クレイマンが"
道化と言えば、数ある事件の裏側で暗躍していた、中庸道化連という何でも屋。
"
クレイマンの背中から生えた上部二本の腕には斧と槌、下部二本には剣と盾が備えられ、魔法も織り交ぜた同時攻撃がリムルに襲い掛かる。
だが身のこなし、一撃の重さ、全てリムルの方が一枚も二枚も上手だった。
斧と槌の連続攻撃をかわし、リムルの振るう打刀がそれらを腕ごと破壊する。クレイマンの剣を刀で難なく受け止めながら、リムルは片手に水晶球を出現させた。
「なあクレイマン。これはお前の城で手に入れた記録媒体だが……」
先程、ソウエイから連絡のあったブツだった。
ゲルドの『胃袋』に収納されたものは、リムルの『胃袋』からも取り出せる仕組みになっている。そうしてこの場へ届けられたそこに映っていたのは──
『ヤッホー、クレイマン! 計画通り、フォビオを
あれは"
あの騒動は元々、カリュブディスと因縁のある
フレイはその借りを返すため、
この水晶球の映像は、フレイにとっては忌々しい出来事の一つであると共に、クレイマンが怪しげな連中を使って暗躍していた確かな証拠となるだろう。
『や、止めろ! お止めください、クレイマン様……!』
こっちはクレイマンの"五本指"、中指のヤムザか。
戦場にてアルビスに敗れたヤムザだったが、降伏の意思に反して──クレイマンに支配の呪法を施されていたヤムザの右手は、小さな宝玉を勝手に自分の口元へと持っていく。
己の配下さえ使い捨ての駒としか思っていない、クレイマンの本質が晒されたも同然の映像だった。
ところでこの映像は、ベニマルからリムルへ送られてきた戦況記録の一部なのだが……リムルが『胃袋』の中で映像をチェックした時、再度この世に復活したカリュブディスを、ベニマルの"
いやー格好良いな! 前にカリュブディスと戦った俺達の苦戦っぷりは何だったの? ってくらい強くなってるよベニマル……これじゃあアルビスも惚れますわ……
ついでに言うと、そのベニマルといずれ手合わせすることを約束している可哀想な奴が俺だ。これ絶望しかないんだけど……どうしよう……
『クレイマンの軍勢は壊滅……"あの方"に残念な報告をしなければなりません』
えーと、次の映像は、"
クレイマンは戦場に連合軍が駆け付けたことを知らないから、ユーラザニアへ送り出した三万の軍が壊滅したと聞かされてもにわかには信じられない様子だが、紛れもない事実だ。
戸惑うクレイマンに、リムルが静かに問う。
「クレイマン──"あの方"ってのは、誰のことだ?」
「くっ……!」
クレイマンの頼みの綱、
リムルの拳に道化の仮面を砕かれて、クレイマンが床に叩き付けられ転がった。
本気を出してきたとは言え、今のクレイマンでは俺にもシオンにも勝てやしない。ましてや覚醒魔王へ進化したリムルが相手となれば、勝敗なんて火を見るより明らかだった。
ぶっちゃけ、拡張された空間内でのびのびと戦うヴェルドラとミリムの方が迫力がある。ミリムの飛び蹴りをヴェルドラが受け止めただけで、こっちにまで衝撃の余波がビリビリと伝わって来るほどだった。
ミリムが距離を取ったのを見計らい、ヴェルドラは反撃に出る。
開いた両手の手首を合わせて腰まで引いた、独特な、あるいは有名な構え。そして、気合いと共に前方へ突き出した両手からは──
「波────ッ!」
凝縮されたエネルギーの塊が放たれた。
ヴェルドラが漫画を読んで体得した、亀の流派の必殺技である!
まあ、うん……あれを魔力弾で再現するのは、不可能ではないのかな?
「クァーハハハハ! よくぞかわした! だが、聖典にて修めた技はまだまだあるぞ!」
ヴェルドラが楽しそうで何よりです。
ミリムも斬新な必殺技の数々に驚いた顔をしながら、やはり楽しそうにヴェルドラとの応酬を続けている。
その異次元の戦いぶりに、クレイマンも気付いたようだ。さっきはちょうどシオンと戦っていて、ヴェルドラがやって来るところを見ていなかったらしいが、あれだけド派手に暴れられたらね。
「な、何だあの魔人は……何だ、あの桁外れな力は……!?」
「ヴェルドラだよ。俺の友達だって言っただろ?」
ミリムと互角に戦える魔人というだけで脅威的なのに、その正体は"暴風竜"。
クレイマン自身はリムルに手も足も出ないし、俺やシオンも万全の状態だ。リムルの味方に付いたラミリスの配下であるベレッタ、そしてラミリスの傍に控えているトレイニーさんにも準魔王級の実力がある。
窮地を悟ったクレイマンは、とうとう切り札を出して来た。
「ミリム……! 命令です、『
『
かつてペットの子竜を殺された際、ミリムは怒りと悲しみでこの制御不能の暴走状態に陥り、世界を滅ぼしかけたのだ。魔王ギィはミリムと七日七晩戦い続け、精霊女王ラミリスはミリムの怒りを中和させた代償に邪悪なオーラを浴び、堕落してしまったほどの事態となった。
そんなものが再び発動すればこの場の全員、いや世界がタダでは済まないが──
「何でそんなことをする必要があるのだ? リムル達は友達なのだぞ?」
返ってきたのは、あっけらかんとした声だった。
それまでずっと物言わぬ人形のようだったミリムが、目に意思の光を宿してニンマリと笑っていた。例の腕輪はミリムの手で壊されてガラクタとなり、ポイと投げ捨てられる。
「ミリム……!? お前、操られてたんじゃ……!」
「わーっはっはっは! リムルよ、見事に騙されてくれたようだな!」
ギョッとするリムルに、ミリムは得意気に笑う。クレイマンの企みを探るためにわざと呪法を受け、操られた振りをしていたのだと。全ての結界を解除して、
魔王の中にも驚いている者が数名いるが、最も動揺しているのはクレイマンだった。
「まさか、そんな……"あの方"から授かった
「そうなのか? でも、ワタシを支配するのは無理なのだ」
「……ッ!」
当たり前だろう? とでも言いたげなミリムが強すぎる……
相手が悪かったとしか言いようがない。最古の魔王を甘く見たのが敗因だ。
「では……では貴女は、私を欺くためだけにカリオンを殺したと──」
「おいおい、誰が死んだって?」
状況は、着々とクレイマンを追い込んで行く。
フレイの背後に立っていた従者の一人、獅子の覆面をした大男がマスクを取り去ると、抑えられていた妖気と共に現れたのは"
要するに、フレイがミリムと戦った後のカリオンを不意打ちし、連れ去ったのが目撃されたその後──フレイはクレイマンにはカリオンが死んだと報告し、カリオンを匿っていたということになる。
「フ、フレイ! この私を……裏切ったのか……!」
「あら……? いつから私があなたの味方だと勘違いしていたの?」
妖艶に笑み、しれっと答えるフレイ。ごもっともだった。
相手に敬意を払うことの出来ない者に、敬意が払われる道理などない。この場合、脅して協力させていたフレイに寝言を言っているクレイマンが滑稽なだけなのだ。
屈辱に我を忘れたクレイマンがフレイに飛び掛かるが、友達への攻撃行為を許すミリムではなかった。即座にクレイマンに追い付くと、重い一撃でクレイマンを叩き落とし、新たなクレーターを作り上げる。
「ミリムったら。結界があるから大丈夫なのに」
「わかっているのだ! フレイ、アレは持ってきてくれたか?」
「はいはい」
ミリムの要請でギィが結界を解くが、空間はまだ拡張されたままだ。
フレイに駆け寄ったミリムに渡されたのは、ドラゴンナックル──リムルがミリムにプレゼントした、竜の着ぐるみ手袋のようなアレである。
「でも貴女、演技は全然ダメね。ガッツポーズなんてして、見られていたらバレバレよ」
「しょうがなかろう? リムル達がワタシのために怒っているのがわかって、嬉しかったのだ!」
ドラゴンナックルを抱え、ミリムが可愛らしく笑う。
あ、俺も見た見た。リムルとクレイマンの戦いが決まった辺りで、円卓の陰でこっそりやってたな。
「クレイマンはすっかり騙されていたようだけど……ミリム、本当によく我慢したわね」
「うむ! ワタシもな、我慢の出来る大人になったのだよ!」
「クレイマンが調子に乗って貴女を殴った時なんて、どうなることかと焦ったわよ」
…………
そうか……やっぱりか。
やっぱりクレイマンは、俺の知らないところでミリムを殴っていたか……
胸の底に苦みを伴った何かが生まれ、それはざわざわと、俺の心を揺らし始める。
進化してから……というか、『
俺はミリムが操られていないことを知っていたし、ミリムが殴られるのも嫌だったから止めた。俺達がクレイマン側を圧倒することも予想通りで、だから俺は平静を保っていられたのに──ミリムが、俺の手の届かないところでクレイマンに殴られていたと知ってしまえば、どうしても怒りが込み上げてくる。
(ウィズ……この苛々したやつ、何とかして……)
《了。ユニークスキル『
戦闘中は切っておいた、自分への精神操作を再開する。焼け石に水かもしれないが、何もしないよりはマシだろう。歯を食い縛り、ぐっとその衝動に耐える。駄目だ、俺は常に幸せでいなければ……俺が満たされていなければ、『
「まあ、それは終わった話ね。クレイマンは報いを受けるでしょうし、もうやめておきましょうか。ほらミリム、貴女の親友が面白くなさそうな顔をしているわよ?」
…………俺のことを言われているのだと、半瞬後に気付いた。
フレイの言葉に、くるっと振り向いたミリムが俺を見て、ぱっと顔を輝かせて──
「レトラ──!」
こっち来たああ──!!
咄嗟に後ろに引いて衝撃に備えた片足が、ミリムを受け止めた負荷でズゴッと床にめり込んだが御愛嬌。ミリムの助走距離が短かったのもあるが、今度は俺も粉砕されずに済んでいた。ミリムが着けたドラゴンナックルの"減速"と"脱力"効果も、良い仕事をしているのだろう。カイジン達グッジョブ。
「久しぶりなのだ、レトラ! 来てくれたのだな! ワタシを心配してくれたのか?」
「あ、ああミリム……心配したよ。クレイマンに操られてるんじゃないかって」
「わはは、ワタシが支配されるはずがないのだ!」
俺にムギューッと抱き付きながら、ミリムはとてもご機嫌だった。
「レトラよ、そんな顔をするな! クレイマンのヘナチョコパンチなど何ともないし、確かにちょっとだけムカッとしたが……それよりも嬉しいことがあったから、もう良いのだぞ。お前はさっき、クレイマンからワタシを守ってくれただろう?」
やはり、ミリムには見抜かれていたか。
俺が"
「そんなのは当然だろ?」
「む?」
「俺だって……お前が殴られるのは我慢出来ないんだからな」
覚えてるよ、ミリムが俺を守ってくれたこと。
だから俺もそうした。そのためにここへ来た。俺の仕業だと周りに知られてもいい、能力がバレてもいい、何でもいいからミリムが殴られるのを阻止したかった。
こうなってみると、あの時のミリムは正しかったのだとよくわかる。
守りたい相手が殴られてからでは遅すぎた。友達が殴られるのを黙って見ていられるわけがないんだから、殴られる前に止めるべきだし、殴られる前に殴り返すべきなのだ。
「エヘヘ……レトラ、ありがとうなのだ!」
「うん。ミリムが無事で良かったよ」
本当なら全てを防いでやりたかったが、不可能だったことを後悔していても始まらない。
ミリムが幸せそうに笑っているのだから、俺もそれに応えるべきだろう。
不穏な胸のざわつきは、もう収まっていた。
さて、と……!
ちょっとミリムと話し込み過ぎてしまったな。
俺にくっついていたミリムの身体を反転させ、その背中を魔王達の方へと押し出す。
「話の腰を折ってすみませんでした、続きをどうぞ」
ミリムを返還する俺に対する、だからお前は何なんだよ……という魔王達の視線が痛い。
リムルやヴェルドラは、物凄い後方保護者面で俺達のやり取りを見守ってくれていたようだ。ヴェルドラもリムルの中にいた頃から、俺とミリムが
というかミリムって、父親のヴェルダナーヴァと関わりのある人達からは、ひっそりと見守られている感じがあるよな? もし"星王竜"の一人娘に悪い虫が付いたとか思われたら、俺プチッと潰されるんじゃないの?
別に自己紹介くらいしたっていいのだが、実はまだクレイマンがそこで伏せったままなので、悠長に世間話をしていられる段階ではないし……先にそっちを片付けませんか、魔王の皆様。
その時、"世界の言葉"が響き渡った。
《確認しました。これまでに集めた魂を
ようやく来たか。
倒れていたクレイマンの身体が、妖気の渦に包まれる。
クレイマンの悔恨の念が、死に抗う意地のような覚悟が、その魂を覚醒に導いたのだ。
正当な手順を踏んでいないため進化の眠りも必要とせず、限定的なパワーアップのみとなるが、それでも先程までのクレイマンとは比べ物にならない魔素量だった。
だが、これも想定通りの展開。
全てはリムルの──『
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