魔王の部下も楽じゃねえ!   作:普通のオイル

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過激な彼女と苛烈なデートを

 

 市場、特に生鮮市場っていうと汚かったり臭かったりであんまり良いイメージを持たないかもしれない。ここメルスクの魔物市場も例に漏れず、そんなゴミゴミした場所だった。

 

「いろいろ売ってんなー」

 

 なんだか分からない魔物の肉やら毛皮やら、置いてあるものは色々だが、全体の雰囲気としては日本の魚市場と変わらない。

 

「グレゴリーって市場は初めて?」

 

「ああ、中に入るのは初めてだよ。あんま用もなかったしな」

 

 冒険者なら売りに来るって事もあるかもしれないけど、俺は冒険者じゃないしなぁ。一応金色(上級)の冒険者証は持ってるけどさ……

 

「あなた、初めてなのに一人で相場を見にこようとしてたの?」

 

「え、そうだけど。なんかダメだった?」

 

 別に一人で来たって二人で来たって値段なんか一緒だろうよ。

 

「はぁ……私がついてきてよかったわね。あのね、ここで並べられてる物って全部値切るの前提の価格だからパッと見ても全然参考にならないわよ」

 

「え、マジで?」

 

 うわぁ。そういやここ日本じゃなかったわ。そうか、なんかそこかしこで店員と客が言い合いしてるのはそういう事か。いかん、世間知らずが露呈しそうだ。

 

「マジよ。それにそんなキョロキョロ物珍しそうに見回してたらカモられるわよ。お店の人って見てないようで意外と見てるんだから」

 

 ああ、あれだ。田舎モンが東京に出てきてキョロキョロ周り見回してクスクス笑われんのと一緒だ。くそう、なんか俺、醜態晒してばっかだぞ。

 ていうか思ったけど、どう考えてもこれデートじゃ無いよね? 市場での適切な買い方指導だよね? それとも世の中のリア充は市場での適切な買い方指導もデートに含んでるんだろうか?

 もうね、これがデートだったらサリアスさんが俺の護衛をしてたのもデートだって言っていいと思うんですよ。つまり俺とサリアスさんは常にデートをしていた……? 俺は既にデート童貞を卒業していたというのか……?

 

「ちょっと! 聞いてるの?」

 

 あっハイ、ちょっとデートの定義について考えすぎてトリップしてました。

 

「あーと、えーと、ちゃんと聞いてました。他に気をつけるべき点などはございますでしょうか? レイラ先生」

 

「そうね。後は財布スられないように気をつけるくらいかしら。ちゃんとスられにくいとこに入れてる?」

 

「流石に気をつけておりますです、はい」

 

「そう、ならよろしい。それで何の材料が必要になるのだったかしら? グレゴリー君?」

 

 こいつ、意外とノリがいいな。俺はメモ用紙を懐から出して見えるように広げる。

 

「ええと、“中型以上の魔物の肝”と“水華草”だそうです。どこらへんに売ってるか差し支えなければ教えて頂けると有り難いのですが」

 

「水華草は遠いけれど、魔物の肝なら直ぐそこに売っているわ。着いていらっしゃい?」

 

 レイラは俺の先生と生徒ごっこに合わせて芝居がかってそう告げると、まるで何かの組織の女ボスのような雰囲気を醸し出しながら奥の売り場へと歩いていく。着いていく俺もやはり生徒というよりは舎弟か何かのようだ。

 

「この店が一番()()わ。ここで見てなさい」

 

 ある店の前で止まったレイラは店番の元に歩いていくと値切り交渉を始めた。

 

 そこからのレイラの怒涛の剣幕は凄まじい物があった。やれ向こうの店の方が安かっただの、これは普通の物よりちょっと小さいだの、日が少し経ってるように見えるだの、最早難癖としか思えない言葉を次々とぶつけていく。挙句の果てにはこれで充分でしょとお金をカウンターに置いて、商品を勝手に持ってきてしまった。

 

「おいおい! 流石にそれは泥棒なんじゃねえの!? いいのかよ!?」

 

「あのね、本当に赤字だったら取り返しにくるから。来ないって事は何の問題もないの」

 

 レイラはそう言ってポンと魔物の肝を手渡してくる。たしかにちょっと離れたところにいる店番はもうこちらを見てすらいない。

 

「あ、ありがとう。で、結局幾ら払ったんだよ」

 

「半値に値切ってやったわ」

 

 はー、なんつー話だよ。たくましすぎるだろ。ていうか俺、ここで買い物する自信が全く無くなったわ。

 

「まぁ、慣れよ慣れ」

 

 ふふん、とちょっとだけドヤ顔をするレイラに割と真剣に尊敬の眼差しを送る。ちっこいお子ちゃまとか馬鹿にしてたけど今日限りでやめよう。

 

「お前凄えな。ちょっと感動してる」

 

 だから、相場を見にきただけで別に買うつもりはなかったんだよとかは言わないでおく。持って帰ったらカイルが何とかしてくれるだろうし。

 

「そ、そう? じゃあ次いきましょう次」

 

 素直に褒められるのは照れるのか、レイラはぷいと向こうを向くと歩き出した。

 

 そうやって楽しい買い物が続くのかとその時は思っていた。

 それは本当に突然のことだった。しばらく前の方を歩いていたレイラがツーと下がってきて隣に並ぶ。そんな彼女は少しだけ俯いていて、どこか小刻みに震えているように見える。

 どうしたんだよ、そう声を掛ける直前に彼女は小声で囁いてきた。

 

「……私達、尾けられてる気がする」

 

「……!」

 

 後ろは振り返らない。尾けてきている奴にまだ悟られない方がいいから。この間レイラが尾けられた事があったと言っていたがそれと同じ人物だろうか。

 

 今俺たちにできる事は二つ、今すぐ振り返って尾行していた者を追い払うか、もしくは泳がせてとっ捕まえるかだ。今後のレイラの安全を考えるならば後者一択だ。俺はレイラの手を握って小声で話しかけた。

 

「……そいつをとっ捕まえる。しばらくレイラは恋人のふりでもしててくれ」

 

 レイラは正面を向いたままコクリと頷いた。手を繋いでもカップルの振りをすればいちゃついてるようにしか見えないだろう。

 

「ギルス様……空いてる人員を至急手配して下さい。聞いていたら魔王シアター改で2回合図を……」

 

 魔王様が今も俺の目と耳にリンクしていると信じてそう小声で呟く。するとすぐに懐の携帯もどきがブーンブーンと2回震えた。よし、これでバッチリだ。ていうかあの人ほんとに暇だな……

 

「このままぶらぶら何周かするぞ……」

 

 俺はレイラの手を引いて市場を周回し始めた。どこのどいつだか知らねえが、可愛い女の子を尾けるなんてふてぇ野郎だ。とっ捕まえて正体を暴いてやる。

 

 しばらくウインドウショッピングを続けてたっぷりと時間をかけてから、もう一度魔王様宛に呟く。

 

「もう配置についていたら3回合図をください……」

 

 携帯もどきがきっかり3回震える。後ろを振り返る事は出来ないので分からないが、多分何人かが来てくれているんだろう。

 

「このまま大通りから帰宅します。狭い路地に入ったら詰めて捕まえてください……」

 

 みんな頼むからタイミングを合わせてくれよ? 俺は努めて明るく振る舞うと、いやーいい買い物だったな! とか、今度はどこに行こうか? とか、恋人らしい台詞を吐きながら、予定された進路を取る。レイラもぎこちない笑顔を浮かべながらなんとか合わせてくれている。

 

 大通りから路地に入ってしばらく行ったところで俺はバッと振り返った。その瞬間、建物の脇の道にサッと隠れる影が見える。

 

「あいつだ!」

 

 俺が叫ぶと、そこめがけてすかさず飛び込んで行ったのは応援に駆けつけてくれたであろうバートンとクラウス君。少し遅れてマゴス君が出てきてこちらに走ってきた。

 

「二人とも大丈夫ですか!? お怪我は!」

 

「俺達は平気だ。追って行った二人は大丈夫なのか?」

 

「おそらくもうすぐ捕まえられるはずです。待ってましょう」

 

 ようやく顔が拝めるな。何が目的かきっちり吐いてもらおう。しかし暫く待っているとバートンとクラウス君が手ぶらで戻ってきた。

 

「すみません……逃げられました.……」

 

 えー!? あそこまで追い詰めたのに!? そりゃないぜ!

 

「ありゃあかなりの手練れっすよ。俺っちを撒くなんてちょっと異常っすね。少なくともプロの類で間違い無いっす……」

 

 あの何にも苦労とか知らなそうなバートンが申し訳なさそうに項垂れている。確かにバートンを振り切るって事は相当やばい奴って事だ。

 

「なるほど……それならしょうがないな。駆けつけてくれて助かったよ。はぁ……しかし一体なんだってんだよ。レイラ、心当たりは無いのか?」

 

 話を振るとレイラはビクッと震える。可哀想に、レイラはまだ恐怖で震えているようだ。

 

「……っ! 分からないわ……でも実はあの後ももう一回だけあったのよ」

 

「あの後っていうのは、俺達に相談した後また別にってことか」

 

「そう、その時は街中じゃなくて依頼を受けてる最中に視線を感じて……」

 

 初めは気のせいだと思ったが、森の中で尾けられている感覚がしたのだという。そして見えざる相手に向かって半信半疑で誰何(すいか)したところ、気配が消え去ったのだとか。それでようやく確信したらしい。

 

 そんな話を聞いちゃったらもうレイラをこのまま一人で帰すわけにはいかんな。

 

「……おい、バートン。今日から数日間レイラの護衛についてくれ」

 

「うっす。了解っす」

 

「それでレイラ、お前どうせそのうち俺のところで働くだろ? だったら今の宿引き払ってうちに来いよ。住み込みだと思えば問題ないだろ」

 

 割と強引に誘ったが、精神的に参っていたレイラは反論せずにこくんと頷いた。

 

「よし、じゃあまあそんなとこだな。レイラ、それで大丈夫そうか?」

 

「ちょっとだけマシになってきたわ……その、グレゴリー!」

 

「なんだ?」

 

「ありがとう……」

 

 そう笑って言う彼女は少しだけ元気を取り戻したようだった。

 

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