「最近ちょっと嬢ちゃんがよそよそしくなって俺は地味に傷ついてるぜ……」
カウンター越しにそう耳打ちしてきたのは冒険者ギルドのサブマスター、トールである。いや、そんなこと言われても知らんがな。
「そりゃあサリアスさん含む全員に言ったからな。お前が協力者になったって。どう接したらいいのか正直分かんないんだろ」
人間界に来ている魔族全員を集めて、あの密室での事の顛末を話したら阿鼻叫喚だった。
諜報部はいったい今まで何を調査してたんだとか。グレゴリー様を一人で行動させるなんてバートンは護衛の自覚が足りないだとか。いやサリアスさんは一人で魔物狩ってエンジョイしてたから人の事言えないと思いますけどね。
それで一時はトールを殺すべきか、なんて話にまで発展したけれど、結局はなんだかんだでみんなこの事実を受け入れてくれた。というか受け入れざるを得なかっただけなんだろうけど。
「嬢ちゃんが俺を見るときの警戒心剥き出しの目。精神がゴリゴリすり減っていくぜ……なんとかならんかね?」
何度も言うけど知らんがな。
「まあそう簡単に信用は得られないだろ。嫌だったら積極的に協力してくれ」
「仕方ねえか。まあいいや、それで今日は何の用だよ。見たところ嬢ちゃんが依頼を受けに来たって感じじゃないよな?」
サリアスさんはあの一件依頼、SPのようにぴったり俺にくっついている。なのでトールの言う通り依頼を受けに来たわけではない。
「ちょっと相談があってな。俺達で回復薬を売りに出そうと思ってんだけど、ここの回復薬ってあんまり質が良くないらしいじゃない? なんでかを聞きに来たんだよ」
別に技術が足りないとか、材料費が高くて作れないというわけではなさそうなのだ。それは他の都市の回復薬が普通の品質、値段で売っている事からも分かる。なので、高くて質の悪い回復薬が売られているこの現状は尚更謎なのだ。
「簡単な話さ。利権だよ利権」
「なーるほど」
トールによると、この街の悪徳業者と冒険者ギルドの現マスターは癒着していて、質の悪い回復薬をギルド公認にして高く売りつけているらしい。
「冒険者の街だってのに世も末だなぁおい」
「言うな……俺だってなんとかしたいんだ」
しかし、そうなるとちょっと面倒だな。せっかく良いものを売りに出してもそのギルドマスターに難癖つけられてご破産、なんて事もありそうだ。と言う事はそのギルドマスターをなんとかせにゃならん訳だな。
「ま、ありがとう。後はもうちょっと調べてみるよ」
「あんま力になれなくてすまんな」
さあ、それはどうだろうな。もしかしたら重要な役を担ってもらうことになるかもしれない。この時俺は、脳内である計画を描き始めていた。
ーーー
「え? 今のギルドマスターを引き摺り下ろして代わりに例の協力者をマスターに据えるんですか?」
「そう。それでトールにうちの回復薬製造所を正式にギルドの提携店に認めてもらう」
邪魔な奴がいるなら排除しちゃえば良いってな。悪い奴を引き摺り下ろすのに良心は痛まないしちょうどいいね。
「てことで諜報部の面々はそのギルドマスターの身辺情報を洗ってくれ。カイルは引き続き回復薬の製造実験。サリアスさんは俺の護衛。バートンは……適当に依頼でも受けててくれ」
各々返事をすると自分の作業に戻っていく。そんな中、マゴス君が思い出したように書類を持って歩み寄ってきた。
「グレゴリー様、ちょっと良いですか?」
「どうした?」
「例の元勇者の件です。結論から言うと他にはもう元勇者はいないようです。詳細はここに」
マゴス君は報告書を渡しながら他の人に聞こえないように小さな声で更に告げてくる。
「それでまだこれは調査中で判然としませんが、もう今代の勇者は召喚されてしまっているようです。この件に関しましては詳細分かり次第報告いたします」
げ、もう召喚されてるだって。随分早いじゃないか。
「そりゃあ不味いね。またなんか考えないとな」
周期的にはもう少し先かと思ってたけど既に召喚されているとはね。そいつがこの街に来て俺達を真実の目で見たらどう思うかね? 想像もしたくない。
「人員を最小限に減らした方がいいかもな……ま、とりあえずわかった。マゴス君は引き続き勇者に関する情報を最優先で集めてくれ」
「はい。勿論です」
全く面倒だな勇者は。さっさと勢力を広げて召喚自体をやめさせたいもんだ。
ーーー
それから2週間ほど調査を進めて分かったことは、悪徳業者と冒険者ギルドのマスターは昔からの付き合いで、結構他にも後ろ暗いことをいくつもやっているということ。そしてギルドマスターの選出は序列でもう既に決まっているということだった。
「で、そろそろなんで俺がここに呼ばれたか教えてもらってもいいか? 居心地が悪いんで今すぐに帰りたいんだが」
今日はこの魔族の前線拠点である借家にサブマスターのトールも呼んでいた。可哀想なことに唯一の部外者であるトールは針の筵だ。
「いやいや帰ろうとするな。これからの話はお前にめちゃくちゃ関係あることなんだ。だからみんなもそんなに睨まないであげて」
今のトールは例えるなら女性専用車に一人だけ間違えて乗り込んでしまったおっさんである。唯一気にしてなさそうなのはチャラいバートンくらいだ。
「トール、単刀直入に言うとな。お前にはギルドマスターになって欲しいんだ」
「はぁ!? 俺がか? そいつは無理だぜ! 俺は序列でも高い方じゃないし、第一今のマスターが辞めるって言い出さなきゃ……」
「つまりその条件がクリアされればやるって事でいいな?」
トールが全部言い終わる前に遮る。
「え? いやまぁそうなればな……」
「よーしみんな聞いたな。言質は取ったぞ」
トールがあれ? 俺、地雷踏んだ? みたいな顔をしているが、ギルドマスターをやってもらうのはもう今ので決定したので覚悟して貰う。これでちょっとはあの時の意趣返しができたと思いたい。
「えー、それではクラウス君、説明どうぞ」
「はい。この2週間で分かったことですが、現在のギルドマスターであるサージェスはメナスポーション製造社のメナス会長と大変仲が良いようです」
サージェスとメナスか。ああでも別に消える人間の名前なんて覚える必要無いかな。
「それでこのメナス会長の方ですが、偽の医療器具を国の医療機関に卸してるみたいですね。そしてその共犯の一人にサージェスがいるようです」
クラウスによると他にもいろいろやっているみたいだが、その一点だけで十分だ。
「えーと、確か国家を騙すと良くて懲役20年、悪くて縛り首じゃなかったっけ?」
「仰る通りです。なので引き摺り下ろすのはそこまで難しく無いと思われます。問題はそこのトールをマスターに据える事ですね」
クラウス君がチラッと問題の男の方を見る。トールはもう完全に開き直って頬杖をついていた。
「何度も言うがな。俺は序列が低い。3番目だから上2人を何とかしてくれないとどうにもならんぞ」
「分かってるよ。その2人には辞退してもらうつもりだ」
アーネストとピルグリム。どっちも調査済みだ。後は集めた情報からこの二人をどう崩していくかだ。どっちも悪どい事はやっていないので、脅したりはしない。なので他の方法でご退場願うつもりだ。
しかしトールは何を思ったか俺を睨みつけてくる。
「お前、まさか何か酷いことするんじゃ無いだろうな? アーネストさんは俺の恩人でもあるんだ。そんな事したらただじゃおかねえぞ……」
俺ってそんなに悪い奴に見えるだろうか? その辺のチンピラと一緒にしないで欲しい。
「あのねえ、俺達は仮にも善良な市民ですよ? 悪人ならまだしも善人に酷いことはしないよ」
「嘘は言ってない……みたいだな」
ほんとほんと、参謀長嘘つかない。ていうか何でもかんでも暴力で解決してたら参謀なんていらないし。もっとスマートに解決しますよ。
とりあえず悪人達に引導を渡すのはもっと後でいいな。先にアーネストの方からなんとかしようかね。