『
それを体内で起動され、ズタズタになったクレイマンが蹲っている。
「お、おのれ……たかが
まだまだ元気そうだな。またすぐに回復してくるだろう……と身構えた直後、クレイマンへと跳躍した影。かろうじて避けたクレイマンのいた位置を激しい衝撃が抉り、床の破片を巻き上げる。
"剛力丸・改"を持ち上げたシオンが、クレイマンを睨み付けた。
「痴れ者め。レトラ様を侮るとは……痛い目に遭わなければわからないようですね」
皆ちょっとキレ過ぎだと思う。砂って言われただけじゃんかよ……どうでもいいよ……というかクレイマンは既に痛い目に遭わされまくっているのだが、それこそシオンにはどうでもいいことらしい。
シオンは今まで、魔人形ビオーラと、魔人の魂を封じたという五体の人形達を一人で相手にしていた。ビオーラはクレイマンの最高傑作と言うだけあって、
そこへ助っ人が現れた。ラミリスがリムルに加勢すると宣言し、ギィの許可を得たベレッタが結界内に入って来たのだ。
全身が魔鋼製のベレッタには、ほぼ全ての物理攻撃と魔法攻撃が通じない。これだけでもヤバイことはおわかりだと思うが、ベレッタはユニークスキル『
ベレッタの参戦で、戦況は一気に傾いた。
ビオーラに対峙したベレッタはその多彩な攻撃を全て無効にするので、後は時間の問題である。その一方で、残りの人形達などもうシオンの敵ではない。シオンはあっと言う間に大太刀で人形達を斬り捨て、俺の元に駆け付けてくれたのだった。
「ククッ……それで勝ったつもりか? 人形達は何度でも復活する! 蘇れ、
クレイマンが高らかに叫ぶが、人形達が起き上がる気配はない。
リムルは今ミリムと戦っていて忙しいので、俺が代わりに自慢しておこう。
「シオンの剣は
「せ、精神攻撃も備えた剣だと……!?」
「俺達の仲間には、優秀な刀鍛冶がいるもので」
ヒナタの剣を参考にして、リムルとクロベエで造り出したのが"剛力丸・改"である。
そういえばクロベエが言ってたんだけど、何かハクロウも精神攻撃効果のある剣を注文してきたとか……ハクロウくらいの達人なら技術でどうにでもなりそうなもんだけど、何に使うんだろ?
「
いいえ、俺の『衰滅』はスキルの効果です。
そんなことを思っているうちに、クレイマンが放った黒い糸状の妖気が俺とシオンを包み込む。だが、それにも何の意味もなかった。
「おい、これは何のつもりです? 痛くも痒くもないのですが、もう少し待てばいいのですか?」
イライラした声でシオンが問う。
さっきから何一つ思い通りになっていないクレイマンが哀れになってきた。
俺とシオンを覆う黒い繭は、俺達の発する妖気にあっさりと掻き消されて消える。
精神生命体である俺(そしてウィズの守りもある)と、エクストラスキル『完全記憶』を手に入れて半精神生命体と呼ぶべき種族になっているシオン。魂で思考する存在に、精神支配系の能力は効かないのだ。それも絶対の法則ではないと思うが、クレイマンは精神生命体を相手にする想定をしていなかったようなので話にならない。
クレイマンがそのことを知っていれば──そして、ミリムが
「馬鹿な……馬鹿な! こんなことは有り得ない! 魔王すら支配する、究極の呪法が……いや、まだだ、まだ手駒は残っているぞ!
取り乱したクレイマンが、性懲りもなく
だが、それは今度は俺達にではなく──
「いつまで手こずっている、
ランガと戦っていた妖狐、クマラ(予定)に向けられたものだった。
黒い繭に覆われた内部から、キャゥンと悲鳴のような声がする。
クマラの二体の従魔、
「
クマラはまだ尾が三本しかない幼い妖狐だが、その魔素量は現時点でクレイマンに並ぶほどだ。
クレイマンは
ここへ来てクレイマンは更に呪法を上乗せし、クマラを盾にでもしようという心積もりらしい。本当に配下を道具としか思っていないんだな、酷い奴だ。
まあ──俺の砂の方が速かったけど。
クマラが黒い繭に包み込まれる瞬間、俺の砂がクマラを覆った。
『質料操作』による砂の盾はクマラを黒い妖気から守り、同時に繭を喰い破って消滅させる。
《告。究極能力『
クレイマンの動向にはウィズが目を光らせている。
《また、種族名:
暴れられても困るので、クマラには"
本当なら、クマラの呪いを解呪するのはリムルなんだけど……ウィズが呪法に気付いたし、こうなったら俺がやらないわけにはいかない。YESと念じる。
クレイマンの支配から解放して"
「す、砂……? 貴様か、
「随分と姑息な手段を使うんですね。こんな小さな子まで操るなんて」
俺の前で、未来の仲間(予定)に手を出せると思うなよ。
逆上したクレイマンは剣を手に俺に斬り掛かって来ようとするが、シオンの大太刀がそれを止める。近寄って来たランガにクマラを預けて、俺は『万能感知』で周囲を確認した。
こっちは色々と片付いてきているが、リムルの方は──あ、向こうも佳境に入った。
ミリムの嵌めている腕輪に
ギュッと目を閉じたリムルの頭には、かつて俺と一緒にミリムにボコボコにされた特訓の日々が思い起こされていることだろう。ミリムにとっては遊びでも、俺達にはそうじゃないんだって!
「リ、リムル──」
「グオッ!?」
神懸かったタイミングだった。
拳がリムルを直撃するその寸前、空間が歪んだ。二人の間に割り込むように現れた人物の頭に、ミリムのパンチが綺麗に決まり、ゴォンッ! と鈍い轟音が響く。
「い、いきなり何をする!? 酷いではないか!」
「え……ヴェルドラ!? おい、何でここに来てんだよ!?」
やって来たのはヴェルドラだった。今は人の姿をしているが、その半端ではない存在感はまさしく"竜種"。結界の外にいる魔王達も、突然の"暴風竜"の乱入に呆気に取られている。
リムルの究極能力『
「おおリムル、そうだ、そんなことよりもだな……用件はこの聖典だ! 最終巻のカバーと中身が別物ではないか! これは我に対する嫌がらせか!?」
リムルに漫画を突き付けて、ヴェルドラが文句を言う。
殴られたことより漫画のことで怒ってる……というか出会い頭にぶん殴られても、酷い! だけで済ませるヴェルドラって良い奴だと思うよ。超大らか。
それにしても、狙い澄ましたかのようなタイミングだった。俺はヴェルドラが来ることは知っていたけど、間に合うかどうかは半信半疑だったし、どうしても来なければ俺が呼ぼうかとも考えていた。助けてーって全力で思念を送ったら、ヴェルドラならどこへでもぶっ飛んで来てくれるんじゃないかというくらいの信頼感があるので……だが俺の心配を余所に、ヴェルドラは完璧だった。こういうのを、持ってるって言うんだな!
「ヴェルドラ。漫画の続きを渡す前に、一つ頼みがある」
「ム? 何だ?」
「そこのミリムと少し遊んでやってくれ。絶対に怪我させないようにな」
「ミリム……ほう、我が兄の一粒種か。良かろう、我に任せよ! ──と、その前に」
ぐるりとヴェルドラが辺りを見回した。
その顔が俺を向き、目が合って、ヴェルドラがパァッと笑う。
「レトラよ、無事か? 魔王共に苛められてはいないか? 何かあったら我に言うのだぞ!」
「あっうん、平気! 俺は大丈夫だから!」
慌てて答えると、ヴェルドラはそうかそうかと頷いて、待たせたな! とミリムに向き直る。
魔王達から、何だ今の…………という空気をメッチャ感じるんだけど、見ない見ない。ミリムすら首を傾げて何か聞きたそうな顔をしていたが、ごめんな、後でな。
ヴェルドラにミリムの相手を任せて、リムルがこちらへやって来た。大丈夫か? と俺に尋ねてくるが、今までミリムの重い拳を紙一重で避け続けていたリムルほどではない。
「俺は何とも。リムルこそ大丈夫?」
「ああ、何だかんだで消耗したな……死ぬかと思った」
お疲れ様です。
リムルは、ミリムと戦いながら『万能感知』で俺達の様子を見ていたらしく、ランガの背でぷうぷう眠る子狐を見て唸る。
その時、リムルに『思念伝達』が入る。ソウエイからだった。クレイマンの本拠地を落とし、城内で重要な品を見付けたので、ゲルドの『胃袋』を通して確認して欲しいとのことで──
『それと、数千の
『は?』
『敵の首魁だった死霊が、リムル様とレトラ様を神と崇めたいと申しております』
『はあ……?』
ア、アダルマン……? リムルを神だと思うのはまだわかるけど……俺は何だよ……
ちょっと意味がわからないので、今度詳しく聞こうと思う。
ベレッタはとっくにビオーラに勝利していた。
クレイマンの魔人形はバラバラにされ、
シオンの"剛力丸・改"が、クレイマンの剣を叩き折る。
クレイマンは、そこで初めて部下達が全て倒されていることに気付き、愕然とした表情を浮かべた。新参の魔王、それもスライムに、ここまで追い詰められるとは夢にも思っていなかったのだろう。
「どうした、これで手詰まりか? それとも今度こそ、お前自身が戦うか? 魔王クレイマン」
一歩、リムルがクレイマンに歩み寄る。
「クッ……ククク……そうか、そうだな。私は魔王……魔王なのだ。だから戦い方にこだわり、上品に、優雅に敵を葬ってきた……」
不敵に笑い出したクレイマンは、高級そうなスーツの上着もシャツも脱ぎ捨てた。
背中が異形のように盛り上がり、そこから生えてきた二対の腕。黒い妖気は外骨格となって身を覆い、おぞましい化物の姿となる。これがクレイマンの本性なのだろう。
「だがもういい……こんな気持ち、久しく忘れていたよ。自らの手で敵を捻り潰したいという、高揚感をな!」
そして、クレイマンは一つの仮面を取り出した。
笑みを象る道化の仮面を、クレイマンは迷うことなく顔に嵌める。
「へえ……少しはマシになったじゃないか。
「魔王──いや、"
リムルとクレイマンが、互いに名乗りを上げる。
決着の時は近い。
これが、最後の戦いだ。
※漫画版は最新巻(現在十八巻)まで持っているのですが、追い付いてしまいました
※前々から、漫画版に追い付いたら、次巻が出るまで更新を止めようと思っていたのですが……
追記:今後の更新について活動報告を上げましたので、よろしければご確認ください