやベニマルは慌てたが、シュナは頑として譲らなかった。自分もクレイマンが許せない、怒りを抑えられないのだと訴えるシュナ。『思念伝達』に加わったソウエイやハクロウの、必ずシュナを守るという主張もあって、リムルはとうとうシュナに出撃許可を出すことにした。
それらの思念会話は秘匿回線で行われたものだったが、ウィズに頼んだらすぐにリンクを繋げてくれた。戦況は常に把握しておくようにと前からリムルに言われているので、俺が報告や作戦会議を傍聴しているのは当然だ。盗み聞きではないので問題ない。
で、これからシュナはベニマル達のいる陣へ『空間移動』で向かうところであり、もちろん俺もシュナが心配ではあるのだが……
「いいかシュナ、安全第一だからな。危ないと思ったら無理はするなよ」
「心得ておりますわ、リムル様。どうかご安心を」
「シュナ様、本当に、本当に、気を付けてくださいね!」
「大丈夫ですよシオン。ソウエイもハクロウも付いているのですから」
こ、これは、どこかでよく見た光景…………何という親近感!
何度も何度も注意を繰り返すリムルやシオンに律儀に返事をしながら、やや呆れた様子のシュナが俺に目を向けてきた。二人の気持ちがシンクロした瞬間である。
「レトラ様の御苦労が、少しわかったような気が致します……」
「だろ? ってわけで、今度からはシュナが俺の味方に付いてくれると嬉しいな」
「それとこれとは別のお話ですわ」
「はい」
ニコッとした笑顔。シュナは流されてはくれなかった。
それはいいとして、ミュウランからの事前情報では、クレイマンの城を守るのはやはり
俺が手を差し伸べると、シュナの頭上にサラッと細かな粒が降り注ぐ。部屋の明かりを受けて一瞬だけ煌めいたそれが消え、シュナが不思議そうに俺を見た。
「レトラ様……これは……?」
「念のためだよ。えーと……"砂の加護"?」
ゲルドと遊びに出掛けた時には、俺が砂を操ってゲルドを覆うということをしていたが、シュナとは別行動するため、砂を操る『質料操作』が継続させられなくなる。なのでシュナに纏わせたのは、分身体として作り出した見えない砂だ。分身体にも俺の耐性は反映するので、シュナを守る命令を与えておけば防御面で多少の効果があるだろう。十中八九、必要ないとは思うんだけど。
加護という一言だけで、シュナは嬉しそうだった。
「まあ……ありがとうございます、レトラ様。とても心強いです」
「うん。じゃあシュナ、気を付けて。行ってらっしゃい」
〇時まではもうすぐだ。
迎えを待つ間、リムルに問われ、ヴェルドラ達が魔王の話をしてくれた。
「二千年ほど前に、我が戯れに滅ぼした吸血鬼の都があってな、そこを統べる女吸血鬼が魔王の一柱だったと記憶しておる。名は確か、ルルス……いや、ミルスだったか?」
「師匠、吸血鬼の魔王なら代替わりしたよ? 今はヴァレンタインって男」
「何? そうなのか」
ラミリスはすっかりヴェルドラと漫画友達になってしまい、漫画を聖典と呼び、それを教えてくれたヴェルドラを師匠と慕っている。
というか、吸血鬼の国の件は完全にヴェルドラが悪いよな。ルミナスに会ったら真面目に謝るべきだと思う。
「
「ギィとミリムとアタシが最古の魔王で……あとリムル達が知らないのは、ディーノちゃんかな? アタシ以上にサボるのが好きな魔王だよ!」
仕入れた情報で前世の知識をおさらいしながら……俺はソファに腰掛けたヴェルドラ、の、膝の上にいる。
またかよ! と喚いても放してもらえないし、抜け出そうと暴れても頭を撫でられてあやされる始末である。構ってくれって言ってるんじゃないんだよ俺は。
砂になって脱出を試みようかとも思ったが、やめた。うん、ヴェルドラには無理を言って留守番してもらうからな……原作でもそうだったとは言え、今回それを頼んだのは俺だし……今のところはヴェルドラの好きにさせてあげよう。
「そういえば師匠って、ギィとは戦ったことないの?」
「奴ははるか北方に居を構えておるしな……あんな何もない所には行く必要もないのだ!」
笑って何かを誤魔化すヴェルドラ。
いますね、お姉さん。ギィの相棒、"白氷竜"ヴェルザードさんが。
向こうはヴェルドラを可愛がっているつもりでも、ヴェルドラからすると何度も痛い目に遭わされてきたみたいだし、苦手に思うのも無理はない。そういうキツイ教育(?)を受けてきた割には、俺への可愛がり方はとても普通なので、ヴェルドラって実はまともな奴だよな……抱っこくらい我慢してあげようかな……
「お迎えに参りました、ラミリス様」
そろそろ日付も変わるという頃、部屋に禍々しい転移門が出現した。
宴への案内役として現れたのは、ギィの部下である緑髪のメイド、
ミザリーはリムルにも、御一緒にどうぞと告げて門の脇へ控える。
気軽にミザリーに声を掛けたラミリスが、先に行くよ、とベレッタとトレイニーさんを伴って扉の向こうへ消えた。リムルも落ち着いた足取りで扉へと踏み出し、それに続く俺とシオン。
転移門は、
そこにいたのは一人の魔王──
円卓を囲む十二脚の椅子のうち、ギィは最も奥の上座に座り、隣の席へ飛んできたラミリスと話している。ギィがヤバイことは前世から知っているので、俺はそちらを見ないようにしてシオンと共に壁際へ立った。リムルはミザリーの案内で一番手前の席に着き、ランガはいつでも俺の影から出て来られる状態だ。
(じゃあウィズ、打ち合わせ通りに。魔王達の情報収集をするなら気付かれない範囲で頼む。俺の妖気は軽く抑える程度で行くけど、解析されそうになったら防いでくれ。あと、『
《了。各種スキルの実行準備に入ります》
究極能力の保有は、どうせ実力のある者にはほぼバレる。それに俺はどうあがいても砂なので、戦闘になれば『
キラキラしない方法も考えてきた。
俺は正直、クレイマン以外の魔王は嫌いじゃないので……魔王オールスターと言える今夜の催しに、興奮しないでいられる自信がない。『
誰とも目を合わせないようにする!
陰キャのような結論になったが、従者が魔王達をジロジロ観察するのは不敬だからな。静かにじっと控えているのが、従者の正しい姿だろう。
あとリグルドが言うには、俺の目や視線がキラキラしているそうなので……目を見られなければいいんじゃないかな? まさか本当に俺が光っているわけじゃあるまいし……違うよな?
《解。現在までに、
だよな、光ってたらどうしようかと思った。
俺は自身への『精神介入』で心を抑え、目を伏せておくという二段構えで宴に臨む。『万能感知』はウィズに任せ、何かあったら伝えてもらうようにして、俺は他のことを考えていよう…………
会場入りしたのは〇時だが、魔王達が揃うまでにはまだ時間が掛かる。
その待ち時間を利用して、俺はシュナに持たせた『強化分身』を通じ、クレイマンの城を制圧するため〇時に行動を開始したシュナ達を、こっそりとモニタリングしていた。
シュナ達はクレイマンの城を守る霧の結界に囚われ、『思念伝達』や『空間移動』を封じられてしまう。それでも問題はないだろうと思っていたし、もし予想外のことが起きたら、分身体を目印にして『境界侵食』の空間移動ですっ飛んで行こうと身構えていたけど…………本当に問題なかった。
アダルマンと対峙したシュナの聖なる魔法は、魔の霧や無数の
『レトラ……レトラ?』
『……あっ、リムル? 何?』
おっと、リムルから思念が送られてきた。
ボーッとしてどうした? 疲れたか? とリムルに聞かれたがそんなはずがない、宴はまだ始まってもいないのに。少しシュナ達の様子を覗き見……ではないです、見守っていただけです。
会場にはおおよその魔王達が集まってきているようだ。
ヴェルドラの友達の
『見ろ、魔王ヴァレンタインの後ろにいる銀髪のメイドさん……魔王より魔素量が多いんだよ。もしかして、ヴェルドラの言ってた
リムル正解。青と赤の
色々と事情があってルミナスは配下のロイを代役に立てているのだが、それは俺が勝手に知っていることでしかない。リムルの推理には、相槌を打つに留めておく。
『で、そのメイドさんが、さっきからお前のこと見てるんだが』
いやそれは知らない! どういうことだよ!
俺は慌てて顔を──上げるのはマズイので、視線を床に縫い付けたままウィズに問う。
(俺、見られてるって本当?)
《解。およそ百秒ほど凝視されていますが、解析の気配や害意は感じられず、こちらも静観中です》
ガッツリ見られていた。ルミナスが俺に何の用だ……?
リムルの思念が、慎重な響きで俺に忠告する。
『レトラ、気を付けろよ? もしヴェルドラと親子だってことがバレたら、お前まで魔王の恨みを買うかもしれないからな』
うーん、どうだろう。ルミナスは、ヴェルドラの関係者にまで怒りを向けるような性格じゃないと思うけど……まあ、俺はルミナスには間違いなくテンションが上がるので、目は合わせないでおいた方が良さそうだな?
「レオン、シズさんは死んだぞ」
レオン・クロムウェル。
美しい金髪と目の覚めるような美貌を持つ、元人間の魔王。
それが彼女の選択だったのだから当然だ、と動じないレオンの冷淡な瞳を睨み付け、リムルは言う。
「俺は彼女の思いを継いだんだ……一発殴らせろ」
「殴られる謂れはないな。文句があるのならば、招待してやるから来るといい」
ここではそれ以上の応酬をせず、張り詰めていた空気を解いて、リムルとレオンは席に着く。
レオンは自分のしたことを理解しているし、リムルの怒りを受ける気もある。シズさんには生きるための選択肢も与えていて──
それがわかっていたから、シズさんもレオンを憎めなかった。だが、レオンに直接ぶつけたい文句は沢山あっただろう。だからリムルは、シズさんの代わりにレオンを殴るのだ。
その時にはきっと、俺もついて行って見届けよう。
レオンを殴るのはリムルの役目。
クレイマンを倒すのもリムルにとって必然であり、必要なこと。
俺は今夜、俺のやりたいことを通すためにここに来た。
どうしても許せないクレイマンを──この手で一発殴ってやるために。
※原作の大きな相違点を書いておいた方がいいでしょうか?
Web版:ヴェルドラ同行。宴へ向かう途中で二人組と知り合い、そのうち迎えが来る。
書籍版:ヴェルドラ留守番。町に迎えが来て、直接会場へ。魔王のメンツなど一部変更あり。アダルマンがクレイマンの部下。