転スラ世界に転生して砂になった話   作:黒千

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85話 戦場の裏側で

 

 翌日の朝には、シュナとソウエイが戻って来た。

 スライム姿のリムルを抱き上げ、シュナが嬉しそうに頬ずりしている。俺はいつも通りの人間形態なので、そういうのは無いです。別に羨ましいと思っているわけではないです。

 

「シュナ、おかえり。無事で安心したよ」

「レトラ様、ご心配をお掛け致しました」

 

 クレイマンの城を落としに行ったシュナは戦闘で魔素を使い果たしてしまい、やっと今朝『空間移動』が可能なまでに回復したので、これから帰還すると連絡があったのだ。

 町外れへ迎えに行った俺達の前には、シュナとソウエイ……あ、ハクロウは城の調査をシュナに押し付けられ、まだ現地に残っているそうだ。やはりシュナ、やり手である。

 

 問題なのは、シュナ達の後ろにいる不死系魔物(アンデッド)の大群だった。

 

「リムル様。クレイマンの城を守っていた死霊アダルマンと、その配下の不死系魔物(アンデッド)達ですわ。リムル様とレトラ様にお仕えすることを強く望んでおりまして、どうしても御二方にお会いしたいと……」

 

 シュナが申し訳なさそうにアダルマン達を紹介する。『空間移動』に便乗して大勢ついて来てしまったらしいが……平和な町の一角が、突然ゾンビ映画みたいになってる……! 

 当のアダルマンは俺達に会えたという感動からか、心ここに在らずだった。

 

「我が神……リムル様に、レトラ様……おお、私は……新たなる信仰を得たのだ…………!」

 

 骨なのにウットリした表情で、ブツブツと繰り返すアダルマン。

 そしてアダルマンの部下のアンデッド達は日光に弱いらしく、オオオ……アアア……という苦悶の声が周囲のあちこちで上がっているという有様だ。

 扱いに困る奴らが来たな……とリムルが引いているのも、当然と言えば当然だった。

 

「…………話どころじゃなさそうだな。ソウエイ、そいつら成仏しかかってるから、陽が当たらないよう封印の洞窟にでも連れて行ってやってくれ」

「承知致しました」

 

 さて俺は、アダルマンのことも前世から好きだったクチである。

 死霊の王(ワイトキング)って響きからして格好良いしな……迷宮のボスの一人として外せない逸材だ。見た目の貫禄もそうだが、実際に強いところも好きだし、その活躍を見るのが今から楽しみだった。

 それに、生前は人間だったアダルマンは、魔国の中では珍しくリムルが名付けに関わらない人物となる。すると、俺との間にも魂の繋がりが成立しないので……名付けの好感度がない状態で俺に接してくれる貴重な存在として、俺はアダルマンに密かな期待を寄せていたのだ。

 

 ……昨日までは。

 

 その雲行きは怪しいことになっていた。

 原作では、神ルミナスへの信仰を捨てたアダルマンが、リムルを新たな神として崇める──それは知っていたけど、アダルマンは俺のこともリムルと同等の神だと思っているらしい。

 まだ会ってもいない内から、一体どうしてそんなことに……? アダルマンに会えたら事情を探れるかと思っていたが、アダルマンはソウエイに引きずられて連れて行かれてしまった。すごく気になるんだけど、仕方ないか……

 

《告。個体名:シュナに同行させていた『強化分身』を通して、個体名:アダルマンとの戦闘及び対話映像を記録しております。再生しますか? YES/NO?》

(え、ウィズ? そんなことしてくれてたの?)

《はい。主様(マスター)は敵戦力の規模や動向を気に掛けておいでのようでしたので。主様(マスター)が『強化分身』との感覚共有を中断した後も、情報収集を続けておりました》

 

 な、何も言ってないのにこの気の回りよう……流石はウィズ、俺だけの先生……! 

 YES、と念じた俺の脳内に、『思考加速』を併用した映像が流れ始める──

 

 

 

「万物よ尽きよ! "霊子崩壊(ディスインティグレーション)"!」

「それを待っていました! "霊子暴走(オーバードライブ)"!」

 

 アダルマンの展開する積層型魔法陣の術式を、シュナの『解析者(サトルモノ)』が書き換える。

 集められた霊子は聖なる光となって一帯を包み込み、クレイマンの城を守る霧の結界や不死系魔物(アンデッド)達、死霊の王(ワイトキング)であるアダルマンさえも浄化してゆく。

 

「見事でした。その褒美として、この地から解き放って差し上げましょう」

 

 そうそう、この辺までは俺も見ていた。シュナ格好良い! 

 シュナに"砂の加護"として授けた見えない砂、俺の『強化分身』を使って、遠く離れた魔王達の宴(ワルプルギス)の会場からモニタリングする必要なんてなかったな……と安心したのを覚えている。

 

 町への襲撃事件で、神殿騎士団(テンプルナイツ)の力量を読み違えた大失態は、完全に俺のトラウマになっていた。アダルマンも元々は西方聖教会に所属する"仙人"級の聖職者だったんだし、もし魔物討伐の知識や経験が原作よりも豊富だったら……また俺の知らない魔法や技術を使われたら……と不安が拭えず、いつでも現地へ転移可能な目印としてシュナに分身体を持たせたのだが、取り越し苦労に終わって良かった。シュナ達が無事なら、俺には何のデメリットもないからな。

 

 あ、映像が次のシーンに変わった。

 消滅したと思われていたアダルマンが生き残っており、降伏を申し出る場面だ。俺はリムルに呼ばれて魔王達の宴(ワルプルギス)に集中し始めたから見てないけど、ウィズが記録してくれていた部分だな。

 シュナの信仰する神に会わせて欲しい、と懇願するアダルマンに対して、主を敬ってはいるが信仰しているわけではない、と返すシュナのやり取りは原作通りだし、別におかしな点は……

 

「時に、シュナ様……戦いの最中、常に貴女様を守護する御力を感じておりました」

 

 ん。

 

「容易には見極められぬほど透き通り、静謐な……そう、まるで神の御手に守られているかのようで……もしや、その身に纏う神々しき気配こそが……貴女様の神でいらっしゃるのでしょうか?」

 

 ん…………んん? 

 

「ふふ、気付いていたのですね」

 

 それまで呆れたようにアダルマンの訴えを聞いていたシュナの顔が、ふわりと綻ぶ。

 え……この時シュナと一緒にいた気配って……まさか…………

 

「この御力は、我が主リムル様の弟君にして同格の存在であらせられる、レトラ様より賜った加護です。レトラ様はわたくしがリムル様と同様に深く敬い、お慕いする御方ですわ」

「や、やはり! 神の御加護が……!」

 

 うおわああああ──!? 

 俺だった! 原因は俺! 俺の分身体が、想定外の演出効果を生んでた……! 

 そりゃステルス砂にはシュナを守れと命令しておいたけど……か、加護って言ったのは冗談なんだよ……ちょっと守備や耐性の足しになったり、魔素隠蔽を手伝ってくれるくらいの、ただの砂だから……! 

 

「何卒、何卒お願い致します、貴女様の神にお引き合わせ下さい……!」

「ですから、何度も言っているでしょう……リムル様とレトラ様は」

「リムル様にレトラ様……その御名の何と気高く、荘厳な響きであることか! シュナ様、どうかこの私めに、新たな神々に仕える御許しを……!」

「それは…………わたくしが決めることではありませんね。いずれは謁見の機会もあるでしょうから……御二方へ直接、その旨を申し上げてご覧なさい」

 

 シュナがぶん投げた──! 

 せめて神じゃないってところくらいフォローして……! 

 記録映像を見ているだけなので、今更どう焦っても後の祭りなんだけど……

 

 脳内再生を終了し、『思考加速』を切った俺の目の前では、リムルとシュナが業務連絡を続けていた。

 とりあえずシュナからは、忘れずに『強化分身』を回収しておく。シュナには残念そうな顔をされたが、よく考えたらこれ盗撮カメラとして機能するやつだった。ダメです、回収します。

 

 うーん、アダルマンは、俺とは普通に仲良くしてくれるかもと思ってたのにな。

 俺が余計なことをしたから、見事にそれが自分に跳ね返って……い、いや、余計なことじゃない! 俺はシュナ達に万一の事態が起こらないよう出来る限りの策を講じたんだ、後悔しないぞ……! 

 

 …………

 ほ、他には何か、俺が周りに予想外の影響を与えるようなことは…………

 今のところは思い付かない……だ、大丈夫、大丈夫! たぶん! 

 

 

 

 

 

 その夜にはベニマルも帰って来た。

 

「リムル様、レトラ様。ただ今戻りました」

「おうベニマル、ご苦労さん……ってお前、こんなに早く戻って来て良かったのか?」

「フッ、戦も終わりましたし、これ以上俺達が介入する必要はないでしょう」

 

 総大将なのに、後のことは三獣士に押し付けてさっさと帰還してきたようだ。シュナはともかく、ベニマルまでそんなに要領が良いとは……やっぱり兄妹なんだなあ。

 ガビルはミリムのところのミッドレイという武闘派神官長と仲良くなって後始末の手伝い。ゲルドはハクロウと一緒にクレイマンの本拠地を調査中で、この後は獣人や捕虜達を指揮してユーラザニア跡地の開発に着手するという話だった。頭の上がらない思いだが、まずは帰って来たばかりのベニマルだ。

 

「ベニマル、おかえり。作戦通りの完全勝利だったって聞いたよ」

「勿論ですよ、レトラ様。我々がお二人に捧げるのは勝利のみです」

 

 まあ爽やかな笑顔で言うもんだが、有言実行では何もかもが許される。

 皆は事前に意見を出し合い、綿密な作戦を立ててこの戦に臨んでくれた。油断し切っていたクレイマン軍を罠に掛け、終始圧倒的な優位を保つことを目指しながら、魔国の誇るポーションは在庫全開放の勢いで、怪我人をすぐに手当て出来る準備も整えていたし。

 全ては、味方に一人の犠牲も出さずに勝利するため──リムルや俺の望む結果を、皆は不断の努力と完璧な連携で実現してくれたのだ。

 

「うん、ベニマル達はやってくれると思ってた。ありがとう!」

 

 クレイマン軍との戦にイレギュラーを危惧しなかったわけじゃない。

 だが、戦場にはベニマルがいた。ユニークスキル『大元帥(スベルモノ)』で正確な戦況把握を行い、全軍を狂いなく指揮して作戦変更や撤退指示も即座に行える総大将がいるなら……どんな事態が起こったとしても、決して自軍に犠牲を許さないでいてくれるだろうという安心感があったのだ。

 

 ああでも、せっかくだからクレイマンの城を落としておこうとかいう、あの作戦は有り得ないと思ったよね。発想自体に文句はないんだけど、ソウエイとハクロウの二人だけで攻め込む計画だっただろアレ……シュナを入れても、三人だよ三人。いくらこの世界の戦争が量より質と言ったって、せめて一個中隊くらい差し向けようよ。俺じゃなくても心配するよ! 本当にシュナ達が無事で良かった! 

 

「なるほど……」

「ん?」

 

 俺が別のことを考えている間に、ベニマルが何か呟いた。

 しげしげと俺を見つめていて、どうした? と尋ねれば、ボンヤリとした返事が来る。

 

「いえ……三獣士から、戦士の本懐という話を……」

「戦士の……何それ?」

 

 先を促すと、ベニマルはハッと我に返った後、苦笑しながら言う。

 

「あーその、ですね……こうやって労いのお言葉を頂けるのは嬉しいとか、そういうことです」

「あ、そういうこと? それくらい、いくらでもするよ! お疲れ様ベニマル!」

「ありがとうございます、レトラ様」

 

 

 

 

 *****

 

 

 それは、ベニマルが魔国へ帰還する前日のことだった。

 クレイマン軍との戦は昨夜のうちに片付いており、既に後始末を残すのみ。

 ベニマルが今後の動きについて部下達に指示を出していると、本陣に建てられたテントの一つから、ユーラザニアの三獣士、アルビス、スフィア、フォビオの三名が姿を見せた。

 

「ベニマル様。通信水晶をお貸しくださり、感謝致しますわ」

「カリオン様とは話せたのか?」

「おう! やっぱ大将は、そう簡単に討ち取られるようなタマじゃなかったぜ!」

 

 先刻、リムルからの連絡があり、魔王達の宴(ワルプルギス)が終わったので魔国へ帰ると告げられた。

 それは怨敵クレイマンに勝利し、新たな魔王としての地位を見事に勝ち取ったことを意味していたが──リムルの口調には、それを誇示する響きは微塵もなかった。リムルにとっては当然の結果でしかないのだ、とベニマルは納得する。

 

 リムルの用件は他にあった。

 生死不明となっていた魔王カリオンが、魔王達の宴(ワルプルギス)に現れたと言うのだ。カリオンはこれまでクレイマンの裏を掻くために魔王フレイの手引きで身を潜めていたが、諸々が片付いた今、ユーラザニアの者達に連絡を取ろうとしている、と。

 カリオンには状況を伝えておいたからもうすぐそっちへ魔法通信が入るはず、三獣士を呼んでおいてくれ、というリムルの命令に従って、ベニマルは戦場へ繰り出していたアルビス達を呼び戻した。

 

「カリオン様はフレイ様と共に魔王位を返上し、ミリム様の配下となるとのこと……これから新たな統治体制についてミリム様の元で話し合われるそうで、我らにはしばらく民を任せるとの仰せでした」

「それと、カリオン様はリムル様と協議し、この戦で得た捕虜を都の再建の労働力にするということで合意を得たそうだ」

「ああ、リムル様から伺っている」

 

 アルビスやフォビオの説明に、ベニマルは頷いて答える。

 クレイマン軍の兵は可能な限り捕虜として捕らえてあった。リムルやレトラが敵軍の皆殺しを望まなかったことも理由の一つだが、消滅したユーラザニアの町を建設し直すための労働力の確保という意味合いもあるのだろう、とは最初から予想していたことだ。

 

「集めた捕虜には俺から説明(いあつ)をしておいたが……その大半がユーラザニアの地で働くことになるなら、お前達が統率を執った方が後々都合が良いだろうな」

「ええ、ここまでして頂いたのですから、捕虜の面倒はわたくし達が受け持ちますわ」

「ではアルビス。預かっていたユーラザニア軍の指揮権をお前に返そう」

「承りましたわ」

「と、いうわけでだ。俺の部隊はこれから魔国へ帰還する」

「えっ?」

 

 あっさりと撤退を告げたベニマルに、アルビスが声を上げる。

 

「こ、これから?」

「今すぐここを発てば、明日の夜には町に着けるからな」

「あの、都の再建に御協力頂けるというお話は……?」

「建設部門の長はゲルドだ。話は通してある、ゲルドはクレイマンの城で得た捕虜達の編成を行ってからここへ向かうそうだ。希望する獣人達には魔国で技術指導をする取り決めだったな? 捕虜の一部も予定通り受け入れるが、それらの選別も進めておいた方がいいぞ」

「ベニマル様、まさか、我々に全て押し付け──」

「カリオン様から民を託されたのだろう? それに、捕虜の面倒を受け持つと、今そう言ったばかりではなかったか?」

「そ、それは……!」

 

 口車に乗せられた、とアルビスが気付いた時にはもう遅かった。

 思えば、ベニマルの率いる本隊は戦が決着してからも休むことなく、捕虜を連れて続々と本陣に集まって来ていた。それは捕らえた者達を一箇所にまとめて見張るためだと思っていたが……ベニマルの本当の狙いは、己の部隊を集結させ、速やかに帰路に就くことであったのだ。

 その周到な企みに、フォビオやスフィアも驚愕を隠せない。

 

「おいおい、本当に帰る気かよ……」

「アンタ達ばっかりズリィぜ、侍大将さんよ!」

「何とでも言うんだな」

 

 ベニマルは涼しい顔で非難の声を受け流し、話は終わったとばかりに踵を返す。獣人達に悟られぬよう帰還の用意をさせておいた、部隊の元へ向かうために。

 

「リムル様とレトラ様は既にお戻りだからな。なら俺も早く……」

「それだよそれ! いいよな、アンタ達は! リムル様にはレトラ様がいるんだからよ!」

「……?」

 

 突然ぶつけられた不可解な言葉に、ベニマルは振り返る。それでスフィアが憤慨する意味がわからないし、残る二人がスフィアに賛同するように頷いている意味もわからない。

 物憂げな顔で、アルビスが溜息を吐く。

 

「主君に命を預け、御命令のために全てを賭して戦うことは獣王戦士団の誇り……それと同時に──姫君に誓いを立て、御約束を果たしてその御許へ帰ることもまた、我々の悲願ですものね。ただ、カリオン様には最愛の御方がいらっしゃらないから……」

「オレ達獣人は、生まれながらの戦士だ。だが戦うだけじゃ獣と変わらねぇからな、オレ達は強さと誇りを求めるんだよ。大将のため、そして大将の一番大事なもんのために戦えるなら、戦士としてこれほどの栄誉はねぇ……だからアンタ達は羨ましいってんだよ!」

「カリオン様の威信と獣王国の民を守ることは、言うまでもなく戦士団の務めではあるが……やはり姫君という存在は、主君と民の宝に等しいからな」

 

 語られる事情を聞けば、レトラを擁する魔国を彼らが羨ましく思う気持ちは理解出来た。実際にレトラが魔国の姫君であるかどうかは本人の意思を踏まえて議論する必要があるかもしれないが……しかし、どう羨まれても仕方のないこともある。

 何にせよ、レトラ様はお前達の姫君ではないのだから諦めろ──そう言おうとしたベニマルは、続くスフィアの嬉々とした声に阻まれた。

 

「だけど今回の戦はよ! レトラ様は、魔国とその友人たる獣王国の戦士達に、って言ってくれただろ? オレ達にも、誰一人欠けずに戻れってな!」

「言い表せぬ喜びでしたわ……レトラ様は、我らにも果たすべき誓いを与えて下さったのですから」

「俺は戦場へ先行していたから聞いてないんだがな……クソッ」

 

 爛々と瞳を輝かせるスフィアや恍惚を浮かべて呟くアルビスと違い、一人だけ悔しそうなフォビオはそういえば出発式にはいなかった。その前夜からリムルと共にユーラザニアの各集落を回っては現地の避難民や戦士を集め、そのまま戦の準備に残ったためである。

 

 ああ確かに、とベニマルは考える。

 レトラはこれまで、戦へ赴く兵を鼓舞する際には必ず無事に戻れと告げてきた。

 それは配下が傷付くことを嫌うレトラの内面を如実に表すものだったが、今回は魔国の者にだけでなく、友好国ユーラザニアの者達にもその言葉は向けられている。

 では少なくともこの戦に限っては、彼らは間違いなくレトラが無事を願う戦士達であり──レトラもまた、彼らが報いるべき姫君であったということだ。

 

「だったら、お前達も早く戻って来るといい。レトラ様はお喜びになるだろう」

 

 ベニマルが可能な限りの素早さで魔国への帰還を望んでいるのには理由があった。

 あの、忌まわしい襲撃事件の後の出来事。

 リムルより命じられた魔法装置の破壊任務を終えて町に戻ると、住民達の亡骸の前には、立ち尽くすレトラがいた。胸元を強く握り締め、怒りと悲しみを必死に押し殺すように。

 声にならぬ慟哭が聞こえてくるかのような痛々しい姿には、言葉を失ったが──

 

『……おかえり。よく戻って来てくれた』

 

 皆の無事を確かめてようやく、レトラはその表情を微かな安堵に染めたのだ。

 その時、ベニマルは思い知った。

 敵を撃破し、制圧するだけではまだ足りない。それだけではレトラの心を護れない。一刻も早く戦場から帰還し、一刻も早く安心して頂いてこそ、勝利を捧げたと言えるのだから。

 

 

 

 

 翌日、帰り着いた首都リムルで。

 曇りの無いレトラの笑顔に、ベニマルは胸を撫で下ろす。

 

「うん、ベニマル達はやってくれると思ってた。ありがとう!」

 

 いつもながらに眩しい信頼に満ちた眼差しを受け、ふと脳裏を過ぎった言葉。

 つい昨日聞いたばかりのそれに、改めて思いを巡らせる。

 

 姫君という存在は、主君と民の宝──

 姫君に誓いを立て、約束を果たしてその御許へ──

 大将のため、大将の一番大事なもののために戦えるなら──

 

「……なるほど」

「ん?」

 

 確かにそれは、戦士としての最高の栄誉かもしれないと。

 

 

 




おまけ
「やっぱり姫様欲しいよなぁ……」
「そうですわね……」
「それはそうなんだが……」

※やることなすこと跳ね返ってくる
※次回は日常、ヴェルドラ回です



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