転スラ世界に転生して砂になった話   作:黒千

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80話 魔王達の宴②

 

砂創作家(サンドアーティスト)』によって再現された、超高等爆炎術式。

 それを体内で起動され、ズタズタになったクレイマンが蹲っている。

 

「お、おのれ……たかが砂妖魔(サンドマン)が……!」

 

 まだまだ元気そうだな。またすぐに回復してくるだろう……と身構えた直後、クレイマンへと跳躍した影。かろうじて避けたクレイマンのいた位置を激しい衝撃が抉り、床の破片を巻き上げる。

 "剛力丸・改"を持ち上げたシオンが、クレイマンを睨み付けた。

 

「痴れ者め。レトラ様を侮るとは……痛い目に遭わなければわからないようですね」

 

 皆ちょっとキレ過ぎだと思う。砂って言われただけじゃんかよ……どうでもいいよ……というかクレイマンは既に痛い目に遭わされまくっているのだが、それこそシオンにはどうでもいいことらしい。

 

 シオンは今まで、魔人形ビオーラと、魔人の魂を封じたという五体の人形達を一人で相手にしていた。ビオーラはクレイマンの最高傑作と言うだけあって、特質級(ユニーク)の剣や槍が身体中に仕込まれており、攻撃手段も炎熱やら雷撃やら圧壊やらと豊富な上に強力だ。五体の人形もそれぞれが上位クラスの魔人へと変化し、ビオーラの攻撃に紛れてシオンを撹乱するような連携を見せていた。シオンは受けたダメージを『超速再生』で瞬時に回復させながらも、決定打が出せずにいたようだが……

 

 そこへ助っ人が現れた。ラミリスがリムルに加勢すると宣言し、ギィの許可を得たベレッタが結界内に入って来たのだ。

 全身が魔鋼製のベレッタには、ほぼ全ての物理攻撃と魔法攻撃が通じない。これだけでもヤバイことはおわかりだと思うが、ベレッタはユニークスキル『天邪鬼(ウラガエルモノ)』まで持っている。正反対の性質を自動で獲得するという意味のわからない能力によって、ベレッタの悪魔族(デーモン)の特質が反転して天使族(エンジェル)の力も備わり、ベレッタの体内には"聖魔核"が生成されて、聖と魔の力を操れるようになったというわけだ。死角が無い。

 

 ベレッタの参戦で、戦況は一気に傾いた。

 ビオーラに対峙したベレッタはその多彩な攻撃を全て無効にするので、後は時間の問題である。その一方で、残りの人形達などもうシオンの敵ではない。シオンはあっと言う間に大太刀で人形達を斬り捨て、俺の元に駆け付けてくれたのだった。

 

「ククッ……それで勝ったつもりか? 人形達は何度でも復活する! 蘇れ、踊る人形達(マリオネットダンス)!」

 

 クレイマンが高らかに叫ぶが、人形達が起き上がる気配はない。

 リムルは今ミリムと戦っていて忙しいので、俺が代わりに自慢しておこう。

 

「シオンの剣は魂喰い(ソウルイーター)です。精神攻撃対策の術式も組み込んでおかないと、操り人形なんて中身から壊されますよ」

「せ、精神攻撃も備えた剣だと……!?」

「俺達の仲間には、優秀な刀鍛冶がいるもので」

 

 ヒナタの剣を参考にして、リムルとクロベエで造り出したのが"剛力丸・改"である。魂喰い(ソウルイーター)なんて特質級(ユニーク)でも希少だそうで、魔国産の武器の性能がまた上がってしまったな。

 そういえばクロベエが言ってたんだけど、何かハクロウも精神攻撃効果のある剣を注文してきたとか……ハクロウくらいの達人なら技術でどうにでもなりそうなもんだけど、何に使うんだろ? 

 

呪怨束縛(カースバインド)で召喚した死霊達を滅したのも、武器のお陰だったというわけですか……ならば貴様らを支配して、その剣ごと私のコレクションに加えてやろう──操魔王支配(デモンマリオネット)!」

 

 いいえ、俺の『衰滅』はスキルの効果です。

 そんなことを思っているうちに、クレイマンが放った黒い糸状の妖気が俺とシオンを包み込む。だが、それにも何の意味もなかった。

 

「おい、これは何のつもりです? 痛くも痒くもないのですが、もう少し待てばいいのですか?」

 

 イライラした声でシオンが問う。

 さっきから何一つ思い通りになっていないクレイマンが哀れになってきた。

 俺とシオンを覆う黒い繭は、俺達の発する妖気にあっさりと掻き消されて消える。

 

 精神生命体である俺(そしてウィズの守りもある)と、エクストラスキル『完全記憶』を手に入れて半精神生命体と呼ぶべき種族になっているシオン。魂で思考する存在に、精神支配系の能力は効かないのだ。それも絶対の法則ではないと思うが、クレイマンは精神生命体を相手にする想定をしていなかったようなので話にならない。

 クレイマンがそのことを知っていれば──そして、ミリムが()()()()()()()()()()であることを知っていれば、致命的なミスを犯すことはなかったかもしれないのにな。

 

「馬鹿な……馬鹿な! こんなことは有り得ない! 魔王すら支配する、究極の呪法が……いや、まだだ、まだ手駒は残っているぞ! 操魔王支配(デモンマリオネット)……!」

 

 取り乱したクレイマンが、性懲りもなく支配の呪法(デモンドミネイト)を発動させる。

 だが、それは今度は俺達にではなく──

 

「いつまで手こずっている、九頭獣(ナインヘッド)! 私に加勢するんだ!」

 

 ランガと戦っていた妖狐、クマラ(予定)に向けられたものだった。

 黒い繭に覆われた内部から、キャゥンと悲鳴のような声がする。

 クマラの二体の従魔、白猿(ビャクエン)月兎(ゲット)は、ランガそっちのけで主を助けようと繭に駆け寄るが、触れただけで精神を汚染しそうな禍々しい妖気に近付けずにいる。

 

九頭獣(ナインヘッド)の魔素量は魔王にも届く……! その力を私のために役立てろ!」

 

 クマラはまだ尾が三本しかない幼い妖狐だが、その魔素量は現時点でクレイマンに並ぶほどだ。

 クレイマンは支配の呪法(デモンドミネイト)を施したクマラを"五本指"の母指として配下に置き、無理矢理戦わせている。ランガと戦っている間もクマラは見るからに怯えていて、ランガは攻めあぐねてしまっていたが……

 ここへ来てクレイマンは更に呪法を上乗せし、クマラを盾にでもしようという心積もりらしい。本当に配下を道具としか思っていないんだな、酷い奴だ。

 

 まあ──俺の砂の方が速かったけど。

 

 クマラが黒い繭に包み込まれる瞬間、俺の砂がクマラを覆った。

『質料操作』による砂の盾はクマラを黒い妖気から守り、同時に繭を喰い破って消滅させる。

 

《告。究極能力『旱魃之王(ヴリトラ)』を使用……『万象衰滅』に成功しました》

 

 クレイマンの動向にはウィズが目を光らせている。操魔王支配(デモンマリオネット)の狙いが俺達ではないと気付いたウィズが『思考加速』で教えてくれたので、対応が間に合ったのだ。

 

《また、種族名:九頭獣(ナインヘッド)に、支配の呪法(デモンドミネイト)の影響を確認しました。呪法を破壊しますか? YES/NO?》

 

 暴れられても困るので、クマラには"砂呪縛(サンドカース)"を使用して動きを止めている。

 本当なら、クマラの呪いを解呪するのはリムルなんだけど……ウィズが呪法に気付いたし、こうなったら俺がやらないわけにはいかない。YESと念じる。

 クレイマンの支配から解放して"砂呪縛(サンドカース)"も解くと、疲れ果てたのかクマラが意識を失った。巨大化していたサイズも元に戻り、二体の従魔も消え、俺は砂を操ってクマラをそっと受け止める。

 

「す、砂……? 貴様か、砂妖魔(サンドマン)! よくも私の邪魔を……!」

「随分と姑息な手段を使うんですね。こんな小さな子まで操るなんて」

 

 俺の前で、未来の仲間(予定)に手を出せると思うなよ。

 逆上したクレイマンは剣を手に俺に斬り掛かって来ようとするが、シオンの大太刀がそれを止める。近寄って来たランガにクマラを預けて、俺は『万能感知』で周囲を確認した。

 

 こっちは色々と片付いてきているが、リムルの方は──あ、向こうも佳境に入った。

 

 ミリムの嵌めている腕輪に支配の呪法(デモンドミネイト)が仕込まれていることに気付き、リムルはミリムが体勢を崩したところを狙って、腕輪を壊そうと動く。だがそれはミリムの罠だ。わざと隙を見せてリムルを誘い込み、掴む。今度こそ回避されないようにリムルの動きを封じて、ミリムは拳を振り被り……だ、大丈夫かな? 手加減してくれてるよな? もしあれに当たったら、リムルでも無事では済まないんだけど……

 ギュッと目を閉じたリムルの頭には、かつて俺と一緒にミリムにボコボコにされた特訓の日々が思い起こされていることだろう。ミリムにとっては遊びでも、俺達にはそうじゃないんだって! 

 

「リ、リムル──」

「グオッ!?」

 

 神懸かったタイミングだった。

 拳がリムルを直撃するその寸前、空間が歪んだ。二人の間に割り込むように現れた人物の頭に、ミリムのパンチが綺麗に決まり、ゴォンッ! と鈍い轟音が響く。

 

「い、いきなり何をする!? 酷いではないか!」

「え……ヴェルドラ!? おい、何でここに来てんだよ!?」

 

 やって来たのはヴェルドラだった。今は人の姿をしているが、その半端ではない存在感はまさしく"竜種"。結界の外にいる魔王達も、突然の"暴風竜"の乱入に呆気に取られている。

 リムルの究極能力『暴風之王(ヴェルドラ)』──その権能の一つ、『暴風竜召喚』を使えば、リムルはいつでもヴェルドラを呼び出せる。いざという時の作戦ではあったけど、まさかその召喚経路を通って、ヴェルドラの方から逆走してくるとは思わなかっただろうな……

 

「おおリムル、そうだ、そんなことよりもだな……用件はこの聖典だ! 最終巻のカバーと中身が別物ではないか! これは我に対する嫌がらせか!?」

 

 リムルに漫画を突き付けて、ヴェルドラが文句を言う。

 殴られたことより漫画のことで怒ってる……というか出会い頭にぶん殴られても、酷い! だけで済ませるヴェルドラって良い奴だと思うよ。超大らか。

 

 それにしても、狙い澄ましたかのようなタイミングだった。俺はヴェルドラが来ることは知っていたけど、間に合うかどうかは半信半疑だったし、どうしても来なければ俺が呼ぼうかとも考えていた。助けてーって全力で思念を送ったら、ヴェルドラならどこへでもぶっ飛んで来てくれるんじゃないかというくらいの信頼感があるので……だが俺の心配を余所に、ヴェルドラは完璧だった。こういうのを、持ってるって言うんだな! 

 

「ヴェルドラ。漫画の続きを渡す前に、一つ頼みがある」

「ム? 何だ?」

「そこのミリムと少し遊んでやってくれ。絶対に怪我させないようにな」

「ミリム……ほう、我が兄の一粒種か。良かろう、我に任せよ! ──と、その前に」

 

 ぐるりとヴェルドラが辺りを見回した。

 その顔が俺を向き、目が合って、ヴェルドラがパァッと笑う。

 

「レトラよ、無事か? 魔王共に苛められてはいないか? 何かあったら我に言うのだぞ!」

「あっうん、平気! 俺は大丈夫だから!」

 

 慌てて答えると、ヴェルドラはそうかそうかと頷いて、待たせたな! とミリムに向き直る。

 魔王達から、何だ今の…………という空気をメッチャ感じるんだけど、見ない見ない。ミリムすら首を傾げて何か聞きたそうな顔をしていたが、ごめんな、後でな。

 

 ヴェルドラにミリムの相手を任せて、リムルがこちらへやって来た。大丈夫か? と俺に尋ねてくるが、今までミリムの重い拳を紙一重で避け続けていたリムルほどではない。

 

「俺は何とも。リムルこそ大丈夫?」

「ああ、何だかんだで消耗したな……死ぬかと思った」

 

 お疲れ様です。

 リムルは、ミリムと戦いながら『万能感知』で俺達の様子を見ていたらしく、ランガの背でぷうぷう眠る子狐を見て唸る。九頭獣(ナインヘッド)には呪法が掛けられていたのに、ミリムにはそれが見当たらないのは何故か……ともかくヴェルドラがミリムを抑えているうちに、術者であるクレイマンを倒そうというのがリムルの決断だった。

 

 その時、リムルに『思念伝達』が入る。ソウエイからだった。クレイマンの本拠地を落とし、城内で重要な品を見付けたので、ゲルドの『胃袋』を通して確認して欲しいとのことで──

 

『それと、数千の不死系魔物(アンデッド)が急遽シュナ様に下りまして』

『は?』

『敵の首魁だった死霊が、リムル様とレトラ様を神と崇めたいと申しております』

『はあ……?』

 

 ア、アダルマン……? リムルを神だと思うのはまだわかるけど……俺は何だよ……

 ちょっと意味がわからないので、今度詳しく聞こうと思う。

 

 ベレッタはとっくにビオーラに勝利していた。

 クレイマンの魔人形はバラバラにされ、特質級(ユニーク)の武器や防具は取り外されて、ベレッタが嬉しそうにそれらを並べて磨いている。戦利品にするらしい。主従揃って楽しい人達だよな。

 

 シオンの"剛力丸・改"が、クレイマンの剣を叩き折る。

 クレイマンは、そこで初めて部下達が全て倒されていることに気付き、愕然とした表情を浮かべた。新参の魔王、それもスライムに、ここまで追い詰められるとは夢にも思っていなかったのだろう。

 

「どうした、これで手詰まりか? それとも今度こそ、お前自身が戦うか? 魔王クレイマン」

 

 一歩、リムルがクレイマンに歩み寄る。

 

「クッ……ククク……そうか、そうだな。私は魔王……魔王なのだ。だから戦い方にこだわり、上品に、優雅に敵を葬ってきた……」

 

 不敵に笑い出したクレイマンは、高級そうなスーツの上着もシャツも脱ぎ捨てた。

 背中が異形のように盛り上がり、そこから生えてきた二対の腕。黒い妖気は外骨格となって身を覆い、おぞましい化物の姿となる。これがクレイマンの本性なのだろう。

 

「だがもういい……こんな気持ち、久しく忘れていたよ。自らの手で敵を捻り潰したいという、高揚感をな!」

 

 そして、クレイマンは一つの仮面を取り出した。

 笑みを象る道化の仮面を、クレイマンは迷うことなく顔に嵌める。

 

「へえ……少しはマシになったじゃないか。魔国連邦(テンペスト)国主リムル=テンペストだ、決着を付けようぜ」

「魔王──いや、"喜狂の道化(クレイジーピエロ)"クレイマンだ。殺してやるぞ、魔王リムル!」

 

 リムルとクレイマンが、互いに名乗りを上げる。

 

 決着の時は近い。

 これが、最後の戦いだ。

 

 

 




※漫画版は最新巻(現在十八巻)まで持っているのですが、追い付いてしまいました
※前々から、漫画版に追い付いたら、次巻が出るまで更新を止めようと思っていたのですが……

追記:今後の更新について活動報告を上げましたので、よろしければご確認ください



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