転スラ世界に転生して砂になった話   作:黒千

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86話 ヴェルドラといっしょ

 

 遠征先から戻っていない者は多いが、町には日常が戻りつつあった。

 魔王達の宴(ワルプルギス)や戦の準備に追われ、特に俺やリムルは食事もあまり取らずに働いてたからな……それがまた皆で食堂に集まって、和気藹々と昼食を取れるようになったかと思うと、感激もひとしおだ。

 

「ウム……美味い! やはり、食事とは素晴らしいものだな」

 

 俺の隣で呟くヴェルドラは、そういう意味でも感激していた。

 "竜種"のため食事の必要がなく、物を食べるということを知らなかったヴェルドラだが、封印中にリムルの中から町の様子を見て、美味しいものを味わうことに興味を持ったんだとか。

 俺達が忙しくしている間も一日三食しっかり用意してもらっていたそうで、ヴェルドラは完全に食べる楽しみに魅了されていた。まだぎこちなくはあるけど、箸も使えるようになってきてるし。

 

「しかし、これはなかなか……上手く行かぬな。チマチマとつついていては、味がわからんぞ……」

「どれ? ああ、焼き魚は上級者向けかもな……」

 

 シス湖周辺の川で獲れたという、鮎のような魚の塩焼き。リムルや俺が食べたいと言うからたまに調達される貴重な魚は、幹部以上にのみ提供される特別メニューだった。

 

 これは頭から喰ってもいいのか? とヴェルドラが尋ねてくる。

 俺なら頭や骨は残すかな……鮎は田舎で食べたことがあったし、同じ構造をしたこの魚の食べ方も知っていた。ちょっと貸してと箸を受け取り、少しヴェルドラ側へ寄る。

 

「この魚ならこうやって……こうすれば、骨が抜けるから……ほら、あとは細かく崩さなくても食べられるよ」

「美味い食事のためには、そういった技術も必要なのだな!」

 

 感心されたが、ヴェルドラは器用なのでこのくらいすぐにマスターすると思──ってこれ、ヴェルドラの魚だった。うっかり俺が食べるところだった。

 大きめに分けた魚の身を箸で摘まんでしまったついでに、それをヴェルドラの口元へ近付ける。俺の意図に気付いて、あ、と開いたヴェルドラの口に焼き魚を入れてあげた。その時。

 

 ──バキィッ! 

 と、何かがへし折れる音がした。

 何だ? と思って顔を向けると、俺の隣に座るリムルの手元で、箸が短くなっていた。

 

「リムル? 箸が……」

 

 リムルは無の表情で宙の一点を見つめたまま動かない。周りの皆は、しーんとして誰もこちらを見ようとはせず、必死に目を逸らしている…………何だよ? 

 仕方ないのでヴェルドラに箸を返し、俺はテーブルに転がっていた箸の残骸を拾うと、リムルの手からも折れたそれを抜き取って、サラリと取り込んだ。そして『創造再現』。

 

「はい、箸」

「……ああ、悪いな」

「力加減間違えるなんて、珍しいな?」

「そうだな……」

 

 リムルは苦い顔をしてそれだけ言うと、のろのろと食事を再開した。ヴェルドラは食べやすくなった焼き魚に取り掛かり、皆は黙々と箸を動かしていて……

 ……あれ? 最近は大抵ヴェルドラが俺の傍で賑やかにしてたから、つい勘違いしてたけど……皆がいつもより、どこか大人しい……ような気がする? どうしたんだ? 和気藹々は……? 

 

 

 

「ではレトラよ、行くとするか」

「わっ……」

 

 気付いてしまった違和感の中での昼食が終わると、俺は今日もヴェルドラに抱え上げられる。

 食事しながら考えに考え抜いた俺は、一つの答えを弾き出していた。

 恐らくだが……俺はちょっと、ヴェルドラにべったりすぎるんだ! 

 

 魔王達の宴(ワルプルギス)から帰って来てからというもの、ヴェルドラといる時は大体こうやって抱っこされ、食事中もさっきみたいにヴェルドラに構ってばっかりで……

 リムルとだってこんな感じじゃないのに、いくら親子だからってベタベタと見苦しいことになっていたかもしれない。そりゃリムルも呆れるし、皆も目を合わせたくないだろう。

 

 二年ぶりに再会したんだからとヴェルドラの好きなようにさせていたが、一緒にいられるのが嬉しくてヴェルドラを止めなかった俺も悪い。俺の仕事のこともある……今はまだ戦後処理の報告整理がメインだが、そろそろ町の視察にも復帰する頃だし、いい加減シャキッとしないと! 

 

「ヴェルドラ、ちょっと……」

「──ヴェルドラ様ッ!」

 

 上機嫌に廊下を進むヴェルドラの後ろから、声が掛かった。

 食堂から小走りに出て来たシオンに呼び止められ、ヴェルドラが振り返る。

 

「シオンか。我に何か用か?」

「はい、お言葉ではありますが……どうかお聞きください!」

 

 何を言われるのかは、俺には見当が付いていた。

 シオンは、まさに俺達に苦言を呈そうとするような、険しい顔付きで……

 

「ヴェルドラ様が、レトラ様の親御様ということは承知しています! 仲睦まじく過ごされるのは大変結構なのですが……最近のお二人のご様子には、少々我慢がなりません!」

 

 ああー! やっぱり! 俺とヴェルドラのことだ! 

 しまった、俺達がそこまで周りに迷惑を掛けていたとは。しかも、シオンに限界が来るまで全然気付いてなかったとか辛い……こ、これからは見苦しくならないように気を付けるから……! 

 

「ヴェルドラ様ばかりがレトラ様を独り占めなさるのは、如何なものでしょうか!?」

 

 …………

 …………あれ? 

 なんか、俺が想像してたのと方向性が違う……

 フム、と相槌を打ったヴェルドラが、シオンの言葉を要約する。

 

「つまりお前は……我がレトラを独占していてズルイと言いたいのか?」

「そうです! レトラ様と触れ合わねば、我々は生きて行けないのですから!」

 

 そうです! じゃないよ……すげー正直だなシオン。

 生きて行けないは言い過ぎだと思うが、堂々とした断言っぷりは清々しいほどだった。

 

 ヴェルドラは「ほう……?」と薄く笑みを浮かべ、シオンを見下ろす。食堂から顔を出して覗いていたギャラリー達から、ザワザワと不安そうな声が漏れ始めた。

 そうか、ヴェルドラは"暴風竜"だから……魔物達にとっては神のような畏怖の対象で、意見するにも決死の覚悟が必要な存在なのか。俺からすると、ヴェルドラはめっちゃ陽気で心が広くて付き合いやすいイメージしかないけどな……ヴェルドラってそんなに怖くないよ……本当だよ……

 

「そうか。では、お前達にレトラを任せよう」

 

 ……おっ? 

 ヴェルドラは抱っこしていた俺を持ち上げ、シオンへと手渡した。

 急なことで俺もシオンも戸惑うが、シオンは両腕でしっかりと俺の身体を抱き留めると、拍子抜けしたようにヴェルドラを見上げる。

 

「よ、よろしいのですか……?」

「我はレトラを守る者には寛容だ。シオンよ、これまでの働き、見事であったぞ」

 

 シオンが目を見開いた。思いも寄らなかったんだろう。

 固まってしまったシオンに言い聞かせるように、ヴェルドラは続ける。

 

「だが、レトラを泣かせるのは頂けぬ。今後はお前も自身を顧みよ、わかったな?」

「──はい! ヴェルドラ様!」

 

 シオンが腹に力を込めて返事をすると、ヴェルドラは満足そうに頷いた。そして、また後でなと俺に声を掛け、ギャラリーの一部となってやり取りを眺めていたリムルと並んで廊下を歩き出す。

 

「お前ってさ、レトラにくっついてないと死ぬのかと思ってたぞ」

「言い得て妙だが、我のレトラが皆に好かれているのは気分が良いからな!」

「だからお前のもんじゃないって──……はあ、俺は心が狭いのかな……」

 

 シオンは二人の背中に頭を下げた後、俺を抱えて足早に食堂へと引き返した。頬を上気させながら、「ヴェルドラ様はわかってくださいました!」と。食堂中がワッと沸く。昼食の最中から冷や汗を流すような顔で俺達を遠巻きに見守っていた者達も、感極まった面持ちで言い合っていた。

 

「流石はヴェルドラ様だ。我らのことも気に掛けて下さって……」

「日頃からあれほどレトラ様を大切に慈しんでいらっしゃるヴェルドラ様だからな……」

「やはり、情け深い御方だったのだ……!」

 

 お、おおー……良い感じにヴェルドラの株が上がっている? 

 これでヴェルドラが良い奴だってことが広まって、皆がヴェルドラを怖がらなくなれば、俺達がベッタリ過ごしていたのも無駄じゃなかったってことだから…………結果オーライ! 

 

 

 

 

 

「リムルー! 風呂行こうよ、三人で!」

「ん? ああ、まあ、いいけど」

 

 夕食の後、ヴェルドラと二人でリムルにお誘いを掛ける。

 俺達が忙しくしている間、ヴェルドラはこの町自慢の温泉風呂もしっかりと堪能していたそうだ。そんなヴェルドラに、これからはお前達もゆっくり風呂に入れるなと言われて、本当だ! と俺は思った。そして三人で温泉に入るという、かなり楽しみな名案を閃いたのだ。

 

「クァハハ、ではリムルが我の背中を流してくれるのだな?」

「何で俺がそんなことしなきゃならねーんだよ!」

「はい! ヴェルドラ、俺! 俺やる!」

「うむ、頼んだぞレトラ!」

「じゃあ俺はレトラを洗う」

「リムルも俺が洗ってあげる!」

 

 と、俺達はとても盛り上がっていたのだが。

 そこへ待ったを掛ける者がいた。

 

「あら、リムル様、レトラ様……もしや、殿方の湯へ入られるおつもりなのでしょうか?」

「シュナ? そりゃまあ、そうなるんじゃないか?」

 

 にこやかに尋ねてきたシュナに、リムルが答えた。

 俺の経験上、普段から優しいシュナが必要以上に優しげに話し掛けてくる時は、あまり良いことは起こらない……という読みを裏付けるように、シュナの笑っていない目が俺を捉える。

 

「レトラ様……わたくしは以前にも、殿方の湯へ入るのは御遠慮くださいと申し上げましたよね? 尤もあの件は、レトラ様を唆す者がいたことが原因のようですが」

 

 シュナがスッと睨んだ先では、ベニマルとソウエイがサッと顔を背けた。

 リムルやシュナ達がドワルゴンへ出張していた期間、俺はほぼその二人と男湯に入っていたのだが……それがバレた時はシュナに小言を貰ったし、ベニマル達も怒られたと聞いている。

 

「あの頃はまだレトラ様もお小さく、リムル様が不在でお寂しかったのでしょうから、わたくしも目を瞑りました……ですが、レトラ様は日々御成長されているのですから、そろそろその御自覚と慎みをお持ちになるべきかと存じますわ」

「…………」

 

 な、何一つ共感出来ねえ…………

 俺は唆されて男湯に入ったんじゃないし、寂しかったからという話でもない。全くない。というか、大きくなったんだからもう男湯に入るのはやめろと言われるのはおかしいだろ……何でそんな、まるで年頃の女の子に言い聞かせるみたいな……? 

 

「リムル様もリムル様ですわ。兄君様なのですから、レトラ様の良き御手本となるよう特に気を付けて頂かなくては困ります。リムル様が率先して貞潔な御姿をお示しになることで、レトラ様はより品行方正にお育ちになってゆくことでしょう」

「あ、はい、すみません……」

 

 何も悪くないはずのリムルは、タジタジと謝るのみだ。当たり前のようにリムルも女湯に入れって言われている点には反論してもいいだろうに、それすら出来ていない。

 シュナの態度が毅然としすぎていて、その言葉には謎の正当性が生まれていた。元オーガの部族を束ねる巫女姫として他者を従わせるほどの威厳を、何も今ここで発揮しなくてもいいと思うんだけど……

 

「よくわからんが……シュナ、それはレトラを思って言っているのか?」

「その通りですわ、ヴェルドラ様」

「ふむ……では、その忠言は聞かねばなるまい」

「ご理解頂けて嬉しく思います」

 

 ぎゃあ! ヴェルドラまで取り込まれた……!? 

 勝利を確信したかのようににっこりと微笑むシュナ。ヴェルドラは腕を組み、何か考え込む表情を浮かべていたが……やはり"暴風竜"ヴェルドラは、それだけでは終わらなかった。

 

「ということは、だ──我も女湯へ入ればいいのだな?」

「…………えっ」

 

 シュナが言葉を失った。

 いやシュナだけでなく、その場にいる者全員が。

 

「ん? 違うのか? リムルもレトラも女湯へ行くのだろう」

「は、はい……ですが……」

「ならば、我も女湯へ行くしかないではないか」

 

 ヴェルドラは、何の疾しさもない様子で言い切った。

 "竜種"のヴェルドラには細かく言うと性別が無く、恐らくあまり気にしたこともなく、男女がどうとかそういうことも理解してなさそうだ。ヴェルドラの人間形態は男の姿だが、リムルの分身体(無性)を依代としているし、スライムのリムルや砂の俺と同じく、無性に分類されるんだと思う。

 ヴェルドラにしてみれば、これまでは風呂に入りたいと言ったら男湯へ案内されて疑問もなく利用していたが、リムルや俺が女湯へ行くなら自分もそっちへというだけの、単純な話。

 

 まあ、そうだよな……三人で一緒に入るのが大前提なら、それが自然な発想だろう。

 ヴェルドラの切り返しに詰まってしまったシュナへ、俺はこそりと囁き掛けた。

 

「一応だけど、ヴェルドラはシュナの考えに歩み寄ってくれたんだし……シュナもある程度は妥協してあげないと、不公平じゃないかな?」

「で、では、ヴェルドラ様を女湯へ……?」

「いやそれは無理があるから……例えば、今日のところは……」

 

 ということでその日は、時間を決めて男湯を立ち入り禁止とし、三人だけで温泉に入った。

 だだっ広い大浴場が貸し切り状態という、とても贅沢な体験だったな。

 

 そして翌日の夕方──

 俺とリムルの両方の庵からほど近い場所に、新しい温泉施設が出現していた。

 無性専用、というか、俺達三人の専用風呂である。

 

 まずは俺とリムルとヴェルドラで一晩掛けてああだこうだと話し合い、頭の中に設計図を描き上げたら、持てるスキルをフル稼働させて作るだけのお仕事だった。

 ゲルド達は当分帰って来られないし、こんな私用には付き合わせられない……が、俺には『旱魃之王(ヴリトラ)』と『砂創作家(サンドアーティスト)』、更にはそれらを完璧に運用し脅威的な演算能力で作業を進めてくれる『先見之王(プロメテウス)』がついている! 

 

 風呂の建設場所に決まった土地をサラサラと整備して、地面を掘って石を敷き詰め、湯船を作った。洗い場から湯船の一部を覆うように屋根がせり出したタイプの露天風呂だ。亜空間にパイプを通して火山地帯から温泉を引いてきてくれたのはリムル。そしてヴェルドラが削り出した竜のような石像を、湯船の縁に積み上げた岩の間に設置し、竜の口からお湯が湧き出るようにした。

 水道設備や排水口もしっかり完備。風呂の周りは目隠し用の樹木と竹の柵で囲んだし、入浴中にはウィズやラファエル先生が警備役になってくれるので安心だ。

 

 これで、三人で入りたければここ! という専用風呂が完成した。

 女性陣からは、リムルや俺と風呂に入る機会が減るとかで微妙に不満の声も上がったが、そうなるとヴェルドラを女湯に入れる必要があるので、引き下がってもらうしかない。

 あと俺とリムルには、正式に男湯禁止令が出てしまった。もう男湯でワイワイ出来なくなったのは残念に思うけど……皆で暮らすに当たっては、最大公約数的な妥協点も必要だよな。

 

 

 

 

 

 また別の夜、俺は"レトラの庵"へ戻ってきた。一人で。

 ヴェルドラにはまだ自分の部屋がないので、今のところ俺かリムルの庵で過ごすのが習慣になっている。今夜はリムルの所に行ったみたいだな、リムルの蔵書を読み漁るつもりだろう。

 

「…………」

 

 暗い部屋の中、少し考えて、サラリと身体を砂にする。

 砂スライム形態になるのはもう随分と久々のことだった。ふよんふよん、と丸い身体で畳の上を意味もなく歩き回り、忘れかけていた独特の感触をしばらく楽しむ。

 

 はあ、一人になるのは久しぶり──

 

「何だレトラ、起きていたのか? ならば気配を消す必要は無かったな」

「っわああ!?」

 

 ぴょこん、と砂の身体が跳ね上がるほど驚いた。

 ガラッと障子を引き開け、庭から登場したのはヴェルドラだ。

 抱えた大量の漫画本からして、恐らくリムルに追い出されて避難してきたんだろう。俺が寝ていると思ったから妖気を消してそーっと来てくれたけど、部屋で俺が動き回っているのに気付き、遠慮なく乗り込んで来たと…………そこまでは把握した俺だが、突然のことに身体が動かない。

 

「おお、それは砂スライムだな?」

 

 ヴェルドラはまるで自分の部屋であるかのように和室へ上がって来ると、漫画の山を置いて畳に胡坐を掻く。そして俺を持ち上げて膝に乗せ、さらりさらり、と砂ボディを撫でてきた。

 

「珍しいではないか。お前は以前から人間の姿を好んでいたからな」

「う、うん……」

 

 俺はリムルほど頻繁にはスライムの姿にならない。手足のある人間の方が便利だし、ずっとそういう方針でやってきたので、俺の基本が人間形態だということは皆が知っている。

 なので、俺が砂でいるのは珍しい、と感じるのはわかる……けど。

 

「えーと……あの……ヴェルドラ?」

 

 この時、俺はちょっとしたパニック状態になっていた。

 こんなつもりじゃなかったのだ。

 ヴェルドラが来るとは全く思っていなかったから。

 

「あ……あの俺……人間になった方がいい?」

「ん? 何故だ?」

「いや、だって」

 

 だから俺は、言わなくていいことまで簡単に口走ってしまう。

 

「ヴェルドラは、俺の顔……好きなんだろ?」

「……ム?」

 

 ヴェルドラが復活してから今日まで、一度も砂に戻っていない自覚はあった。

 砂になってヴェルドラの抱っこから抜け出そうと考えたことは何度かあったが、その度に思い直してやめておいた。ほら、ヴェルドラは俺の顔が好みだって言ってたし……再会した時も顔を褒められたし……もし俺が人間形態でいることを期待してるなら、リクエストには応えた方がいいのかなーとか……

 

 ポカンと止まってしまったヴェルドラに居た堪れなくなり、今すぐここを逃げ出したい気分になった。だがヴェルドラの両手が俺の砂ボディを両側から支えるようにしているので、きっと無理だろう。

 真面目な顔付きで俺を覗き込み、ヴェルドラがゆっくりと言う。

 

「するとお前は、我のために……違うな、我がお前の顔を殊更に褒めてしまったことで、お前は砂の姿を取り辛くなり、人間の姿でなければ我に嫌がられるかもしれんと……つまりは我に嫌がられるのを嫌だと思って、これまでずっと人間の姿でいた……ということだな?」

「ワアアア──!」

 

 大体合ってる、合ってるけど、全部言わなくていいだろおお! 

 そう、これはヴェルドラのためではなく、俺のためにしていたことだ。もし俺が砂になって、ヴェルドラに残念そうな顔でもされた日には……俺死ぬよねって……心が……ヴェルドラはそんな奴じゃないと思ってるけど、でも! そんなこと試したくもなかったんだよ……! 

 

 とうとう耐えられなくなった俺は砂スライムの形を崩して脱出を図ったが、あっさりとヴェルドラの手に砂を掬い上げられ、懐へと連れ戻される。あー。

 

「言っておくがレトラよ。どんな姿をしていようと、我はお前を愛おしく思っているぞ?」

「いやその…………そ、そう?」

「当然だろう、お前は愛しき我が子なのだからな! 人間の顔にしてもだ……お前はこんなにも可愛いのだから、顔もお前に相応しく愛らしいものであるべきと考えただけのことだぞ」

 

 そう言ってヴェルドラは笑う。砂の俺に。

 ああ、そうか……思い出した。そういえばヴェルドラは、俺が『砂工職人(サンドクラフター)』で人間形態を作る前から……俺がただの砂山だった頃から、もう俺にデレデレだったわ。

 じゃあヴェルドラは、俺の顔を自分好みにしたから我が子だって可愛がってくれてるんじゃなくて……俺が砂でも、ガッカリされることはないんだな……? 

 

「……あのさ」

「何だ?」

 

 丸めた砂ボディを、ふよんと揺らす。

 俺を撫でるヴェルドラの手に身をすり寄せて、俺は小さく呟くのだった。

 

「ヴェルドラ超すき……」

「クァハハハ、我も好きだぞレトラ!」

 

 

 

 




※親の期待を裏切りたくないのが子供心
※結婚はお断りする以外ないので、どこでやるべきか考え中。むしろやらなくてもいい。

ではまた来年お会いしましょう。良いお年を!



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