転スラ世界に転生して砂になった話   作:黒千

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聖教会編~胎動
84話 会食~悪魔の計略


 

 魔王達の宴(ワルプルギス)を経て、十大魔王は原作通りに八星魔王(オクタグラム)へと生まれ変わった。

 会議の後はギィ主催の食事会が開かれることになったが、参加は強制ではなく、ルミナスとレオンはさっさと帰ってしまっている。

 

 ギィのメイド達、ミザリーとレインの料理の腕前は超一流らしいので、いいなぁとは思うけど……俺はリムルの従者として来ている身だ。涙を呑んで諦めよう。

 そう思っていたのに──テーブルセッティングがされた部屋へと案内を受け、従者らしく壁際で待機しようと動いた俺のコートを、はっしと掴んだのはミリムの手だった。

 

「どこへ行くのだ? レトラも一緒に食べるのだろう?」

「いや……俺はそこで控えてるよ。これは魔王達の会食だからな」

 

 "魔王"と呼ばれる者達に対して、俺は明らかな格下となる。

 本当なら、魔王ミリムに接するにも立場の違いというものを考えるべきなんだろうけど……リムルにさえキレられたのに、ミリム相手に格式張った態度を取ったら確実に泣かれる。もう絶交なのだ! とか言って殴られるかもしれない。なので、ミリムにはこれまで通り親友として接するが、俺は決して魔王達と同じテーブルに着いていい身分ではないのだ。

 そんな俺の心情など知ったこっちゃなさそうなミリムは、ムスッとした顔でテーブルへと目を向ける。

 

「だが、ヴェルドラは参加するようだぞ?」

 

 本当ですね。

 ちゃっかり席に着いて料理を待っているヴェルドラさん、少しは遠慮してください。

 

「ほら、ヴェルドラは"竜種"だから……魔王達に交ざる資格があるんだろ……」

「お前だってヴェルドラの子なのだから、いいではないか!」

「そういう七光りみたいなのはダメだ」

 

 俺の一存ではどうにもならないことだし、諦めてもらおうと説得を試みる。リムルにも思念で助けを求めたのだが、『困ったヤツだな、ミリムは』と苦笑されたのみだった。頼りにならねー! 

 そして、ミリムはやはり老獪だった。食事会の主催者、ギィへと直訴に出たのだ。

 

「ギィ! 久しぶりに会えた親友(マブダチ)なのだ、レトラとも一緒に食べたいのだ!」

「しょうがねーな。ま、会議は終わったし、ミリムの親友(マブダチ)ってことなら客として扱ってやるよ」

 

 なんと、ギィは太っ腹にもミリムの我侭を聞き入れてくれた。ギィはよく絶対者だの傲慢だのヤバイ奴だの言われるが、ああ見えて友達思いの良い奴だもんな……

 早くもミザリーが、ミリムの席の隣にもう一つ椅子を用意している。ギィの言葉は既に決定事項であるらしい。素直に喜んでいるミリムのように、俺もその厚意を有り難く受け取るべきだろう。

 

「ありがとうなのだ、ギィ!」

「お心遣い感謝致します、ギィ様」

 

 格上への敬意を込めて、俺はギィに頭を下げる。

 何でもなさそうにヒラリと手を振ったギィは、その美貌で男前に微笑んだ。

 

「気にすんな。困った時はお互い様って言うじゃねーか」

「うむ! では、今度ギィが困った時には助けになるからな!」

 

 笑顔のミリムに、そうかよ、とギィは鷹揚に頷いた。そしてテーブルに頬杖を突きながら──

 そのついでのような違和感の無さで、ほんの僅かに視線が動く。

 

 真紅の瞳と、目が合った。

 

「期待しとくぜ」

「…………」

 

 赤い悪魔は狡猾でした。

 今、俺には間違いなく、「貸し一つだな」って副音声が聞こえたよ……? 

 ミリムの我侭に困っていたところをギィに丸く収めてもらったことになるので、貸しだと言われたら俺は頷くしかないけど……厚意と見せ掛けてキッチリ恩を売っておこうとは、これだから魔王は! 悪魔は……! 

 

 

 

 何はともあれ、コース料理は期待通りに絶品だった。黒毛虎の煮込みシチュー、仙羽鳥のグリル、黄金桃のシャーベット、地眠竜のステーキ……はー、美味しい。幸せ。

 レシピはリムルが解析しているし、俺もこのフルコースを『創造再現』可能となる。この貴重な情報は、魔国の食事情を更に豊かなものとするために役立つだろう。

 

 リムルが持って来たブランデーも振る舞われ、ギィやダグリュールに好評だった。ヴェルドラは誰よりもハイペースでお代わりしていた。ディーノは噎せていたが、うん、蒸留酒はきついからね……ミリムはリムルにグラスを取り上げられてしまったので、俺も付き合って禁酒する。ブランデーを呷っていたラミリスは、身体が小さいから酒の回りも早いのか、そのうちテーブルにコテンと倒れて眠ってしまったけど。

 

 魔王達の集まりとは思えないほど、食事会は平和に進む。

 リムルとミリムだったり、ギィとディーノだったり、席の隣り合った者同士がのんびりと世間話を交わしている。俺から見て左手側の奥でも、ダグリュールとヴェルドラが楽しげに会話していた。

 

「ワシにも子が三人いるが、何とも血気盛んで手に負えんのだ。それに引き換え、お主の子は武威もあれば礼節も弁え、立派なものだな」

「クァーッハッハ、そうであろう! レトラは我に似て、何事にも秀でているからな」

「まさか"暴風竜"が子煩悩だったとはのう……それにしても、お主に子が出来たと聞いた時には、とうとう伴侶でも得たのかと思ったのだがな?」

「おお、そのうちな。いずれはレトラを伴侶とするつもりだぞ!」

「…………ん?」

 

 流れるような、不自然極まりない返答だった。

 きっとヴェルドラをからかっただけなのだろうダグリュールが、思わぬカウンターパンチを喰らって困惑の表情となり、訝しげに首を捻る。

 

「レトラというのは……そこのレトラか? お主の子なのだろう?」

「ウム、我が愛し子である!」

「そ、そうか……」

 

 隙あらば爆弾をぶっ込んでいくのは、ヴェルドラの才能かな……

 魔王の中でも上位の良識者と思われるダグリュールはツッコミを入れたそうな顔をしているが、満面の笑みのヴェルドラに何も言えずにいるようだった。そして今の会話は、ギィとディーノの耳にも入っていて……テーブルを囲む面子から俺へ、ドン引きの眼差しが送られてくる。何度目だこれ。

 

 俺は努めて冷静に、目の前の地眠竜のステーキを味わうことに専念した。

 柔らかな肉質を損なうことなく、たっぷりの肉汁を閉じ込めた絶妙の焼き加減。その断面はほんのりと赤く、切り分けた一切れを口に運べば、噛む度に溢れる肉の旨味と芳香で口内が満たされる。そこへ赤ワインを使った深みのあるソースが絡まり、ぽってりとしたマッシュポテトの濃厚なバターとクリーム感がまろやかさを添えて……ああ、肉は正義だな…………

 静寂の中で食事を続ける俺に、リムルの苛立った思念が届く。

 

『おい、レトラ……何で黙ってるんだ? 早く、違うって言えよ!』

『なんかもう面倒臭くなってきた』

『よりによってここで諦めんな! お前が否定しなかったら、ヴェルドラの妄言が真実になるんだぞ!』

 

 そうかなあ……俺に結婚する気がないから、そうはならないと思うけど。

 ダグリュール達の反応からして、親子で結婚するのはこの世界でも非常識みたいだし、そこを確認出来ただけでも収穫である。一般常識を知らないヴェルドラにちゃんとした知識を教えてあげないと、根本的な解決にならないだろ……でも面倒臭い……ごはん食べたい……

 

 リムルがうるさいので、否定だけはしておくことにした。顔を上げ、こちらを注視しているダグリュール、ギィ、ディーノを順に見回し、俺は沈んだ表情でゆっくりと首を振る。

 すると三人は「ああ……」と俺の苦労を察したように頷いてくれて、それ以上この話題に触れてくることはなかった。大人の対応をしてくれる魔王達で助かるよね。ディーノは関わるのが億劫だっただけかもしれないけど。ハンリョとは何だ? と尋ねてきたミリムには、何だろうなと返しておいた。

 

 こうして食事会は終了し、解散となる。

 各々に別れの挨拶をして、リムルの『空間支配』で帰る頃になっても、ラミリスは眠りこけたままだった。あわよくば俺達についてきて魔国に住み着こうとしていたようだが、それはまた今度だな。

 

 

 

 

 魔王達の宴(ワルプルギス)へ出発したのは午前〇時で、帰って来たのは昼過ぎくらい。

 町の入口ではリグルドとディアブロを先頭に、住民達が大勢集まって俺達を出迎えてくれた。

 だがそれだけでは飽き足らず、皆は練習したんだろうとしか思えない一糸乱れぬ動きで二列になって跪き、俺達の通る道を見事に作ってみせたのだ。これはすごい。

 リムルは恥ずかしそうに、ヴェルドラは機嫌良く、俺はランガに乗って──町の住民達が作った道を抜け、無事に執務館へと帰り着いたのだった。

 

 ふう、やっぱり家に帰ってくるとホッとするなあ。

 フカフカのソファに腰を落ち着けた俺達に、ディアブロが紅茶を用意してくれる。

 

「リムル様。この度は八星魔王(オクタグラム)襲名の儀、真におめでとうございます」

「何でお前がそれを……大体、何でディアブロがここにいるんだ? ファルムス王国の攻略はどうなった?」

「はい、全て計画通りに進んでおります」

 

 ディアブロがにこやかに報告を始める。

 数日前、ディアブロはヨウム一行と、三人の捕虜達と共にファルムス王国へ出発した。その三人──エドマリス王、ラーゼン、レイヒムは、シオンの尋問(拷問)を受けてグチャグチャの肉塊と化していたため、箱詰めにして魔国を出発したそうだ。美味しいステーキを食べてきた後にそういう話を聞かせないで欲しい。とてもグロイ。

 

 そんな状態でも三人は死んでおらず、実は怪我さえ負っていなかった。「殺さなければ何をしてもいい」というリムルの言い付けを守り、シオンはユニークスキル『料理人(サバクモノ)』を駆使して痛みも与えないまま三人の身体を切り刻み、削ぎ落とし、引き千切り、無造作にくっ付けて……内臓が剥き出しになったような肉の塊が彼らの本来あるべき姿という、法則改変を行ったのだ。グロイってば。

 

 ディアブロは法則の歪められた三人の姿を元に戻して……いや、エドマリス王だけはおぞましい肉塊のままファルムス王国へ送り届け、リムルを敵に回すことの恐怖をしっかりと知らしめた。

 そして魔国の完全回復薬(フルポーション)の効果で王が元の姿に戻ったかのようなパフォーマンスを行い、抜け目なくポーションの宣伝までしてくれたと。いや、詐欺ではないんだよ。法則の解法さえ出来れば、本当に完全回復薬(フルポーション)で治るヤツだからあれ。

 

 それとファルムス王国への道すがら、完全に心の折れていた捕虜三人が隷属を願い出てきたため、ディアブロはユニークスキル『誘惑者(オトスモノ)』で、彼らを忠実な下僕としたらしい。支配下に置いた者の魂を掌握し、叛意を察知した瞬間に命を奪うことも可能なスキルなんだとか。直接行動を操ることは出来ないが、裏切りはまず考えられないそうだ。

 

 エドマリス王達をほぼ意のままに動かせる立場となったディアブロの思惑通りに、事は進む。

 リムルからの言葉として、ディアブロがファルムス王国に与えた選択肢は三つ。

 

 一つ、王が退位し、魔国に賠償金を支払う事。

 二つ、魔国連邦の軍門に下り属国となる事。

 三つ、和議に応じず戦争を継続する事。

 

 五日後にはファルムス王国にて魔国との和睦協議──この戦争を終わらせるか否かの答えを聞く会議が開かれる予定で、それもディアブロが魔国代表としてサクッと片付けてくるそうだ。

 ファルムス王国としては二と三が論外なので、残る答えは一つ目のみ。彼らは必然的に、魔国への戦争賠償金の支払いを選ぶことになる。その額、星金貨一万枚。えーと、円に換算すると……リムルは一兆円と言ってたかな? 容赦の無い金額だ。

 

 計画では、とりあえず可能な限りの金額を頭金として差し出させる。

 そして現王エドマリスが退位し、王位を弟エドワルドに譲る。すると新王エドワルドは前政権の責任だとして残りの賠償金支払いを拒否し、エドマリスを処刑して契約の無効を主張しようとするわけだ。評議会に加盟していない魔国に対しては、ギリギリで通る言い訳なのだそうで。

 

 これがリムルの求める構図──ファルムス王国では、エドマリスの国王派と、エドワルドが公爵として率いてきた貴族派が争いを起こすことになる。そこへ介入するのが英雄ヨウム。エドマリス側に付き貴族派を制し、国の危機を救ったヨウムはエドマリスより国を託され、新国家が誕生するのだ。

 

 つまりは、万事順調という報告だった。

 巧みに事態を誘導するディアブロが有能すぎて、口を挟むべき点が何もない。

 

「その調子で頼むぞ。また何かあったら報告してくれ」

「はっ、リムル様。お任せ下さい」

 

 そこへ、ハルナがおやつの抹茶プリンを運んで来てくれた。

 ディアブロが自分のプリンを、「約束の分です」とヴェルドラへ差し出す。

 魔王達の宴(ワルプルギス)へ行くと言い出したヴェルドラに、ディアブロはデザート三食分を対価として、宴の詳細を逐一伝えてくれるよう交渉したらしい。これでディアブロが"八星魔王(オクタグラム)"という名称や、俺達が帰ってくるタイミングまで知っていた理由が判明した。

 

「ヴェルドラ……お前、食べ物に釣られて……」

「な、何だリムル、その目は! もちろんそれだけが理由ではないぞ、我は町の守りをレトラに頼まれていたからな。守りを手薄にしてはならんと思い、我の代わりに町の防衛をディアブロに申し付けた手前、頼みを聞いてやっても良いかと考えたのだ」

「うん、ディアブロなら強いし安心だもんな。ディアブロもありがとう」

「勿体無いお言葉でございます、レトラ様」

 

 自分勝手に飛び出して来たのではなく、後任を見付けてからという判断は評価されるべきだろう。その上、ディアブロという人選も申し分ない。

 ヴェルドラがちゃんと町のことも考えてくれていたと知り、リムルはふーんとヴェルドラを見直した様子で……そこまでだったら、良かったんだけど。

 

「じゃあディアブロは、ちょうど俺達が魔王達の宴(ワルプルギス)へ行くのと入れ違いで帰って来てたんだな?」

「あ、いえ。ヴェルドラ様から戻って来いとの連絡がありましたので」

「!!」

 

 抹茶プリンを食べようと持ち上げたスプーンを止め、ヴェルドラがギクッと固まった。

 ヴェルドラは見当たらない最終巻の行方をリムルに問い質すため魔王達の宴(ワルプルギス)に行こうとしたが、町の防衛を任されていたことを思い出した。そこで、たまたま戻って来ていたディアブロに防衛の代役を頼んだ──のではない。そのためだけに、ディアブロをファルムス王国から帰還させたのだ。

 

「いや、リムル、これはだな……」

「お前なあ! 人の仕事の邪魔してんじゃねーよ!」

 

 幸いディアブロだったから、ヴェルドラの無茶振りにも卒なく対応出来たようなもんだよな。

 そういう意味でもヴェルドラは最高の人選をしたと言えるが、元社会人のリムルにとっては見過ごせない暴挙だったようだ。ヴェルドラは怒ったリムルに抹茶プリンを没収され、当分の間はおやつ抜きという刑に処されてしまったのだった……

 

 

 

 

 

 *****

 

 

 魔王ギィ・クリムゾンは胸の内で笑みを零す。

 今回の魔王達の宴(ワルプルギス)は、波乱含みとなるだろう予想はしていた。

 その予感通り、新たな時代の始まりを象徴するかのような、若い魔王の台頭。

 件のスライムが真なる魔王への覚醒に至っていることは最早間違いない。

 

 そしてもう一つ、ギィの興味を引いた存在。

 魔王リムルの従者として会場へ現れた時点では、その砂妖魔(サンドマン)にはギィが気にするほどの価値はなかった。妖気を行儀良く均一に整え、周囲への警戒も興味も持ち合わせていないかのように目を伏せて、ただ主人の背後に控えているだけという従僕の典型例だったからだ。

 

 その評価が覆った切っ掛けは、砂妖魔(サンドマン)がクレイマンに仕掛けた先制攻撃。小柄な体躯に似合いの細腕から繰り出された拳が、曲がりなりにも魔王であるクレイマンの胴体を軽々と突き破ったのだ。

 久方ぶりに目にすることになった『風化』の力は──

 その砂妖魔(サンドマン)が、ユニークスキル『渇望者(カワクモノ)』の所有者であることを意味するものだった。

 

(また、この世に戻って来やがったか)

 

 ギィが『渇望者(カワクモノ)』の存在を知ったのは、かつて豊かな地に栄えた小国が、ただ一日で砂となり滅びた後のこと。ラミリスの眷属である精霊達が語り継いだ話によれば、領土の拡大を図る王国軍と、安住の地を奪われた部族の争い──その中で、『風化』の力に目覚めた部族の若者がいたそうだ。

 殺し殺され続いた戦の末、怒りと憎しみで正気を失い、若者は渇きの化物と成り果てた。荒れ狂う砂の嵐は敵対する兵士、逃げ惑う人々、部族の僅かな生き残りまで、全てを滅ぼし尽くしたのだと言う。都の街並みも、緑の大地も、何もかもが砂に飲まれて消えたのだと。

 

 人間同士で争い滅ぶなど馬鹿馬鹿しい、とはギィの本心だ。

 だが、誕生した化物が世界を枯らし続ける脅威となるなら、手を打たなければならない。その対処にギィが自ら出向いたのは、気まぐれでしかなかったが……文明と生物の気配が皆無となった砂漠の中で蠢く、人間と呼ぶのもおこがましい化物を、ギィは葬った。

 

 それでも『渇望者(カワクモノ)』は滅びなかった。

 時を経て、度々この世に現れる『風化』の力に、ギィは『渇望者(カワクモノ)』の異質さを知る。

 ユニークスキルでありながらまるで自らの意思を持つかのように存在し、たとえ所有者が死亡しようとも、適合する魂に宿っては現世に舞い戻る災厄のスキル。『風化』という稚拙な能力ではあるものの、それは所有者の精神を塗り潰すほどの"渇き"で、終わりの見えない破壊をもたらす。

 そのはずだった。それが。

 

(あの砂妖魔(サンドマン)に宿ったことで、何かが変わったとでも言うのか?)

 

 見たところ例の砂妖魔(サンドマン)は『渇望者(カワクモノ)』を制御し、クレイマンを手玉に取っていた。

 以前と比べて本質的に変貌している『風化』もそうだが、あの砂妖魔(サンドマン)自体も何かが妙だ。覚醒してはいないようだが、垣間見えた高密度の妖気は"魔王種"としても群を抜いている。それこそ、究極の高みに至っていても不思議ではないと思える程に。

 

 何度葬られようが滅びることのない『渇望者(カワクモノ)』を、いっそ人間達への脅威として手駒に加えるのも一興かと、考えたのはいつの頃だったか。

 己のスキルに支配され破壊者へと堕ちるだけの、薄弱な意思しか持たぬ者に用はなかったが……ここへ来てようやく、あの災厄を宿しながら理性を保つ者が現れたのだ。

 初めに『渇望者(カワクモノ)』を手元に置こうとしたのは自分なのだから、これは正当な権利と言えるだろう。交渉で済まぬようなら、あの砂ごと強奪するのも粛清するのも容易いこと──

 そうしたギィの傲慢な目論見は、一刻も経たぬうちに破られる。

 

『あの者こそ、この"暴風竜"ヴェルドラの愛し子、砂妖魔(サンドマン)のレトラだ!』

『ワタシの親友(マブダチ)なのだぞ!』

『手を出してはダメだぞ! その時はワタシが相手になるからな!』

 

 耳を疑う内容だった。

 ユニークスキル『渇望者(カワクモノ)』の所有者が、"暴風竜"の愛し子であり、ミリムの親友(マブダチ)

 

(どんな因果だよ)

 

 ギィは込み上げる笑いを噛み殺すのに苦労した。

 ヴェルドラとミリムを敵に回すのは、流石に少々面倒だ。

 ラミリスもあの砂と親交があるらしく、喧しく騒がれては鬱陶しくてたまらない。

 

 他にも何やら"暴風竜"は、我が子と宣言した砂妖魔(サンドマン)を娶るつもりのようだったが……肝心の砂は同意していない様子に見えた。ヴェルダナーヴァの一件以来、"竜種"と人間が子を生すのは禁忌とされているが、砂では子の生しようもないので、どうでもいいことではある。

 それよりも、かの砂妖魔(サンドマン)が新たな魔王リムルの弟だと言うのなら、既にこちらの手駒であるも同然──と、ギィは考えを改める。

 

(レトラ=テンペスト……まあ、いい。今度ゆっくり話でもしてみるか)

 

 極北の宮殿にて待つ相棒にも良い土産話が出来たと、ギィは再び笑うのだった。

 

 

 




※Web版と混同しそうになるんですが、書籍版ではギィって大罪系集めてませんよね?誰がどのスキルを持ってるかも把握していない感じでしたし……

※漫画版19巻が発売されましたね。当作品は漫画版86話の範囲を終えて止まっていたのですが、19巻収録って87話までなんですね……今話で早速88話まで終わってしまいました。でももう少しやります。



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