魔王の部下も楽じゃねえ!   作:普通のオイル

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供給元を掌握せよ!

 

 トールから軍人と会って欲しいという話を聞いた次の日、俺は軍に回復薬を供給するかについて、魔王様に相談をしていた。

 

『え? 供給できそうなら供給したい? 正気かグレゴリー!?』

 

「いや、それも一つの手だなって思っただけですよ。無理強いはしません」

 

 軍に回復薬を供給するなんて話、最初は反射的に断ろうかと思っていたけど、人間社会に浸潤するなら売った方が断然良い事に気がついたのだ。

 

「相手国の物資の供給をこちらで握っておけば、いざという時に……っていう話です。そう考えるとむしろ陸軍向けには100%我々が供給したほうがいい」

 

 もしも戦争になったら、突然供給をゼロにしたり不良品を大量に納品するなんてことも可能だ。まぁそれだけじゃなく、他にも色々とやりようはある。

 

『いや……しかしなぁ……』

 

「魔王様。人間界を本気で裏から操るならばこれは良い契機になります。これはやるべきですよ」

 

『お前がそう言うならそれが正しいんだろうな……』

 

 どうも魔王様はあんまり乗り気じゃないらしい。まぁ確かに敵対勢力の軍事力を強化するなんて正気の沙汰とは思えないので心理的に抵抗があるのは分かる。しかしトータルで見ればこっちが得をしているのは明らかなのだ。俺はその事を魔王様に懇々と説いた。

 

「……という訳です。それでも中止した方がいいと言うならやめときますが」

 

『いや、人間界(そっち)での事はお前に一任してるからやってもらって構わない』

 

 この魔王様(ひと)も大概優秀だよな。並の上司なら中止にして終わりだけど、自分の部下を信じてゴーサインが出せるんだから。

 

「分かりました。ありがとうございます。必ずや、やって良かったという状況に持っていきますから」

 

『まぁそんなに気負わないでくれ。それじゃあ』

 

 よし、最近ちょっと当初の目標から逸れてたけどなんかやる気出てきたぞ。そうなったらまずは軍からどれくらい譲歩が引き出せるかだな。明日から忙しくなるぞ。

 

 

 ーーー

 

 

 それからリヨン中佐と会うまでの数日間、俺とサリアスさんの二人で軍の内情を探った。

 

 そうして分かった事は、軍に今まで回復薬を供給していたのは、俺たちが潰したあのメナスのポーション製造所で、軍には未だ大量にメナス製の回復薬が備蓄されていること。

 そしてあのメナス逮捕の事件が市中で噂になったせいで、現場の兵士から使いたくないという意見が少し出ていることだった。

 

「これさ、多分だけど軍の上層部は結構焦ってんじゃないかな? 備蓄が全部無駄になって、次の供給元も見つけなきゃいけないし」

 

「なんとなくそんな気がします。今はまだ噂段階でちらほら出てるだけですけれど、そんな不良品は誰だって使いたくないですものね」

 

「こりゃかなり良い条件で交渉できる気がするぞ」

 

 設備がなくて増産できないから金くれって言ったらくれるかも。いや、まぁ流石にそれはないと思うけど何かしら手助けしてくれるかもしれない。

 

 それによく考えたらメナスの製造所が潰れたんなら今までメナスが取引してた顧客は現在、全部供給元を探してるって事になる。これ、全部うちで引き受けたらめっちゃ儲けられるんじゃないか?

 

「サリアスさん。軍との話がまとまったらすぐにメナスが取引してた相手が今どうしてるか調査しよう。上手く行けば全部掻っさらえるかもしれない」

 

「! はい、分かりました!」

 

 

 ーーー

 

 

 それから数日後、やっと軍との話し合いが行われる日になった。(くだん)のリヨン中佐は約束していた通り、午後一番に製造所にやってきた。

 

「お初にお目にかかる。私は陸軍参謀本部補給課のリヨン中佐だ。本日はよろしく頼む」

 

 一応階級やら部署やらも調べていたんで驚きはない。俺は丁寧に自己紹介を済ます。

 

「お待ちしておりました。グレゴリーの回復薬製造所の代表をしておりますグレゴリーと申します。こんな狭いところでなんですが、どうぞこちらへ」

 

 借りた小さな製造所の会議室みたいな安っぽい客間に中佐を通す。これでうちの製造所に金が無い事は理解してくれたことだろうと思う。

 

「思ったよりも中は広いんだな。今従業員は何名かね?」

 

「私を含めないで4名です。最近やっとなんとか軌道に乗り始めたと言ったところですよ」

 

「ふむ、1日あたりの生産数は200本、と言ったところか?」

 

 おっと、ぴったりだな。ていうかこれ、多分向こうも相当調べてきてるぞ。ちょっと気を引き締めた方が良いな。

 

「よくお分かりになりましたね? 流石です。おっしゃる通り日産200本です」

 

 驚いた振りをして相手を褒める。こういうのも交渉では大事よね。

 

「……まあな、ところでグレゴリー君、君は回復薬を日産2000本作ってみたくはないか?」

 

 !? ……なんか世間話みたいな内容から突然本題に入ったぞ。流石にその流れで来るとは思っていなかった俺は目を見開いた。

 

「……と、仰いますと?」

 

(とぼ)けなくても良い。今日私がここに来た時点でそういう話が出る事は予想していただろう?」

 

 予想していたも何もそれをこっちからお願いしようかと思っていたくらいだ。でもそれで、はいそうですと認めちゃうのはちょっと(しゃく)だな……という事で、匂わせる程度に留める。

 

「それは勿論可能性としてはあるかもしれない程度には考えていました。何しろ現状では設備も人も全く足りませんからね」

 

「こちらが頼む以上、支援はあって然るべきだと君はそう思っていたわけだ。それどころかある程度の支援が無ければ供給できないと断るつもりだった。違うかな?」

 

「いえ、そこまでは申しておりませんが……」

 

 あれー? なんだか凄い断定口調ですよこの人。そりゃあその路線で行こうとは思ってたけどなんか決めつけるほどの判断材料が向こうにあるのか? それともはったりかましてるだけか? なーんかやだなぁ。

 

「現状のままではどう頑張っても供給できませんからね。ただ事実をありのままにお伝えしようと思っていただけです」

 

「事実……事実か。そういえば私も一つ大きな事実を持っているんだよ。なんだか分かるかね?」

 

「……いやぁ、見当もつきませんが」

 

 ……なんか流れ変わったな。まさか魔族とバレて……?

 

「前ギルドマスターのサージェスとメナスの悪事を書いた文書を近衛に送りつけたのは君だろう?」

 

 ああ、なんだそっちか……とはならないぞ!? なんでそれがバレてる? まさかピルグリムあたりがバラしたのか? なんかちょっと辞退するのを渋ってたし、情報を売っていてもおかしくはない。とにかく取り敢えずしらばっくれよう。

 

「いったい何のお話でしょうか? ちょっと分かりませんが」

 

「安心してくれたまえ。君の仲間は誰一人君を裏切っていないよ。分かったのは我々の調査によるものだ」

 

 うわぁ、困っちゃったなぁ。もう完全にバレてるよこれ。もう全部分かった上で頼みに来てるんだったらさっさと開き直った方が良いな。

 

「……差し支えなければ、いったいどうやって判明したのか教えて頂けると有り難いのですが。今後のためにも」

 

 俺が自分からゲロったらリヨン中佐は腹を抱えて笑い始めた。

 

「はっはっはっは!! 今後のためと来たか! 自分が何か処罰されるかもとは考えなかったのか?」

 

「私は処罰されるような事は一切していませんからね。むしろ褒賞を貰っても良いくらいでしょう」

 

「確かにな! 悪事を暴いただけだものな! いやぁ、素晴らしいよ君は! 肝が座っているじゃないか!」

 

 そうひとしきり笑ってからリヨン中佐は種明かしを始めた。

 

「筆跡だよ。あの匿名で送られてきた文書の筆跡と君がギルドで書いた登録書の筆跡がぴたりと一致したんだ。それで確信したよ」

 

「筆跡ですか……いや、それは流石に考えもしませんでした」

 

 よくまぁそんなとこにあった登録書の筆跡なんて見つけ出してきたよ。ていうかこの感じだとなんとなく俺が書いたんじゃないかと初めから疑ってたな。筆跡は決め手になっただけだ。

 

「まさか総当たりで探した訳じゃありませんよね?」

 

「勿論だとも。あの匿名の文書はよく調べてあって誰が書いたのかと噂になってな。それに広範囲に渡っていて内部告発の線も薄かった。そういう理由もあって我々軍部はそれを書いて得をする人間を探す方向に切り替えた」

 

 そりゃ得にならなきゃあんな細かく調べたりしないしな。俺でもその辺りを調べるわ。

 

「まずトールというサブマスターが候補に上がったが、すぐに無いと結論づけた。なぜならあの男にはメナスの悪事を暴くメリットが全く無いからな」

 

 確かにトールがギルドマスターになるだけだったらサージェスの悪事を暴くだけでいい。実際それだけだったら他の悪事を暴露すれば良かったんでそんなに苦じゃなかったのも事実。

 サージェスとメナス、二人纏めて葬り去る必要があったから面倒だったのだ。

 

「調査は難航したが、しばらくしてこの小さな製造所がギルドの提携店に登録された。それでピンと来たって訳だよ」

 

 後は俺が書いた登録書と匿名の文書を照らし合わせるだけだったという。

 

「いやぁこりゃ参りました。確かにある程度疑われるとは思っていましたが筆跡とは驚きです。次からは気をつけますよ」

 

 決定的な証拠が無ければ何も言ってこないだろとタカを括っていたが、筆跡は決定的な証拠だ。今回はいい勉強になったな。

 

「さて、それで話は戻るが回復薬を軍に供給する気はあるかね?」

 

 このタイミングでサッと本題に戻るあたり、この人は交渉が上手いな。

 

「勿論です。元よりそのつもりでした。ただし……という話です」

 

「分かっているよ。ところでメナスの工場はあの後どうなったか知っているかね?」

 

「国に接収されたそうですね」

 

「そこを使っていいと言ったら?」

 

「人を雇うのに少し時間がかかりますが問題ないです。ただ設備を一から導入し直すので多少コレが……」

 

 俺は指で輪っかを作って見せる。

 

「……それはいくら必要なのかきっちり算定してからでないとなんとも言えんな」

 

「そう仰ると思っていました。こちらが概算書になります」

 

 俺は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()をリヨン中佐の前にスッと置いた。中佐は目を丸くしてその書類を奪い取るように受け取ると、ペラペラとめくる。たっぷり1分は微動だにせずその書類を見つめた後に、中佐は口を開いた。

 

「……お前、最初からこのつもりだったな?」

 

「中佐、そのつもりも何もこれは必然というものです。経過はどうあれこの結果に行き着くでしょう? だったら用意しておこうと思っただけですよ」

 

 軍が提示できるカードなんてメナスの工場しかない。それに仮にそうでなくてもどうせメナスの工場を(たか)る方向に持っていくつもりだったので、予め概算書を用意しといたのだ。別にそのつもりは無かったが、ちょっとだけ出し抜けたっぽいのでよしとする。

 

「結局、君の掌の上という事か……」

 

「いやそんな事はありません。筆跡でバレたのは想定外ですよ」

 

「どうだか……まぁとにかくこの概算書は持ち帰らせてもらおう。後日改めて返答する」

 

「分かりました。今後とも良い関係が築けることを願っていますよ」

 


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